「舌戦でもするか?」
「冗談。向こうはこっちを悪党だって決めつけないと意味無いんだから。一方的に悪口言われるだけなんてごめんだよ」
ていうか星、わざと言ってるだろ。楽しそうにしてからに、何なら罵り合いしてきてもいいぞ。
「……連合は我らに気付くと思うか?」
「これだけ堂々と構えてて気付かないくらい無能なら、それこそ大助かりだけどな」
これで東……シ水関と虎牢関に誘導出来るはず。時間を掛けるとまずいのは、むしろ自国を空けてる向こうの方なんだから。
「……一つ、訊いても良いか?」
「? ……いいけど」
これだけの大戦前、さすがに星といえども緊張しているのか。らしくない訊き方だ。
「何故、私を今回の副官に選んだ?」
「? ああ、今回の作戦だと、恋や舞无はもちろん……霞も熱くなったら、向かないし、星が一番適任だろ?」
ついでに言うと、頼りになる武も欲しいし、軍師勢と俺だけだと怖すぎる。
「ッ……ああ、そうっ!」
「はいっ!?」
槍の石突きが腹立たしげにガンッ! と石床を打つ。
俺が何をしたと?
「一刀さん、何であんな関に……」
義勇軍の頃から、前に出て皆と一緒に戦う人だった。でも、何でわざわざあんな脆い関に………
「……あれから見限っていなければ、北郷軍には軍略の天才、雛里ちゃんを始めとする優秀な軍師が三人もいるはずです。戦の基本をわかってない……という可能性は皆無だと思います」
「ん~、真っ向から野戦をしようとしてるとかは?」
「数が違いすぎるから、それもないと思う」
鈴々ちゃんの疑問に朱里ちゃんが応える。状況を正確に把握した上での布陣……という事は、
「……罠か」
愛紗ちゃんが、皆(鈴々ちゃんはわからないけど)の共通の推測を口にする。
……もう一つ、最悪の推測もあるけど、そっちは口にしたくない。
「罠とわかっていても、ここは行かざるを得ないと思います。自国を空けて遠征に出ている私たちには、様子を見ている時間はありませんから」
朱里ちゃんの軍師としての言葉が、今は胸に痛い。
「けれど、弱小勢力ゆえに捨て石扱いされかねない私たちにとって、これはむしろ好都合です」
一刀さんと戦っている。それを突き付けられるようで。
「(そんな事じゃダメだって、わかってるんだけどね……)」
所変わって、呉陣営。
「うーん……どう思う? 冥琳」
面白そうに眉を上げて訊ねる赤いドレスの女性。褐色の肌に青の瞳、後頭でまとめた長い桜色の髪を靡かせるその女性は、呉王・孫策。字は伯符、真名は雪蓮。
「北郷とやらがよほどの馬鹿でなければ、間違いなく罠だろうな。でなければ、わざわざあんな小関に籠もる意味も無い」
そんな主の態度に嫌な予感を感じながらも応えるのは、長い黒髪に、雪蓮と同じく褐色の肌、掛けた眼鏡が知的な雰囲気を一層際立たせる女性、周瑜。字は公謹、真名は冥琳。
「うんうん、というわけで、突撃行ってみよー♪」
「……私の話を聞いていたのでしょうか? 孫伯符殿」
額に薄らと青筋を浮かべる冥琳に構わず、雪蓮は軽い調子を崩さない。
「怖い顔しちゃイ~ヤ。これでも結構本気なんだから」
「なお悪いでしょう!」
「だって~、どっちにしたって行くしかないでしょ? なら、私たちが大将首を獲るのもいいかな~、って」
「正気? あの旗の下に本当に北郷一刀がいるって保証すら無いのよ?」
「あの牙門旗を落とす事自体に意味がある。違う?」
雪蓮のやる気満々な言い分に、冥琳は額に手を当ててかぶりを振る。雪蓮は言いだしたら聞かないのだ。
「罠とわかっていても食い付かざるを得ない。この連合の本質をよく理解している証拠だ。……思ったほど甘い相手じゃないわよ」
「それもわかってるけど、罠なんか掻い潜って食らい付けばいいのよ♪ 私には天下の周公謹が付いてるんだから」
「……ほぅ? という事は、言ったら止まってくれるんだな」
「あら、やぶへびだったかな?」
鬼の首でも獲ったように笑う冥琳に、雪蓮も強く笑い返す。
「……でも、案外本当にいる気がするのよねぇ。北郷一刀」
「……勘?」
「そっ♪ 勘」
「……あなたの勘は当たるからね」
「そうそう♪ じゃあ早くしましょ。“総大将様のご命令通り”雄々しく華麗に、ね」
即断即決、連合のどの陣営より速く、孫策軍は動きだす。
連合軍総大将、袁紹陣営。
「……あれ? 麗羽さまぁ~、何か孫策さんの所の軍が動いてますけど……」
右手で日射しを遮りながら遠方を見ながら言う、肩までの緑髪の少女。名は文醜、真名は猪々子。
「はぁ? 孫策さん? まあ、軍議には本人すら顔を出さなかったくせに、随分とやる気を出していらっしゃるのね」
常識離れした、渦巻く金の長髪を揺らすのは袁紹。名目上、この連合の総大将である。
「姫~! 文ちゃ~ん! 今、事前に出してた密偵さんが帰ってきたんだけどひゃあっ!?」
「が・ん・りょ・う・さん? あなたはわたくしの作戦を聞いていらしたの!? 華麗に! 雄々しく! 勇ましく進軍するはずのわたくし達が、姑息な物見など出していらしたの!?」
「姫ぇ! それあたいのなんだから勝手に揉まないで下さいよぉ!」
「文ちゃんのでもないってばぁ~! っていう姫、それどころじゃないんですってぇ!」
駆け寄ってくるなり、おしおきとばかりにその豊満な胸を揉みしだかれる黒髪おかっぱの少女。名は顔良、真名は斗詩。
「前方、最前線の関に、北郷さんの旗が出てるんですよー!」
それを聞いて、麗羽は揉んでいた手をパッと放す。
「……北郷さんが? 前々から天の御遣い~なんて恥ずかしい通り名を名乗ってらっしゃるから、どうせ頭の緩い方だとは思ってましたけれど……好感度がマツゲ一本分上がりましたわ」
「何で好感度が上がるんですかっ!!」
「? 自分から討って出るなんて、潔いじゃありませんの」
麗羽のどこか……というか思い切りズレた応えに、斗詩はがっくりと肩を落とす。
「そうですよ姫! 北郷が最前線に出てきたって事は、孫策のねーちゃんは北郷を倒しに行ったって事じゃないですか!? 手柄全部持ってかれちゃいますよ!」
間違ってはいないけれど、北郷軍の動向の奇妙さに気付かない猪々子に、斗詩はまた肩を落とす。
「……全く、これだからおバカな文醜さんは困りますわね。一度そのおつむの中身を見てみたいものですわ」
「ひゃわっ!? ひへへへ!」
と、麗羽は今度は猪々子のほっぺたを左右に引っ張る。
「北郷さんの軍は二十万以上もいますのよ? 孫策さんの五万程度のしょっぱい兵力で倒せるわけがないでしょう!」
「ほっ、ほえで……?」
「孫策さんがわたくしのために、わ・た・く・しのために、北郷さんの軍を思う存分弱らせて敗けてくれた後、わたくしの軍が華麗に北郷軍を撃退するに決まっているじゃありませんの! おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!」
「ひはいひはいっ! ひへ、いはいからはらひて~!」
「何を言っているかわかりませんわ! 全くこの子は……」
「……姫、北郷さんの部隊、どう見ても二十万もいないらしいんですけど」
どこまでもズレた二人を見ながら、斗詩は頭を悩ませる。
それから、十数日の時が過ぎる。
「……何を考えてるのかしらね」
「不気味、なのは確かだな」
あれから、冥琳や思春、明名に、罠や伏兵を警戒してもらいながら進軍を進めているけれど、それらの気配は見られない。実際、仕掛けられもしなかった。
その上で、連戦連勝。数ヶ所の関を突破して、その度に北郷軍は撤退を繰り返す。
拍子抜けもいいところだ。張り合いがないったらありゃしない。
「……姉様、何を不満そうな顔をしているのです」
不謹慎な内心を見抜いたのか、私や母さまによく似た妹、孫権……蓮華が睨んでくる。
「そりゃ……あれよ、毎度毎度追っ払っても、肝心の大将首が獲れないからよ」
「……本当ですか?」
あーあー、聞こえなーい♪
「しかし、確かに妙じゃな。いくらこちらの方が兵が多いと言っても、小関とはいえ砦を使ってこの程度とは……手応えが無さすぎる」
腕を組みながら唸るのは黄蓋、真名は祭。母さまの代から孫家に仕えてくれている勇将だ。
「だから不気味なんじゃないですかー」
そう言って、陸遜……穏がため息を吐く。
うちの軍師勢は心配性の多い事。だからこそ頼りになるんだけど。
「そうやって警戒しながら戦ってきて、今まで何も無いんだけどね。実は本当にただの馬鹿だったりして♪」
「雪蓮、ふざけないの」
今も、思春と明命が偵察に行ってくれている。けど、これも何回繰り返しても結果は変わらない。
侮るつもりもないけど、だんだん警戒するのが馬鹿らしくもなってきたりして。
「気になるのは、それだけじゃないのよ」
「……何が?」
「兵糧よ。落とした関に蓄えられていたはずの食糧の全てが焼き払われている。それ自体は、別に何もおかしい所はないのだけれど……その焼かれた食糧の量が明らかに少なすぎるのよ」
関の備蓄が少ない? ……って事は、
「この撤退は、最初から計算に入ってるという事ですかー?」
あ、穏。私が先に言おうと思ったのにー!
「正解……のはずだ」
冥琳にしては珍しく、曖昧な応え。まあ、敵の狙いが見抜けていない以上、仕方ないのかも知れないけど……。
それにしても、兵糧か。
「こっちもそろそろやばいのよねぇ。袁紹に要請した兵糧、まだ着かないの?」
「……ああ。我々が北郷軍に釣り上げられていて追い付かないせいもあるのだろうが、それを差し引いても少々遅いな」
狙いも何もわからない。ただ僅かな籠城戦と撤退を繰り返す不気味な軍、残り少ない兵糧。
連勝なのに、どうにも熱くなれない戦だった。
数日、時を遡った袁紹陣営。
「麗羽さま~。孫策軍、連戦連勝みたいですけど……」
「…………」
「もしかして、このまま北郷の首獲っちゃうんじゃありません?」
「…………」
「麗羽さま~、孫策さんから、約束通りに兵糧を送ってくださいって使いの人が……」
「それですわ!」
猪々子の度重なる問いに無言を貫いていた麗羽が、斗詩の報告に目を輝かせて、机をバンッと叩いて立ち上がる。
「……それって?」
「い、いえ……何でもありませんわ! それにしても孫策さんが兵糧を、ねぇ……」
思案に耽るようなその仕草の奥で、しかし瞳は愉快そうに輝いている。
「どうしましょう? 最前線で体を張っている孫策さんを飢え死にさせるわけにもいきませんし。けれど、身の程もわきまえずに独断専行した挙げ句に食糧だけよこせなんて図々しいお願いを聞いては、連合の総大将の威厳に関わりますわよねぇ~……」
麗羽の、“解を出すつもりのない”自問自答は、結局全てが終わるまで繰り返されるのだった。
(あとがき)
今回は微妙に難産でした。状況が状況だけに仕方ないのですが、複数視点同時進行はなかなかに難しいです。