「というわけで、わたくしこと北郷一刀を暴君として抹殺せんとする動きがあります」
城壁の上に立ち、俺のトレードマークの聖フランチェスカの制服を煌めかせ(未だに、俺にはそんな大層な光沢とも思えんが)、俺は演説中。
「しかしながら我々も、『はいそうですか』と殺されるつもりはありません。何より、自己顕示欲を理由に軍まで起こして攻めてくるような輩に皆の都を任せる事など到底出来ません」
都の皆さんの注目を集めつつ、頑張って丁寧な言葉を選ぶ。
「父君の急病によって都を空けられている董卓さまに、この都を預けられたわたくしと致しましては、彼らの暴挙を全力で阻む所存にございます」
もちろん嘘だ。というか、イメージアップのために丁寧に喋ってるつもりがだんだんわけわかんなくなってきた。ちゃんとした敬語喋れてるかどうかも疑わしい。
「しかし、わたくしにはまだそれに対する力が足りません。……無理を承知で頼みます。一緒に戦ってください!」
背筋を伸ばして、最後、大きな声ではっきりと言い切る。
要求した内容、俺なりに誠意を込めて伝えた言葉に応える声を、内心で固まりつつ、しかし顔を上げ、毅然に在ろうと立つ。
そして………
『あはははははははっ!』
笑われたーーー!?
「みつかいさま、へんー!」
「“わたくし”だって! 全然似合ってないよー!」
「こ、こらお前たち、御遣い様はあれでも真剣に……プククッ」
「この間、見回りの最中に桃かじってるの見たよ」
「今さらあんなかしこまっても、ねー?」
「ねー」
子供を中心に口々に囃し立てる。……やっぱ変だったかぁ、にしても隠しもせずにこの騒ぎ。一応これでも太守なはずなんだが。
……泣いていいかな?
「最後の一言以外、要りませんよ」
「らしくもない言葉で飾るのはよしましょうや!」
「俺たちの太守を守る戦いでもあるんです」
「連中に一泡吹かしてやりましょう!」
からかいのような言葉に混じって、欲しかった言葉が声高に響く。
……やべ、今度は別の意味で泣きそう。
「ありがとうございます!!」
最後に叫んだその言葉が、また小さな笑いを呼んだ。
「やれやれ、もう少し毅然と、太守らしく振る舞えぬのか?」
「ま、お兄さんがカッコ悪いのは今に始まった事ではありませんからねー」
「今更な問題ですね、まったく」
「おまえらなぁ……」
好き放題言ってくれる星、風、稟。皆に笑われた事実がある以上、反論出来ないのが悔しすぎる。
「で、でも……! 皆さんが笑顔で力を貸してくれるというのは、それだけご主人様が慕われているという事で……!」
「……うん、ありがとう雛里」
フォローのつもりで言ったのだろう雛里の言葉は、流さないで受け止めておく。
皆、笑って力になってくれる。その事実は噛み締めないと。
「はー………」
帽子ごと頭を撫でると、雛里が気持ち良さげに吐息を吐く。
そのまま五人揃って玉座の間に行き……
「あの歓声を聞く限り、上手くいったみたいやね」
「当然だ!」
「……いや、自分が威張る所ちゃうやろ」
「舞无は馬鹿」
「何だと恋!? 撤回しろ!」
「……馬鹿」
「まだ言うかっ!?」
霞、舞无、恋とも合流する。
舞无に襟首を掴まれて前後にカクカクと揺らされるままになっているノーリアクションの恋、というどこか微笑ましい光景を脇に置いて、
「これが、今わかっとる連合の参加者や」
「あ、もう密偵帰ってきてたんだ。速かったな」
「当たり前やろ? 我が神速の張遼隊を片っ端から斥侯に飛ばしよったんやから」
「その事は悪かったってば! 戦いはまず情報戦だろ?」
「戦いは剣と剣のぶつかり合いや」
「……そーですね」
霞と俺でそんな軽い言い合いをしつつ、机に書簡をバッと広げる。
詳細はとりあえず置いといて、参加者は……
「袁紹、袁術、曹操、孫策、伯珪さん、劉表、……おやおや、愛しのあの子までいらっしゃるようでー……」
……風、お前わざと言ってるだろ。
「桃香が洛陽の実態を知ってるかどうかはわからないけど、俺への情で都の皆を見殺しにするようなら、最初から君主になんてならない方がいい。それにこの先の事を考えれば、参戦しないって選択肢はないだろ」
「……と、自分に言い聞かせながら、やっぱり悲しい一刀であった」
「今宵は枕を濡らして眠るのですね」
星、稟、お前らもホントいい加減にしろよ?
「ごほんっ! それにしても、随分と集まったもんだなぁ」
咳払いで誤魔化して、強引に話題をシリアスに戻す。
えー、と? 袁術とか劉表とか前の世界で居たっけ? ……ダメだ、印象に残ってない。
けど、馬騰の名前が無い? 前の世界では連合で翠と初めて会ったはずだが、この世界では不参加か?
いや、まだ情報が揃ってないだけかも知れないし、まだ参戦を決めてないだけかも知れない。
あんまり楽観的に考えない方がいいか。
「実際、これだけの勢力が一丸となって攻めてくるのは脅威です。完全にご主人様の言っていた通りになりました」
眉を八の字にして呟く雛里。まあ、俺のは予測というより経験測だが。
「……賈駆の流言飛語がそんだけ効いとる言うわけか」
「……いえ、一刀殿の言うように、結局これは覇権争いが具現化したようなものでしょうから、地獄の使者の悪評はきっかけに過ぎなかったでしょう」
「ただし、お兄さんに矛先が向いてるのは完全に賈駆さんのせいでしょうけどねー」
苦々しげに霞、冷静に稟、そしてまた蒸し返すように風。詠を責めてる場合でもないんだけど……風、実は怒ってる?
「名を失って実を得ましたが、ここで敗れれば漏れなく全て失うので」
「……前は好都合みたいに言ってたじゃん」
そして心を読むのはやめなさい。
「理屈と感情はまた別なのですよー」
「そっか……」
何か、普段表に出ない風の怒る理由が俺にあるのが、ちょっとだけ嬉しかった。
ので、風の頭……の上の宝慧を撫でておく。
「むー……」
拗ねられても困るから、ちゃんと頭を撫でなおす。
「なぁに、要は勝てばいいのだ。旗揚げ早々、このような大戦になるとは思わなんだがな」
そう言って唇を引き上げる星は、本当に楽しそうだ。武人の血が騒ぐってやつかな、俺にはよくわからんけど。
けど、言ってる事はもっともだ。
「ああ、連合の本当の目的が覇権で、俺は地獄から来た暴君。この状況で話し合いほどナンセンスな物も無いだろうしな」
あ、風がナンセンスって言葉に目を光らせた。後で教えてやるか。
「……勝っても、これからずっと暴君の汚名を背負う事になんで?」
「風評なんて、実を得たら後からついてくるよ。気にしても仕方ない」
霞の険しい表情に、出来るだけ軽く言ってみせる。実際、前の世界でも地獄の使者扱いされてた時期あったしな。
「なるほど、ならば何も問題ないな」
「……そこで納得するな、華雄よ。今のは“実を得るために風評は使えん”と言ってるのと同じ事だぞ?」
「何ぃ!?」
相変わらず状況わかってない舞无に、星が少し呆れながら教えてやる。まあ、教えてどうなる物でもないけど。
「どうせここから群雄割拠の時代に入るんだし、こうなったらもう退く気はないよ」
悪評は、実際の統治で覆すしかない。国賊扱いな以上、もう和平も絶望的。
「天下を纏める。でも俺一人じゃ何も出来ないから……皆、力を貸してくれ」
だったら、やる事は一つだ。元々の予定に、悪評と王都と大戦力……そして連合という初手からの難敵が付いてきただけだと思えばいい。
……全然“だけ”じゃない気もするけど、そこは気にしたら敗けだ。
「ふっ、天下か。貴様の事など別に好きではないが、仕方あるまい!」
悪評云々についてはわかったのかわかってないのか。舞无が満面の笑顔で照れ隠し。
「……おー」
小難しい話に興味なさそうにしていた恋が、片腕をゆるゆると突き上げる。少しだけ燃えているらしい。
「天下太平も良いですが、今は目前の敵に集中して下さい。今ある情報だけでも、明らかに連合の方が我々より数が多いのですから」
俺たちのちょっと先走った発言を、稟が諫める。まあ、確かに数は多いだろうけども……
「何とかなるさ。これだけ頼りになる仲間が揃ってるんだし」
やりようは、ある。
遠く、呉。
「この戦の後にくる割拠の状況によって、我らの取るべき道も変わるわね。雪蓮」
「ええ、この先の時代の流れを読めば、いつまでもこの呉の地で穏やかに過ごしてもいられない」
「……君主が無闇に暴れないでね」
「知~らない♪」
また、河南。
「七乃よ、本当に、本当に妾が皇帝になれるのかえ!?」
「はい~♪ 今の皇帝は実質その北郷さんって人の傀儡みたいなものですから。その北郷さんを追っ払っちゃえば、美羽様が実質この大陸の皇帝に!」
「……良い、それはすごく良いぞ七乃よ!」
「新皇帝美羽様万歳! やりたい放題万歳! 将来偽帝と呼ばれること間違いなし!」
「うむ! もっと褒めてたも褒めてたも! 妾は皇帝になるのじゃ!」
西、西涼にて。
「連合、参加しなくていいって?」
「ああ、地獄の使者だとかは嘘っぱちだって話だろ?」
「時代に取り残されたりしても知りませんよ?」
「私はいつの時代だって朝廷の臣下よ。取り残される場所も、帰る場所も、この西涼にしか無いわ」
「……内に火種もありますしね」
「散……あなた性格悪いわよ?」
「それはどうも」
それぞれがそれぞれの思惑を抱き、北郷一刀討伐戦の幕が上がる。
(あとがき)
また思ったより進みませんでした。四幕は戦争だけで埋まってしまうかも知れません。