流石に王都、全体的に広いから、それを統治し、治安を維持するのはかなり大変。
いや、別に警備の仕事に限らないんだけどね。でかい都市の管理はとにかく大変だから、何よりも要領、効率の良さが求められてくる。
都市の中に幾つもある町に、特急で詰所を新設しつつ、それらの警備隊を元義勇軍を中心に編成して……と、必死に頑張る俺。
前の世界やこの世界の啄県で政務に注いでいた無い知恵を、警備オンリーに注ぐ。ていうか、その権限しかない。
元々、俺個人のスペック的にはこれくらいが適任なのかも知れん。
そんなわけで、今日も問題点を見つけるために街を散策(警邏)。こうやって歩き回るだけでも、雛里とか風、稟あたりなら、俺が気付かないような所をホイホイ気付くんだろうなぁ、とか考えてちょっとへこむ。
「………ん?」
そんな事を考えながらも、必死に色々と問題点を探す中で、見慣れた、小振りの影を見つけた。
「…………」
俺、よく見つけられたなぁ。行き交う人の波に飲み込まれ、子供みたいにオロオロと辺りを見回して………
「うええぇぇぇ〜〜〜………」
泣いたーーー!?
「雛里〜〜!」
すかさず呼び掛けながら、横歩きに人混みを抜けて接近を試みる。
「ご主人様あぁぁぁ〜〜〜」
気付いたか、よしこのまま……
「ぐすっ、ご主人様あぁ〜」
「行くなー!」
俺に気付いてくれたのかと思いきや、独り言だったのか。そのままキョロキョロと歩いていく雛里。
つーか今、涙目だったぞ?
「うっ、うぅぅ〜〜……」
「雛里!」
「は…………!?」
小さいし、見つけにくい雛里ではあるが、歩幅は狭いし動きもゆっくりだから、わりとすぐに追い付けた。
強めに呼び掛けた俺の声に、背を向けたまま、びくくっ! と全身が硬直する。……ちょっと面白い。
「ごめんなさっ、ふええぇぇぇ〜〜〜んっ!」
何て言ってる場合じゃねえ!? いきなり泣き出し、さらに逃げ出した。
「逃げるな! 俺だよ、俺」
「は…………!?」
二度目だ。またも強めの呼び掛けにカチンと固まる。
「うぅ、うえぇ、ふぇ……」
何で泣いてるんだ? ようやく追い付いたものの、雛里は両手でぎゅ〜っと帽子の鐔を引っ張って俯いてしまっている。未だに俺だと気付いてくれてないらしい。
「ふええぇぇぇ〜〜ん! お願いします、売、売らないで〜〜…… 」
やばい。事態が全然飲み込めないが、雛里はかなり本気で恐がっている。一体何が……
「どうやら、かつて行商の馬車に紛れ込んでいた時の恐怖が染み付いちゃってるようですねー。お兄さん的言い方をするなら……虎馬?」
耳に馴染んだ、のんびりな説明に俺が振り返るより早く、そいつは行動を起こしていた。
「にゃー!」
俯く雛里を、下から覗き込ませるように、抱き抱えていた猫を突き出す。
ちなみに、猫自身は無言だ。
「にゃ、にゃあ……」
虚を突かれたのか、泣くのをやめた雛里は、猫語で返事をした。その視線は、猫の視線とバッチリ噛み合っている。
「我が輩は猫である。名前はまだ無い」
「え、えっと……わたし、鳳統って言います……!」
ここは、こいつ……風に任せた方がいいのかも知れない。何か、泣いてる子供があめ玉で泣き止む光景を幻視したし。
「我が輩は、常山に居わす猫仙人が遣い。名を持つ事など許されぬ、使い捨ての手紙のような、小さき存在」
「そ、そんな……!」
……何か、微妙に凝った設定を捏造し始めたぞ。
「しかし、この使命を果たした時、我が輩は念願の名を承る事が出来るのだ。だが、もし失敗すれば、我が輩はさらに小さく卑しき、鼠へと変えられてしまう」
「ねっ、鼠に……!?」
どうでもいいけど、猫さまの口、さっきから動いてないぞ。いかにもものぐさな顔で目を細めてる。
もう雛里泣き止んでるし、割って入ろうかな。でも、微妙に続きが気になるような……。
「そっ、その使命とは?」
雛里は優しいなぁ。行き掛かりの猫の事を親身になって心配している。
「その使命とは、猫仙人様への貢ぎ物を集める事」
「貢ぎ物……」
「そう、その貢ぎ物とは……」
ここで風は、数秒の間を置いた。奇妙な緊張に、俺と雛里は息を呑む。
「若い、人間の……娘だにゃぁ!」
「っ〜〜〜〜〜!!?」
その言葉と同時に猫の遣いが雛里の目の前に突き出される。……って、
「怖がらせないの!」
いらん演出をしてくれた風の側頭部にチョップ。
そういうオチかよ! 風を信じて任せるんじゃなかった。
「う〜……、痛いのです」
「甘んじて受け入れなさい」
風の恨みがましい視線を無視して向き直る前に……
「ふええぇぇぇ〜〜〜ん!」
泣きじゃくる雛里が、俺の腰に飛び付いた。
「それで、雛里は新しい軍略の本を買いに来て、迷子になったと……」
「(………コクン)」
あれから泣きじゃくる雛里を宥めすかし、ようやく落ち着いて三人で街を歩く。
それにしても、いつか稟が言ってた事、大げさじゃなかったんだな。
「それで風は、どうしていきなりあんな所に?」
「風は……」
「いや、やっぱいいや。風は何かと一流だもんな」
お得意の台詞を先取りしてやると、予想通りの不満顔でこっちを睨む風。
「むー……」
一本取ってやったぜ。雛里を玩具にして遊んでるからそうなる。
「ひゃっ!? 何ですか、人のほっぺをプニプニとー!」
ついでに、ほっぺたを指でつついておく。恐れ入ったか。
「お兄さん、風にそのような態度を取って良いのですかー?」
意味深に呟いた風は、むんずと俺の指を掴んで左右に振る。
どっちだ? カマ掛けか、それとも本当に何か強みが……?
そんな俺のしょうもない葛藤は、即座に無意味と化す。
「じゃじゃーん!」
焦らしたわりに結局は見せたかったのか。ごそごそと袖を漁った風は、それを高々と掲げた。
著者には、『水鏡』とある。
「あっ、それ……!」
雛里が目を見開いて、その本を凝視。もしかして……
「雛里が探してたのって、あれ?」
「あ……はい、そうです」
何と。いや、風だって軍師なんだから全然おかしな事でもないのか。
掲げた本を振る風の手に合わせて、雛里の体が左右にふらふらと泳ぐ。
それを小柄な風が爪先立ちでやってるのと合わせて、二重に和む。
「けどそれ、風のなんだろ? っていうか、何で雛里がそれ欲しがってるって知って……?」
「星は何でも知っている。黄河も何でも知っている」
……ツッコまんぞ。にしても、店を教えてくれるとか、そういう事だろうか?
俺のそんな予想など、風は当然のように上回る。
「ちらっ、ちらっ」
さらに袖から、『水鏡』の字を持つ本が……二冊!?
「合計三冊かよ!?」
「風、稟ちゃん、雛里ちゃんの分ですねー。賈駆さんは風が買いに行った時に本屋さんに居ましたし」
何という準備の良さ。っていうか、一歩間違えたら余分に買っちまうんじゃないのか?
「稟ちゃんは今日は大忙しですし。雛里ちゃんが迷子になるのは予定の内でしたからー」
「あわわ……」
「……わかってたんなら、最初から助けたげようよ」
「助けたじゃないですかー」
最初はな。
「それで? どうするのですか?」
これ見よがしに本をフリフリして、俺に訊ねる風。っていうか、そこで俺に訊くのは何でなんだ。
「……………」
そして、雛里まで何故俺を上目遣いに見上げる? ……まあ、やるべき事はわかってるつもりだから、愚痴みたいなもんだけどさ。
「最近、おいしいって評判のお店があるんだ。今日の夜は三人でそこで食べよう。……俺のおごりで」
「ぶい!」
言葉通りにVサインを出した風は、そのまま雛里の手を掴んで一緒に万歳。ついでのように軍略本を握らせる。
「はぁ………!」
それを、雛里はぎゅっと抱き締める。ああ、そうか、そういえば……
「水鏡って、雛里の先生だっけ」
「はい……」
離れても、こんな形で教えを受ける事が出来る。そんな暖かな喜びが、雛里の全身から溢れているように感じられる。
……何かいいな、こういうの。
「ところでお兄さん、話しながら歩いていく内に、随分と中心街から離れた町外れの路地まで来てしまったようですがー?」
そんな、人を迷子みたく言うなよ。雛里じゃあるまいし。
「あのね、俺は一応警備隊長だぞ? 隅から隅まで回らないと意味ないだろ」
「おや、意外とちゃんと考えているのですねー」
まあ、星とか恋ならともかく、雛里や風を連れ歩いてるのは警備隊長としてどうかと思わんでもないが。
「……にしても」
仕事は仕事として、辺りを見渡しても、やっぱりここは寂しいな。
人が、つまりは有用な建物が少ない。これじゃせっかくの土地が勿体な……ん?
「こんな所に、井戸なんかあったんだ?」
何となく目についた井戸、その奥を覗き込んだのもまた、単なる気まぐれだった。
「あわ、あわわ……」
「これはこれは……」
「……どしたの、二人とも?」
もはや井戸としての機能を果たしていない浅井戸の奥、日光に反射してか、そこで光った何かを、ちょっとしたアドベンチャー感覚で拾い上げた。
すると、二人のこのリアクションだ。
「判子、だよな?」
宝石とかなら良かったのに、いや、これも結構良さそうな造りだし、磨けば売れるか?
「判子じゃありません! 玉璽です!」
ぎょくじ、ぎょくじ………玉璽っ!?
「あわ、あわわわ……!」
俺も目一杯驚きたい所だが、雛里の取り乱しっぷりを見てると逆に落ち着いてくる。俺は何ちゅう物を売ろうとしてたんだ。
詳しい意味とかはわからんけど、確か玉璽って、皇帝の証だろ。
「さてはて、おそらく十常侍と賈駆さんが覇権争いをしていた時に、十常侍の誰かが持ち出して、混乱を経て今ここに在るのでしょうが……どうしますかー?」
こんな時でもマイペースな風、本気で頼りになるな。
「どう、て……?」
しかし、質問の意味がよくわからない。
「もう代わりの玉璽が作られているでしょうが、“その玉璽は”どうしますか? ということです」
あ、そういう事か。そういえばそうだ。失くなった玉璽の代わりを、いつまでも用意しないわけもない。
そして、ここにはオリジナル……かどうかまではわからないけど、玉璽がある。
………ふむ。
「もらっとく」
“この先の事”を考えれば、使えるものは何でも力にしていった方がいい。
天の御遣いの虚名だろうが、玉璽だろうが、それは同じだ。
俺のそんな意を、汲んでくれたのだろう。
「……お供します。どこまでも」
「お兄さんも、意外としたたかなのですー♪」
片やどこまでも真剣に、片やたまらなく楽しそうに、そう応えてくれた。
(あとがき)
予告通りに(?)、雛里と風のターン。
次は霞と華雄にする予定ですね。まだ三幕、もうちょいと続きます。