『それを訊いて、あなた達はどうするつもりなのん?』
詭弁だ。“それ”がわからなければ、応えようがないではないか。
『訊き方を変えましょうか。あなた達は、何のためにそれを訊くの?』
言われ、私は言葉に詰まった。本音を言えば、“知りたかった”からなのだろうが。
そんな中、何とか回復していた雛里が、誰より早く口を開いた。「ご主人様のためです」、と。
『そう……。だったらやっぱり、知らない方がいいわ』
そんな真摯な想いは、全く容易く拒まれた。
『これはご主人様が自分で解を見つけなければ意味の無い問題。そして、この苦しみは決してあなた達と共有する事の出来ない問題』
私は軍師だ。無知がどれほどに無力な事か、十分過ぎる程わかっている。
『あなた達がそれを知る事自体が、彼にとっての重荷にはなっても、救いにはならない』
その言葉の真偽を判断する事さえ、出来はしないのだ。
ならば、黙って知らない顔をしていろと言うのか? 誰かが、その共通の問いを出すより早く、彼(?)は言った。
『心配なら、支えたいなら、知ってもしょうがない過去になんか拘らないで、黙って傍に居てあげればいいのよん。それに……』
それにしてもあの化け物。見た目に反して意外と奥の深そうな事を言う。
『男はね、叩いて大きく成長させるものよん☆』
……最後の一言の口振りには、怖気が走ったけれど。
「結局……あの人(?)はお兄さんの何だったんでしょうねー?」
……ホント、今さらな疑問ね。風。
「何か、浅からぬ因縁を感じますけど……」
確かに……。言葉には妙に説得力と重みがあった。だが……いくら何でもあっち系の心配はない、と信じたい。
あまりにおぞましくて鼻血も出やしない。
「一緒……」
「わんっ!」
……あなたは変わらないわね、恋。
「まあ、イマイチ釈然としないものは残りますが、人の過去を一々詮索はしないという方向で、ここは一つ」
「……さすがに当人には訊けませんからね」
「はい……」
「………?」
結局あの化け物の言葉の通りにするしかなさそうなのが、癪ではある。
あとは、一刀殿の所に向かった星がどうなったかだけど………
「悪かったってば! 体が勝手に……」
「問答無用ぉー!」
……ああなったのか。
「一刀、どないしたん? その怪我」
「何でもない……」
翌日、今さらながらの黄巾の乱終結の宴……と言っても、大々的なものはとっくに終わっているから、仲間内でやるパーティーみたいなものである。
もちろん兵士の皆にもお祭り騒ぎで楽しんでもらってはいるが、城に招待されたのは俺、星、風、稟、雛里の五人だけ。
「もしかして……昨日のバケモンにやられたんか?」
「霞、そこで頬を赤らめるな! 洒落になってねーぞ!?」
やっぱり変な感じに誤解されてるー! ロリコンでも節操なしでもいいからそれだけはヤメテ!
「その点に関しては、大丈夫だと思うのですよー」
と、机を用意していた俺と霞の会話に、椅子を持ってきた風が割り込む。
「大丈夫て?」
「お兄さんに、そちらの気はないという事です」
何と、意外な所から思わぬ助け船が。
「ほんで、理由は?」
「昨晩、何やかんやでお兄さんは星ちゃんに強引に迫ったらしいので。女性好きというのは証明されたかとー」
「っ……!? げふっ! ごほっ!」
つまみ食っていたお菓子が喉に詰まる。な、何で……
「星ちゃんに聞きましたー」
「へぇ……自分より強い女手籠めにしようとするやなんて、ちょっぴり見なおしたわ〜♪」
「…………」
当人に目をやれば、素知らぬ顔でメンマをシャクシャクいわせている。
おのれ、あんだけボコボコにした上に世間的にも追い詰めようとは。いや、貂蝉がどうこうとか勘違いされるより数千倍いいんだけど。
「いや、手籠めというかその……魔が差したというか……」
「……この状況では、誰もご主人様の味方にはなりません」
「最低」
「だから、未遂なんだって……」
「いじけてもダメですよ」
うぬぅ……。稟や風はともかく、雛里までもが敵に回るとは。
「………?」
恋、お前だけが俺の心の支えだよ。いや、実際かなり最悪な事した自覚はあるんだけどさ。
あんだけボコボコにされた後、星自身の口から「まあ、このくらいで勘弁してやるとするか」って言われた後に責められるのもちょっと釈然としないというか何というか。
……まあ、いつもの事か。と開き直ろうとする俺の耳に、この賑やかな流れに場違いな、不機嫌そうな声が届く。
「……何? あなた達、こいつらに真名まで許してるの?」
“こいつら”と来ましたか、詠さん。おかしい、白装束もいないのに、前の世界の時と大差ない警戒具合である。
「私は許した憶えは無い!」
と、何故か自信満々に華雄。悪意の欠片も無さそうだ。そういや、許す許さん以前にこいつの真名、知りもしないな。誰かが呼んでるのも見た事無いし。
「詠ちゃんダメだよ。そんな言い方しちゃ……」
流石の癒し系、月がそれを困ったように諫めてくれる……が、何か出会ってから、月の元気な姿を一度も見てないな。
見た表情全部、眉が八の字になっている。
「月は簡単に他人を信じすぎるんだよ! だからあんな連中に付け入られて……」
何だ何だ? 本当にノリが白装束の時に近いぞ。
そういえば……
「霞、昨日の話って……」
「あー……何ちゅうか、ウチの一存じゃ言えんっちゅーか。スマン」
「……いや、ならいいよ」
何進や十常侍の事を、何か言いづらい理由がある。という事は、詠や月が関わっていた?
えーと、そもそも『三國志』ではどんな経緯で董卓が洛陽の実権を握ったんだっけ?
「…………」
ダメだ、思い出せん。とその時、雛里と目が合った。
「(………コクッ)」
頷く。どうやら、俺の感じている疑問に気付いているらしい。
もしくは、もう正解まで持っているのか?
……後で話してみよう。
「……ごはん」
そんな、微妙な心境に浸っている俺の袖を、恋が軽く引く。いつの間にかパーティーの準備が整っていたらしい。
「待っててくれたのか、偉いぞー、恋」
一人で勝手に食べ始めていなかった恋が微笑ましく、頭をぐりぐりと撫でる。
くすぐったそうにする恋に、さっきからピリピリしていた詠がへなへなと脱力した。さすが恋、小動物的癒しパワーだ。
「癒されてない!」
「あれ、口に出てた?」
「あったり前でしょ! あんたバカじゃないの!?」
「まあ、それはそれとして……始めようか」
「流すな!」
事情はイマイチわからんけど、詠の情緒不安定に付き合ってたら埒があかん。
俺の横で涎をゴシゴシと拭っている恋を、これ以上待たせるのも忍びない。
「んじゃ、始めんでー! 皆、盃を持ちー!」
霞が、俺から聞いて以来気に入っているらしい『乾杯』の音頭を取ろうとした、その時………
「ストーー……」
軽やかに、しかし重量感たっぷりに、庭の壁を越えて、それは飛び上がった。
膝を抱えて丸まってなお巨躯を誇るそれは、まるで岩石のように飛来し、
「ッッップ!!」
軽く地面を揺らして、庭に着地した。
「「………へぅ」」
雛里と月が、仲良く気絶した。
「月ーーーっ!?」
詠がその二人を支える。さりげなく雛里も支えてやるあたり、詠も良い奴なんだよな。ツン子だけど。
「き、貴様は……。ここで会ったが百年目! 昨日の凡退の借り、今返してやる!」
「詠! 何が『ボクの街で怪しげな集団なんて出させない』や! おま……怪しさの権化みたいなんがおるやないか!?」
華雄が完全に別な方向にテンションを上げ、霞が全く今さらなツッコミを入れる。
「んも〜、ご主人様のイ・ケ・ズ☆ このわたしをのけ者にして、こーんな楽しい事しようだなんてっ!」
確かに、今の今まであれに気付いてなかったというのは、落ち度と言うしかないな。
「このっ! このっ!」
「ぬぅ……! 当たらんっ!」
「いや〜ん☆」
二人掛かりで、現れた化け物(貂蝉)に斬り掛かっている霞と華雄の反応はある意味正しいのだが……おかしいのは、
「君たち、冷静だね?」
星、風、稟の三人娘のクールっぷり。星と風は性格的にわからんでもないが、稟のあの態度は納得出来んぞ。
「ああ、話は聞いたのでな」
何の?
「一応、人並みの知性はあるようなので」
何故わかる?
「兄ちゃん、それを訊くのは野暮ってもんだぜぇ?」
自分の口で言いなさい。
「……まぁ、いっか」
この三人が俺を煙に撒くのはいつもの事だし。
「で、お前何でここに来たの?」
「そりゃぁもう、この鍛え上げられた美脚で♪」
的外れでキモい事をほざきながらも、霞と華雄の攻撃を避けてるあたりが、外見だけでなく中身も化け物だ。
「(もぐもぐもぐもぐ)」
恋も既に、騒ぎを無視して口いっぱいに肉まんを詰め込んでる事だし。
「じゃあ部下の事は任せましたよ、“ご主人様”」
「ボクはあんな怪物の主人になった憶えはなぁーーい!!」
厄介なのは詠に押し付けて、俺も宴会を楽しもう。
この日、色々あって忘れていた、黄巾の乱での恩賞を、帝から承った。
病の床に臥せているらしく、詠から渡されたその肩書きは……
王都警備隊、隊長。
【あとがき】
前回感想で、いくつかご指摘頂いたのですが。
風や稟の言葉使いが変、との事。水虫的には気付けなかった部分であり、ありがたいご指摘でした。
ただ、自覚がなかったため、どこをどう直せばいいのかわかりません。
よろしければ、アドバイスなど頂ければ幸いです。言葉使いがおかしかったのが前回に限っての話なのか、今までずっと変だったのか、それだけでもお教え下さると、非常に嬉しいです。