とりあえず、霞たちも長い転戦を終え、色々と手続きもあるらしいし、詠の言っていた話も、俺たちが聞いていい話ではないようだ。
と、いうわけで。
「うふふ♪ ご主人様が二人きりでお茶にお誘いしてくれちゃうな・ん・て☆ これはもう期待しちゃっていいのかしら、期待しちゃうしかないわよねえ?」
「何の期待だ。不穏な空気を感じたら即、人を呼ぶからな」
そのために、周りに人がいる茶屋を選んだのだ。……まあ、何だかんだ言って嫌がる相手を襲ったりはしないと思うけど。
そんなわけで、洛陽の茶屋with化け物である。
「んもぅ、相変わらず辛辣な物言い! そうやって焦らして焦らしてわたしを高めようって言うんでしょ? イジワルなんだから〜♪」
「…………」
前の世界の人間と再会して、うっかり斬り付けたくなるとは思わなかった。一年数ヶ月ぶりの殺意だ。
「……はぁ、で? おまえ何で洛陽にいるんだ?」
「あらん? 言わなかったかしらん? この外史では、わたしのおうちは洛陽にあるのよん」
……そういや、初めて会った時も白装束に家壊されて暴れてたんだっけか。
「んもう! それよりご主人様ってば強引なんだからぁ。会うなりいきなり剣を突き付けて有無も言わさず連れ込むな・ん・て☆」
「あの場でお前が俺を『ご主人様』なんて呼んだら、俺はあらゆる意味で死んでたんだよ」
あの対応もいらん誤解を招きそうではあるが、背に腹はかえられん。あの時はああするしかなかった。
……つーかあの時の雄叫び、皆に聞こえてないよな?
「……はぐらかすのもいい加減にして、そろそろ教えてくれ」
こいつとの久しぶりの掛け合い以上に、大切な事がある。
「あの時……何が起こった?」
いきなり放り出された別世界で、俺を主だと慕って、支えてくれた仲間たち。
……そして、唐突で理不尽な、別れ。
『あなたがここまで来た以上、終端はすでに確定してしまった』
『この外史はすでに終幕を待つ状態なの……。あとはいかに終わりを迎えるか……それだけの問題』
『終幕の始まり……。決められたプロットが遂行されて始まる。これが物語の終端』
「俺があの鏡に触れる。それがあの外史の終端だった、ってのは理解してる」
人が死ぬのと同じように、物語にも必ず終わりがくる。
こいつらが言っていたのは、そういう事だった。
だけど……
「……何で俺を、あの時泰山に誘導した?」
あんな……“終わるための終わり”を、俺は求めてなんかいなかった。
かけがえのない、大切なものを失った傷が、理不尽な世界の在り様への怒りとして、目の前の貂蝉へと向けてしまう。
それを………
「俺があの時、鏡に触らなければ! あんな終わり方……」
「したわよ?」
冷めた貂蝉の一言が、断ち切った。
「わたしは、左慈と宇吉の、鏡を完全に破壊して消し去る企みを阻止させる。そのためにあなたを泰山に向かわせたのよん」
あの時、左慈と会って突然豹変した時と、同じ。
「泰山に向かえばあの外史が消えないなんて、わたしは一言も言ってはいない。わたしの望みは、鏡に触れたご主人様の想念が、新たな外史を作り出す事。完全なる消滅ではなく、『再生』を望んだの」
言葉の一つ一つが、頭に冷や水を浴びせるように染みていく。
結局、消える事が決まっていた。完全な消滅を避ける、俺に出来たのはそれだけ。
「そうして生まれたのが、今ここに在る外史」
外史だの、正史だの、そんな事どうでもいい。目の前に在る世界が、俺の現実だ。
「だったら……」
そう、この現実。
「何で誰も俺の事を覚えてねぇんだよ!? 俺が願って生まれた世界なんだろうが!?」
この現実で味わってきた思いが、今まで抑えつけてきた思いが、吹き出す。口を、止める事が出来ない。
「前の世界の大切な仲間の誰一人、ここにはいない。これが俺が望んだ外史だってのか!?」
いつしか、周りの客の視線が俺に集まりだした。俺は、“そんなこと”とは関係なく、涙が出てくる情けない顔を見られたくなくて、俯いた。
新しい世界で生きていく覚悟は、とっくに出来ていたはずなのに……。
けど……、情けないと思う反面、安心もした。俺はまだ、“皆”のために泣けるんだって、わかったから。
「勘違いしないでね、あなたは神でも何でもないの。ただの主人公、基点に過ぎない。望むままの世界を作れるわけじゃないわ」
現実を受け入れ切れずに泣く、そんな馬鹿な子供に、容赦なく言葉は浴びせられる。
「それでもまだ、外史というものを理解出来ていたから……随分とあなたの想念は反映されているのよ?」
「……な、に?」
言われた事の意味がまるでわからず、阿呆のように訊き返す。
「前の外史で、元々居た世界の知り合いが一人でもいた? 愛紗ちゃんも朱里ちゃんも鈴々ちゃんも、皆他人だったでしょう?」
元々居た、世界……?
「あの外史で、鏡を通してあなたの想念が反映されたから、この世界にはあなたの大切な人たちがいる。ただそれだけのことよん」
……言われてみれば、前の外史に来ていきなり愛紗と鈴々に主扱いされてたから忘れてたけど、前の方が状況悪かった……んだな。
ちょっと、落ち着いてきた。貂蝉に当たり散らしてもしょうがない。……でも、聞き逃せない単語もあった。
「……この世界にも、確かに大切な人は“出来た”よ。でも、“皆”がいたわけじゃない」
……よし、落ち着いてきた。前の世界が大切で、別れがいくら悲しくても、この世界とは混同しない。
そんな、俺が苦労して身につけた習慣が……
「どっちも同じよん」
「…………は?」
たった一言で、あまりにあっけなく、崩れた。
同、じ……?
「さっき言ったでしょう。この外史には、あの外史のあなたの想念が少なからず反映されているって。あの外史でのあなたとの繋がりは、皆の中で確かに息づいている」
「あの外史での、繋がり……」
その言葉が、正確に頭の中に入ってこない。
「でも、皆、俺のことを覚えてない……」
そうだ。だから俺は、二つの世界を混同しないように……。
「前の世界の爪痕が、心の奥に眠っている程度ものだからねん。……心当たりが、あるんじゃないかしら?」
そう、言われて………
『いや、すまん。何故か全く違和感がなくてな。気付かなかった』
『あなた、私とどこかで会った事がある、の……?』
『ねえねえ! お兄ちゃんって、呼んでもいい?』
『ご主人、様………?』
『? ………そう、呼んでた』
「…………」
今まで微かに感じていた違和感が、繋がった。
「その眠っている潜在的な記憶は、類似した現象が起きた時に既視感のように呼び起こされるかも知れない。あるいは、自我の薄まる夢の中に現れるかも知れない。時には、全く何の脈絡も無しに現れるのかも知れない。それは、あなたにもわたしにも、もちろん当人にもわからない」
それでも、どこか納得がいかなかった。
「同一人物、なのか……?」
なら、今まで、俺は………。
「そうとも言える。でも、そうでないとも言える」
「……お前、さっき同じって言ったじゃないか」
どっちなんだ。もう何か頭痛くなってきた。
「なら、どう言えば納得するのん?」
咎められるようなその物言いに、何も応えられない。
「あなたは何を以て同じ人間だと定義するの? 同じ身体を持っていれば? 同じ記憶を持っていれば? 例えば今の星ちゃんに、前の記憶をそのまま放り込んだら、それで満足?」
「…………」
同じ人間の、定義……? 考えた事も、なかった。
「世界そのものが違うのよん。そういう意味では、あなただって“同じ北郷一刀”とは言えないかも知れない。その身体は、あの身体とは別物。その脳も別物。でも、あなたにとってのあなたは、“北郷一刀”でしょう? 絶対の真実なんて、この世のどこにもありはしない」
俺も、別人。いや、そうとも言いきれない? 何か、だんだん現実感が無くなってきた。
前の世界どころか、今ここにいる世界すらも。
「要するに、前の世界だの今の世界だの、ぐだぐだ考えるのはやめなさい、って言うことよ。考えたって、たった一つの解なんて出やしないんだから」
………色々と混乱するような事を散々言った貂蝉の、実にシンプルな言い草だった。
そこだけは、よーく理解出来た。
「どこの世界だろうと、俺は俺らしく、か?」
「そういうこと。北郷一刀は北郷一刀、皆は皆、世界が変わってもそれは変わらない。あなたはあなたの解を見つければ、それでいいの♪」
未だ、全てが納得出来たわけじゃない。それでも、わかりやすい一つの方向性を示してくれた貂蝉と、
「……相変わらず、気持ち悪いな。おまえ」
すっかり冷めてしまった熱燗の盃を、ぶつけ合った。
(あとがき)
今回のは、独自解釈や、本作のみの解釈も多く含まれてそうな話。
次回は、今回の話の義勇軍サイドからの話の予定です。