「あ〜、ええ天気やなぁ〜……」
「そーですねー……」
白々しい霞のぼやきに、敢えてノった風が、馬上で器用にすやすやと寝息を立てる。
「終わった事を何度も繰り返し指摘するのは、少々くどいですよ?」
「そりゃそうやねんけど〜……」
稟は、霞の意図を知った上でストレートに指摘する。
「張遼、何を沈んでいる? 我々は黄巾の賊どもの主軍を撃破し、その残党を隅々まで狩り尽くした。首領・張角こそ討ち損じたものの、実質この乱の鎮圧の花形であろうが」
「……お前は暴れられりゃ何でもええだけやろ」
「うむ!」
……うむ! じゃないよ、華雄。馬鹿にされた事に気付いてないだろ。
にしても……
「張角、ねぇ……」
霞たち宛てに配布されてきていた張角の姿絵に目をやる。
華琳の軍が張角を討ち取った、って聞いてから、気になっていた事ではあったのだ。
「ま、すぐわかるか」
「何の事だ? 一刀」
「いや、別に」
訝しげに俺を見る星をスルー、今話しても仕方ないし。
「まあ、なんだ。ごめんな霞。俺たちに合わせたばっかりに」
「……そない直に謝られると、言い返せんやん」
黄巾党主軍に大勝した後の残党狩りで、霞たちには結構俺の意向に合わせてもらったりしたのだ。
本来なら主軍に勝った後、一度洛陽に戻るはずが、“官軍直々に”大陸のあちこち回ったせいで、予定より大幅に日数を食い、おまけにようやく洛陽に着いた途端、十常侍とか言うのに、門前払い同然に陳留への名代にされた。
人使いが荒いにもほどがあるし、霞が愚図るのも無理はない。
「それに、『俺たちだけでも行く』って言われて、『はいそーですか』とも言えんしなぁ。何より、うちの大将が“それ”や」
さりげなく結構嬉しい事を言ってくれた霞がジト目で指すのは、俺の、馬の手綱を握る両腕の……間。
「……すぴー……すぴー……」
泣く子も黙る『人中の呂布』……のはずのおねむな恋である。
馬に二人乗りで、横座りの体勢で俺に体を預けて、すやすやと幸せそうに眠っている。
ホント、何でここまで懐かれてんだ? いや、恋に理屈を求めたら負けか。
霞たちが一度洛陽に戻ろうとして別れそうになった時も、「……一緒」の一言で全員を黙らせた強者だしな。
「恋さん、本当にご主人様によく懐いてますね……」
「雛里、懐くなどと犬猫のように言うものではないわよ」
「犬猫ではないか」
雛里、稟、星と、お馴染みのやり取り。自分の失言に気付いた雛里があの魔法帽子で顔を隠すのもいつも通りだ。
「そ・れ・よ・り、一刀の方が残念なんとちゃうん?」
さっきまでムチャクチャダレてたくせに、いきなり猫耳的なものを生やして眼を輝かせる霞。
「王都で催される戦勝の宴! 黄巾の討伐に乗り出した各諸公を労う宴! 来るんやろうなぁ、来たんやろうなぁ?」
腹立つな、こいつ。
「パッチリおめめの桃色頭、気になるあの娘に会えたかも知れねえよなぁ?」
“風は寝たまま”、宝慧がいらん事を言う。こいつも腹立つな。
「我らが主は大層彼の御仁にご執心でありましたからなぁ。北郷一刀殿?」
敬語ですか星さん、そうですか。
「お前らホントいい加減にしろよ。半年も前のネタだろうが、いつまで引っ張ってんの」
ロミオとジュリエット的な心境で、結構気にしてるんだぞ? こっちは。
それはともかく、今の強引な話題転換で、霞の愚図ってる本音が見えた気がする。
「要するに、霞は酒呑んでパァーっとやりたいんだな?」
「そーなんよー! お楽しみを次から次に引き延ばされてへこんでんねん!」
言われてすぐ開き直るなら、初めからそう言えばいいものを。
「……確かに、もう何ヵ月酒を飲んでおらん事か」
「しみじみと賛成するね、星」
「酒は人生の伴だからな。メンマも久しく食しておらんし」
「おお! さすが星や、話がわかるわぁ〜! ……メンマはともかく」
「……今、最後にボソッと何か聞こえた気がしたが?」
「気のせいやろ」
まあ、ずっと転戦生活続けてるしなぁ。皆、やっぱそれなりに疲れてるか。
元気なのは……
「………」
「ん? 何だ北郷、私の顔に何か付いているか?」
こいつ(華雄)くらいのもんだ。
「見えてきましたね」
「ん?」
稟の声に誘われて前方に目をやれば、この辺りでは一際栄える都市。
華琳の治める地……陳留。
はてさて、大将軍様の名代として遣わされた恋(一応)。その副官である霞や華雄は当然同行し、後の義勇軍の皆は街でのんびり時間を潰してる。
………で、
「一刀、何でついて来たん?」
恋の手を引いて連れてきている俺。
「ダメか?」
「いや、恋や華雄の手綱握るん大変やし、むしろ助かるんやけど」
「ちょっと待て! 恋はともかくこの私が手綱など……」
怒る華雄はスルーしつつ、
「まあ、ちょっと気になる事があったから。それに、一応曹操とは面識もあるんだよ」
俺たちは、陳留の城の広間へと案内されていた。前方で、案内役の猫耳頭巾が、警戒心剥き出しにこっち……ってか俺を見ている。
相変わらずだな、桂花。いや、別人なんだからこの表現はおかしいか。もしかしたら華琳みたくリニューアルしてるかとちょっとだけ期待したんだが、どうやら変わらんらしい。
そして、広間に到着。真ん中に堂々と立つ華琳、その脇に春蘭、秋蘭、季衣……知らない女の子が三人。
「……北郷?」
「久しぶり」
俺を見た途端、華琳の眉がはね上がる。春蘭、秋蘭も似たような反応だ。
まあ、都からの遣い……としか聞いてなかっただろうからな。
「……そう。あれからずっと官軍と共に行動していたのね。まさかこんな形で再会するとは思わなかったわ」
「俺もだよ」
そんな短いやり取りの後、すぐに華琳の目は移る……霞に。
「あなたが、何進将軍の名代?」
「や、ウチは名代の副官。名代はそっちの呂布や」
そして霞が指差すのは、俺の斜め後ろ。
「………?」
俺の袖をつまんでいる、未だに状況を理解してない……というかどうでも良さそうな恋。
まあ、これが将軍の名代なんて、誰も思わないよなぁ。
「…………」
「…………」
何も言わないし。これじゃ会話にならんぞ。
「……一刀、通訳頼むわ」
「俺かよっ!?」
しかも、通訳とは言わんと思うぞ?
「えー……と、今回の黄巾党首魁・張角の討伐の手柄を称えて……」
やべ、何だっけ?
「西園八校尉の一人」
「それだ。それに任命するという事であります」
霞のフォローに救われつつ何とか言え……
『…………』
やべえ、確実に怒ってる。華琳のみならず他の皆さまも。
や、やっぱり無礼な感じだったのか! だから俺には無理だったんだって。霞、何その涼しい顔!?
「………一刀、おなか減った」
恋ーーーっ!? 火に油を注がないで!
「それで、張角の首級はどこだ?」
華雄も空気読め! とはいえ、一番気になってた事ではある。
あの姿絵。身長三メートルはあろうかというヒゲモジャの大男。しかもご丁寧に、八本の腕と五本の足、おまけに角としっぽまでお召しになっていらっしゃっていた。
あんなでたらめな姿絵で、張角本人が見つけられるわけがない。本人の姿がわからなけりゃ、影武者なんか立て放題だ。
けど実際に華琳は張角を討った、と宣言した。本人だって確証も無しに、華琳がそんないい加減な真似をするとも思えないから、華琳はどうにかして張角本人の外見の特徴の情報を知った事になる。
気になるのは、ここからだ。
「は、張角は首級を奪われることを怖れ、炎の中に消えました。もはや生きてはおりますまい」
……外見的証拠は無し、ね。
「ふんっ! 首級がないとは片手落痛っ!? 北郷貴様何をするかっ!」
「これ以上話をややこしくするなっ! 頼むから!」
そんなに俺の死亡フラグを積み重ねたいのか、お前は!?
「えっと、曹操。色々と悪かった。それで、張角って……これ?」
とりあえず、色々失礼だったのを謝り、例の姿絵を広げて見せる。
「……ええ、噂が一人歩きして少々誇張表現になっていたけれど、特徴的な髭をたくわえた大男だったわ」
あの姿絵の通り、ね。おまけに春蘭が不思議そうな顔してる。……嘘か。
これで決定だ。わざわざ嘘をつくって事は、張角は生きてる。
けど、華琳が足のつくような真似をするわけもないから、もう黄巾の乱みたいな事が起こらないようにはしたはずだ。
「一刀?」
「いや、何でもない」
考えてみれば、華琳が民の苦しむような事を認めるはずもない。確認の必要もなかったな。
「では、色々と失礼を致しましたが、これで失礼させて頂きます」
それだけ言って、俺は逃げるようにくるりと踵を返す。恋の手を引いて、華雄は霞に任せて、さっさと退散……
「待って」
出来なかった。
「呂将軍。そちらの北郷一刀に、少しの間時間を取らせては頂けないでしょうか」
何ですと?
「………やだ」
そして即答。だが、霞がそんな恋を無視して会話を進める。
「少しの間て?」
「半刻ほどで構いません」
ていうか、俺本人に訊いて欲しいんだけど。
「……余計な真似、しいなや」
「は……」
しかも、念を押したとはいえ許可した!?
「……これから、一刀と、ごはん食べる」
よし、いいぞ! 頑張れ恋!
「ウチらはその間、ごはん食べたいねんけど……」
「あ、はい! 案内します!」
季衣が、霞の言葉に、華琳に目で確認しあってから、了解する。食堂に案内するつもりらしい。
「………♪」
俺<食べ物の図式が成立したっ!?
こうなったら残る頼みの綱は華雄のみ……
「ふんっ、ただの付き人のくせにしゃしゃり出るからそうなる」
さっき叩くんじゃなかった!
季衣に連れられてスタスタと出ていく恋、霞、華雄。
一人ぽつんと取り残されし俺。
「…………」
「…………」
「…………」
視線が肌に刺さって痛い。主に春蘭の。
「悪いわね。少し付き合って頂戴」
そんな場の空気を無視して、華琳も扉に向かう。付いてこいって事ですか。
「……いきなり首刎ねたりしない?」
「……あなたは私の事を何だと思っているの?」
華琳の呆れたような呟きに、俺は不安と一縷の望みを等量に感じていた。
(あとがき)
前回の話ですが、何進はテレビ版だと女、とのご指摘を受け、説明不足かと思い、後れ馳せながら説明を。
テレビ版は一刀がいないらしいので見てはいないのですが、何進が女で登場したらしいのは知っています。ただ、見てないから口調や性格もわからず。
何より原作では男となっておりますので、本作の何進は男と相成りました。
まあ、既に退場したキャラですけども。
何か、朝起きたら携帯の表示がやけにわかりにくくなってました。慣れるまで大変そうです。