「と、いうわけなの......」
「ああ、そう......」
訊かんで良かった。要するに、傲慢な態度をとった華雄に愛紗がカチンときただけ。
愛紗的には、自分はともかく桃香や義勇軍まで軽く見られて退けないのかも知れないが、もっと穏便に解決出来んのかね。
「愛紗ー! やれー! ぶっ飛ばせー!!」
鈴々は役に立たん。むしろ、ふとした拍子に乱入しそうな雰囲気だ。
「えーと......一刀さんこそ、その背中は......」
「拾った」
桃香が訝しげな顔をするのもわかるけど、他に説明のしようがない。俺だって何でこうなってんるかわかってないんだから。
「とにかく、止めようか」
「手伝ってくれるの?」
「そら、ほっとくわけにもいかへんしなぁ......」
と言いつつ、ちょっと自信は無い。人垣をかき分けて騒ぎの中心に入り、既に得物を構えている両者を、桃香と霞が止めに入るが、
「愛紗ちゃん? こんな所で青龍刀は......」
「桃香さまは黙っていてください」
「コラ華雄! お前何血迷っとんねん!?」
「止めるな張遼! 武人が己が武を侮られて、黙ってなどいられるかっ!」
「それはこちらの台詞だ! 貴様が侮った雑軍の実力、身を以て知るがいい!」
ダメだこりゃ。完全に頭に血が上ってる。
けど華雄はもちろん、愛紗だって俺と親しいとは言い難い。桃香や霞でダメなのに、俺の言葉で止まるわけもない。
「「はぁああーーっ!!」」
などと対策を考える時間すらなく、烈迫の気合いと共に、二人は刃を振り上げる。
「ちぃっ!」
「っ......!」
舌打ちした霞が偃月刀を構え、桃香が息を呑む。
誰もが収拾のつかない乱闘騒ぎを覚悟した、まさにその時......。
「......うるさい」
えらく不機嫌そうな呟きが、まさしく耳元で聞こえて、
「はっ!?」
一筋、光が奔って、華雄の戦斧が宙に舞い、
「な......!?」
さらに一筋、相手が得物を無くした事で行き場を失った青龍刀を、光の一閃が叩き落とした。
あまりに一瞬の出来事に、俺は背にしていた柔らかな重みがなくなっていた事にも気付かず、
「......は?」
はらりと、自分の髪が一筋、宙に流れた所でようやく事態を把握する。
今、俺の後ろには、不機嫌な顔で一仕事終えた戟を手にぶら下げる恋が立っているのだろう。
目にも見えない、閃光のような二撃......のはずだ。だって、この位置からじゃ見えなくて当たり前だし。
......あ、耳の端ちょっと切れてる。
「「...............」」
横槍を入れた形とはいえ、易々と得物を落とされた二人が、驚愕と、あと邪魔をされた不満の籠もった目を恋に向ける。ついでに俺も振り返って恋を見る。
「......迷惑」
恋は一言、非常に簡潔に今の状況を表した。いや、単に個人的な感想なんだろうけど。
そのまま無造作に戟をガシャッと放り捨て......いや待て、さっきまであれ無かったぞ? どっから生えてきた?
恋はそのまま、半分も開いてない眼で辺りを見渡して、手近に寝心地の良さそうな場所がないと判断してか、また俺の背中に顔を埋めた。
流れに任せて、そのままおぶる俺。何となく決め手になりそうな予感がして、そのまま愛紗と華雄の所まで運ぶ。
「......寝てる時は、寝てないと......ダメ......」
寝言みたいにそう呟いた恋は、そのまますやすやと再び寝息をたて始める。
はは......、恋の一人勝ち逃げだな。
「......華雄、ここは恋に免じて退いてくれ。な?」
「......お前は?」
「北郷一刀、義勇軍の片割れの指揮官だよ」
「..................」
華雄は、そのまま黙って戦斧を拾って、立ち去った。
......俺は武人なんて到底名乗れないけど、一応『男の子』だからか、感覚はわかる。
自分が拘り誇る武、それを無造作に振るって、まるで頓着しなかった恋。
その前で、これ以上強さに固執するような真似を見せれば、自分の器の小ささを晒すようなものだ。
自分の武に誇りを持つ人間なら、そんな自分の心情を決して認めはしないだろうが、何となく恥ずかしくなって躊躇われてしまう。そういうものだ。
「関羽」
何はともあれ、片方は落ち着いた。けど、そのせいで感情の行き場を失った愛紗に、向き直る。
「..................」
色んな感情が、頭の中でぐちゃぐちゃになってるんだろう。
義勇軍を軽く見られた怒り、桃香の制止も聞かなかった自分の頑迷、恋の力と「迷惑」の一言、そういうのが。
正義感が強く、ちょっと頭が固くて、たまに熱くなった後で失敗して、冷静になってから後悔とか羞恥心とかが湧き上がる。
愛紗はそういう子だ。
「関羽が怒った理由もわかるし、その気持ちは大事なものだと思うよ?」
恋の一言で色々と自覚する事はあって、それでも自分の義憤は否定できない。
そこまでわかっているだろう愛紗だから、これ以上お説教は必要ない。フォローだけだ。
「でも、それを華雄に直接ぶつけなくてもいい。本来の、関羽たちが誇るべき強さを見せて、それで見返してやればいい」
......本当なら、俺がこんな事言うべきじゃないのかもな。混同してるわけじゃない、と自分に言い聞かせながら、事の成り行きをぽけ〜と見守っていた霞に、意味深に笑って言う。
「その機会なら、すぐに来ると思うから、さ。桃香にも聞いて欲しいんだけど」
「え? わっ、私!?」
何か慈愛の眼差しで見守っていた桃香に話を振り、得心が言ったように笑った霞とアイコンタクト。
「ちぃっと、場所変えよか。ウチから説明するわ」
これなら、愛紗も納得するし、華雄も見返せる。そう思って満足する俺は......
「......北郷殿」
「ん?」
「ところで、その背中の者はどういうわけでしょうか?」
そちらの問題を、すっかり忘れていた。
「......雛里ちゃん?」
祭りの喧騒から離れた裏通りに、少女が二人。
「朱里ちゃん......」
同じ私塾で学を修め、共にこの乱世をどうにかしたいと、立ち上がり、旅立った二人の少女。
「大事なお話って、何?」
「え、えっと......あの......その、ね......?」
元来、人見知りの激しい雛里だが、親友たるこの少女に対しては普通に接する事は出来る。ただ、今の雛里は上手く言葉を絞りだせずにいた。
対する親友、朱里はその気持ちを理解し、そして......理由にも見当がついていた。ゆえに、くすりと小さく笑う。
「......わたし達、一番のお友達だよね? 隠し事なんて何もなしって約束した」
「...............ん」
雛里は、その真摯な言葉に極度の緊張から抜け出す。否、緊張は別のものへと移り変わる。
静かで、確かで、重い。それは緊張ではなく......覚悟。
「聞かせて、雛里ちゃん」
「......朱里ちゃん、言ってたよね? 自分は、劉備さんに忠誠を誓ったって......一刀さんは、どこか危うく感じるって......」
覚悟を決め、口を開けば、彼女自身が思っていたより自然に、言いづらく感じていた言葉を紡げた。
「一緒に大陸を平和にしようって、劉備さんの理想を、叶えようって......」
この時点で、朱里は雛里の言いたい事を概ねわかっている。それでも言わねばならない、聞かねばならない。
「でも......わたし、ね? ずっと前から感じてて......曹操さんとの会合でまた......思ったの」
「......思ったんじゃなくて、決めたんだね」
雛里の言を、さらに確固たる言葉で正し、朱里は先を促す。
「うん......、わたしは、今まで育てあげてきたこの知略を......あの方のために使いたい」
「そっか......」
わかっていた言葉を受けた朱里は、それでも胸に決して少なくない寂寥感を受けて、しかし受け入れた。
「一緒に行こう、なんて言わないよ。わたしのせいで、雛里ちゃんの信じた道の邪魔、したくないから」
邪魔、の一言に反射的に首を振りかけた雛里は、思い止まって別の言葉を口にする。
「......わたしも、言わない。一緒に居ることより大切なこと、あると思うから」
親友よりも主君を選んだ。そんな単純な問題ではない。
一緒に居たいという願い以上に、親友に信じた道を進んで欲しい。
その想いを、互いが互いに抱いていて、それを理解しあっているからこそ。
二人は、互いの顔が見えないくらいに、強く強く抱き締め合った。
「......わたし達、離れても、いつまでも、一番のお友達だよ」
自分の頬を伝う涙を、見せないために。
「......えっと、それで一刀さんは?」
「まだ、星たちには相談してないけど、個人的には願ってもない話だと思ってます」
「......一刀、何で敬語なん?」
だって、
「...............」
あちらの美髪公さまが怖いんだもの。直接ひっぱたかれない代わりに、何か眉間の皺が深くなって妙なオーラが吹き出している。
甘かった。これならしばかれた方がなんぼかマシだ。何か距離を感じて余計にへこむし。
「......あの、関将軍は、どうお考えでしょうか?」
「私は将軍などと大層な身分ではございません。それに、成り行きで行動を共にしているだけのあなたに気にされなくても結構です。"北郷一刀殿"」
わざとらしいフルネーム呼びだし。
ところで、今は城に戻って恋を寝かせ、霞から同行の説明を受けた後である。
「愛紗ちゃん、意地悪な言い方しちゃダメだよ? 本当はさっき宥めてくれた時、嬉しかったくせに♪」
「桃香さまっ!」
あっ、ちょっとオーラが軟化した。さすが桃香だ。
「まぁ、風たちに相談もせずに決めたのは少し気に入らないのですが、明るく、前向きな決定だとは思うのですねー」
そうそう、だから多分星たち、も.........
「って風!?」
いつの間にか現れてた!?
「風なら、お兄さんが張遼将軍を口説いていた辺りからずっと居たのですよ」
「マジでっ!?」
あれからずっと? しかも何で隠れてたの?
「まじですよ? こう見えても風は一流ですからー」
......何の?
「......怒らないの?」
相談するとは言ったけど、勝手に引き受けてたし、怒られても仕方ない気はしてたんですが?
「あまり甘えすぎるのも、自尊心が傷つきますから。今は素直に喜んだり、髪の毛を引っ張ったり......」
言いながら、風は俺の髪を引っ張る。うん、はぐらかす気満々だな。
「楽しそうだね♪ ......んしょっと」
わざわざ席を立ってまで風の真似しなくていいですよ、桃香さん?
この二人、地味に仲良いよな。
「それはそうと......この乱を鎮めるために力を合わせる。私は賛成します」
おおっ!
「桃香さま! まだ朱里の意見が......」
「鈴々もさんせーーい!」
「むぅう......!」
あの二人には、さすがの愛紗も押され気味か。もう一押し。
「黄巾党との戦い、民草を守るための戦いで、関羽たちの力を華雄に見せ付ける。これが一番カッコいい見返し方だと思うんだけど?」
「っ〜〜〜〜〜............!」
愛紗はたっぷり二十秒は唸った後、
「(............コクッ)」
陥落した。
(あとがき)
前に二幕はそろそろ終わるとか言っといて、ズルズル伸びてますね。
けどそろそろ本当に二幕終了......のはず。