華琳たちが遠ざかる足音を耳にしながら、いざ見てみた皆の顔。
『………………』
……放心状態? 皆一様に感情の読めない表情。俺の覚悟は何だったのか。
「……どったの?」
結構大事な話だったと思うから、これで皆がどんな反応するのか気になってはいたのだが、そもそも俺に容易く内心を悟らせる子たちでもないという事だろうか。
『………………』
俺の呼び掛けに反応して皆、我に還ったようだが、またジッと俺の顔を見るだけ、だからそれ、わかんないんだって。
「え〜〜と……」
とりあえず、一番の不安な人員として、
「風、稟、どうだった? 曹操」
三國志で曹操陣営なはずのお二人さんに軽いジャブを入れてみた。
しかしまあ、これが失敗だったらしい。
「「「………………」」」
風、稟、さらに星までが、眼を臥せて青筋を浮かべる。何故に?
「お兄さん、歯を食い縛っておくのですよー」
いつも通りののんびりとした口調で物騒な事を呟いた風の言葉を合図に、三人娘が構えを取り始める。
風が右手を腰溜めに引き絞り、稟が左右対称に左手を腰溜めに引き絞る。さらには、助走をつけて高々と跳び上がる星。
「風ー!」
「稟!」
「華蝶っ!」
気合いの入った必殺技の掛け声を聞きながら、鳩尾と右頬に痛みを噛みしめながら、
「(これが、風の、切り札か……?)」
俺の意識は暗転した。
「華琳様の好敵手となり得ますかな、劉備は」
「なれば良し。我が覇業に華を添える、素晴らしき脇役となるでしょう。ならぬのならばそれも良し。……所詮、一時の戯れなのだから」
遠ざかる義勇軍を背に、覇道を歩む少女は、先ほどの邂逅に想いを馳せる。
「……しかし華琳様、何故北郷にあのような質問を?」
右腕たる娘の、拗ねた物言いを可愛らしく思う。
「ふふっ、言ったでしょう。所詮は戯れ、深く考えては楽しみが損なわれるわよ?」
「……それで、北郷は?」
自分の酔狂を理解する、という意味では、この左腕たる娘に及ぶ者はいないだろう。
「……喰えない男、と言った所かしら。むしろ、あちらの方が面白そうではあったわね」
「面白そう、とは……また悪い癖が出ましたね」
言いながら、薄く笑う秋蘭も、中々に酔狂だと思う。
「私は、そんな華琳様が愛しいだけですよ。それほど粋な感性は持ち合わせておりません」
思っていた事が伝わった事と合わせて、気持ちが楽しく弾む。
「ふふっ、それが粋だと言うのよ」
それにしても………北郷一刀か。
「……ねえ、本当にあの男。見覚えがない?」
春蘭も秋蘭も、小さな頃からずっと一緒だ。もし自分と面識があるとすれば、二人とも面識がある可能性も高い。……春蘭には期待してないけど。
「「………………」」
予想に反して、“二人とも”沈黙した。意外だ、春蘭は不思議そうに首を傾げると思っていたのに。
でも……
「何でもないわ、忘れなさい」
二人が口を開く前に、この話は打ち切る。
「えっ? 華琳様! 待って下さい、今……!」
「……春蘭、二度言わせる気?」
自分から切り出しておいて何だが、これ以上この話題を続けるのが嫌になった。
直接の対談も、のらりくらりと躱され、そして今もあの男の事に固執しているようなこの状況が、まるで踊らされているような気がして、気に入らなかった。
「………………」
それに、何だろう? この感覚は。
まるで、突然自分の足下が崩れ落ちるような、そんな感覚。
……それでいて、どこか柔らかい感覚。
今まで、自分にこんな感想を抱かせた人間はいない……はずだ。
北郷一刀、か……。
「面白い……」
「あのー……何で今、一刀さんは攻撃されたん、でしょうか」
雛里が、心配そうにこの朴念仁の顔を覗き込む。
似たような立場のくせに、何故わからん?
「すっ、すいませっ! ……ただ、曹操さんの評判、皆さん前から気にしていらっしゃったようなので……」
怯えられたのだろうか? 少し悲しいな。だが、雛里はやはりわかっていない。
「確かに、曹操殿の評判は以前から気に掛けていたし、実際に目にしてその器の大きさに驚きもしました」
「お兄さんの言った事自体には、何もおかしな所はないのですよー。しかしながら……」
そこで三人揃えて、
「こやつがそれを訊くのは論外だ」
「彼がそれを訊くのは論外です」
「お兄さんがそれを訊いてはダメなのですよー」
そう、今まで何故一刀の前ではこの類の話をしていなかったのか、わかっていない。
「……………」
……でも、少しは見直してやってもいいか。
覇王たる器を全身から滲ませていた曹操相手に一歩も退かず、毅然と相対していたのだから。
「……わからん男、だな」
ああして、時折凄く背中が大きく見える時もあれば、つまらぬ質問をして、こうして無様に伸びていたりする。
「さて、“行こうか”」
劉備、曹操、そして一刀。
……やっぱり、こやつが一番面白い。
風や、稟や、雛里に、呟きの意味が伝わったのかどうかは、わからない。
「何か……二人とも凄かったね〜。私、緊張して疲れちゃったよ」
「にゃはは、桃香お姉ちゃんはそんなに喋ってなかったのだ」
「あー、鈴々ちゃんひどーい」
……二人は軽い口調で喋っているが、あれはそんな軽い会合ではない。
北郷、曹操、両名とも“今は”と言ったのだ。この黄巾の乱の鎮圧どころか、その遥か先まで見据えている、そんな会話だった。
「何か……あの二人に勇気もらっちゃったかな。私も頑張らないと!」
……桃香さまも、わかっておいでか。わかっていてあんな緩い態度を取っているというのは、私には理解しかねる。
「これが、君主たる者の器か……」
あの時、完全にあの三人だけの空間が出来上がっていた。
そして、北郷一刀。今まで以上に……彼という人物が、
「……………」
そこで、趙雲殿が馬車にのびた北郷殿を放り込む様が見えた。
……彼という人物が、余計わからなくなった。
「張ぉー遼ぉー!」
「おおーい! 北郷ぉー!」
良かった、無事そうで。まあ、邑に逗留してる状態だし、被害のほどはよくわからないのだが。
「大成功!……でええんよな?」
イマイチ喜びきれないような霞の態度。そりゃそうだ、霞は兵糧の焼き討ちが成功したのか、まだわかっていないのだから。
「大丈夫、大成功で間違いないよ。……って、張遼たちの被害も大きかっただろうから、そう軽々しく言えないけど」
でも、これで最終的な被害が減る事は間違いないはずだ。食糧も無しに、あんな大軍が機能するわけがない。
「ん〜……まあ、な。けど、あの松明の仕掛けとか野襲とかも北郷たちが考えた事やから、文句も言えんしな」
「……やっぱり、結構被害大きかったのか」
「まあ、失敗しとったら自分の首が飛んどったくらいにはな」
言った瞬間、偃月刀の切っ先が俺の首の前で揺れる。
「絶対成功させるって、約束したからね」
霞の立場からすれば、当然だろう。俺は義勇軍の指揮官に過ぎないんだし。
「……せやな」
ひゅんっ、と肩に偃月刀を担ぎ直して、霞はニヤリと笑う。霞って、こういう笑い方似合うんだよな。
「まっ! お互いの信頼の勝利っちゅーこっちゃ!」
今度はキツネみたいな満面の笑み。表情がくるくる変わる。
「して、例の官軍の将らは何処か? ここにいるのだろう?」
話の区切りを見てか、星が霞に話しかける。三人とも、例のじとーっとした視線が無くなったのはいいんだけど、俺の立脚点とか、華琳との話を聞いて……何を思ったんだろう。
まあ、今の星の顔からは恋に興味津々って事しか読み取れないのだが。
「せやせや! 恋〜〜、どこや恋〜〜!」
霞の呼び掛けに応じてか、はたまた偶然か、横の通りからひょこっと、紅い髪が見えた。
「(恋……)」
また、『前の世界』の大切な人に会う。けど、先ほどの華琳の相違もあって、俺はもう前の世界と混同しない自信はある。
……いや、多分、俺を警戒する愛紗と接したりしてるうちに、その辺の折り合いをつけられるようになったんじゃないだろうか。
「………………」
相変わらずぽけ〜とした表情で、握り飯片手にこちらに歩いてくる。
白と黒のカラーリングの軍服(?)、所々に見える小麦色の肌と刺青、紅い髪と触角みたいなアホ毛。
華琳とは違い、記憶と寸分違わぬ姿の恋。
「………………」
「?」
何だろう? ジッと俺の方を見て、逸らさない。恋なら、初対面の相手の顔を見てもすぐに興味を失くすと思ったのだが……。
しかし、不審げに眉を潜めた恋の、
「あ〜……こいつちっと人見知り激しくてなぁ。ウチが紹介す」
霞の言葉を遮った一言に、
「ご主人、様………?」
「………………え?」
そんな、間の抜けた言葉しか出せなかった。
霞に呼ばれた。行ってみる。
……何か、霞の前に大勢いた。その一番前に、キラキラした服着てる男。
「……………?」
変な感じする。あったかい、お日様みたいな感じがする。
懐か、しい?
そのまま、ジッと顔を見る。近くで見た方が良さそうだから近づく。
「ッ!」
『キミさえ良ければなんだけど……俺たちの仲間にならない?』
『……簡単に、どうして信じる?』
『ヘンだからヘン』
『みんな無事で良かったな』
『……ご主人様のおかげ。……恋、約束守る』
変なのが見えた。
見た事ないのに、懐かしい景色。
「ご主人、様………?」
言葉、なぞってみる。やっぱりよくわからない。
恋は、頭が良くない。
……直接、訊いた方が早い。
「……お前、誰だ」
(あとがき)
前回の話が好評だったようで、たくさんの感想ありがとうございます。
あと二、三話で二幕も終了かな? と思いつつ、今日も更新。