「…………………」
自分でも説明出来ないような感情を、義姉妹とはいえ他人に説明するのは難しい。
いや、実際“説明”にはなっていなかった。
我らの大志、そして桃香さまの身がご自身だけの身ではないという事を、ただ言い聞かせただけ。
北郷一刀の危険性について、何も述べる事が出来ていない。
「……愛紗ちゃんの様子がおかしかったのは、気付いてたよ」
当然……
「でも、それじゃ誰も信じる事が出来ない。そんなの……寂しいよ」
こうなる。
「一刀さんは良い人だよ。愛紗ちゃんだって、ホントはわかってるはずでしょ?」
図星も突かれる。そう、客観的に『関羽と北郷』を見つめてみれば、決して……嫌いな人間ではない。
「そんな、よくわからない理由で人を嫌いになるなんて……愛紗ちゃんらしくないよ」
私らしくない、わかっているつもりだった。
「皆で手と手をとって、笑って暮らせる未来。私たちが欲しいのは、そういうの♪」
この方の笑顔には、心洗われる。そうだ、私は私らしく、漠然とした不安など捨て置こう。
桃香さまの進む道を切り開き、阻む者からお守りするだけ。
桃香さまが北郷一刀を信じるというなら、止めはしまい。もし桃香さまに危険が及べば、それを薙ぎ払えばいい。
「鈴々は、よくわかんないけどあのお兄ちゃん好きなのだ!」
もしかしたら、鈴々も同じような感情を抱いてるのかも知れない。
それでも迷わずにいられるのは、余計な事を考えずにいられるからか。自分も、少しは見習うべきかも知れない。
そこまで考えて、ふと気付く。
自分も、北郷一刀の事を嫌いではない。それどころか………
「………………」
そうか。
だから、不安になるのか。
「どう思う?」
……何だというのか?
「まあ、この乱世に本気であんな理想を目指せるのは、一つの光ではあるだろうな」
さっきから、いや、出会ってからずっと。
「ただ、現実からかけ離れた甘い理想論だという事も事実です。正直、私の耳には戯れ言と響く」
口を開けば桃香桃香桃香桃香。
「ぶっちゃけると、どちからかと言えば風的にはお兄さんの方がまだマシですねー」
「そっかぁ……」
挙げ句、劉玄徳の君主としての資格など我らに問いだす始末。
何が「そっかぁ」だ。相談に来ておいて、何を一人で考え込んでる。
「……一刀、何を考えている?」
『君主の資質』。そんな事、“自分”に当てはめて訊いた事などないくせに。
「いや、まだ話せるほど整理ついてないから」
言って、ブツブツと呟きながら背を向ける。
何だあの態度。他人事みたいな訊き方。殴りたい。
「一つだけ、言っておくが……」
ただ、それを表に出してしまうのは、何だか負けな気がした。
「お前が天の御遣いを名乗ろうが、それがたとえ虚名だろうが、既に為した事実が変わるわけではない。それだけはよく覚えていろ」
背中に掛けた言葉が間違っているとは思わないが、一刀の覚悟を確かめた後に、細かい説明もせずに『天の御遣い』に仕立て上げた自分が言うのも、我ながら少し妙だ。
「………………」
言われた一刀は、ぱちくりと二、三度瞬きして……
「ああ、ありがとう。星」
若干悩みが晴れたように呑気に笑う。
その締まりのない、嬉しそうな笑い方がまた、腹立たしかった。
「全軍! 飛ばすでぇっ!」
荒野に土煙を巻き上げて、馬蹄が響き、駆け抜ける。
(「北郷たちが見つけたんは、あの場所から半日程度の距離。しかも、ウチらは敵引きずりださなあかんから、もっと早くに暴れだす必要がある」)
掲げ、翻るは、紺碧の張旗。
(「ウチらが暴れるまで奇襲を待ってもらうんはええけど、長く兵を伏せとったらその分見つかる可能性も高うなるしな」)
その部隊、騎兵一万五千を率いるは、猛将張文遠。
(「見えた!」)
目指し、見つけた一つの野営陣地。
風に靡くその旗は、深紅の“呂”旗。
「一刀、少し行軍を急ぎすぎではないのか? 皆、連日の疲労が溜まっている」
「う〜ん、けど下準備に結構手間取ったしなぁ」
星の言葉に、俺は頭を悩ませる。こっちが早すぎたらまずいのはわかるが、何たって『神速』の張遼である。
「兵を伏せるのにいい場所も見つけなきゃならないし。ここは皆に頑張ってもらおうと思うんだけど」
「……そうか」
? 何か、星の様子がおかしい。
……今朝の話だろうか。桃香の事、本気で考えているのかも知れない。
趙子龍だもんなぁ。三國志では劉備の五虎将軍だもんなぁ。
……まあ、俺も似たような悩みを抱えているわけだけど。
「張遼は、まず味方の部隊と合流してから動くと言っていた。気負うのはわかるが、焦りすぎるな」
「……そうか」
今回の作戦はタイミングが大事だからか、少し神経質になっているのは否定できない。
俺の仲間は、皆俺よりずっと冷静だ。おとなしく言う事を聞いておこう。
「……仲間、か」
「何?」
「いや、何でもない」
つい口を突いてでた言葉を誤魔化すように、咳払いしておく。
前の世界で、ごく当たり前のように築けていた関係が、今はこんなにも遠い。
本当に得難い、大切なものを、前の世界では無自覚に得ていたのだと痛感する。
「……………」
でも、そもそも星たちや、桃香を基準にして考える事自体が、間違いなんじゃないかとも思う。
俺が、俺自身が一番納得する道を選んで、皆は皆で一番納得する道を選ぶ。
当たり前の事のようで、決断するのは結構難しい。……いや、俺が駄目なだけか。
こんなんじゃ、誰もついて来てくれるわけがない。
いい加減俺も心構えとかじゃなくて、明確に目指すものを決めよう。
……その結果、たとえ孤独な道を進む事になったとしても。
『切り替えよう』
戦いに赴く、一人の少年と幾人の少女の葛藤と決意は、その時のみ、密かに重なる。
「……………」
敵の陣地が、砦とか城とかじゃなくてよかった。
と言っても、防柵とか張られてるし、雑軍の俺たちには辛いのも確かだ。
「(何とか間に合ったな)」
まだ、霞が戦いを始めた様子はなく、こっちは準備万端だ。
見つけた背の高い草原に俺たち義勇軍は伏せ、劉備軍は敵陣裏側の森に隠れている。
時は夜。後は、兵を伏せているのが気取られる前に霞たちが敵を引きずりだしてくれれば、絶好の状況である。
敵の『本陣』はここではない。ここはあくまでも補給拠点。
霞たちが敵本陣に猛攻を掛ける。そして、敵も余裕が無くなったらここの兵力も動員せざるを得なくなるだろう。
霞の話によると、官軍は合流しても四万前後、敵は本陣だけでも六万以上は固いらしい。
それを威圧して、一時的にでもここの兵力も引きずりだし、相手にしなければならないのだから……霞たちにはかなり無茶を頼んでいる。
だから、俺たちが迅速にここを落として、霞たちが撤退してもいい状況を作り出す。かつ、当然焦りすぎて失敗するのも論外。シビアだ。
この綱渡りのような作戦の鍵は、霞たちと俺たちの信頼、そしてこの暗闇だ。
「!」
馬蹄の音。これは、単騎だ。その音が、敵の補給拠点の方へと遠ざかっていく。
これは……上手くいったのか?
その疑問は、ほどなく氷解する。
万単位はいるだろうほどの数の馬蹄や怒号が響いて、補給拠点から大軍が飛び出して行くのがわかる。
「(今……ッ)」
焦る俺の肩を、星が掴んだ。振り向けば、首を振っている。
「あ………」
そうだ。飛び出してすぐに奇襲を掛けたんじゃ、異変に気付いてすぐに引き返してくる。
それじゃ、意味がない。
でも、今も霞や……恋が、自軍よりもずっと多い賊軍と戦っている。それを考えると、今は待つのが一番キツい。
そんな俺の心を見透かしたように、しばらくずっと俺の肩を押さえていた星の手が、離れた。
それが、奇襲の合図だと俺は悟った。
「松明に火をつけろ!」
一人が、丸太に括り付け、五本ずつ背負う松明。
それらに、一斉に火を点す。暗闇の中、これで、五千にも満たない俺たちの軍でも二万を越える軍勢に見えるはずだ。
それは、劉備軍も同様。霞たち官軍が、黄巾党を威圧したのも同じ手段。
「全軍、突撃ぃーーーーっ!!」
派手に銅鑼を鳴らし、怒声を撒き散らして雪崩込む。
俺たち、そして劉備軍の“五万近くにも及ぶ”軍勢の奇襲を受けた拠点は恐慌した。
実際には、俺たちよりも賊軍の方が数は多いだろう。だが、暗闇と松明がその事実を覆い隠し、必要以上の恐怖を与える。
俺たち義勇軍の身なりも、この状況ではわからないだろう。
「兵糧に火を放て! 派手に騒いで撹乱しろ!」
暗闇と恐慌の中、数もわからない敵を前にして、賊兵たちの混乱は、ついに同士討ちにまで発展した。
目標の兵糧に次々と炎が燃え移るのを確認した俺たちは、こっちまで同士討ちが始まりかねない戦局から離脱。それは劉備軍も同様のはずだ。
阿鼻叫喚とでも称すべき混乱を、離れた戦場に見下ろす俺は………
「すごい……」
思わず、感嘆の溜め息を漏らしていた。
俺がボソッと呟いただけの一言から、ここまでスムーズに、手玉に取るように、成功するなんて。
これが、星や愛紗たちの武、風や稟、雛里や朱里の兵法。そして、それぞれが共通して持つ統率の力。
改めて、尊敬にすら値する彼女らの力に心底感嘆して……ふと、興奮から醒めるように視線を遠くに巡らせる。
この作戦で、一番辛い戦いを強いてしまった霞たち。今も、さらに厳しい戦局に耐えているかも知れない霞たち。
空を仰いで、祈る。
この戦火が赤く染める空が、彼女たちに撤退を促す目印となるはずだ。それが、ちゃんと伝わっているように、俺はただ祈った。
(あとがき)
原作プレイしてイメージ作りながら今日も更新。
やっぱり、携帯で変換出来ない漢字が無念ですね。このままじゃ風は一生程“立”です。
“いく”ってひらがなで書くのと、何か当て字を使うのと、一生程立。どれがマシなんでしょうか。
いや、荀いくとか、他にも困るのはいるんですけどね。