「天界には、月が無いとか?」
「いやいや、そういうんじゃなくてさ。高い建物がいっぱいあるから、それが邪魔して地上から見える面積が狭いんだよ」
その後も何となく目が冴えて、ふらふらと陣内を歩く俺と桃香。
いかんなあ、食糧不足だから無駄なエネルギー使うのは良くないんだけど、ついつい話し続けてしまう。
今日捕らえた賊将から情報を聞き出し、明日から忙しくなる予定なんだけども。
「高い、建物? お城みたいな?」
「もっと細長いかな。長方形でさ。それが町中に建ってるんだ」
「.....................」
「えへへ、やっぱり......話を聞いてるだけじゃ、想像出来ないね」
「...........................」
「この世界の事も、あっちの世界じゃ本になっててさ。桃香や関羽も有名なんだぞ?」
「うそっ!? ホント!?」
「.....................」
「本当本当。まあ、ちょっと違う部分もあるけどね」
「違うって?」
「........................」
「桃香が男......なんてね」
「えぇぇ〜!! 何かそれやだぁ......。冗談? 冗談だよね?」
「.....................」
「はははっ、どうかな? 真相は闇の中だ」
......あれ? っていうかさっきから不自然な沈黙が会話の間に......
「ぅわぁあああ!?」
「座敷わらしっ!?」
「......何だかよくわかりませんが、失礼な事を言われた気がするのです〜」
何をいつ、どうやったのか知らないが、俺と桃香の間に、一回り小さい女の子が降臨していた。
「風、どうした? 普段は所構わず寝てるくせに」
「えっ、と......程立ちゃん、だよね」
ふわふわした髪とゆったりとした服。頭上に輝く宝慧、我が軍の誇る軍師様、風である。
「いえいえ〜、何やら桃色の空気が陣内に蔓延していたもので。こんな空気の中で眠っていられるほど、風は暢気ではないのですよー」
言って、目を糸にしてアメをくわえる風。食糧不足だってわかってるか? そして寝る前にアメはやめなさい。
「桃色っ、て......?」
桃香が、風の不思議発言に首を傾げる。そういえば、意味がわからん。
「おやおや、自覚も無しときましたか。ここでお兄さんにまでシラを切られると、こちらも切り札を使うしかなくなってしまいますねー」
風の切り札、というのもかなり気になりはするのだが、今の言い回しはまるで、桃色がどうとかって......
「俺と......?」
「わた、し......?」
ボンッ! と音を立てて真っ赤になる桃香。ウブな子なんだな。
だが、俺は風との付き合いはそこそこ長いから、これがおちょくられてるというのはよーくわかっている。ここはクールに流す所だ。たとえ本気だったとしても、からかってるのは間違いないし。
「......う〜......」
予想に違わず、余裕の笑みを浮かべる俺を、風はたっぷり五秒ほど凝視して、いかにも不満そうに唸る。
そんな、若干勝ち誇る俺から、風は標的を変えたらしい。
「ところで劉備さん。こんな夜分にうちのお兄さんに何かこう、とても大きな声では言えないような事をされていたのでしょうかー?」
「え? えぇっ!?」
風の言葉に、桃香はパタパタと両手を振って、面白いくらいに狼狽する。
あれじゃ、本当に何かあったと誤解してくださいと言ってるようなもんだ。可愛いけど。
にしても、本当に何で風はこんな時間に起きてたんだ? いや、風の思考をトレースしようとするだけ無駄か。
「はい、そこで『にゃあ』と、猫っぽく」
「にゃっ、にゃあ......!」
ぼんやりと少しそんな事を考えている間に風は絶好調。桃香も、そろそろ遊ばれている事に気付いた方がいい。
そんな、珍しい組み合わせの微笑ましいやり取りを眺める、和やかな時間は.........
「っ!?」
小さく、遠く、しかし確かに響いた馬蹄の音によって、唐突に終わりを迎える。
夜襲か!? とか、何でこんな雑軍の陣地を!? とか、色々大騒ぎした。
何故か打てば響くように星と愛紗が出てきたり、銅鑼を鳴らして皆を起こしたりしたが......それら全ては杞憂に終わった。
激しい馬蹄はこの陣地まで近づく事はなく、ある程度の距離を取って治まり、そして一騎の兵卒だけがこちらに寄越された。
使者という形で。
「相手は今日我らに助けられておいて尻尾を巻いた官軍だぞ。こちらからわざわざ出向いてやる義理がどこにある?」
星は、あからさまに俺の判断に納得がいかないらしかった。
「官軍の中には、ちょっと気に喰わないだけで斬り捨てるような輩もいますよー。何せ、こっちは雑軍ですからー」
風は、至極物騒な事を忠言してくれた。
「どうせ言っても聞かないのでしょう? その代わり、監視役として同伴させてもらいます」
寝起きで眼鏡なし、髪下ろしの稟は、別人みたいだった。その事を指摘した時の慌てっぷりは見物の一言。
「わ、私も......行き、ます」
雛里も、どぎまぎしながらも付いてきてくれると言ってくれた。どうやら、同じ寝床の中で朱里と積もる話をしていたらしい。
そして、
「私も行くよ♪ だって一刀さんの所とは別働隊だし。おまかせ出来ないもん」
桃香も、
「"一刀......さん"?」
愛紗も、
「うにゃ〜〜、眠いのだぁ」
鈴々も、
「北郷、一刀.........」
何かボソボソ言っていた朱里も、皆で官軍の許を訪れていた。何だかんだ言って、皆付いてきてくれるのが嬉しすぎる。
皆は不安だったり警戒してたりで緊迫した空気が張り詰めている(鈴々除く)けど、俺はそういう心配は全然してなかったりする。
そして、いよいよ到着。
「いやぁわざわざ出向いてもらって悪いなぁ。本当はウチは一人で出向いたっても良かったんやけど、周りがうるさくて」
いや、将軍が一人出向くのはアウトだろ。俺みたいに安全の確信があるわけでもないだろうに。
「え〜〜と、呼び付けといて何やけど......何進の逃走に手ぇ貸してくれた部隊、でええんよね?」
やっぱり、顔も性格も同一人物にしか見えないな。混同しないように......っていうか、前の世界でも性格とかしか知らないし、元々あんまり細かい事気にする奴じゃないから、そんなに意識する必要ないか。
「はっ、昼間助けた官軍部隊の事なのでしたら、間違いなく自分たちです」
似合わない敬語を使ってみるが、これは通過儀礼みたいなものだ。ずっと続ける自信はちょっとない。
「おー! やっぱりか! ......ところで、あんま固い喋り方せんでええよ? ウチも上官にはタメ口きくしな〜♪」
ほら、やっぱり。
「わかった。そうさせてもらうよ、張遼将軍」
サラシに袴に羽織り、紫の髪を後ろで纏めた、俺にとっては馴染みのスタイルの霞に、俺は笑顔を向ける。
「にしても、義勇軍とはな〜。ああ、気ぃ悪くせんとってな、何進からの報告にそないな事一言もなかったってだけやから」
あの官軍......何進将軍? 助けられた部隊が官軍か義勇軍かすらわかってなかったのか。
何進、何進......。どんな人だっけ?
まあとにかく、ひとしきりの自己紹介を終えた俺たちは、霞の部隊の天幕へと案内されていた。
「んで、自分ら義勇軍の大将は......」
「俺と......」
「わ、私ですっ!」
桃香は、まだ落ち着かないな。......ん? っていうか、何か皆との温度差が......ああ、そっか。
と、俺が気付いた頃には、霞は口を開いていた。
「..............何や?」
皆から向けられる悪感情に反応して、霞の目がぎらりと光る。
もちろん、星や愛紗や鈴々がそれで怖じ気づくわけもなく、両者睨み合い......って何か険悪な雰囲気にっ!?
「張遼、耳貸して」
「へっ!?」
『っ!!』
険悪な場の空気をガン無視して、霞の手を軽く引っ張った俺の行動に、一同呆気にとられる。これも承知の上である。
そのまま、星辺りが我に帰って俺をしばこうとする前に、霞の耳に顔を寄せて手早く事情を説明する。
まあ、何進が逃げたせいで霞の事も良く思われてないって事だけなのだが。
「あ〜......けどそのわりには自分は友好的やね?」
「何進と張遼は、違うからね」
「? 何や知った風な口きくなぁ。まあええけど」
確かに、初対面でこれは少し変かも知れないが、この状況で両者の橋渡しが出来るのは、どう考えても俺だけだ。
「すまん!」
期待に違わず、霞はパンッと両手を合わせて頭を下げてくれた。
「ホンマすまんかった。ウチの能無しが迷惑かけたみたいやな。けど、そう目くじら立てんとってや、ウチは何進の部下ゆうわけやない」
何とも不器用で言い訳めいた謝罪だが、元々自分の事でもない事を謝るのが得意なタイプじゃないし、こんなもんか。
これで皆の機嫌が治れば、落ち着いた話し合い......
『.....................』
が............
『.....................』
機嫌、治って、ない? 明らかに友好的ではない視線が、一同揃って俺に.........あれ? 俺?
「先ほどといい、今といい、この頃は随分と女性に馴れ馴れしくなられましたなぁ、北郷一刀殿?」
懐かしい敬語が、凄く怖いです。星さん。
「『お前の事なら何でも知っている』。まさかお兄さんがそんな口説き文句をさらっと言えるお方だとは.........」
風、煽らないで。
「あまつさえ、戸惑う彼女の横顔に頬を寄せ、その唇で耳をついばみ.........」
お前のは完全に妄想だろうが!
「ぐすっ.........」
雛里にいたっては涙ぐんでるし!
「問・答・無用ーーーっ!」
何故か愛紗が一番怒ってて。
しかも誰も止めに入ってくれなくて、夜の荒野に、俺の哀れな絶叫が響いた。
(あとがき)
展開の遅さは更新速度で補う、というスタンスを心掛けております。
などと言い訳しつつ、今日もせっせと更新。