「はぁ〜〜………」
戦勝の宴、なんて食糧の余裕も当然なく、ごく普通に野営の陣地で夜を迎える俺たち。
何か眠れなかった俺は天幕から出て、荒地の真ん中で大の字に寝転がっている。
……空が広くて、綺麗なんだよなぁ。ビルとかの遮る物がないと、月明かりだけでかなり明るいし。
「劉備、かぁ……」
寝転がって、月を眺めて、呟く。
皆が笑いあって暮らせる世の中を作りたい。そんな大志を抱く少女。
それに惹かれて、愛紗が、鈴々が、朱里が、劉備の許へと集った。
……別に、何の不思議もない。前の世界での、俺の『天の御遣い』って張りぼてじゃなくて、本当の魅力を持った主君に、集うべくして集ったってだけの事。
劉備、関羽、張飛、諸葛亮。むしろこっちの方が遥かに自然だ。『北郷一刀』なんて、能力以前に余所者なんだから、どこ行ったってしっくりくるはずがないんだけ………
「……何一人で拗ねてんだ俺? カッコ悪…」
今日は何かこう、ネガティブ思考と現実的思考を行ったり来たりしてるな。
落ち着け北郷一刀。こういう時こそポジティブシンキングだ。得意なはずだろ?
え〜と、ああ、そうだ。官軍には逃げられたけど、劉備さんたち食糧に余裕……あるわけないか、同じ流軍だし。
逃げた官軍たちが俺たちを評価……期待薄いよなぁ、逃げたし。
そうやって、ポジティブに持って行こうとしてネガティブに陥る悪循環を繰り返すうちに、俺の思考はまた振り出しに戻っていた。
「劉備さん、かぁ……」
今度は『劉備という記号じゃなく』、あの少女の事として呟いた、瞬間……
「はぃい!?」
「っぉおお!?」
真後ろ(寝転がった頭の方)から、すっとんきょうな悲鳴が上がる。釣られて俺も奇声を上げた。
慌てて上半身を起こして振り返れば……
「あ、あはは、バレちゃった……」
極めて偶然でございます、劉備様。ってか、バレるて何? 奇襲万歳?
「う〜、びっくりさせようと思ったのに〜」
左手で心臓を押さえながら頬を膨れさせる、というなかなか器用な芸当を披露して下さっている。いつまでびっくりしてるのやら。
「もう遅いけど、どうかした?」
「それはお互い様だと思いますよ♪」
言って、「んしょ」と俺の横に腰掛ける劉備さん。びみょ〜にペース握られてる気がしなくもない。
……というか、この世界にはこういう時に俺を一人にしてくれない法則でもあるのだろうか。しかも、劉備さんだし。
「…………………」
「…………………」
横に腰掛け、互いに無言。何をしにいらしたんでしょうか?
「劉…」
「北郷さんは、どうして戦ってるんですか?」
俺が声を掛けるのに被せるように、劉備さんが口を開く。
随分と、唐突な質問だ。
「さっきは一人ではしゃいじゃったけど、北郷さんは自分の意思で天界から降りてきたわけじゃないんですよね?」
……さすが劉玄徳、こんな顔も、出来るんだ。
「私には天界の事は何もわからない。でも、理由もなく天界から降りてきたあなたが、今戦っているのには、理由がある。……違いますか?」
完全な図星。人の立場になって、その気持ちを理解出来る子なんだろう。
ただ、何故それを訊くのかがわからない。
「……単なる、自己満足だよ。劉備さんの志とは、比べるのもおこがましい。大切な人がいて、その人たちの気持ちを、自分がずっと持っていたいってだけの……個人的な自己満足」
そういえば、この事を言うのは劉備さんが初めてか……。大志を抱く劉備さんには言うのも恥ずかしい理由だけど、ここは嘘をついていい場面じゃない。
「軽蔑、しただろ? 俺は、劉備さんが考えてたような平和の使者なんかじゃない」
もちろん、言っちゃいけない場面だって弁えてる。だから、付け足す。
「でも、出来ればこの事はうちの義勇軍の皆には言わないで欲しい。皆が縋るものが、戦う理由が、無くなってしまうから」
俺の言葉を、劉備さんはじっと俺の目を見ながら聞いている。必然的に、俺も目を逸らせない。
「もしそれを伝えるなら、君が……」
代わりに、皆の支えになってくれ。
そう続けようとした俺の言葉は、口から発せられる事はなかった。
劉備さんが、「しー…」とでも言うかのように、俺の唇の前に人差し指を一本立てていたから。
一瞬穏やかに頬笑んで、すぐにキリッと表情を引き締め、
「改めて、お願いしたい事があります」
その真摯な眼差しに、俺はごくりと息を飲み、
「天の御遣い、北郷一刀様。この戦乱を治めるため、私たちを率いる盟主になってください!」
「………………は?」
あまりに予想外の台詞に、目と口をOにした。えーと……この子、俺の話ちゃんと聞いてた?
「愛紗ちゃんも、鈴々ちゃんも、朱里ちゃんも、武人として、軍師としての力はある。それでも、決定的に足りないものがあるんです」
だんだん、劉備さんの言った事、言いたい事の意味に、理解が追い付いてくる。
「名声、風評、知名度……そういった、人を惹き付けるに足る実績が無いの」
そして、明確に理解が追い付いて……初めてこの少女にカチンときた。
「そして、あなた自身の言葉を聞いて思ったの。あなたなら、私たちを…」
「待った」
今度は、俺が劉備さんの言葉を遮る。
これは、絶対に認めない。
「二度と、そういう事を言わないで欲しい」
その言葉の先に、俺の望み続けた居場所があったとしても……
「関羽も、張飛も、諸葛亮も、義勇軍の皆も、君を……劉玄徳を慕って付いてきてるんだ。その気持ちを、裏切るような事はやめてくれ」
言葉の途中で、自分の気持ちに気付いた。『“奪われた自分の居場所”を軽く扱われている』、俺は、そんな“勘違い”極まりない憤りを感じているんだ。
何やってんだ俺は。
よくわからないけど、劉備さんは俺の何かを認めてくれたらしいのに、もっと言い方ってもんがあるだろうに……。
「…………………」
劉備さんは、黙っている。俺はいつしか視線を逸らして俯いていた。
「…………くすっ」
俺がどんな顔して頭を上げればいいか考えていると、小さく笑った声が聞こえて、俺は思わず顔を上げた。さぞ、間抜けな顔をしていた事だろう。
「北郷さん」
「はい!」
呼ばれて、色々情けないやら何やらで正座する俺。
「それ、さっき北郷さんが言おうとして、私が止めたのと、同じ事ですよ?」
…………あ。
そうか。俺が義勇軍の皆を劉備さんに頼もうとした事も、結局同じ事か?
いやいや、待て、違う……ぞ?
「いや、あれはほら、俺の自己満足を皆に喋っちゃったらもうその時点で俺の意味が無くなるからであって、だから劉備さんとは事情が……」
つらつらと言い訳染みた反論を並べる俺の言葉を、今度は劉備さんは全く聞いてる様子がない。
立ち上がり、「んー!」って伸びをしている。
「結論! 私たちはお互い、もっと自信を持とう! って事ですね♪」
やっぱり聞いてない、どころか、何か勝手に結論づけられた。
「私たちを信じてくれる人たちの信頼に、応えるためにも」
その言葉に、顔に、瞳に呑まれて、俺は言葉を失う。
そういうものかも知れない。と、そんな気持ちにさせられてしまう力が、この少女にはあった。
「ほら、手を」
まだ座ったままの俺に、手が伸ばされる。その手を、不思議と自然に取って……
「ありがとう、劉…」
「桃香」
言ったお礼に、劉備さんが被せる。
「私の真名です。一刀さん」
立ち上がり、引かれるその手に……
「……ありがとう、桃香」
どこか、救われたような気がした。
「……………………」
無用心、極まりない。
今日会ったばかりの、しかも『天の御遣い』などという胡散臭い通り名を持つ男と、こんな夜分に二人。
しかし近寄ったのは桃香様の方だし、今出て行ったら、覗いていた、と思われてしまい、武人の名に傷が……。
そんなこんなで、私は桃香様と北郷殿の会合を、その……護衛しているわけだが、いかんせん距離があって会話が聞き取れん。
もっと周りに天幕とか積み荷とかあれば近寄れるのに、何もない所にいるから隠れる場所が無い。
くそっ、何とか近寄れないものか……
「何をしている? 関羽殿」
「(ひゃあっ!?)」
いきなり後ろから掛けられた声に、思わず出そうになった悲鳴を堪える。
見れば、北郷義勇軍の趙雲殿。
「何をそんなに驚かれる? 人を物の怪にでも仕立てあげるおつもりか?」
「(気配を断って近づくな!)」
飄々とした態度の趙雲殿に、小声で怒鳴っておく。
……厄介なのに見つかったものだ。
「そう目くじらを立てるな。おぬしもあの二人の“護衛”だろう?」
言って、趙雲殿は口の端をにやりと歪める。嫌な女だ。
「まあそう心配するな。私もあやつとはそれなりに長い付き合いだが、女性には人一倍気を遣う男だぞ」
「(私は! 桃香様があの男に誑かされはしないかと心配しているのだ!)」
思わず、北郷側の武将に本音を言ってしまった。
「ふむ、確かに劉備殿があやつに接近した理由は気に掛かるな。あの凡骨の何が気になったのやら」
言って、私の横に並んで二人を観察しだす趙雲殿。……私だけ小声で騒いでいるのが馬鹿みたいだ。
そして……
「…………………」
「…………………」
しばらく、聞こえないまでも二人のやり取りを眺め……
「……何だか、空気が桃色だな」
「貴様ぁ! あやつは女性には誠実ではなかったのか!?」
「気を遣う、と言ったのだ。都合良く解釈されても困る」
あぁああぁあ!! どうしようどうすればどうなるー!?
「まあ、実際何を話していたのかは気になる所だが、当人に訊くのも無粋か。何より、我らが覗き呼ばわりされてしまう」
……自分で言いたくはないが、立派な覗きだと思う。ここまでしれっと出来るとは、趙子龍、只者ではない。
……っじゃなくて!
「遠回しにせよ何にせよ、訊きだす方法はあるはずだ。明日朝一番に問い詰めて………」
「しゃしゃりでないでもらおうか、あやつをつねるのは私の仕事だ」
「っ〜〜〜〜〜!!」
行き場のない感情、とでも言えばいいのか。
北郷一刀。
あの男を見ていると、ひどく落ち着かない。
桃香様に何か狼藉を働いたわけではない。それで良かった、で何故か済ませられない。
危険だ。
あの男の存在が私の大切な何かを失わせる、そんな感覚を、肌にひしひしと感じていた。
(あとがき)
前回、自己紹介の真名に関する部分でいくつか指摘を頂いたので、直しておきました。
う〜〜ん、自分でビビる。何にビビるって一刀と桃香の会談くらいしか進んでない展開の遅さにビビる。
それはそれとして、PVが十万いったり感想が百越えたりで狂喜乱舞しておりますので、調子づいて頑張ろうと思います。