「うわぁ、ひどいな」
戦場に派手に土煙が巻き上がり、怒号が響く。
「交戦中、というより、後方からの追撃を受けているようですね」
「しかも、これは両軍合わせて三万ではないか? 報告はもっと正確に頼みたいものだ」
「まあ、ひどい乱戦ですしねー。ついこの前まで鍬を持っていた兵士さんにそれを見極めろ、というのは少々酷かもなのです〜」
星は報告の雑さに文句を言ってるが、むしろ俺たちにとっては好都合だ。
相手が三万もいない方がいいに決まってる。けど、官軍が追撃されてるってのはおいしくない。これじゃ、官軍の戦力には期待出来ない。
「......雛里、上手く黄巾党を撹乱できたとして、官軍が反転して攻勢に出てくれると思う?」
「撹乱に成功し、さらに黄巾党の目が我々に向けば、そこで再び横撃を掛ける事が出来るはずです。もし黄巾党が私たちに構わず官軍を追い続ければ、私たちが横から攻め続けられますし......」
なるほど。偶然とはいえ、こっちが二部隊あるって事で有利なわけだ。
「よし、前曲は俺と星、左翼は稟、右翼は風、後曲は雛里の指揮、でどうだろ?」
不意打ち前提だし、彼我の戦力差を考えると(黄巾党は二万はいそうだ)、こっちは兵を分けられない。
「適任かと」
「ではでは、大急ぎで配置に着きますかねー」
「賊軍に横撃を加えた後、左方から一度離脱、敵の後方に回ります。合図を聞き逃さないように」
「ふふっ、腕が鳴る」
風、稟、雛里が、それぞれの持ち場へと行く(俺と星は前曲だからそのまま)。あっという間に、全体がきちんとした陣形を取る。
義勇軍とはいえ、名軍師三人で左右後方を整えてる超豪華な布陣だ。一丸となれば、そこらの官軍より統率が取れる。
......よし。
「聞け! 北郷の勇猛な兵士たちよ! 敵は官軍に喰らいつく賊軍二万! 民草食い物にする賊軍、それに太刀打ち出来ぬ官軍、双方に我らの力を見せ付けてやろうぞ!!」
柄じゃない、いい加減慣れたような号令を掛けて、
「全軍......突撃ぃいい!!!」
「うわぁ! 何だこいつら!?」
「馬鹿なっ! 官軍はこいつらが先頭のはず......」
「十文字!? まさか、最近噂の天の御遣い!?」
「馬鹿野郎! そんな与太話を真に受けるやつがあるか!!」
突然、丘の上から駆け降りてくる正体不明の一団に、賊軍たちに動揺が走る。
まあ、それもこれから加速度的に広がるのだが......
「破ぁあああああ!!」
前曲の、さらに先頭を単騎駆ける星の、歓呼と共に振るわれた槍の一振りに、賊が四、五人まとめて、血飛沫を上げて吹っ飛んだ。
それが、一振り。目にも止まらぬ速さで繰り出される連撃が、逃げる官軍を追っていた黄巾党を横合いから襲い、それを受け倒れ吹っ飛ぶ賊の背に押され、次々に賊が倒れていく。
つまり、人が雪崩れを起こしていた。ドミノ倒しの要領で。
「それ、敵は崩れたぞ! 皆、我に続けぇえ!!」
相変わらず惚れ惚れする。いや、ここまで間近で見たのは初めてかも。
「我に続け」とか、いつか言ってみたいもんだ。
「足を止めるな! 一人が足を止めれば、後ろの仲間の足も止まる! 全体の動きを乱すな!」
星の猛撃を受けて倒れた"だけ"の連中に、続く皆が槍を、剣を突き立ててとどめを刺していく。
「っだああ!!」
俺も、見てるだけじゃない。皆俺を守ろうとしている中で、それでも前に出る。
ここしばらく武官もどきをやっててわかった。星みたいな強さは無くても、俺が前に出る事で......士気が全然違うのだ。
「止まるな! 敵は十分に混乱した! このまま敵後方に回り、前方の官軍と共に挟撃を駆ける!」
士気に満ちる義勇軍を引き連れて、黄巾の匿賊を蹴散らしながら、敵後方に旋回、反転する。
十分敵は撹乱出来たはず、あとはこれに官軍が......
「!!」
動いてない。いや、さっきと変わらず......ただ逃げている。
「嘘だろ......」
このまま挟撃を掛けたら勝負は決まるのに。いや、それよりも......官軍があんなに離れたら、黄巾党の矛先が俺たちだけに向く。
あそこで逃げるってどういう官軍だよ!? 現代日本出身の俺より無能じゃないか!
予想外の事態に困惑する俺たちの前で、官軍の逃走で混乱から抜け出しつつある賊軍の矛先が、ゆっくりとこちらに向く。
「何進将軍! 正体不明の部隊が敵に横撃を掛けました!」
「そ、そうか。どこの官軍だ? 後で礼の一つもせねばならんな。おい、お前後に追って撤退してくる張遼将軍に、事の顛末を伝えておけ。我が隊は一時、洛陽に帰還する!」
一刀たちの奇襲を活かすどころか、全てを押しつけて、洛陽の大将軍・何進は地平線の彼方へとその姿を消す。
「......下衆が」
去りゆく官軍を鋭く睨みつけながら、星が苦々しく呟く。
確かに......不意打ちが上手くいったと言っても、敵はこっちの三倍以上。はっきり言って洒落にならん。
「しかし、逃げられる状態ではないな」
「ああ......、ここで逃げたら、兵力差で全滅だ」
皆の信頼がどうとかいう話ではなく、今背中を見せたら確実に大打撃を被る。
しかも、戦いの最中に即時適応出来るほどにうちの部隊は調練が行き届いていない(そもそも、流軍でそんな余裕はないから、実戦経験しかない)。
......いや、待てよ? 今までは被害を極力避けるために、兵を分けても大丈夫な兵力差の相手に、真っ向勝負を避け、複数部隊で撹乱したり、側面を突いたりしていた。
こんな風に全軍を一つに固めるのは初めての事で......なら......
「星」
「ん?」
「俺に一つ、考えがあるんだけど」
「報告にあった、官軍ではありませんね」
一刀たちが自軍に三倍する兵力を前に奮闘する様を、
「『十』。もしかして、白蓮さんが言っていた......」
一刀たちが奇襲を掛けたのとは反対側の丘の上から見下ろす、一団がある。
「あっ! 思い出した、天の御遣いさん!」
官軍の旗を掲げず、その兵たちの武装は、北郷義勇軍と同じく、農民が槍や剣を握った程度。鎧を纏う者すら僅か。
「そんなのどっちでもいいのだ。どっちにしろ助けるんでしょ? 鈴々が先鋒やるー!」
しかし、それらを束ねるのは、いずれ世に名立たる智将猛将。
「そうだね。黄巾賊なんてひどい人たちに襲われてる人たちを、見捨てるなんて出来ないもん」
掲げるその旗は、『劉』。
「上手く行かねば、逆に我々の隊が乱れる。それはわかっているな?」
「行くさ。あの三人なら、絶対に気付いて動きを合わせてくれる」
「ほぅ......大した信頼だな」
目の前、混乱から立ち直った黄巾の軍勢が映る。やっぱり、統率が取れ始めてる。
しかも、俺たちが農民で構成された部隊だと見てか、強気になって士気が上がっている。
やっぱり、正面からは当たれない。
「行くぞ!!」
怒涛の勢いで駆け、俺たちの軍と賊軍がぶつかる......前に、
「北郷隊、右翼へ!」
「趙雲隊、左翼へ!」
俺の部隊と星の部隊が、分かれた。左翼と右翼がこちらの動きに合わせてくれなければ、こっちの軍が乱れてしまう。
でも、風と稟なら絶対に対応してくれる。そう確信してる。
本来なら、調練も何もしていない農民部隊でこんな動き出来やしない。でも、俺たちは普段千人ずつ五部隊に分けていた。しかも、左翼、右翼、後曲には天才軍師たち。
「やった! さっすが!!」
見事期待に応えて、何の打ち合わせも合図もなしに、俺たち義勇軍は綺麗に二つに分かれた。
風や稟が、俺の意図を理解してくれたんだ。後曲の雛里は、他の二部隊より判断の時間があるから心配すらしていない。
......星と稟の方に行ったか。とにかく、二手に分かれた俺たちの間を綺麗に抜ける賊軍。
「行くぞ、連中の横っ面に一発くれてやれ! 全軍突撃!!」
それを、左右から横挟撃する。
「くっそぉ!」
思い切り振り下ろした一撃が、敵兵の兜を歪めて斬り倒す。
「下がるな! 下がれば数に飲み込まれるぞ!!」
不意を突いて、先手を打って、挟撃して、それだけやっても、まだ数の差は埋められない。
ここにいるのが俺じゃなくて、星と同格の愛紗や鈴々なら......三倍の兵力だって跳ね返したのだろうか?
「なんて、考えてる場合じゃないって!!」
とにかく、もうこれ以上小細工は使えない。
もう出来るのは、俺が前で勇気を見せて、皆を奮い立たせるしかない。
くそ......何が「食糧もらおう」だ。官軍には逃げられるし、三倍以上の敵と俺たちだけで戦う羽目になるし。皆に命令出した立場として情けない。
......いや、それも今は余計だ。とにかく、何が何でも勝たないと!
そんな俺の気持ちが、皆の言う天にでも通じたのか......
ジャーン! ジャーン! ジャーン!
高らかに銅鑼の音が響いて、敵の増援かと思って戦慄しかけた俺の目に......
「聞けぃ! 劉備隊の兵どもよ! 敵は組織化もされていない雑兵どもだ、気負うな! さりとて慢心するな!」
長く、綺麗な黒髪。高らかに掲げられた、青龍偃月刀。
「突撃、粉砕、勝利なのだー!!」
身長の倍はあろうかという丈八蛇矛を振り回す、小さな体躯。
「全軍、突撃ぃぃーーーーっ!!」
見紛うはずもない、前の世界で、俺を天の御遣いだと慕い、共に戦いを始めた二人。
関羽...愛紗と、張飛...鈴々。
こんな時なのに、いや、あるいはこんな時だからなのか......目頭が熱くなりかけて、"それ"を見つける。
二人の掲げる『関』と『張』の旗、以外の至るところに揺れる旗。
............『劉』?
(あとがき)
タイトルで、武装錬金のクロス物と誤解されるような事があるようなので、変更しました。
そんな、『蝶』の一文字が代名詞になるような物だとは知らなかったもので(というか、武装錬金を知らないもので)。
一文字足したけど、まだまずいようなら素早く(今日中にでも)再変更しますが。