俺たちが幽州で義勇軍として発起してから、早三ヶ月。
天の御遣いの虚名で救った啄県出身の皆が兵士になっているのだから当然なのだが、不遜ながらも総大将は俺である。
しかも結果は連戦連勝! ......いや、丁寧に勝てる相手を選んでいるからなのだが。
いくら綺麗事を並べたって、負けたら終わりだ。力を付けるまでは、慎重すぎる位で丁度いい。
あれから行く先々の邑なんかで、天の御遣いの虚名を利用して募兵したり、掃討した黄巾賊の砦から糧食を失敬したりして力を付けはしたが......それでも総勢・約五千。
雑軍って言っても、戦は数。曲がりなりにも官軍を苦しめている黄巾賊と戦うには、まだまだ弱小だ。
「そろそろ、食糧不足が深刻になる頃......っか!」
「っとお!?」
星の握る竹槍(っていうか棒)の突きが、俺の脇を掠める。
「って言っても! 俺たち! 流軍じゃ! 簡単に兵糧なんか手に入らない......っだろ!!」
所々区切るように、言いながら次々と繰り出す俺の斬撃(竹)は、星には当たらない。というより、槍の間合いの内側に入れていないのだから、そもそも届かない。
全てバシバシと星の竹槍に叩き落とされる。
そして......
「隙あり!」
「っ痛ぇ!」
手首をバシッと打ち据えられて、俺は竹を取り落とした。勝負ありだ。
「っ痛ぁあ〜〜......」
真っ赤になってる。絶対これ、明日真っ青な内出血になるぞ。
「簡単ではなくとも、何とかするのだ。それが統率者......多くの者を率い、上に立つ者の責任だ」
俺は、その言葉を頭の中で反芻して、
「そうだな、わかってる」
はっきりと応えておいた。まあ、それはそれとして。
「あの、星さん? こう毎日しごかれたら、体が保たないのですが......」
「まともな武官が私しかいないのだ。総大将殿の力を借りるも已むなし、というやつだな。このテの訓練はある程度継続的にやらねば効果は薄い」
そこは一応俺もわかってる。風、稟、雛里は、兵たちが未熟な農民兵である事を考慮し、可能な限りで皆を手足のように指揮出来る。
しかし、それでも兵たちを奮い立たせるための『武』は必要不可欠なのだ。それが、いくら強いと言っても星一人では心許ない。
実際、風たちの読みを下回った突撃で、余計な被害を出した事もある。
風たちに武官の真似事をさせるわけにもいかないし、消去法で俺にお鉢が回ってくるのはわかる。
人を殺すのは嫌だけど、皆に任せて自分だけが人を殺す事から逃れるのはもっと嫌だ。
手に残る嫌な感触も、死ぬ寸前の相手の自分を見る顔にも......慣れる事なんて出来やしない。
でも、同じ痛みを持って、一緒に戦ってくれる皆がいる事を思えば、耐えられる。
だから、心の奥底にある、「俺に武官みたいな事なんて出来るのか?」とか、「総大将だから死ねないけど、正直自信ありません」とかの弱音は口には出さずに呑み込む、としても......
「これでぼろぼろな時に賊軍とかに出くわして戦えない、とかなったら元も子もないんじゃ?」
俺の愚痴染みた言い分に対して、星は穏やかな笑みを作り、
「心配するな。その時は骨くらい拾ってやる」
ぃい嫌あぁぁぁー!!
そんな、大の字に倒れながら内心で絶叫する俺の顔に、ふわっとした柔らかく長い髪が触れた。
「こんな野営の陣地で毎朝毎朝、精が出ますねー。お兄さん」
風だ。相変わらず眠そうな瞳で、しゃがみ込んで俺の顔を覗き込んでいる。
「オウオウ、兵糧だって残り少ないんだ。いくら朝練で疲れたって言っても、飯の量は増やさねえぜ?」
「やっぱダメ?」
「ダメですねー」
厳しい言葉を頭上の宝慧のせいにして放る風。相変わらずの軽いやり取りではあるが、実際深刻な問題だ。
何とかする、じゃなくて、具体案を考えなきゃな。俺についてきてくれた皆に飢え死になんてさせられないし。
けど、
「とりあえず、朝飯にしない?」
「啄県からここまでで、早五千......。元の人数を考えれば、破竹の勢いです」
と、雛里。
「荷物持ちから考えれば、大した出世と言っていいかも知れませんねー」
と、風。
「......でも、今の貯蓄だけでは後一週間程度しか保たないわ。早急に手を打たないといけないわね」
と、稟。
「蛮勇は好まんが、今の手勢では匿賊程度にすら歯が立たんというのは......少々歯痒いな」
と、星。
「それにしても......最近変だと思わないか? 単純な規模に関係なく、連中、妙に統率が取れてるって言うか......」
そして俺、という面子で机を囲って朝飯を食べている。
成り行き、と言えばそれまでなんだけど、こうして三ヶ月も一緒に戦っていると、結構俺たちの関係も変わってきたように思う。
一番目に見えてわかるのは、距離感。
以前一緒に旅をしてきた時は、『都合が合ううちは行動を共にする』みたいなスタンスが割と露骨に出ていたが、今は違う。
こうして同じ志を持って戦っていると、自然と絆も深まる。連帯感みたいなものも出て、「仲間だ」って強く思えてくる。
......今のこの状態も、自分が仕えるべき主君を探す、星たちの目的の一環だという事を、ついつい忘れてしまいそうになるほどに。
あと、今している民草のために賊と戦う、っていうのも、かなり影響しているんだと思う。目に宿る熱意というかやる気というか、そういうのが旅してた時とは全然違う。
そんな事を考えてると、雛里がぽけ〜とこっちを見ていた。何だ?
「一刀さん......気付いてらしたんですね」
「馬鹿にするなよ? 伊達に名軍師様たちとそれなりに長い間付き合ってないって」
などと強がりつつ、内心ではあの感心したような表情が結構嬉しかったりして。
「ああ、ただ暴徒が暴れている。という単純な事態ではなくなってきているのは確かだな」
「黄巾党の首領、張角と言ったわね」
「これだけ情報を集めてるのに、その居所も特定出来ませんしねー」
星、稟、風と、現状を再確認して、頭を抱える。
弱小ながらも、俺たちだってこの黄巾の乱を鎮める事を考えている。
一番手っ取り早いのは、その発端を討ち取る事だという結論には達したが、さっき風が言った通り、その拠点も掴めない。どうやら、俺たちみたいに各地を転々としているようだ。
......まあ、見つけても大軍を引きつれてたりしたら太刀打ち出来ないのだが、真っ向ぶつからなくてもやりようはあるし。
「けど、やっぱり目先の課題は食糧だよなぁ」
と、いきなりスケールの小さな、しかし深刻な問題にシフトチェンジする俺。
その言葉に、一同揃って肩を落とす。この辺りには最近流れてきたばかりで、地理くらいしかわかっていない。暢気に構えてるとあっという間に食糧難だ。
今丁度、偵察部隊を四方に放って、この辺りの状況を探っている。何事も、最初は情報戦である。
と、そんな話をしていたらば......
「御遣い様!」
偵察に行ってもらっていたうちの一人が帰ってきた。しかも、結構焦って。
「何が、あった?」
もはや、何かを見つけた事を前提に話をする俺。
「ここより北方三里の地点に、激しい砂埃を確認! 砂塵がひどくて詳細に確認出来ませんでしたが、官軍のようです。黄巾党を相手に劣勢。その数、約三万!」
出てきた言葉は、大体予想通り。今までもこんな事が二、三回あった。それら官軍の指揮官は、星たちの眼鏡には掛からなかったらしいが、それも当然。俺から見ても自分の保身と出世の事しか考えてないやつにしか見えなかったし。
「如何なさいますか、御遣い様!」
その兵士の言葉に同調するように、星、風、稟、雛里が、一斉に俺に視線を固定する。
一応、自分が総大将だってのはわかってるつもりだし、判断を求められるのもわかっているつもりだ。
けど......最近こういう場面の四人の目がちょっと怖いんだけど。何か、何とも言えない威圧感というか。
そんなプレッシャーを感じながら、とりあえず俺の意見を言ってみる。
「俺は、助けに行くべきだと思う」
と、すぐに軍師様方のご意見が帰ってきた。
「うちの兵たちは、官軍に対して良い印象を持っていません。半端な士気で大軍に当たるのは、あまり賛成出来ませんね」
「こちらに矛先の向かない援護の仕方はありますが......それを官軍が有効に活かしてくれるかは疑問ですねー」
という、風と稟の意見。
「しかし、いかに官軍が気に入らないと言っても、襲われている人々を見殺しにするような事をすれば......一刀さんを慕ってついてきた皆さんの心が離れて行ってしまうかも知れません」
という、雛里の意見を経て......
「まあ、どうせおぬしはこういう時に我々の意見を聞き入れはしないからな」
星が、身も蓋もない事を言いました。
「ちょっ、何それ。俺ってそういう評価なの!?」
心外極まりない発言に文句を言おうとして、
「いいから、早く納得のいく理由を話せ」
黙殺された。......納得いかん。
「圧政を強いて私腹を肥やしてるって話も多い官軍だけど、そこの兵士の大半は農家の次男三男なわけだろ?」
あ、雛里がこくこくと頷いて、稟が半眼になった。
「それにこの先の事も考えると、官軍に俺...たちの事を印象づけとくのは、有利に働くと思う」
『この先』と『俺たち』、って言葉を続けて言おうとして、その事に少し怯えた事には、気付かれていて欲しくない、な......。
「んで、これが一番の狙いなんだけど...」
さっきの言葉に、星と風が軽く目を見開いた事を認めつつ、続ける。
「食糧もらおう」
ほぼ予想通りにピシッと固まった四人。のも束の間、稟が口を開く。
「助けて、恩を売って、食糧を貰うと? それはあまりにも......」
「まあ、格好悪いのは確かだけどさ。腹が減っては戦は出来ないって言うだろ?」
何か色々言われそうだから、一気に言いたい事を言ってしまおう。
「さっき雛里はああ言ってくれたけど、恥や外聞に拘れるほど、まだ俺たちは強くない」
今度は、『俺たち』に詰まらなかった。
「俺が恥かくくらいで皆の腹が膨れるなら、頭でも何でも下げるよ」
と、一通り言いたい事を言い終えて、数秒の沈黙を経て。
「「「はあぁ〜〜......」」」
「............ぐぅ」
星、稟、が疲れ切った溜め息をつき(雛里だけ何か微妙にニュアンスが違った気がする)、風が......
「寝るな!」
「おぉ!」
っていうか、今の呆れる所か? 食糧不足は深刻だし、俺的にはかなり真剣だぞ。
しかし、呆れはしつつも、
「はいっ! 私も賛成です」
「......はあ、やっぱり貴殿は、私の意見なんて聞き入れなはしないのですね」
「まあまあ稟ちゃん。おそらく、これも風たちの天佑、というやつなのですよー」
「本当に......おぬしと居ると、退屈はせんな」
四者四様に、何のかんのと言いつつも、力を貸してくれるようだ。
そんな、今の居場所が......
「よし、全軍に通達! これより北方に向かい、官軍と交戦中の賊軍に横撃をかける!!」
たまらなく、心地良かった。
(あとがき)
う〜〜ん、今回は思った以上に進まなかった。私は処女作が長くなった事もあり、展開進めはある程度意識してはいるのですが......。
これからキャラ増えてもっと進みが遅くなったらどうなるのかと。
ところで、タイトルでパピヨン(?)というのを連想する方がかなり多いみたいです、タイトル変えた方がいいかも、変えるなら早い方がいいですよね。
次更新辺りで、タイトルの(チラシの裏〜)も外す予定ですし。