「ん、んん‥‥‥‥」
目蓋を閉じた上から、灼くような日差しを感じて、目を覚ます。
「お、俺は‥‥‥」
声は出る。
全身も痛いけど、指の動く感覚や、足の動く感覚も残ってる。とりあえず、体の方は大丈夫らしい。
「俺は‥‥‥‥ッ!?」
唐突に、覚醒した。
『あなたがここまで来た以上、終端はすでに確定してしまった』
『終幕の始まり‥‥‥。決められたプロットが遂行されて始まる。これが物語の終端』
『それは仕方の無いこと‥‥‥。だけどあなたには、新しい外史を作ることが出来る』
『さあ‥‥‥描きなさい。あなたの想念を‥‥‥』
弾かれるように、目を開けると同時に起き上がる。
「ここ、どこだ‥‥‥‥」
果てまで抜ける青い空、浮かぶ雲はずっと閉じていた目には痛いほどの真っ白。
針の如くそびえる岩の山と、地平の果てまで広がっている赤茶けた荒野。
「‥‥‥‥ホッ」
とりあえず、俺が元々いた聖フランチェスカの光景ではなく、彼女たちの世界の光景らしき事に安堵して‥‥
「って違うだろ!」
全然、何も解決していない。
愛沙は、星は、翠は、朱里は、鈴々は、紫苑は!?
あれから結局何がどうなった!?
何一つわかっていない現状は変わってない。
わかっている事と言えば、あの時持っていた剣や、着ていた服がそのままだ、という事くらいか。
誰かに何かを訊きたくても、広い荒野に、清々しいまでの無人っぷり。
「‥‥‥‥‥ん?」
いや、違う。南の方から、砂ぼこりを巻き上げて、何か見える。
よくよく目を凝らすとそれは、馬にまたがった‥‥‥人間!?
「おおーーい! おおーーい!!」
もはや見慣れた世界観と、現状を確認出来る話し相手を見つけた事に、飛び付くように大声を上げた俺は‥‥‥
その上げたテンションを、一気に地の底まで下げる事になる。
「‥‥‥‥あ、れ?」
小柄なチビに、大柄なデブ、そしてヒゲのおじさん。そこまではいい、人を見た目で判断してはいけない。
しかし、距離が縮まる事で視認出来たその手には、包丁よりも大振りな、短刀。そして、頭に巻かれた‥‥‥"黄色い布"。
ヤバイ!!
反射的にUターンして猛ダッシュ。この世界で頭に黄色い布を巻いている奴は高確率で、盗賊だの山賊だのに決まっている。
しかし、隠れる場所なんてない広い荒野で、相手は馬に乗っている。当然逃げ切れるはずもなく。
「おおーっと待ちな! わざわざ大声で呼んでくれたのはテメェじゃねえか!」
「くっ‥‥‥!」
簡単に回り込まれる。
そのまま三人組の男が、馬から飛び降りてきた。全員が、その手に刃物を持っている。
「? ‥‥‥‥随分変なカッコした野郎だな」
「あ、アニキ。こいつ一丁前に剣なんか持ってやすぜ?」
「生意気なんだな」
予想通りの、三人組の完全無欠に盗賊な物言い。背中が、走った事とは別の汗をかいている。
この世界(で、いいのか少し自信がないけど)に初めて来た時、愛紗に助けてもらった時と似たようなシチュエーションだ。
あの時と違って、剣はある。愛紗や鈴々、星とかに散々しごかれもした。
いつか詠と街に出かけた時に、三対一で暴漢を追っ払った事もある。
‥‥‥だけど、あの時は詠を守らなきゃならなかったし、武器も木の棒。
今回は真剣の‥‥命のやり取り。そして身ぐるみを差し出せば、誰も傷つかなくて済むかも知れない。
何より、もう自分だけの体じゃない。軽々と命を懸けられない。
‥‥‥しかし、もし身ぐるみを剥がされた後に殺す、とか、奴隷として売り飛ばす、とか言われたら‥‥‥その時は今度こそ抵抗する術が無い。
‥‥‥‥よし。
「それっ!!」
「あっ!? こいつ‥‥!」
俺は、持っていた有り金全ての入った袋を、散らばりやすいように紐を緩めて、右側に思い切り放り投げた。
そのまま左側‥‥一番森(隠れやすそうな場所)が近い方向に、全速力で駆け出す。
散らばった金を集めるだけで満足してくれれば、わざわざ俺を追い掛けては来ないだろう。
と、思っていたら‥‥‥。
「へっ、逃がさねえよ!」
大した距離も稼げていないうちに、馬にまたがった小柄な盗賊が回り込んできた。
振り返れば、ヒゲとデブは落ちた金を集めている。
「へへっ、金だけ渡して逃げようなんて甘いんだよ。そのキラキラした服と剣も置いていきな」
馬から降りて凄んでくる盗賊。どうやら、俺が金を餌にして逃げようとした事で、すっかり強気になっているらしい。
だが、一対一なら‥‥‥
「ふっ!」
ビュッと風を切って、俺の剣が小柄な盗賊の顔の前を通過する。
「うひゃあ!?」
完全に舐めていた盗賊は、それだけで仰け反るように後退る。
やっぱり、貧困に堪えかねて盗みをするようになった‥‥刃物を持っただけの素人。
おまけに、この小柄な盗賊の持つ短刀は、俺の剣よりずっと短い。これなら負けない。
むしろ好都合。このまま剣で威嚇しながら馬を奪って逃げよう、そう思った‥‥‥まさにその時。
「待てぃ!」
高らかに、堂々と、聞き慣れた声が響いた。
「だ、誰だっ!」
「たった一人の庶人相手に、三人掛かりで襲いかかるなどと‥‥‥その所行、言語道断!」
何事か、と、ヒゲとデブが金を集めるのも忘れ、こちらを凝視する。
「そんな外道の貴様らに名乗る名前など、ない!」
「ぐはぁっ!」
声が響いた次の瞬間。俺の前に立ちふさがっていた小柄な盗賊が、潰れたよいな無様な悲鳴を上げて、吹っ飛んだ。
"相変わらずの"、目にも止まらぬ槍捌きに言葉を失いながら‥‥それ以上の感動で言葉を失っていた。
一度は、永遠の別離を覚悟し、自分という存在を懸けてそれを拒んだ‥‥大切な、大切な仲間たち。
その一人が、今‥‥‥目の前にいる。
外史だの終端だのと騒いでいたのが夢だったかのように、いつもと変わらぬ姿が‥‥そこに在った。
白い衣を靡かせて、蝶のように舞い、槍を振るう英傑‥‥‥趙子龍。真名は、星。
「なんだなんだ。所詮は弱者をいたぶることしか出来ん三下か?」
弱者て。
確かに星に比べれば俺なんか子供と変わらんのかも知れないけど、自分なりに頑張ってたつもりだったんだけどなぁ〜〜。
もう、さっきまでの危機感とか焦燥感がきれいさっぱり無くなっている。
‥‥‥‥俺、本気で皆に依存し過ぎだな。頑張ろう。
それはさておき、そういえばさっきも"庶人"とか言われた気がするし‥‥もしかしたら今は『華蝶仮面』なのかも知れない。
しかし、いつもの名乗りも仮面も無いが‥‥はて?
「くっ‥‥‥おい、お前ら! 逃げるぞっ!」
「へ、へえ‥‥‥」
「だ、だな‥‥‥」
などと考えている間に、星の槍の石突きで吹っ飛んだ小柄な男が、よろよろと立ち上がり‥‥リーダーらしきヒゲに連れられて逃げていく。
星に吹っ飛ばされたのが、逆に奴らにとって幸いしたな。
「逃がすものか!」
「あっ、ちょっと待‥‥‥」
そのまま、止める間もなく三人組を追い掛けていく星。
‥‥‥小柄な男の馬はここにいるから、向こうは一頭二人乗りになるとはいえ、いくら星でも馬には追い付けないと思うんだけど。
っていうか俺、こんな見晴らしの良い場所で星の接近に全然気づかな‥‥‥
「大丈夫ですかー?」
「‥‥‥え?」
ぼんやりと走る星の後ろ姿を眺めていると、おっとりと間延びした、女の子の声が掛けられた。
「傷は‥‥‥無い、な。平気か?」
「あ、ああ‥‥大丈夫‥‥‥」
さらにもう一人、彼女よりもしっかりした感じの、メガネを掛けた子が、気遣ってくれる。
‥‥誰だろう? 星の知り合いだろうか?
「まあ、怪我が無いようなら、それでいいですけどー」
それにしても、何だか独特な雰囲気の子達だ。特に、妙にテンポの遅い子の方。
こっちの世界に来てから色々と個性的な女の子たちに出会ったが、今までに無いタイプな感じ。
「あ、ありがとう。ところで君たち‥‥‥‥」
「やれやれ。すまん、逃げられた」
「お帰りなさい、星ちゃん」
「お疲れさま」
二人の名前を訊こうとした所で、戻ってきた星に遮られた。
それを、二人が労う。‥‥‥って何やってんだ。まず俺が真っ先にお礼言わなきゃダメだろ!
「いや、追い払えただけで十分だよ。ありがとう、星」
その瞬間、
「「っ!?」」
星の友達(多分)の二人が、目を見開いて驚いた。
ああ‥‥そうか、俺が通りすがりに助けられた、星の赤の他人だと思われてるのか。
そんな奴がいきなり星の真名を呼んだ、と思ってビックリしてるのか。納得。
「ふっ、礼には及ばんよ。それより災難だったな。この辺りは比較的盗賊が少ない地域らしいのだが‥‥‥」
「ああ、そうなんだ。後で愛紗や朱里にも相談し‥‥‥ってそうだ星っ! あれから何がどうなったんだ!?」
「‥‥‥あれから? ああ、あの盗賊たちなら馬に乗って‥‥‥‥」
「星ちゃん!」
かなり大事な話の最中だったというのに、またも遮られた(まあ、星が少し的外れな返答をしていたような気がするけど)。
しかも、あのおっとりとしたペースの子が、大声を上げて。
‥‥これは、一度自己紹介しておかないと話も出来ない。
「星! 貴女、さっきから見ず知らずの男に何度も真名を呼ばれているのよ!?」
「訂正してください!!」
メガネの子が星に、おっとりとした子が俺に怒鳴る。
‥‥‥今まで君主って立場からか、わりと簡単に真名を預けられる事多かったけど、真名ってやっぱり大切なんだな。
しかしまあ、星が一言「私の主だ」と言ってくれれば万事解け‥‥‥
「あ‥‥‥‥ああ、そういえばそうだな」
‥‥‥‥‥‥‥え?
星は否定せず、言われて気付いたように槍を回して‥‥‥
「ふっ!」
その瞬間、星の握る槍の穂先が、俺に突き付けられていた。
「全く‥‥‥"そういえば"、じゃありませんよ」
「いや、すまん。何故か全く違和感が無くてな。気づかなかった」
「風たちが謝られる事でもないですけどねー」
二人と話しながらも、星の槍の穂先は俺の喉元から微動だに動かない。
「な、何言っ‥‥‥」
「おぬし、どこの世間知らずの貴族かは知らんが‥‥‥いきなり人の真名を呼ぶなど、どういう了見だ!」
「!!!」
その言葉に、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受け、俺はその場に崩れ落ちた。その時‥‥首を、穂先が浅く切った。
「訂正しろ! さもなくば、この槍が貴様のその首を貫くぞ!」
俺を‥‥‥知らない?
冗談を言っているようにも見えない。
なら、ここは‥‥‥
『その新しい外史の萌芽を‥‥‥心に描きなさい』
『心に描いたその想念が、正史のそれとリンクすれば‥‥‥私たちではない誰かが、新たな外史を作り出してくれるわ』
この、世界は‥‥‥‥
(あとがき)
我ながら、実にオーソドックスな展開(むしろテンプレ?)。恋姫のSSは数が多いですが、どこかの作品と似てるとかないか、ちょっとびくびくしてます。