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No.1218の一覧
[0] 葛の葉は揺れる[Ligna](2003/05/22 11:45)
[1] 葛の葉は揺れる[Ligna](2003/05/22 23:48)
[2] 葛の葉は揺れる[Ligna](2003/05/25 21:56)
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[1218] 葛の葉は揺れる
Name: Ligna 次を表示する
Date: 2003/05/22 11:45
何時からそこにあったのか、とうに忘れ去られた巻物がある。
阿部家に代々伝わる天文道の秘伝の巻で、恐れ多くて誰も読もうとはしなかった代物。桐の箱の中に大事に収められたそれを見たとき、保名(やすな)はせめて自分がコレを読んで陰陽道を極めようと思った。
天文道や暦数を学び、陰陽の理を知る・・・それが、幼い頃より祖先の事を聞いて育った彼の夢だったのだ。
阿部保名(あべのやすな)。・・・それが、彼の名前である。
その祖には奈良時代に遣唐学生となった阿部仲麻呂(あべのなかまろ)が居た。保名は仲麻呂の時代から数えて8代目の阿部家領主で、大変美しいと評判の青年だった。
その上陰陽道を修めようとする努力家だった訳だから、彼の人気は容易に想像出来るだろう。
しかし、真の彼の良さはその心の奥にあったのだ。
自分より、他者を省みる優しさ・・・当時、身分制度の為に他者の命をなんとも思わないこの時代で、彼は透き通るように優しい人間だったのだ。
これより語るは、そんな保名の優しさが生んだ一つの物語である。
頃は村上天皇の時代・・・
ある晴れた、秋の出来事からそれは始まった・・・
 
 
葛の葉は揺れる
 
 
「・・・紅葉が、赤く染まっているなぁ・・・」
「はい・・・もうすっかり秋で御座います。」
泉州(大阪府)の信田の森。少し前までは草木の匂いが漂う緑の森が、今では赤くその姿を変えていた。鼻一杯に吸い込むほのかに冷たいその空気は、もうすっかり秋だと言う事を体中に教えてくれる。
「今宵は、月も綺麗だな。」
「見事な弓張り月で・・・おや、少し雲に隠れてしまわれましたな。」
「ははは、大方私達に見られているのが恥ずかしくなったのだろう。」
枯葉の混じった土を踏みしめる度、心地の良い感触が足から頭へゆるりと登る。もともと歩くのは好きな方だったので、学問成就を願うこの月詣りは、保名にとってなかなか楽しい物だった。
この森には、神聖な明神の境内がある。
その明神に欠かさず詣るのが保名の日課となっていた訳だ。
ここに来る度にこの森は葉を揺らし、色を変え、景色を変えて迎えてくれる。安部の里の領主と言うプレッシャーから解放されるこの月詣りは、もはや保名のお気に入りの時間となっていた。
薄っすらとした月明かりが、明神への道を照らして行く。この幻想的な光景に思わず溜息を付いてしまうのは、当然の事と断言出来る。
そんな景色を無粋な輩に汚されない為に、ここでの殺生が硬く禁じられるのは至極当然の事であった。

実は、保名にはこの森を見て歩く他にもう一つ楽しみがある。
それは明神に詣でた後。
こんな風に月夜の綺麗な夜は、それと同じくらい美しい紅葉を虫の音を肴にささやかな酒の席を設けるのだ。
杯に注いだ美酒に映る月を愛で、句を読みつつ風に酔う。
果たして、これ以上に優雅な時間があるだろうか。
保名でなくても、こんな月の良い夜は、きっと誰もが酒席を設けたがるだろう。今宵は酒を飲むにはとても良い夜だ。
境内にて明神に両手を合わせた後、保名は早速杯を傾けた。
月明かりに照らされるもみじの木は、まるで淡く輝いているかのように良く映えて見える。優しい風が木々を微かに揺らし、葉に美しい舞を舞わせた。
本当に、良い夜である。
「惜しいのう・・・面子が男ばかりだ。女子が居れば、この月明かりの下、舞でも舞わせるものを・・・」
「や、わたくしめが舞いますかな?」
「やめろやめろ、爺の剣舞はこの紅葉には似合わぬ。」
杯を交わしながら、はははと笑い声が夜に響く。ほのかに朱の差したその頬に、小気味の良い笑窪が浮かんだ。
これほどに美しい夜は久方ぶりだ。春の終わりごろに乱れ狂った枝垂桜の散る様を、美酒と共に味わったあの夜を思い出す。
春は桜、夏は小川、秋は紅葉、冬は雪。
四つの顔を持つこの森に境内を構える明神が居る故か、この森は他の森よりもずっと美しく感じる事が出来た。

しかし・・・それでも無粋者は存在するのである。
「・・・はて? 犬の声が聞こえませぬか?」
そう言い出したのは誰だったか。
耳を澄ましてみれば、なるほど、犬の声とそれに混じって人々の怒鳴り声が聞こえてくる。
それも、段々と此方に近づいて来ているではないか。
図らずして、保名たちはその声の方向に視線を向けた。境内のある茂みの向こう、この良い夜にはあまりに分不相応な騒がしさが、此方に向かって駆けて来る。
思わず、保名は整ったその眉を不機嫌にひそめた。
せっかく良い気分で美酒を味わっていた所に、この騒がしさだ。
「・・・何事か?」
立ち上がって、茂みの方へと足を進める。
・・・しかし、たったの三歩も歩かない内に、その足はピタリと止まる事となった。
茂みの陰から、二匹の白狐が飛び出して来たのである。
血相を変えたその狐は大慌てで四肢を動かし、保名たちを通り過ぎて向こう側へと逃げて行く。
その後に、同じようにしてその二匹の狐達とはふた回りほど小さい個狐が飛び出した。
しかし、その動きは既に鈍く、呼吸がとても荒くなっている。
先ほどの二匹とは違い、子狐故に体力が無いのだ。へとへとになりながらも何とかその重い足で保名の近くまで逃げ込んだが、やがて力尽きて保名の足元にうずくまってしまった。
きゅうと救いを求めるような目で保名を見つめ、弱々しい声で高く鳴く。
こんなにも不憫な子狐を見捨てる事など、保名には出来る筈が無かった。
「可哀想に・・・狐狩りだな。こんなにも疲労して・・・・」
「何たる無粋・・・この森での殺生は禁じられているのに。」
袖の下に子狐を匿ってやりながら、保名は狐たちのやってきた方向を凝視する。
その途端だった。
数匹の犬がけたたましく吼えながら、数名の武士と共に躍り出て来たのだ。
こっちの方だと叫びながら太刀の音を響かせ駆けるその姿、まるで醜い鬼のように保名は見えた。
涎を垂らしながら犬どもが低く響くような唸りを上げる。
同じ畜生、それも同じ犬属なのに、何ゆえここまで残酷な声を上げてか弱き狐を追えるのだろう。
「あれは・・・石川右衛門恒平の者ですな。」
「あの悪名高い悪右衛門か。」
忌々しく舌打ちする保名。
恒平は河内の守護大名であり、石川郡に館を構える者である。
悪虐なその性格ゆえ、領民からは悪右衛門とまで呼ばれる非道下劣な男だった。
上が上ならその家来もそうなのか、気味の悪い、如何にも悪人と言わんばかりの形相で、一人の武士が保名に叫ぶ。
「ここに狐が逃げ込んだであろう? ・・・出せ!」
「何を言うか無礼者め! ここは殺生を禁じられし明神の聖域なるぞ、即刻犬を連れて立ち去れ!」
相手が右衛門である為保名に心に少しばかりの戸惑いがあったが、この聖域を死に逝く命土地で汚したくは無い。
何より、今宵は本当に良い夜なのだ。このような無粋を許せる筈が無かった。
しかし、その武士にはそんな事はどうでも良いらしい。
保名のその言葉に不機嫌そうに顔を歪めると、腰に下げた太刀をスラリと抜き放つ。
「生意気な事を抜かす奴め・・・この場で我が太刀の錆にしてくれるっ!」
月明かりに凶刃が光を発する。
まるでこの夜を血で塗りこめるが如く、その武士は保名に斬りかかった。


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