あの日の君は、いつもと同じように俺の隣りを歩いていた。
この世界に産み落とされて、いつかの時に出会って、そして恐る恐る名前を交換したあの日から。。
ずっと続いていく変わらない日常にも、いつもとは少し違う日にも、いつの間にか君は俺の隣りで笑っていた。
そして、世界が変わった日。俺がただの本場一樹でいられた、最後の日も。
確かに、君はそこにいてくれていたんだ。
ぼくたちのせいはいせんそう 第9話
「雪、降るかもね」
除夜の鐘が鳴り終わって、人混みを避けるように神社から離れた、その帰り道の出来事。
差し迫った就職活動という名の憂鬱と108ですまない煩悩を二人で語り合って、ふと空を見上げた彼女から漏れた言葉がそれだった。肌を刺すような冬の空気がその言葉を白く染め上げて溶けるように空へと消えていく。
同じように、俺も息を吐いた。そして、そうかもしれないとだけ応えて、同じように空を見上げた。
黒く塗りつぶされた空のパレットから、浮き出るように星々が語りかける。記憶にある星座やシリウス、オリオン、ベテルギウスを一通りなぞって、俺は再び彼女に視線を戻した。
彼女は笑っていた。もう見慣れた、でも何よりも安心できる笑顔で問いかける。
「――ねえ、何をお願いしたの?」
流れ星を見逃したのだろうか。そう思って、慌ててもう一度空に視線を向けた俺を見て、彼女はいたずらっぽくケラケラと笑った。「ううん。そっちじゃなくてあっちの時の」
そう、来た道の方を指す彼女に、なるほどと頷く。
あまり人ごみが好きじゃない彼女だったけど、俺を引っ張るように連れてきた神社で随分と熱心にお参りをしていたように思う。
俺は基本的に神様なんて信じない。別に毛嫌いしている訳ではないので、おみくじを引いたり、こうしてお参りにきたりもするけど、でもそれとは別に自分の力を信じていた。だから、おみくじで例え何が出ても気にも留めないし、どこかに結んだりもしない。お参りも願いはするけど、それが何もせずに叶うと考えたりはしない。
だけど、もし神様がいたとするならば、彼女の願い事だけは叶えてあげて欲しいとそう思った。
手を合わせて、真剣に願掛けをする彼女を横目で見ながら、一瞬でもそう思ってしまった自分に苦笑する。
もし、本当に神様がいるとしたら、願い事を一つ追加したい。
遥香なんかに少しでも見惚れたことを、ひとまずなかったことにして欲しい、と。
「言わなきゃダメか?」
なんだか急に恥ずかしくなってきて、顔を背けて俺は言った。
その言葉に、予想した通りの言葉が返ってくる。当たり前じゃない。何、もったいぶってんのよ。見えてないのに、腰に手を当てながら下目遣いで怒っている彼女の姿が浮かんでくる。
付き合い、長いもんなぁ、と俺はまた苦笑した。中学の終わり、高校の終わりと節目ごとに終わると思っていた俺のこの日常は、変わることなく今も続いている。それぞれお互いに仲の良かった友達もいたし、学校でそんなに一緒にいた記憶もない。でも、一番長い付き合いだったのは間違いないし、気がついたらこうして話していたことも少なくなかった。
そして、だからこそ、知っていることもある。例えばそう、こういう時のはぐらし方。
俺は両手を口元に持ってくると、寒い寒いとわざとらしく息を吹きかけた。そして、近くの自動販売機に向かって、暖かい方のコーヒーのボタンを押す。
俺が微糖で、遥香がカフェオレ。昔、両方微糖を買っていったら、女の子は甘いものが好きなのよ、と全力で投げ返された。そして理不尽だと思いながらも、缶が当たった頬を撫でながら、買いに走らされた思い出がある。
今になって思うが、きっとそれほどカフェオレが好きなのだろう。事実、その後、遥香にカフェオレを渡したら大抵の事が解決した。まさに機嫌が良くなる特効薬なので、120円くらいは全然惜しくない。
で、今も案の定、機嫌が良くなった訳で。
「それで、お前は何をお願いしたんだよ」
自分のことは棚に上げて、少し調子に乗って聞いてみたけれど、両手で缶コーヒーを持った彼女はそんなこと気にも留めていないようだった。
嬉しそうにはしゃぎながら。俺が歩く少し先を駆けて――そして振り返った。
「――好きな人と、一緒にいることかな」
不意打ちだった。卑怯だと思った。
その笑顔は、今まで見た中でも一番綺麗だと思った。その先にいる、自分とは違う誰かに嫉妬するほどに。
なんてね、と慌てたように取り繕って。照れて恥ずかしそうに笑いかける遥香に、今だけは本当に見惚れていた。
だからかもしれない。
一番ずっと近くにいた彼女が、ずっと遠くに行ってしまうような気がした。
一瞬、嫌な予感と共に、彼女が消えてしまいそうな、そんな気がしたんだ。
「遥香ッ!!」
どうしてだろう。
どうして彼女は気付かないのだろう。
前から走ってくるトラックの様子が、どこかおかしいってことに。
どうしてこんなにも離れてしまってるんだろうか。
ずっと、彼女はそばにいてくれていたはずなのに。
トラックの様子に気付いた遥香から笑顔が消えた。
足が竦んで、動けない彼女の名を俺はもう一度大きく叫びながら、そして力の限り手を伸ばす。
そして、すぐに訪れた強い衝撃で何もわからなくなった。
結局、彼女より先に俺が消えてしまうことになりそうだ。
でも、後悔はない。
泣きながら俺に縋っている彼女を見て、俺は虚ろな意識の中でそう思った。
そして、もう一つ思う事がある。
無宗教で、神なんていないとか思っていた俺だけど。
やっぱり神様はそこにいてくれるんじゃないかと思い始めた。
だって、あの時、言わなかった俺の願い。
それをこんな形とはいえ、叶えてくれたのだから。
「という最期だったはずなんだが」
「クソい創作、乙」
ひどすぎる。下目遣いがこんなに胸に突き刺さるのは久しぶりだった。
という訳で、出てきた俺のサーヴァントはセイバーの皮を被った腐敗物で、サーヴァント(藁)としか表現できないような物体でした。ワハハ。
……笑えねえよ。
「というか、あんたもったいぶったりせず神社でしっかり口に出してたじゃない。『セイバーたんとラブラブチュッチュしたい』って」
「そういうお前も『アーチャー様と添い遂げたい。もしくはアチャ×士郎を市原悦子。リバ可』とか言ってたな」
「崇高なる願いね。もっとも、後者は既に夢と散ってしまったものなのだけど」
「俺も断じてアーチャーとのビリー・ヘリントンな関係はごめんこうむる」
「中身があんたな時点で美しくないのよ。おわかり? そもそも腐女子思想は泥棒猫どもに愛しのあの方を攫われるくらいならいっそ、てのがスタートな訳だし」
「そういう意味では俺の願いも散った訳だな。もはや、2Pキャラでセイバーオルタとかでもなくて、セイパーとかだしな、お前。俺のアルトリアたん返せよ」
「うっさい。でも、あんた完全に夢が砕けた割には結構余裕ね。もしかして、アレ? セイバーも好きです。でも、遥香たんはもっと好きですなもんでラッキーとか思ってたり?」
「――俺さ、実は黙ってたけど、ぶっちゃけロリコンなんだ。だから、そもそもお前、アウトオブ眼中」
「いや、そんなん急にぶっちゃけられても困るんだけど。あと、前から知ってたしね、イリヤ萌えって」
「……えーと、さ、いつ知ったん?」
「グッスマのフィギュア、机に飾ってたじゃない。同人誌もバラけてるようで比率高かったし」
「いや、お前来た時は隠してたはずだけど。全力で」
「おばさんに入れてもらった。その時のおばさんの言葉、しっかり頭に残ってるけど聞きたい?」
「やーめーてー。てか、ホント死んでよかった! 家族会議発生前に死んでよかった!!」
そういう訳で、腐れ縁の遥香さんですが、どうやら俺と一緒にトラックにはねられて、それからセイバーに憑依したらしい。
英霊の座って暇なのよねー、とかセイバーの顔で言うのは本当に勘弁して欲しい。色々居た堪れなくなってくるから。
それはそうと、遥香が状況を確認したいとか言ってきたので、俺は素直に自分の辿ってきた道を答えていた。
生き残る。それだけを模索してきた結果だ。俺も自信を持って報告できる。ぶっちゃけ、アーチャーに「俺は、間違ってなんかない!!」と言えるくらいに自信があるんだよ、マジで。事情を知る人間に俺の苦労を聞いてもらいたいくらいに。
と、自信を持っていた俺の生き様なんですが、いきなり殴られました。
「ぶ、ぶったね、親父にも――「あほかぁああああああああああああああっっ!!」」
メッチャ怒られました。
彼女の顔色を窺っていたところ、恐らく部活辺りのことかと。ごめん。正直、あれは俺も原作壊しすぎだと思ってた。
「それもあるけど! なんでアンタ、原作知ってんのに原作通りに行こうとしないのよ!! それが一番確定的な生存フラグでしょうが!!」
「いや、痛いの嫌だし。つか、そもそも投影が痛くてできん俺が生存フラグ拾えるとは思えん」
「なんて使えないクズ。出てきた時にランサーもいなかったし、凛との接点もないんでしょ」
「うむ」
胸を張って言ったらまた殴られた。ぶっちゃけセイバーの馬力で殴るとかホント勘弁して下さい。
俺、今顔の原形とどめてる自信ないんですが。
「最低限生き残るというか、私も現界し続けることも考えると聖杯いるし、生き残りというかきっちりとした参戦になるわね」
「いや、別にお前現界し続ける必要は皆無なんで。俺、普通に三枝さんと幸せになるんで。というか、その頃にはアーチャーも向こうに帰るんだし、お前も帰れよ、な」
「ふ ざ け ん な。あんな暇なところいたくないし!! しかも、あのお方は殆ど座に帰ってこないわ!!」
「倦怠期の夫婦かよ。いや、別に俺の愛の巣の邪魔せんのならいいんだけどね。それよか、どうするんだよ。言っとくが、俺、痛いの我慢して投影バンバン使って勝ち残る主人公みたいなことは無理だからな」
「最初から知ってるわよ、そんなこと。現状で戦い抜けるように整理するから」
そういうと考え込むように顎に手を置く遥香。
それに倣うように、俺も今の現状を考える。
①俺:キモヲタ。投影とか固有結界とかそんなもん使えない。
②セイバー:連れの腐女子。戦えるとは思えない。
「……詰んだな」
「……そうね」
俺たちの声が重なった。
重苦しい空気が部屋に充満している。
斬り結ぶのは無理でも、宝具だけでも使えれば話は変わってくるのだが、どうやらできないっぽい。
せめて、余生は穏やかに過ごそう。というか、イリヤたんのサーヴァントになろう。
正直、その前にバーサーカーに捻じ切られそうだけど。
と、トリップして世を儚んでいる最中に、それは聞こえてきた。
「――私だけ戦えても、肝心の士郎がこうじゃね……。あとは、原作知識があることくらいかぁ」
……ちょっと待て。お前戦えるの?
それだと話は変わってくる。宝具は?
「え、一応使えるけど……」
原作での使用回数は4回。ライダーに1回、バーサーカーに1回、ギルガメッシュに2回。
ただ、バーサーカーは士郎が投影したカリバーンだし、ラストも消える直前だから不確定。
だが、それでも真っ当に使える弾が2発もある。
そして、俺たちには原作知識もある。
それなら、もしかしたら――。
「遥香、頼みがある」
「何よ」
「宝具、使ってくれ」
「……はぁ?!」
夜中、俺たちはとある場所に来ていた。
既に状況は張り込みによって確認済み。目のよさだけは自信があるから、そこに必ずいることだけは確認できている。
ならば、あとは事を為すのみ。昔の人はよく言ったものだ。曰く、彼を知り己を知れば百戦して殆うからず。
「主砲、発射準備!」
「了解。エネルギーチャージ80、90――チャージ完了。目標視認!」
「対ショック準備完了。いけるな、セイバー」
「主砲発射準備完了。いつでもいけます」
俺はニヤリと笑う。
彼女も同じ顔だった。
「よろしい、主砲発射! 目標――――言峰教会!!」
「約束された勝利の剣ーーーーーーーーーーーッッッ!!」
その日、冬木市の地図から言峰教会が消えた。
【あとがき】
セイバーに憑依があまりに不評でした。友人の型月SS書きに見せても「セイバーを、俺のセイバーを返せ!」と罵られるばかり。
でも、初期プロットからここは変わってないところですんで、このまま行きます。
それどころか、あと一人出します。
あと一人で打ち止めです。
原作キャラと憑依者のギャップは出していければと思ってますのでご了承下さい。
それと、ネタってつけたほうがいいというたけのこ様のご意見、有難く頂戴したいと思います。ありがとうございました。