やあ、僕は衛宮。陸上部のマネージャーさ!
今日も今日とて、備品を直す日々。でも、俺は校内きっての幸せ者である。隣りにはいつだって、俺のマイ☆エンジェルがいてくれるのだから。
陸上部のみんなの笑顔を護るために、俺は汗を流し、それを三枝さんが労ってくれる。
そんなささやかな俺の幸せ。でも、かけがえのない、俺の日常。
だからこそ――。
俺は、今日もその日常を壊そうとする連中と戦わなければいけない。
「衛宮ー。お前、そこそこ早いんだから走れよなー」
「やめろーやめるんだブラパンー! 俺は(三枝さんと一緒に)マネージャーがいいんだぁぁあああああああ!!」
「うわっ、なんかそれえろいぞ! 変な略し方すんなよなーエロミヤ」
「どちらかと言うと蒔の字の方が直接的ではあるのだが……何も言うまい。みんな、すまないが衛宮を連行してくれ」
「「「「「ウッス!!」」」」」
そして、今日もまた敗れたのである。
口惜しいが、黒豹(ブラックパンサー)と氷室のコンビの力は絶大なものがある。
だが、俺は諦めない。明日も明日とて、俺と三枝さんの『愛のスパナ』を回してみせるんだ!!
「あ、衛宮はサボりだから、とりあえず校庭50週な」
「高跳びの練習もした方がいいな。というより、全部やれ。まだ衛宮は本職を決めかねているのだろう?」
そんな俺を尻目に、楽しそうに談笑する二人はどう見積もってもあかくはないが、くろいあくまとしろいあくまである。
いい笑顔でそのような苦行を告げてくる二人に俺は――。
1.「あい。わかりまちた」と素直に部活する。
2.「ぷじゃけるな! 俺は三枝さんと結婚するんだ!!」と宣言する。
3.「そんなことよりおうどんたべたい」と現実逃避する。
「……うどん食べたいなぁ」
3でした。
弱くてゴメン。
「それはいいな、衛宮。部活が終わったら食べに行こう。無論、全メニューを終えた後だが」
「お、衛宮の奢りかー。あたしも行く行くー」
……吐くわい。そんな苦行の後で食えるか。
でも、精神年齢21歳の大人な俺は、今の蒔寺の台詞を拾って、裸の彼女の台詞として脳内合成するくらいで許してやることにした。
――ちょっと、おっきしたのだった。
その帰り。乳酸だらけの身体を押して連れて行かれたうどん屋で、マジで全額負担という悪魔としか思えない所業をされた後、三枝さんと黒豹と別れた。
蒔寺のえらい笑顔にちょっとかわいいとか思って――いや、思ってないが、所詮は黒豹である。「また今度も頼むなー」とか言われて、笑顔で「おう」とか言っちゃったけど、
アレは餌付けに成功した喜びが顔に出ただけで、決してかわいいとか思った訳じゃないんだ。信じてくれ。ホント。
寧ろ、申し訳なさそうに、でも嬉しそうにうどんを啜る三枝さんのかわいいことかわいいこと。
餌付けするならやっぱこっちしかない。明日も飴ちゃん持っていこう。
という訳で、今は氷室と二人きりである。
何気に珍しいツーショットである、というか原作では見たことなかったけど、陸上部なんだからそういうこともあるんだろう。
そのクールビューティーさと氷室、という苗字からもなんとなく想像がついていたけど、こいつは滅法寒さに強いらしい。
徐々に寒くなってきた夜風を受けても、涼しい顔で俺の横に並んでいた。
――て、氷室を見てたらこっちが寒くなってきたよ。
ここで、少しでもホットな会話でもあったら変わるんだろうけど、氷室にそんなこと期待してはいけない。
だから、俺は近くにあった自販機まで走ると、微糖とカフェオレのあったかい方のボタンを押した。
「ほらよ」
「む、そこまで気を使って貰わなくてもよかったのだが――感謝する。時に、何故私がカフェオレで、君が微糖なのだ?」
「女の子だろ。だったら、甘いものが好きかな、と。ちなみに、俺もブラックなんか飲めませんので」
「ふむ、別に同じのでも構わなかったのだが……、だが、その心遣いは嬉しい」
そういうと氷室は受け取ったカフェオレを両手に持って、美味しそうに口をつけた。
普段はまったくもって意識してなかったけど、こうして見るとやはり氷室は綺麗な女の子だ。
――そう、女の子だったのだ。
気付いたら、最後。えらい勢いで緊張してきた。
誤魔化すように、俺も缶コーヒーのプルタブを開け、一気に口をつける。
「衛宮」
そうしていると、氷室が話し掛けてきた。
相変わらず何を考えているのかさっぱりわからない、でもとてつもなく綺麗な顔が目に飛び込む。
ぶっきらぼうに視線を逸らし、おう、とだけ応えた。そんな俺の態度に声色一つ変えずに、氷室は続ける。
「衛宮は、由紀香の事が好きなのか?」
吹いた。
思いっきりコーヒー吹いた。
何その直球、ってそうか。そう言えば、氷室は恋愛探偵だった。
なんかそんな設定を読んだことがあった気がする。て、そんなこと言ってる場合じゃない。
何聞いてんのこの人。てか、俺、そんなモロバレでしたか?
そりゃ心の声で叫んだりしましたよ。二人の時は鼻の下伸びっぱなしでしたよ。
でも、見られてないだろう多分。てか、見てないって言って! 死にたくなるから!!
「いや、ほんの予測でしかなかったのだがそうか。やはり好きなのか」
カマかけられてただけだったみたいっすよーーーー!!
でも、今ので完バレです。本当にありがとうございましたーーーー!!
「どこが好きなんだ? 衛宮は」
普通ならニヤニヤしながら聞くような内容でも、氷室は相変わらずあんましわかりません。すごいスキルだ。
てか、どこが好きだって? そんなん決まってるだろ。
それは、俺が、真性のロリコンだからです。
だから俺はセイバーが好きです。イリヤが好きです。三枝さんも大好きです。
でも、そんなこと言えるかアホォオオオオオオオオオ!! ただでさえ若干冷たげな氷室の視線が絶対零度まで下がるわ!!
そしたら、俺は自信を持って言える。死ぬ。今すぐ首吊って死ぬ。
だからこそ、考えろ。フラグ職人だった経験を生かして考えろ。検索しろ。俺の中にある答えを、なんとかして探し出すんだ!!
「――どこが、なんてわからない」
すんません。俺、アホなんです。本当にわからないんです。
ロリーなとこ以外のいい所なんて、三枝さんがいっぱいもってることぐらいわかってます。
でも、その全てが霞むんです。ロリーの前には。
なんで、魂が拒絶しました。尊敬すべきは俺のロリ魂。良くぞ曲がらなかった。
「そうか。しかし、な――」
すんません。やっぱダメですよね。わかってますよ。
今から俺、魂曲げますんで。いくらでも曲げますんで許して下さい。
そう考えて、三枝さんのいいところを頭の中につらつらと並べ始めた俺をそのままにして。
彼女はさらに付け加えて言った。
「――もしかしたら他にも、衛宮のことを見ている人がいるかもしれんぞ」
そう、彼女は少しだけ笑って、俺の方を見たのでした。
いや、もしかしなくてもあれですね。
フラグですね。
いや、ホント凄いわ衛宮くん。君のボディに入ってから、俺っちマジでモテモテなんですけどォォォオオオオオオオ!!
上がったり下がったりで忙しい俺から、あっさりと顔を背けた彼女の方を再び向く。
そうすると、氷室は少しだけ歩幅を早めて、そして大きく伸びをする。
「冬が、近づいてきたな――」
「――そ、だね」
そう言って、もう一度らしくない笑顔を見せる彼女に対して。
俺は、かろうじてそれだけ返したのだった。
この時、俺はその言葉に何も感じさえしなかった。
何故ならここは、こんなにも平和で、暖かくて。
俺をFateの衛宮士郎なんかじゃなく、ただの衛宮士郎でいさせてくれていたのだから。
だから、今の士郎は気付かない――。
――そう、本当にもうすぐそこまで、冬が近づいてきていたということに。