ジオン公国首都 ズムシティ
私の護衛役だというお髭のおじ様ことランバ・ラル大尉は、私がいくところすべてについてくるようになった。公務一切を仕切る口うるさい公王府のお役人や、私のために自分の体を投げ出す気満々な、ありがたいけどちょっと鬱陶しいSPの方々とは違って、つかず離れずの位置を保ち、保護者のようにさりげなくサポートするのが自分の役目だと自任しているようだ。
10年間にわたって誰にも頼らず母一人娘一人で地味に暮らしてきた私にとって、そして、気に入らない上官を叩き殺してまで孤高のパイロットを気取っていた、野獣とまでよばれた前世をもつ私にとって、目の前をちょろちょろして私に指図する人間は、それが誰であっても鬱陶しい。所詮10才の少女がひとりでは何もできるはずもなく、多くの人に頼らなくては生きていけないことは自覚してはいるのだが、正直勘弁してくれよと思う。まぁ、彼らを含めてザビ家の権勢にすり寄ってくる有象無象の輩をあやつり、陰謀渦巻くザビ家の中で命がけの駆け引きを楽しむというのも、自分の性に合ってるのかもしれないとは思わなくもないのだが。
しかし、ランバ・ラルは、他の連中とはことなり、なかなかおもしろい男だ。実戦経験豊富な歴戦の勇士であるのに、ジオンの軍人にありがちな、つまらない思想とか大儀とかに染まっていないのがいい。ザビ家に媚びる気がまったくないのもいい。ドズル夫妻以外に親しく会話できる相手がいない私にとって、ラルが公私にわたる貴重な相談相手となるまで、そう時間はかからなかった。
「ラル大尉。お願いがあるの」
ある日、公務から帰宅する車の中、私は意を決し隣のラル大尉にお願いしてみる。
「なんでしょう?」
「私、モビルスーツに乗りたいわ」
自分でも無茶だとわかってはいるのだが、お願いせずにはいられない。
「ダメです。子どもに戦争をさせるのは亡国のやることです。我がジオンはそこまでは腐っていません。デギン公王やギレン総帥は、決してお許しにならないでしょう」
にべもない。しかし、私自身も、おんな子どもが戦場にでるのは嫌いだ。この少女の体が恨めしい。
「それに、まだ戦争は始まっていないとは言え、ザビ家の方が最前線に出るなぞ、兵士にとっては迷惑でしかありませんな」
つい先日、私自身がガルマに対して似たような説教をしたような気がする。だが、ここであきらめるわけにはいかない。
そっと腰を横にずらしてラルと密着、軍服の裾をちんまりとつかみ、目を潤ませながら上目遣いでおねだりしてみる。
「……軍でなくても、モビルスーツはあるわ。ねぇ、お願い。ラルおじ様」
ラルの呼吸は数秒間停止、そっと目をそらし、コホンと1回咳払いしたのち、ついに妥協案を提示してくれた。
「わっ、わかりました。危険のない方法を検討し、総帥にお願いしてみましょう」
少女の体でよかった。……ついでにもうひとつお願いをする。たまたま思い出したふうに装うが、こちらが本命だ。
「そうそう、もうひとつお願い。シャア・アズナブル少尉という方について調べて欲しいの」
「彼のことならよく知っています。教導大隊で一緒でしたし、同じ作戦に参加したこともあります。彼の何を知りたいのですか?」
「いえ、調べる内容はなんでも良いのです」
「は? どのような意味でしょう?」
「『私が彼のことを調べている』という事実を、彼が知ることが重要なのです。そうすれば、彼の方から接触してくるでしょう」
「ヤザンナ様、まさか……。彼はやめた方がいい。確かに有能で将来性もある男ですが、女性にかんしては、その、少女趣味だという噂もありますし。いっ、いえ、単なる噂ですが」
なんか盛大に誤解しているようだけど、おもしろいから放っておこう。ラルおじ様なら、きっちり任務は果たしてくれるでしょう。
屋敷にかえると、キシリア叔母様がまっていた。
「ひさしぶりですね、ヤザンナ」
「こんばんわ、叔母様」
「教導機動大隊では大活躍だったそうですね。その件で確かめたいことがあります。いっしょに来て簡単なテストを受けてもらいます。よろしいですね」
隣で敬礼していたラル大尉が、私とキシリア叔母の間に割ってはいる。
「失礼、キシリア様。ヤザンナ様にそのような予定はありません」
「ランバ・ラル! 私の邪魔をするのですか!」
「私は、ギレン総帥の勅命をうけ、ヤザンナ様のおそばにおります」
ギレン叔父の代理とキシリア叔母のいざこざを見ているのも面白いけど、キシリア叔母のテストとやらにも興味がある。殺されることはないでしょう。
「……いいのよ、ラル大尉。叔母様、いきましょう」