ジオン公国の某コロニー 教導機動大隊の拠点基地
モビルスーツって、こんなに大きかった?
私は今、ジオン公国が誇る新兵器、モビルスーツを見上げている。
MS06C ザクⅡ。人類史上最も数多く製造され、最も活躍した、いわば兵器として完成したモビルスーツ第一号である。
「これが、ザク」
濃いグリーンに塗装された無骨な鋼鉄の巨人は、既に核融合炉に火が入れられ、いつでも起動できる状態にある。私は手を伸ばし、そっと足に触れる。
ドクン。
ミノフスキー物理学の応用により初めて実用化された小型核融合炉が発する無限のエネルギーが、力強い脈動となり、分厚い装甲を通して、私の体に注ぎ込まれたような気がした。
単純に性能だけを比較すれば、彼女が前世で最後に搭乗した機体などは、目の前のザクの数十倍の攻撃力・機動力をもっていただろう。だが、ヤザンナは、今、このザクに乗りたいと思った。数ヶ月後におこるであろう大戦において、既存の戦術のすべてを否定し、戦略のあり方を根本から変えてしまうこのザクに乗り、この時代の誰も知らない操縦テクニックや戦術機動を思う存分披露してみたかった。自分はやはりパイロットなのだ。
「……乗りたい」
思いは自然に声となった。
「はっはっはっは、ザクに乗りたいか。気持ちはわかるが、身長があと50センチ伸びてからだな」
隣で基地司令官に説明を受けていたはずのドズル叔父が笑う。私は頬を膨らませ、プイっと横を向いた。
私とドズル叔父がいるのは、新兵器モビルスーツを他部隊に先駆けて配備し、実戦に向けた運用を試行するために作られた教導機動大隊の拠点。中でも特にエース候補を集め、モビルスーツを利用した新しい戦略・戦術を研究する部隊、旧世紀流にいえばトップガンの基地である。
つい先日、だめもとでジジイに「モビルスーツというものを見てみたい」とお願いしてみたら、意外にもあっけなくOKがでた。ジオン公国の当主たるザビ家の一員として、モビルスーツの知識は必要不可欠なのだそうだ。まだ戦争は始まってもいないのに、既にモビルスーツはジオン公国のシンボルとなりつつあるということだろう。で、たまたま教導機動大隊を視察する予定があったドズル叔父に引率されることになったのだ。
「なぜモビルスーツは人型なのか、ご存じですか?」
司令官がドズル叔父ではなく私に声をかける。視察に訪れたザビ家の人間に、基地の現状に余計な不満を抱かず無事平穏にお帰りいただくことを望む彼は、 AMBACの有効性など一般的で差し障りのない話題にもっていきたかったのだろう。しかし運の悪いことに、目の前のザクに大興奮だった私は、彼の望む返答をするところまで気が回らなかった。
「平凡な兵士が、宇宙空間で目視だけに頼って高機動を行うためには、人間に近い形が必要なのよ」
たとえミノフスキー粒子によりレーダーが使えない状況になったとしても、宇宙戦艦の猛烈な対空砲火をかいくぐって接近戦にもちこむためには、既存の宇宙戦闘機などとは比較にならない高機動が必要となるわ。でも、上下の無い宇宙空間で、しかも電波による誘導が不可能な状況では、人間は空間における自分の向きや動きを瞬間的に把握することが困難なの。必然的に、高機動を行うためには人間離れした高い技量が必要となってしまうのね。
人型の最大のメリットは、この点をおぎなうことが可能なことよ。たとえ平凡な人間でも、人型の機械ならば、機体各部のセンサーの情報を自分自身の五感の感覚の延長として捉えることができて、本能的に自分の動きを認識することが可能となるの。
もし高機動だけを求めるのなら、人型である必然性はないわ。でもそれでは、パイロットに求められる技量が高くなりすぎてしまう。
もちろん、人型によって訓練が必要でなくなるわけじゃないけど、パイロットになるためのハードルが大幅に低くなるのはたしかね。
そんな人型兵器のひとつの完成形が、このザクなのよ。……すばらしいわ。
「よ、よくご存じで……」
私に話をふったことに後悔している司令官に対し、ドズルが追い打ちをかける。
「そうだ。そして機動兵器は数が無ければ意味がない。平凡なパイロットが乗る人型のザクを大量に運用することによって初めて、我々は大艦隊を相手に戦うことができるのだ」
ドズルは司令官をにらむ。教導大隊はもともとキシリア主導で作られた部隊であり、司令官はもちろんキシリアの取り巻きの一人である。
「教導大隊について俺が感じている疑問を言うぞ。今の教導大隊におけるモビルスーツ部隊の訓練は、少数のエリートパイロットによる高度な技術や特殊な戦術を意識しすぎているのではないか? それは人型兵器としてのモビルスーツの利点を殺しているのではないか? もっと一般の兵士にも可能な戦術を中心に研究するべきではないのか? 答えてくれ」
司令官は答えることができない。もちろん彼にもモビルスーツの運用に関しては彼なりの理念があり、それはドズルのそれと一致する点もあれば異なる点もある。しかし、ドズルは彼の背後にいるキシリアに対して問うているのだ。彼がなんと答えようが、ドズルかキシリアどちらかの意見を否定することになる。それはくすぶっている軍内部の対立をあらわにすることにつながると同時に、彼自身の破滅をもたらすだろう。
ドズルも言ってしまってから後悔していた。この視察でここまで言うつもりはなかった。ヤザンナの興奮が伝染してしまったのかもしれない。もともと、近いうちにキシリアにぶつけ、軍上層部で結論を出さねばならぬ問題ではあった。しかし、この状況は、ザビ家の立場を利用して基地指令を虐めているだけではないか。この場をどうやっておさめようか、彼が必死に脳細胞を働かせはじめたとき、助け船を出した者がいた。ヤザンナだ。
「お、叔父様。あの、えと、その、……トイレ」
「お、おお、待たせてすまなかったな、ヤザンナ。司令官、案内しろ」
「はっ」
「それから、視察の予定時間はまだかなり残っているわよね。せっかく来たんですもの、難しいおはなしはもうやめて、シミュレーターでいいのからザクを操縦してみたいわ。叔父様も付き合ってくれますよね?」
シミュレーターとはいえ、ついに私はザクのコックピットに座る機会を得たのだ。