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No.12088の一覧
[0] ジオンの姫 (機動戦士ガンダム)[koshi](2010/10/31 20:47)
[1] ジオンの姫 その2 家族の肖像[koshi](2009/09/27 01:58)
[2] ジオンの姫 その3 貴族[koshi](2009/09/27 01:58)
[3] ジオンの姫 その4 お坊ちゃん[koshi](2009/09/27 01:58)
[4] ジオンの姫 その5 人型兵器[koshi](2009/09/27 01:59)
[5] ジオンの姫 その6 シミュレーター[koshi](2010/10/31 23:06)
[6] ジオンの姫 その7 姫と王子(1)[koshi](2010/11/09 00:13)
[7] ジオンの姫 その8 子守り[koshi](2009/10/06 01:37)
[8] ジオンの姫 その9 お髭のおじ様[koshi](2009/10/09 01:44)
[9] ジオンの姫 その10 ジオニズム[koshi](2009/10/12 21:34)
[10] ジオンの姫 その11 ガンタンク(1)[koshi](2011/04/17 12:32)
[11] ジオンの姫 その12 ガンタンク(2)[koshi](2011/04/17 12:36)
[12] ジオンの姫 その13 戦争目的[koshi](2009/10/25 02:04)
[13] ジオンの姫 その14 MS-06FザクⅡ[koshi](2009/10/31 15:28)
[14] ジオンの姫 その15 質量兵器(1)[koshi](2009/11/07 15:53)
[15] ジオンの姫 その16 質量兵器(2)[koshi](2010/01/11 02:42)
[16] ジオンの姫 その17 王子と子守り[koshi](2010/01/11 02:40)
[17] ジオンの姫 その18 ルウム戦役(1)[koshi](2009/12/13 01:22)
[18] ジオンの姫 その19 ルウム戦役(2)[koshi](2009/12/30 21:29)
[19] ジオンの姫 その20 蛍光ピンク[koshi](2010/01/11 02:45)
[20] ジオンの姫 その21 陽動作戦[koshi](2010/01/30 18:06)
[21] ジオンの姫 その22 君はどこに落ちたい?[koshi](2010/02/11 02:20)
[22] ジオンの姫 その23 大渦巻き[koshi](2010/02/11 22:29)
[23] ジオンの姫 その24 降下前夜[koshi](2010/03/09 02:22)
[24] ジオンの姫 その25 降下部隊[koshi](2010/03/10 00:14)
[25] ジオンの姫 その26 流血の境[koshi](2010/03/24 22:35)
[26] ジオンの姫 その27 悪しき世界[koshi](2010/04/20 21:09)
[27] ジオンの姫 その28 MS-07グフ(蛍光ピンク)[koshi](2010/05/04 03:54)
[28] ジオンの姫 その29 サイド7[koshi](2010/05/19 22:55)
[29] ジオンの姫 その30 大地に立つ![koshi](2010/06/10 23:42)
[30] ジオンの姫 その31 破壊命令[koshi](2010/07/14 23:04)
[31] ジオンの姫 その 7.5 デベロッパーの憂鬱[koshi](2011/06/19 20:49)
[32] ジオンの姫 その32 キシリア出撃す[koshi](2011/09/18 21:01)
[33] ジオンの姫 その33 包囲網を破れ![koshi](2011/06/19 20:54)
[34] ジオンの姫 その34 キシリア散る(1)[koshi](2011/08/13 00:38)
[35] ジオンの姫 その35 キシリア散る(2)[koshi](2011/09/19 00:44)
[36] ジオンの姫 その36 キシリア散る(3)[koshi](2011/10/23 20:52)
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[12088] ジオンの姫 その33 包囲網を破れ!
Name: koshi◆1c1e57dc ID:9680a4fa 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/06/19 20:54


宇宙世紀0079年 10月 北米東岸の某所


「避難民は引き取ります。ホワイトベース、モビルスーツについてはなんの決定も知らされておりませんので、現状のままです」

ホワイトベースの救援のためかけつけたはずの補給部隊を率いるマチルダ・アジャン中尉は、なりゆきで暫定的にホワイトベース艦長をつとめるブライト・ノア少尉に対して、あくまで事務的に告げる。

「しかし、マチルダ中尉、わかりません。なぜ僕らも船も現状のままなんですか?」

マチルダのミデア輸送部隊は、たった数機の大型輸送機のみをもって護衛もつけずに敵の防衛網を突破、ジオン占領下の北米大陸の奥深くまで侵入し、ホワイトベースに貴重な物資を届けてくれた。ブライトとしては、マチルダに対していくら感謝しても足りないくらいだ。ルナツーを出航以来ジオン軍から執拗な追撃をうけ続けているホワイトベースとしては、敵地のど真ん中での孤立無援の戦いの中で、やっと出会えた味方なのだ。

しかし、だからこそ、単なる補給と避難民の引き取り以外の支援をしようとはしない連邦軍本部に対して、ブライト等が半ば失望したのも無理はない。敵地でエンジンのオーバーホールは無理だとしても、ホワイトベースとモビルスーツが連邦軍の切り札だというのなら、物資の補給だけではなく、大幅に不足している正規クルー、せめてパイロットや艦橋要員の補充だけでもして欲しい。ましてや、アムロ達民間人にしてみれば、このまま自分達も安全なところまで連れて行って欲しいというのが本音だった。

「レビル将軍は、ホワイトベースが現状の戦闘を続けられるのなら、正規軍と同じだと言っています。今は連邦軍だって、ガタガタなのです」

だが、そんなホワイトベースのクルー達の本音を聞かされ、さらに実際の艦の状況を自分の目で確認したにもかかわらず、マチルダの声は事務的なままだった。

「ジャブローからの支援はこれが精一杯だと考えて下さい。……私の部隊がここまでたどり着けたのは、天候のおかげもありますが、なによりも運がよかったからです。あなた達の補給のために、いくつもの囮が犠牲になりました。さらに、帰りは我々自身がホワイトベースの囮になります。敵の注意が僅かでもミデア部隊に向けば、ホワイトベースがジオン勢力圏を抜け海に出られる可能性も高まるはずです」

「次の補給は……」と喉まで出かかった言葉を、ブライトは飲み込む。ため息をつくしかない。

「ともかく、連邦軍にもあなた方を見捨ててはいない人がいることを忘れないでください。北米さえ脱出できれば、ジャブローまで逃げ切ることも可能でしょう」

無責任とも感じられるマチルダの物言いに、ブライドはあきれている。言った本人すらも、さすがにこれは希望的観測にすぎると感じているのだから、無理もない。

おそらくはジャブローへの恨み辛みを、口の中だけでぶつぶつつぶやき続けるブライトの肩を軽く叩き、マチルダはブリッジからモビルスーツデッキへ向かう。彼女が命をかけて運んできた補給物資の積み込み状況を自らの目で確かめ、そして連邦軍のために命がけで戦っているパイロット達の姿を目に焼き付けるためだ。

人々が慌ただしく動きまわるモビルスーツデッキの中、何よりも先に彼女の目に飛び込んできたのは、若者が多数を占めるホワイトベースの乗員の中でも、あきらかに異質な雰囲気をまとう一人の男だった。背はそれほど高くはないが、がっしりとした体躯。連邦軍のスマートなノーマルスーツはお腹がきつそうで、正直言ってお世辞にも似合ってはいない。しかし、その鋭い眼光は歴戦の勇士を感じさせるものだ。統制もなく右往左往する若者達に大声で指示を出し、物資の搬入とモビルスーツの整備の陣頭指揮をとるおヒゲがかっこいい中年のおじさま。ランバ・ラルだ。

「ラルさん。助かります。あなたのおかげで搬入がスムーズに終わりそうです」

マチルダは、ラルに対して微笑みながら話しかける。ラルは正式には連邦軍の軍人ではないが、軍に協力的な、しかも自分より年上の民間人に対して礼儀ただしく接する程度の常識を、マチルダはそなえている。



「ふん。連邦軍も、善良な民間人をうたがう暇があったら、年端もいかぬ少年達にもっと支援をしてやってほしいものですな」

しかし、ラルは機嫌がわるかった。一般的な基準から言えばかなりの美女の範疇にはいるマチルダを前にして、ムスッとしたまま視線を合わせようとはしない。

つい先ほどまで、ラルは尋問を受けていたのだ。ミデアでホワイトベースに乗り込んできたのは、輸送や整備の専門家だけではなかった。連邦軍の秘密兵器にかかわってしまった民間人の素性をさぐるためにやってきた情報部の人間は、最も注意すべき人物としてラルにターゲットをしぼったらしい。あからさまではなくとも、スパイとして疑われ尋問されて不機嫌にならない者はいない。もっとも、ラルは本来は連邦の敵、ジオン軍の人間であり、まったく身に覚えがないというわけでもなく、潔癖だと抗議できる筋合いではないのだが。

「情報部の人間に失礼があったのならあやまります。しかしジャブローにはあなたを疑っている人間もいるのですよ。いくらテストパイロットといっても、民間人にしてはあまりにも戦い慣れていると」

もちろん、ラルは連邦軍の情報部などにボロを出すわけがない。ジャブローに対するアナハイムの工作もぬかりない、……はずだ。ラルとしては、アナハイムが連邦軍にラルの身を売ることはないと信じたい。

「モビルスーツの性能のおかげです。それに、これまでの撃墜数は私よりもアムロ君の方が多い」

なりゆきで連邦軍のモビルスーツに乗ってしまったものの、ラルはできるだけ目立ちたくはなかった。しかし、ホワイトベースは守らねばならない。そのためラルは、戦闘の際、アムロやカイ、ハヤトら少年パイロットに戦果をあげさせるべく、さりげなくサポートに徹してきた。赤い彗星をはじめとするザクの熟練パイロットを相手に、素人を被弾させること無く、しかも敵を確実に撃退するというのは、ラルの腕をもってしても至難であった。ここまで何とか生き残ってこれたのは、もちろん連邦軍のモビルスーツの性能がザクのそれを圧倒的に凌駕していたからだ。しかし、モビルスーツの性能以外にも決定的な要因があることを、戦闘の中でラルは身をもって感じていた。

勘、あるいはセンス。

パイロットに必要とされる資質は、操縦技術だけではない。度胸や経験ももちろん重要だ。だが、極限状況の殺し合いにおいて最後の最後にものをいうのは、うまれついてのセンス、言い換えれば勘の良さであろうと、ラルは思っている。その「勘」にかんして、明らかに突出している味方がいる。アムロだ。素人揃いのホワイトベースのパイロットの中で一番、ではない。ラルの知るジオンのパイロットをすべてと比較しても、あのシャアと比較してさえ、あきらかに傑出しているように思えるのだ。

まったくの素人パイロットが、短時間でここまで強くなれるものなのか。実戦慣れしているラルの戦闘を間近にみたアムロは、あっという間に彼と同様の戦闘機動を自分のものとした。敵味方が入り乱れる戦闘の中、指示をだすラルの意志を的確に汲み、味方との連携を完璧に決めて見せる。そしてなにより、戦闘を重ねるにつて目立ち始める、敵の動きを先読みしているとしか思えない動き。あの赤い彗星すら翻弄するアムロ少年こそ、もしかしたらキシリア殿がこだわっていたニュータイプというものなのかもしれない。



「あの少年ですね」

ガンダムの足下にたち、ボーッとマチルダを眺めている少年。マチルダが振り向くと、とっさに視線をさげる。マチルダは、ふたたび微笑みながら、ラルに正対する。

「ラルさん。軍人である私が民間人のあなたにいうのもおかしな話ですが、少年達をたのみます。あなたの力なら、彼らを守ることができるはずです」

もし、ラルが偶然にもホワイトベールに乗り込んでいなかったら。……その仮定は、想像するだけでマチルダに恐怖を感じさせる。

正規パイロットがすべて失われた状況において、もしラルがいなければ、いかにガンダムやガンキャノンの性能がザクを圧倒していたとしても、所詮素人でしかないアムロら少年パイロット達が赤い彗星の攻撃から逃れられるとは思えない。よくて地球降下以前にすべての機体を喪失し、母艦は撃沈。最悪の場合、ホワイトベースと搭載する新型モビルスーツはジオン軍に鹵獲され、実戦に投入される前にその対抗策が講じられてしまったかもしれない。ジャブローの連邦軍司令部がもくろむ宇宙での大反攻作戦は、その実施すらおぼつかない状況におちいっていただろう。

だが実際には、サイド7からルナツー、そして北米大陸にいたる逃避行の中、ガンダム、ガンキャノン、そしてガンタンクの各モビルスーツとそのキャリアであるホワイトベースは、連邦軍初のモビルスーツ部隊の名に恥じぬ戦果をあげていた。開戦から約10ヶ月、ジオンの新兵器モビルスーツの猛威の前に為す術がなかった連邦軍は、ついにザクと対等以上に戦える武器を得たと言っても良い。その最大の功績は、素人達を的確に導いたラルにあることは、誰の目にもあきらかだ。もっともそれは、目立った戦績をあげたくはないというラル本人の望みとは裏腹ではあったが。

ブライトやラルにすら詳細は知らされてはいないが、ホワイトベースや各モビルスーツの戦闘データは、マチルダ隊と共にのりこんできた専門家により徹底的に収集され、予備的な分析の後、既に複数の方法によりジャブローに向けて送信されている。

ジャブローや他の連邦軍拠点においては、既に量産型モビルスーツの大量生産が始まっている。促成ではあるものの、パイロットの育成も同時に始まっている。ホワイトベースとガンダム、ガンキャノンが、あの赤い彗星を含む強力な敵との実戦によって得た各種データは、モビルスーツ運用ノウハウとして連邦軍にとって計り知れない益をもたらすだろう。

マチルダは思う。レビルを含む連邦軍高官達は、ホワイトベースやガンダムそのものの生還よりも、その実戦データをこそ重視しているかもしれない。撃破されるまでひたすら戦い続け、正規パイロットを育成するためのデータ収集の犠牲になれ、と考えている可能性さえある。そして、連邦軍全体を考えるのなら、それは正しいのだろう。

しかし、軍人でもない少年少女達を最前線で戦わせるのは、連邦軍人として、いや大人としてしのびない。我ながら青臭いとも思うが、それがマチルダの本音だった。



「ふっ、……はっはっは。あなたのような美人に頼まれると、断れませんな。しかし、あなたが直接声をかけてやった方が、少年達には効果があるとおもいますよ」

ラルの軽口に、マチルダは一瞬微笑みかける。しかし、彼の言葉の中には軽口以外の要素が多分に含まれていることに気いたのだろう。彼女は直ぐに表情を引き締めた。

「そんな。……いっ、いえ、そうですね。そうかもしれません」

そしてマチルダの顔は、軍人のものから女のそれにかわる。そのままラルに軽く会釈をして、彼女はアムロのもとにむかう。

ラルの視線の先で、見るからに繊細で神経質そうな赤毛の少年が、精一杯背筋をのばしてマチルダに相対し、二言三言ぎこちなく会話を交わしている。だが、おそらく初めて接する大人の「女」を前にして、少年の視線は定まらない。となりにいる少女が敵意のこもった視線でまっすぐにマチルダを見つめているのとは対照的だ。

「アムロ、命がけでよくみんなを守ってくれました。ホワイトベースが無事なのは、あなたのおかげです」

マチルダの凛とした声が、ラルの耳にまで聞こえる。

少年は、「そっ、そんな」「マチルダ中尉にくらべたら……」などと、しどろもどろに答えるしかできない。女はそんな少年の肩に手を置き、顔を近づける。少年が目を丸くして、顔を赤くしながら、半歩下がる。硬直したアムロの目の前でマチルダは微笑む。そして、まるで内緒話のように、彼の耳に息がかかる距離で、彼だけに聞こえるようつぶやく。

「あなたはエスパーかもしれない。がんばって」

マチルダの唇の動きがそう言ったように、ラルには感じられた。

ふっ、連邦軍の女性士官、なかなかやるではないか。

願わくば、ジャブローで再会したいものだ。アムロ君のためにも。それが難しいことを理解していてもなお、ラルは願わずにはいられなかった。



マチルダを中心として若者達が集合写真をとった後、ミデア輸送機はさっていった。すでに、パイロット達はコックピットの中で配置についている。

「アムロ君、いつまでぼーっとしている。マチルダ中尉の臭いでも思い出しているのか?」

ラルがアムロに話しかける。モニター越しにも、アムロが狼狽しているのがわかる。図星だったのだ。

「敵も補給を済ませたはずだ。夜明けと同時に来るぞ」

「……ラルさん」

「ん?」

「ラルさんは、何のために戦っているのですか?」

ほう。一見して戦いとは無縁にみえるマチルダ中尉が命をかけてホワイトベースに来たのをみて、自分はなぜ戦っているのか、あらためて自分に問いかけているというところか。

大人の女におだてられ、せいぜい舞い上がって積極的に戦いにのぞんでくれれば上等だと思っていたが、なかなかどうして侮れないじゃないか、少年。いいぞ、成長が早い。それでこそ教育のしがいがある。

「家族を養うため、……いや、他に生き方をしらんからな」

ラルの表向きの立場は、あくまで「たまたま艦に乗り込んだアナハイムのテストパイロット」である。したがって、模範解答は「ホワイトベースのみんなを守るため」であろう。だが、そんな上っ面の答えなど、この少年はもとめていない。故に、ジオン公国軍人としての彼の本音を、ラルは答える。

「ラルさんにご家族がいるんですか」

「ああ、妻がいる。籍は入れていないがね。君のような子を欲しがっている。……アムロ君は何のために戦っているのだ?」

「戦いたくて戦っているわけじゃありません。最初は死にものぐるいで。その後は命令されたからしかたなく。でも、本当は戦うのが恐くて、殺すのも恐くて……」

「恐いのは当たり前だ。わしだってこわい。恐くてたまらん」

ラルの本音である。決して戦いは嫌いではない。どちらかと言えば、戦いの中に生き甲斐を見つけるタイプかもしれない。だが、だからといって死ぬのが恐くないわけではない。自分の任務を果たせずに死ぬことは恐ろしい。なによりも、死んでしまえばそれ以上戦えない。

「ラルさんが? なぜ逃げないんですか?」

アムロから見て、つねに余裕しゃくしゃくの大人に見えるラルが「こわい」と言うのは、意外だったのだろう。さらに、逃げる気になればいつでも逃げられそうな彼が、恐いと認めた上でホワイトベースに留まっているのも、やはり不思議だったのかもしれない。

「言ったろ。わしが戦わねば、家族は食っていけん。それに、ハモンは戦っているわしが好きだと言ったのでな」

「……たった、それだけの為に?」

「戦うのがいやならば、逃げ出せば良い。誰も君を止める余裕などないだろう」

「僕だけが逃げ出すわけにはいきません。フラウ・ボゥを守らなきゃならないし。それに、セイラさんやマチルダさんが期待してくれているのに……」

「ふっ、はっはっは!」

ラルはおもわず吹き出してしまった。小僧こそ、それだけの為にか?

「そうか、女のためか。いいぞ、アムロ君。たたかう理由などそれで十分だ。それでこそが戦士だ」

これから命をかけた戦いに出向く戦士の口から吐き出されるにしては、あまりに軽い調子の言葉にアムロは面食らっていた。ラルの言葉は、まったく理屈になっていない。だが、歴戦の勇士然としたヒゲのおじさんの言葉は、妙に説得力があった。アムロをして、悩むのもばからしいと思わせるほどに。

自分で言ってしまってから、ラルは気づく。自分はこんな軽口をたたくような人間だったか。つい数瞬前まで、ラルはアムロにもっと真面目な話をするつもりだったはずだ。自らの戦う理由に悩む天才肌の戦士見習いに対して、戦場の厳しさ、戦いに敗れるという意味などを教え込むつもりだったのだ。

……もしかしたら、自分はある人物に影響されてしまったのかもしれない。あの、モビルスーツが大好きな少女に。戦場を支配するほどの圧倒的な力をもちながら、決して戦いの中に屁理屈など決して持ち込まず、ただ自らの闘争本能に従うだけの小さな美しい野獣に。

ならば、いつの間にか自分を洗脳してしまった、あの少女の皮をかぶった野獣の精神を、目の前の少年にもわけてやろう。それでアムロ少年が悩みから解放され、ホワイトベースが生き残る可能性が高まるのなら、やすいものだ。

「アムロ君、君ならば、私よりも強くなれる。それだけじゃない、あのシャアにも勝てるかもしれない。君は赤い彗星を倒したくはないか? ……それが戦う理由にはならないかな?」

「ぼ、僕が、シャアに?」

執拗にホワイトベースを追撃し、何度もアムロを窮地に追い込んだ敵の名を出され、アムロの表情が硬くなる。

「ああ、君ならやれる。私はそう踏んでいるのだがね」

もちろん、ダイクン家への恩を忘れたわけではない。だが、現状でラルにとって重要なのは、ホワイトベースにいるアルティシアを守る事であろう。シャアがアムロに負けるようであれば、奴はそこまでの男だったのだ。少なくとも、キャスバルの手によってアルティシアが傷つけられるという最悪の事態よりは、はるかにましだ。

「ぼくは、シャアと、……あなたに勝ちたい」

アムロが小声でつぶやく。いい目だ。一人前の男の顔だ。本当にハモンが気に入るかもしれない。

ブライトから発進の命令が下る。ラルはひとつ深呼吸して、パイロット達に声をかける。

「いくぞ」




同日同所 ジオン軍木馬追討部隊

「目標の推定地点上空に到達しました」

華やかな摩天楼をはるか彼方に望む内陸の小都市近郊、徹底的な爆撃により廃墟と化した元連邦軍基地の上空を、長い飛行機雲を引きずりながら3機の巨大な機体がゆっくりと通り過ぎてゆく。ジオン軍がほこる新鋭機動巡洋艦ザンジバルと2機のガウ攻撃空母だ。

「木馬はどこだ」

ガウの番機のブリッジ、討伐部隊を指揮するキシリア・ザビ少将が、あきらかにいらだちながら声を張り上げる。

「発見できません。ミノフスキー粒子濃度がたかく、レーダーがほとんど使えません。……いえ、飛行物体発見、百二十七度。超低空です。はっきりしませんが、速度と赤外線パターンからみて、おそらく輸送機でしょう」

「ちっ。夜間に補給を許したのか。モビルスーツを積み込んだ可能性もある。ガウ2番機は輸送機を追え」

キシリアの命令に従い1機のガウが進路を変更、ミデア輸送部隊を追うコースにのる。直後、キシリアにあてレーザー通信がはいる。発信元は、ザンジバルの艦長、シャア・アズナブル大佐だ。

「閣下、補給を受けた後の木馬の戦力が不明です。しかも、輸送機が単なる囮だった場合、追跡にむかったガウの黒い三連星が戦力として無駄になってしまいます。ここはガルマ様に救援を求めるべきかと」

「フン、これしきの事で。国中の物笑いの種になるわ」

キシリアは、あくまで自分のちからで木馬を沈めることにこだわっている。シャアはこれ以上の説得をあきらめ、現状における最善の策をとる。

「……木馬は地上の瓦礫に紛れている可能性もあります。私が地上に降ります」

「たのむ。なんとしても木馬をみつけるのだ、シャア」

「はっ。勝利の栄光をキシリア閣下に!」




ホワイトベースは、爆撃のため半壊した雨天野球場のドームの下にいた。

「ブライト、ガウと巡洋艦からザクが降りてくるわ」

外部を見張っているミライが叫ぶ。それをうけ、ブライトが命令を下す。

「よし、アムロ、ラルさん、ザクが来る。モビルスーツを外に出せ」

「了解」

「二人がおとりになって、ホワイトベースの前におびきだしてくれ。カイのガンキャノンとガンタンクは、前に出て砲撃準備だ」




ザンジバルのブリッジにおいて副官のマリガンがその電文を受け取ったのは、モビルスーツデッキに向かうため、シャアがキャプテンシートから立ち上がろうした瞬間だった。

「大佐。ズムシティの総司令部より緊急通信です」

「ん? みせてくれ」

それは通常の命令とは異なるなるものだということを、マリガンは本能的に感じ取っていた。その電文は、物理的な経路としては、他の命令と同様にいくつかの衛星と地上基地を経由してザンジバルに届いたものだろう。しかし、その内容は極秘の上、最優先。マリガンがコンソールから得られる情報をみるかぎり、通常の指揮命令系統を無視して、ズムシティから直接シャアに命令が下ったもののように見える。キシリア閣下を経由せず、さらに地球降下軍や突撃機動軍を飛び越えて、首都の総司令部からいち巡洋艦の艦長であるシャア大佐に直接命令がくだるなどということが、あり得るのだろうか?

命令は、コンピュータによって復号されてもなお、意味のない単語の羅列でしかない。意味が理解できるのは、ズムシティにいる発信者とシャアだけなのだろう。マリガンは、表情をかえることないよう必死に努力しながら、機械的にメモをシャアに手わたす。仮面の下に隠されたシャアの表情は、読むことができない。

「……マリガン、キシリア様はああ言うが、ガルマ様に救援要請をしてくれ。私の名前でな。頼む」

マリガンの心中の疑念はさらに深まる。今から要請しても戦闘には間に合わないのではないか? いや、問題はそこではない。シャア大佐は、キシリア閣下の命令を無視するというのか?

マリガンはあらためて、仮面の向こう側に隠されたシャアの表情をのぞき込む。それだけシャアは木馬を評価しているということなのだろうが、まるではじめからキシリア閣下による木馬追討が失敗することを見越しているようではないかと、マリガンには感じられた。それどころか、キシリア閣下の身になにかあったとき、それでも最善は尽くしたようにみせるための、これはシャアによるアリバイ作りではないのか?

「マリガン。……君はこの通信を取り次いだことも忘れた方がいい」

まったく前触れ無くとつぜん浴びせられたシャアの冷たい声を聞いた瞬間、マリガンは背筋が凍り付く思いがした。

「いっ、意味がわかりませんが」

「君のために言っている。いいな」

シャアはそれ以上なにもいわず、マリガンに有無を言わせぬままブリッジを出て行く。マリガンは黙って見送る以外、なにもできなかった。




ザンジバルとガウから射出されたザクが、おとりに出たガンダムをめがけてマシンガンを発射する。

「みつかった!」

雑音混じりのスピーカから、アムロの叫びが聞こえる。

「おちつけ、アムロ君。君が乗るガンダムならば、ザクごときにやられはしない。私がカバーするから、囲まれないよう気をつければいい」

アムロと組んでいる限り、ラルはザク程度には負ける気がしなかった。

そもそも、本気でホワイトベースを撃破したいのなら、ジオンはザクなどにたよらず航空機により攻撃をすべきなのだ。単独の戦艦による、しかもレーダーがつかえない状況での対空砲火など、たかがしれている。そして、いかにガンダムが大パワーを秘めた兵器だといっても、大気圏内の機動力の勝負になれば、絶対に航空機にかなうはずがない。多数の航空機によって、対空砲火の届かないアウトレンジから長期戦覚悟で気長に攻撃を繰りかえされれば、低空を飛ぶしかないホワイトベースは手のうちようがないのだ。それをしないのは、サイド7から追ってきたザンジバルと、ガルマ・ザビの北米司令部がうまくいっていないということなのだろう。

シャアも苦労しているのだな。ラルは、かつての同胞に同情の念を抱かざるを得ない。……だが、今はそれを利用させてもらう。

ラルのキャノンが、ガンダムを狙うザクに対して、射程外から威嚇の砲撃をかける。当たらないのは承知の上だ。

「アムロ君、そちらにいったぞ」

「了解」

ザクは、一瞬ラルに気を取られ回避運動をおこなう。そこに、ガンダムのビームライフルが一閃。ザクは一瞬にして巨大な火球にかわる。

さすがだな。勘がいい。目に見えて上達してる。

シャアに対する対抗意識が、良い結果を出しているのかもしれない。少年から男に成長しつつあるというところか。ハモンに会わせたら、本当にあんな子が欲しいと言いそうだ。




「ええい、いったい何機のザクがやられたのだ」

ザクを狙撃したばかりのガンダムにむけ、シャアはバズーカを撃つ。しかしアムロは、まるでそれを予期していたかのように、華麗に回避する。

「くっ、白いモビルスーツめ、やるようになった」

もともとモビルスーツの性能には大きな差があった。しかし、サイド7の戦闘時には、操縦技術や戦術という点ではド素人だったはずだ。それが、たった数日で信じられない程上達している。なにより、赤いモビルスーツとの連携が、敵ながら見事だとしか言いようがない。実戦の中で鍛えられているということだろう。

だが、それでもやはり、一対一での駆け引きはまだまだ素人だ。百戦錬磨の赤い彗星を出し抜くのは難しい。人間はそれほど便利にできてはいないのだ。ホワイトベースの前面にジオン主力を誘い出すというアムロ達のもくろみは、シャアによってあっけなく見破られていた。




「やるな、連邦のモビルスーツめ。我々をおびき出すつもりか。ということは木馬はうしろだな」

アムロの進行方向とは逆の方向に、シャアはカメラを向ける。半壊した雨天野球場。その壁の隙間から、砲口をこちらに向ける木馬が見える。

「なるほどいい作戦だ。ここで木馬の力を借りて仇討ちをさせてもらうか。……いや、キシリア閣下が死んで、なにもかも総帥の思い通りになってしまうというのもおもしろくないな。うおっ!!」

シャアのザクの脇を、ビーム砲の光条がかすめる。ガンダムとホワイトベースに気を取られるシャアに対し、後ろからラルがしかけたのだ。

「ちっ、避けたのか? さすが赤い彗星。だが、これまでだっ! アムロ君!!」

シャアが体勢をくずすのを予期していたかのように、アムロが振り向く。そしてジャンプ。一気にザクに接近し、空中からシャアにビームライフルを向ける。シャアは回避運動を行うことができない。

「くう、私としたことが」




「見えた。ヤザンナ様、キシリア閣下のガウ」

ドダイのコックピットの中、シーマが叫ぶ。ザンジバルからの救援要請を受信するまでもなく、ヤザンナのグフを乗せたドダイは、まっすぐに戦闘空域に向かっていた。

「連邦軍相手に苦戦しているみたいね。……助けてあげなくちゃ」

ヤザンナの口元がつり上がる。

さて、どうしようかねぇ。シーマが思考を巡らせる。

まさか、いくらなんでも直接ガウを撃ち落とすなど、できるはずがない。これからキシリア閣下を襲うかもしれない不幸な出来事は、あくまでも連邦軍の攻撃、あるいは戦場にありがちな「事故」によって、引き起こされなければならない。絶対にヤザンナが疑われない状況にもっていくためには、どうすればよいか。

「えっ……あれは?」

回線を通じて、ヤザンナの声が聞こえる。シーマが目をこらした先に見えるのは、白いモビルスーツ?

信じられないことに、モビルスーツが空を飛んでいる。そして、ライフルを構えたその先には、体勢を崩した赤いザク。

ふっ、あのシャアが追い込まれているとはねぇ、……敵はよっぽど手強いらしい。

「ヤザンナ様、敵のモビルスーツは強力です!」

モビルスーツ同士の戦いに味方を巻き込んでしまう可能性について、あえてシーマが言及するまでもなく、その意志はヤザンナにも通じているはずだ。

「わかってるって!!」

間髪入れず、ヤザンナからの返事がかえってくる。同時に、ドダイが大きく揺れる。ヤザンナのグフが飛び降りたのだ。グフは、白いモビルスーツにむけてまっすぐに降下していく。

シーマは、ヤザンナが連邦のモビルスーツに敗北する可能性など、微塵も考えてはいない。ヤザンナ様が適当にあしらうだけで、あの白いモビルスーツはあっという間に撃墜されるだろう。その際、不幸な味方、要するにキシリア閣下のガウが巻き添えになるかもしれないが、そんなことは戦争では良くあることだ。仕方がない。



もちろんヤザンナも理解していた。連邦軍のモビルスーツとの戦闘など、真の目的を果たすためのついでに過ぎないということを。……ドダイから飛び降りるその瞬間までは。

モニタにうつる白いモビルスーツの姿が、徐々に大きくなる。

あれは、……やはり。

ヤザンナは、ザクと史上初のモビルスーツ同士の戦闘を行った連邦軍のモビルスーツについて、あらかじめ知っていたはずだ。前世の記憶はあったが、あえて意識せぬよう努力していたのだ。だが、あらためてそれを目にした瞬間、本能が理性をねじ伏せる。前世から執念が、野獣の本能が、ヤザンナの体を支配する。連邦軍の白いモビルスーツ、ガンダムを前にして、ヤザンナの体から闘争本能以外のもの一切が失われる。

蛍光ピンクのグフが、いまだ空中のガンダムに躍りかかった。

「ガンダムかぁい!!!! 手込めにしてやるわ!!!」




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なかなかお話が進みませんが、つぎは戦闘に入れると思います。


2011.06.19 初出




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