宇宙世紀0079 9月 ジオン軍北米司令部近郊の駐屯地
「これがグフ。ジオニックの新型か。……なかなかいいじゃないか」
ジオンの地球侵攻軍においては、新型モビルスーツの実戦配備に伴い、パイロットやメカニックを対象とした機種転換訓練が順次行われている。機種転換と言っても、基本的なシステムや操縦方法はザクと大きくかわるわけではない。さらに、パイロットが慢性的に不足している状況で現場に負担をかけるわけにはいかず、そのうえ、いつ連邦軍による反攻作戦が始まるかわからない状況であるから、個々のパイロットに対してそれほど時間をかけて丁寧に訓練が行われているわけではない。ジオンの現状からやむを得ずの措置であるのだが、パイロットの多くが職人的気質を持つジオンにおいては、この『習うより慣れろ』はむしろ歓迎されている節もある。
「ふっふっふ。いいぞ。このグフは、戦う男のマシンだ」
訓練中のパイロットが、様々な機動や武器を試しつつ、コックピットの中でおもわず声に出す。
MS-07グフ。
現在ジオン軍のモビルスーツの主役であるMS-06ザクは、その兵器としての汎用性・万能性ばかりが注目されがちである。しかし、開発当初の目的は、あくまでも宇宙空間において連邦軍宇宙艦隊と戦い、これを壊滅することであった。したがって、大気圏内かつ重力化における運用は、地上用に改修された陸戦型MS-06Jが投入された現在に至っても、やってやれないことは無いという程度でしかない。実際、奇襲ともいえる地球降下作戦の際にはその機動力で連邦軍を圧倒したものの、戦局が落ち着くにしたがい、様々な対モビルスーツの戦術が編み出され、地上における既存兵器に対するザクの圧倒的優位は揺らぎつつある。さらに、連邦軍による新型モビルスーツの開発が噂される状況の中、対モビルスーツ戦をも考慮した陸戦専用のモビルスーツ開発が求められたのは必然であった。
グフこそ、その要求に応えるため、軍と共に地球に降下したジオニック社のエンジニア達によって開発された、待ちに待った地上用新型モビルスーツである。
グフは、放熱に有利な大気圏内専用機であることを最大限に活かしエンジン出力を大幅に強化、同時に重力化での運動性能を向上するため軽量化および脚部の強化とスラスターの位置の修正がなされた。さらに、殴り合いを含む格闘戦を想定し、装甲の強化と各種固定武装が追加されている。外見を特徴付けているのは、ショルダータックル用に両肩にはえた巨大なツノと、腕に装着された巨大な盾であり、その左右不対象で無骨なシルエットは実に男らしい。
そう、砂塵が風に舞う荒野に生き、モビルスーツ同士の肉弾戦を戦うためのマシン。汗とオイルとオヤジの臭いが似合う漢のマシン。それがグフなのだ。
「ふん。地上におけるモビルスーツは航空機の機動力と戦車の打撃力・防御力を併せ持つ兵器であるべきだ、……などと言う連中が圧倒的に多数派だが、奴らはわかっていない。モビルスーツとは巨大な歩兵なのだ。敵と殴り合い、圧倒し、力づくで屈服させる兵器でなければならん。このグフこそまさにそれ。気に入ったぞ」
正面のモニタには、熱核ホバーの力で地面を飛ぶように超高速で突っ走る別の新型重モビルスーツの姿が見える。先日テストを終了し、量産化および実戦配備が始まったばかりの最新鋭の機体らしいが、あんなものが都市や山間部で役に立つものか。トマト頭の熟練パイロットは、なんどもうなずく。このグフがあれば、どんな相手にも負ける気がしない。
おお!
開きっぱなしの回線から、同僚達の歓声がきこえる。気がつくと、周りの機体は訓練を休止しているようだ。ちょっと自分の世界に入り込みすぎたか。自らも機体を静止させ、皆が眺めている方向に自機のカメラを向ける。彼はそこに信じられないもの見た。
高空を飛行中の重爆撃機ドダイYSの上に、人型兵器が立っている。もともとドダイは、機体の上面にモビルスーツをも搭載可能なだけのパワーを持ち、輸送機としても利用できる機体だ。モビルスーツの機動力を補うため、そのように設計されている。だが、ドダイの上で腕を組み、ポーズを決めているモビルスーツは……。自分と同じグフ。あろうことか全身ピンク色のグフだ。
ピンクのグフは演習場の上空につくと、ゆっくりと腕組みを解いた。そして、ウオーミングアップとでも言うかのように、ドダイの背中の狭い空間で派手に動き回りはじめ、空手の型まで決めてみせる。もともとドダイはVTOLすら可能な大パワーの機体であるから、あのような飛行も可能なのはわかるが……、上に乗っているモビルスーツにとって、あの速度で飛びながらあの動きは、バランスや空力的に無理がありすぎるのではないか。パイロットの腕がいいということか?
「ヤザンナ様、私は大気圏内の航空機の操縦なんて慣れてないんだから、あまり無茶な動きは勘弁しておくれよ」
「大丈夫、バランスは私が取るから。……ここらへんでいいかな。シーマ少佐、私は飛ぶわ。あとで迎えに来てね。うりゃ!!」
「ええええー、そんな無茶な! ちょっ、ちょっと待っておくれってば!」
グフの両脚がドダイの機体を蹴りジャンプ。そして、背中と脚部のスラスターを全開、減速しながら演習場の真ん中を目指し、ゆっくりと降下する。ザクよりも軽量化がなされ、重力下における垂直方向の機動に特化できるようにスラスターを集中したグフならではの動きだ。
派手なパフォーマンスとともに空から落ちてきたモビルスーツに対して、その場にいたものは例外なく驚き、しばし唖然としていた。しかし、その機体が蛍光ピンクに輝いていることに気づき、多くの者は自然と頬をゆるめる。ジオン軍のモビルスーツ運用にかかわる者で、ピンクの機体を駆る少女を知らぬ者はいない。みな、艦隊を守るために核爆発に巻き込まれたヤザンナの容体を気にかけていたのだ。
「そこの新型! 模擬戦につきあいなさい」
ピンクのグフが、たまたま近くにいた一機の新型モビルスーツにむけて指を指す。
「へっ、俺ですかい?」
ヤザンナのグフに指を指されたMS-09ドムのパイロットが、素っ頓狂な声をあげる。もともと兵隊やくざ上がりの彼はザビ家の人間に対する口の利き方など知らないが、拒否できないことは理解している。それに、彼もヤザンナの無事を知った時には嬉し泣きをした隠れファンのひとりだ。姫様を喜ばせることは、彼の喜びでもある。
「へっへっへ。いきますぜ」
ドムは、ジオニック社のライバルであるツィマッド社により開発された地上戦用のモビルスーツである。強大な攻撃力と防御力を兼ね備えた重モビルスーツでありながら、脚部に熱核ジェットによるホバー機能を装備しており、文字通り滑るように地面を高速で走ることができる。初めから格闘戦はさほど重視されず、大パワーによって地上における機動力を飛躍的に高められた、いわばグフとは正反対の設計思想の産物だといえる。
ドムは、ヤザンナの射撃の的にならないよう左右にこまかく機体を振りながら、高速で近づく。もちろん、大のおとなが少女相手に本気で仕掛けるつもりはない。だが、彼は自らの甘さをすぐに自覚させられることになった。
POW POW POW
グフの左腕のシールドに装着されたガトリング砲から放たれたペイント弾が、ドムをピンク色の水玉模様にかえていく。ヤザンナの正確無比な狙撃の前では、この距離での中途半端な回避運動などまったく通用しない。
「おっ、俺のドムが恥ずかしい姿に!!」
「本気にならないと、全身ピンクの水玉模様になっちゃうわよ。ほらほら」
ヤザンナは容赦しない。とばっちりで、まわりのドムも水玉模様にされてしまう。三機小隊のリーダー格が、ついに観念して答える。
「いいでしょう、本気でお相手します」
「そう来なくちゃ。何なら三機まとめていらっしゃい」
ドムのパイロットは、ヤザンナの挑発に一瞬表情をかえたものの、かろうじて平静を装うことができた。
「……オルテガ、マッシュ、あれをやるぞ」
「ええ? 姫様相手に、あれをやるんですかい?」
「連邦の戦艦も沈めているヤザンナ様を侮るな。あのシャアやラル大尉をも軽くひねったお人だ」
「へっ、ならば、シャアと我々とは訳が違うところをお見せできるって事だ」
三機のドムはヤザンナから離れると、それぞれ大きな円を描くように走り、一列にならぶ。そして、そのまま正面からヤザンナに向け疾走をはじめる。
「もともとはミノフスキー粒子下における宇宙戦用のフォーメーションだが……、地上で、しかもモビルスーツ相手にどこまで使えるのか、試させてもらいましょう」
三機機小隊のリーダー、ガイア大尉はまったく手加減するつもりはない。もちろん実弾を使うわけではなく、ヤザンナを傷つけるつもりなどさらさら無い。だが、パイロットとしての血が騒ぐのだ。どんな手を使ってでもこの相手を倒したいと、本能がささやくのを止められないのだ。ガイアは、自分は合理的な思考ができるプロの軍人だと思っていた。しかし、やはり自分はパイロットなのだと、自覚せざるを得ない。彼は今、目の前にいる少女の皮を被った野獣と戦いたいという気持ちを、おさえることができないのだ。
正面から迫るドムを見て、ヤザンナは身構える。
「へぇ。……おもしろい」
ヤザンナの口元がつり上がる。グフがヒートサーベルを手に持つ。そして、シールドと一体となったガトリング砲を左腕から排除。これがビーム砲ならば、一撃で3機まとめて撃破できるのだが。たとえ先頭のドムを破壊しても、後続が飛び出してくるというわけだ。
「この程度の相体速度なら、三機順番に狙撃することもできるけど、……格闘戦がお望みというのなら、付き合ってあげるわ」
ジオン十字勲章をうけた戦士には申し訳ないけど、私はなるべく派手に勝ちたいの。前世からこれまで、私はただ戦うことを求めていた。本気で命のやりとりをして、そして勝つことだけが、生きる目的だった。でも、今の私は、戦場以外で戦うための力が欲しい。それも、とびきり強力な力が。子どもでしかない自分が軍の中で発言力を得るためには、多くの相手を力づくでねじ伏せるのが最も手っ取り早い。そして、戦場で実績を積んでしまえば、何をしても誰も文句を言えなくなるはず。……数ヶ月前、病院のベットの中で見たドズル叔父様の国葬、泣き崩れる身重のゼナさんの姿を、私は決して忘れない。
グフは腰を落とし、サーベルを下段にかまえる。
三機のドムは一列のまま疾走する。かまえたままのグフの姿が迫る。先頭のガイアは、サーベルをかまえる。ヤザンナはまだ逃げる素振りは見せない。
上、……だろうな。ガイアはそう判断した。おそらくヤザンナは上に飛ぶつもりだろう。横への動きならドムでも追うことができるが、身の軽いグフの利点を最大限に活かすつもりなら、上に避けるはずだ。だが、跳んだ瞬間、後続のドムのバズーカのペイント弾が、ヤザンナを捕らえるだろう。仮に後続二機のバズーカを避けたとしても、それが精一杯でこちらへの攻撃は不可能なはず。直ちに二度目の攻撃を仕掛ければ、仕留められるだろう。
ピンクのグフは、手を伸ばせば届きそうな距離にまで迫る。まだ跳ばないのか! ならば、……もらった!!
ガイアが剣でグフの頭を突く。だが、ヤザンナは上には避けなかった。そのまま腰を落とし、疾走するドムの下に潜り込む。そして、股間に腕を差し込むと、熱核ホバーの力によるドムの速度を殺さないまま、そのまま勢いを上方向に受け流し、肩の上に持ち上げたのだ。
「なにぃ!」
後続のドムは、ヤザンナのグフは上に跳ぶものと決めつけていた。先頭のガイアの肩越しに、上方のヤザンナに向けてバズーカを放つ……はずだった。だが、ペイント弾は持ち上げられたガイアのドムに命中し、ヤザンナには届かない。
「俺を盾にしたぁ!!」
ヤザンナは、そのままガイアを後方に投げ捨て、正面に迫まる二番目のドム、マッシュに向けてサーベルを振り下ろす。マッシュの腕は、バズーカごと切り落とされる。だが、腕を切っただけでは、重量級のドムの疾走はとまらない。轟音と共に正面からヤザンナにぶつかると、二機は抱き合ったまま後ろにさがる。
「マッシュ! じゃまだ、どけ」
最後尾のドム、オルテガは、マッシュと組み合ったままのヤザンナに向けてバズーカを発射するが、すべてマッシュの背中にあたってしまう。そして、マッシュの機体の影から、ヤザンナの腕がこちらを向いているのを見る。
「ぐあああべべべべべべ!」
ヤザンナのグフの右腕から、ワイヤー式のヒートロッドが発射される。先端のフックは正確にオルテガのドムに巻き付き、機体に大電流が放電されたのだ。
「ふう。やっぱり電撃ビリビリ攻撃って、私は好きだわぁ」
戦いの余韻に浸るヤザンナとは対照的に、ジオニック社の出向エンジニア達はおおいに沸いている。ヤザンナとは教導大隊以来の付き合いである彼らは、この程度のことは予想していたのだろう。喜々としてしてデータを解析している。一方、ツィマッド社のエンジニア達は、自分たちが心血を注いで開発したドムを襲った悲劇に、ただ呆然としていた。目が泳いでいる。
撃墜判定のなされたドムを投げ捨て、ピンク色のグフがゆっくりと振り向く。真っ赤な夕日の逆光の中、巨大なサーベルとヒートロッドを両手にもち、死体のごとく横たわるドムの巨体の傍らに立つグフの姿は、全身に返り血をしたたらせる食屍鬼、あるいはサイクロプスに見えた。
「……さあ、次はだれ?」
その時、演習場には何人ものパイロットがいた。だが、黒い三連星があっという間に倒されたのを目の当たりにして、自ら名乗り出る者はいない。……否、ひとりだけ、ヤザンナに向けて歩を進めるモビルスーツがあった。ヤザンナと同じ、MS-07B3 グフカスタムである。
なぜ自分が名乗り出たのか、自分でもわからない。ノリス・パッカードは、まったく自然に、息をするように、気がついたらヤザンナに向かって歩み出していた。そして、ヤザンナと同様、左腕のシールドを排除、サーベルをかまえる。
「……本物のエースみたいね。用意はいい? いくわよ」
ピンクのグフが走り出す。全速力で正面から近づく。ごくり。ノリスは唾を飲み込む。そしてサーベルを横にかまえる。
ヤザンナは全速力のまま、まったく速度をゆるめずに走る。ノリスは待ち受ける。そしてタイミングを計る。あとすこし、あと数秒で、ヤザンナはノリスのサーベルの間合いに入る。……いまだ! ノリスはヤザンナの首をねらい、サーベルを横に薙ぐ。いかにグフといえども、その巨大な質量は、慣性の法則には逆らうことはできない。このタイミングならば、絶対に避けられない。絶対にだ。
がんっ。
だが、ノリスのサーベルは、むなしく空をきった。ヤザンナには当たらない。
ばかな!
ヤザンナのグフは、サーベルの軌道の寸前、まるで慣性の法則を無視したかのように、ピタリと動きを止めていた。走っていた時の姿勢のまま、重心を前にかけたまま、凍ったように停止している。
「ヒートロッドにはね、こんな使い方もあるのよ」
ノリスは気づいた。ヤザンナの右腕からのびたヒートロッドのワイヤーが、ピンと張り詰めている。ヤザンナは、先ほど戦ったドムに巻き付いたままのワイヤを使い、グフを強引に停止させたのだ。そして、硬直したままのノリスの左肘を、サーベルごと叩ききる。
たまらずノリスは後ろにさがる。ヤザンナは、伸びきったワイヤーを排除、そのまま前に追う。ノリスはさらにさがる。さがりながら右腕をヤザンナに向ける。そして、ヒートロッドを発射。それを避けるため、ヤザンナは腰を落とし頭を下げる。そのまま前につんのめるように倒れ、ノリスの視界から消える。
なっ!
突然の衝撃とともに、ノリスのグフは後ろに吹き飛ばされる。まさか、全速力で走りながらモビルスーツの機体を地上すれすれまで水平に倒し、そのままメインスラスターの推力で突っ込み体当たりなど、……モビルスーツとは、地上においてもこのような機動が可能な兵器だったのか。
「私の負けです。ヤザンナ様」
ノリスは素直に負けを認める。
「……ヤザンナ様?」
体当たりの後、ピンクのグフは動かない。とどめを刺しに来ることもなく、その場に佇むだけだ。
「大丈夫ですか! ヤザンナ様!!」
グフのハッチを開き、ノリスはコックピットから飛び出す。あれだけ激しい機動をおこなったのだ、大のおとなでもGには耐えられないかもしれない。
「ヤザンナ様ぁ!!」
専用回線でずっとヤザンナをモニタしていたのだろう。上空のドダイからシーマの絶叫が聞こえる。
「いま行くから、ちょっとだけ待ってておくれ!!」
「……だ、大丈夫。大丈夫よ、ちょっと吐いただけだから」
ヤザンナもハッチを開き、顔を出す。ノリスを安心させようという気遣いだろう。だが、ヘルメットは脱がない。
「久しぶりのモビルスーツだから、張り切りすぎちゃったみたい」
宇宙で運用されるモビルスーツの場合、基本的にスラスターの推力以外のGはパロットに感じられることはない。だが地上では、モビルスーツが地面を足で蹴って一歩すすむたび、パイロットには前後上下に大きな衝撃がかかる。瞬間的に足を踏ん張り体の向きを変えるたび、巨大な遠心力がパイロットを襲う。その大きさは、数Gにおよぶこともある。さらに、殴り合いの格闘戦までおこなったのだ。おさなく、しかも病み上がりのヤザンナの体には相当なダメージがかかっているだろう。……病み上がり? ノリスの脳裏を、放射線による病の後遺症に苦しむ上官の姿がよぎる。
「えーと、このことは、ガルマ叔父……司令官には、内緒にしておいてね」
「はっ、はい」
「よろしく。……シーマ少佐! 着陸しなくていいわ。そのまま低空で飛んで!!」
「えええええええ! 無理ですってば」
「大事になる前に帰りましょう。大丈夫、できるって。私に任せて」
膝を曲げていたグフはいきなり立ち上がり、全速力で走り出す。後ろから、重爆撃機が超低空で迫る。
何をする気だ? まさか……。ノリスが叫ぶ。そんなことが出来るわけがない。モビルスーツは、そのように設計されてはいない。
土煙を巻き上げながら、ドダイがグフに追いつく。二機が重なるタイミングで、グフが飛ぶ。
「トウ!」
地上を走るモビルスーツが、空中の輸送機に飛び乗るなど、……本当にやるのか? ノリスは目をむく。
「合体!!!」
激しい砂塵を巻き上げて、轟音と共に巨大な爆撃機が通り過ぎた後、地面の上にはピンクのグフの姿はどこにもなかった。何事も無かったかのように、ドダイの上で腕を組み、飛び去っていったのだ。
宇宙世紀0079 9月 サイド7
サイド7。月の反対側のラグランジェポイントに位置する、もっとも新しい宇宙植民地である。第一バンチコロニーが建設中に今次大戦が勃発したため、一部入植が開始された段階のまま、未だ未完成で放置されている。入植者の多くは、コロニー建設に携わる者、地球連邦軍の軍人と軍需産業に携わる者、およびその家族であった。
セイラ・マスは、医学生としてサイド7に来た。学生をしながら、コロニー唯一の民間病院でボランティアとして働いている。
サイド7の人口はそれほど多くはない。病院に勤めていれば、好むと好まざるとにかかわらず、コロニーの住人についてかなり詳しく知ることができる。
「特別室の患者さんって、どんな人なのかしら?」
セイラは、たまたま昼食がいっしょになった同僚に尋ねる。ここ半年ほどの間、ずっと気になっていた疑問だ。
「ああ、あのヒゲのおじさんね。お知り合い?」
「いっいえ、知人に似ているもので、気になって」
セイラは常勤ではないため、何度も会ったわけではない。だが、あの顔には、確かに見覚えがある。忘れようとしても忘れられるものではない。
「あの人、宇宙を漂流していたところを、ここに来る途中のアナハイムの船に助けられたそうよ。担ぎ込まれたときは火傷と放射線被曝で瀕死の重傷だったけど、今じゃすっかり完治して、リハビリどころか病室で筋トレばかりしてて先生に怒られてるわ」
「特別室にはいるということは、お金持ちなのかしら」
「よくわからないけど、アナハイムのかなり偉い人のごり押しらしいわよ」
「……お名前は、わかります?」
セイラは、意を決して尋ねる。
「それがね、本当は教えちゃいけないんだけど、……『ランマ・ラム』ですって! あからさまに偽名よねぇ。本名を言えないわけでもあるのかしら」
……やはり。
「そうそう、向こうもあなたのこと気にしてたわよ。あの金髪の女性の名前を教えて欲しい、ですって。もちろん教えてないけど、おじ様趣味なら、お見舞いにでも行ってきたら」
「……ええ、そうするわ」
ジオンの人間だった彼が、なぜここにいるのか。アナハイムとはどのような関係なのか。そして、いずれ退院したとき、何をするつもりなのか。まさか、あの彼がザビ家の刺客に成り下がったとは思えないが。
彼が、自分に対して悪いようにはしないという確信はあるものの、セイラは自分から接触する気にはなれなかった。もしいまさらジオンに戻れと言われたら、いったいどうすればよいのか。
突然、病院の床が激しく振動する。コロニーの中に爆発音が響く。熱風が舞い上がる。
「なっ、なに?」
病院中の人間が、何が起こったのか分からないまま、慌ただしく動き出す。
と、棒のような何かが、白い煙の尾を引きながら高速で近づいてくるのが、窓から見えた。直後、凄まじい衝撃とともに、病院の建物が破壊される。
「!」
セイラは立っていられない。座り込んだまま周りを見渡すと、多くの人が倒れている。
「ど、どうして。いったい何が……」
突然の惨劇に巻き込まれ、体の力が抜けてしまったセイラを、助け起こす者がいた。
「大丈夫ですか?」
「えっ、ええ。……あなたは」
特別室のヒゲのおじ様が、パジャマのままの姿でそこにいた。セイラの腕をとり、その場に立たせる。
「先ほど、ジオンのザクが港からコロニーに侵入してきたのが見えました。ここにいては危険です。シェルターに逃げましょう。……姫」
「……ランバ・ラル」
「やはり、アルテイシア様に違いない。さぁ、話はあとだ。逃げましょう」
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ヤザンナのグフは、ノリスのと色違いです。単に私の趣味です。時期的に無理があるとかの突っ込みは無しの方向でお願いします。
2010.05.19 初出