「前方に船影! これは……連邦の巡洋艦、サラミス級です」
ドズル中将から受領したばかりのムサイ型巡洋艦「ファルメル」のテストを兼ね、クルーの完熟訓練を行っていたシャア・アズナブル少佐は、オペレータの声に眉をひそめる。ファルメルが航行している空域はジオン本国と月を結ぶライン上、いわばジオンの生命線である。本来ならば、連邦軍の戦闘艦がいて良い場所ではない。
「追いつけるか?」
「距離があります。全速で五分五分ってところですかね」
舵をにぎるドレン少尉が答える。
さて、どうする?
ルウム会戦においてたった一機のザクで戦艦5隻を沈めたシャアは、その功績をもって二階級特進、一気に少佐の地位を得た。ジオン国民の戦意高揚のため英雄に祭り上げられたという一面は確かにあるが、連邦軍兵士にとって赤い彗星の異名が恐怖の対象となっているのは紛れも無い事実だ。連邦軍の新型モビルスーツ開発計画の探査という最重要任務と、そのための新造艦、さらに最新型のS型ザクが彼に与えられたのは、軍上層部からも実力が高く評価されていることを示している。
その彼、シャア・アズナブル少佐が、まったく予想外の敵との遭遇に対し、どうするべきか決断しかねている。本来ならば、こんなところを単艦でうろうろしている敵巡洋艦など、即座に撃沈、または拿捕するべきだろう。追いつきさえすれば、それはあっという間に可能なはずだ。彼自身がザクで出れば、艦の主砲を使うまでもない。
だが、妙だ。
敵艦がとるコースは、我が本国からルナツーに向けて逃走しているように見える。なぜここまで防空網に捕らえられなかったのだ。罠なのではないか? 何かの陽動? あるいは、我が軍に連邦と通じている者がいるのか? ジオンの絶対防衛圏の内側で、自分の知らない何かが起きている。彼の頭の中で警報が鳴り響く。それを裏付けるかのように、オペレータが叫ぶ。
「少佐! グラナダより入電。ドズル閣下の艦隊が襲撃されたとのことです」
「損害は?」
「情報がかなり混乱しています。基地指令のキシリア閣下はご無事なようです、……が、……ワルキューレ撃沈? ヤザンナ様が行方不明……」
オペレータの声が小さくなる。無理もない。
「馬鹿な! ソロモン、いやズムシティの司令部は何と言っているのだ?」
「こちらも混乱しています。どうも防空システムと通信網に大規模な障害が起きているようです。レビルが脱走したらしいのですが、それ以上のことはわかりません」
シャアは、モニタの中、必死に逃走をはかるサラミス級を目で追う。なるほど、レビルはあの艦に乗っており、この混乱は人為的なものというわけか。裏にいるのは軍中枢の大物、おそらくザビ家の人間だろう。
「どうします? 少佐」
ドレンが試すような口調でシャアに尋ねる。シャアの口元が自然と緩む。
「決まっているだろう、ドレン。ザビ家の不幸を見逃すわけにはいかない。月へ向かうぞ!」
「このメンコ、……まだ動いているわ」
ヤザンナはザクのコックピットの中、わずかに明滅をくりかえすいくつかの丸い計器をみて思った。どれくらい気を失っていたのか。まだ頭がボーッとしている。
「電源が切れりゃあ、計器なんぞメンコ以下の代物だ」
連邦軍のパイロット候補生だったころ、昔気質の鬼教官から最初に叩き込まれたのが、この格言(?)だ。格闘戦においては計器などあてにならん、経験と勘がものを言うのだ……と彼は常々言っていた。近代戦でそんな馬鹿な事があるかと鼻で笑っていたものだが、化け物のような敵との命をかけた戦いを幾度も経て、自分もそれなりのベテランとなってはじめて、彼が何を言いたかったのかがわかったような気がする。
さらに、この格言を逆にいえば、計器が動いているうちは機体が生きているということになる。そう、彼女のザクは生きている。至近距離で核爆発をくらったにもかかわらず、彼女の愛機は死んではいない。
コックピットの中は無数の警報が鳴り響いている。核融合炉はスクラム状態。メインコンピュータは自己診断モードのまま復帰していない。生きているのは、非常用のサブのコンピュータのみ。これでは戦闘機動は不可能。さらに、とっさに確認できる範囲では、外部装甲の所々が熔解、装甲はゆがみ、片足が引きちぎられているらしい。機体は完全に制御を失い、ゆるやかに回転している。最悪なのは、ハッチが歪んで開かないこと。基地か母艦に帰らないと、ここを棺桶とするしかない。
だが、それでもザクは生きている。コクピットまわりの装甲と予備電源、最低限の生命維持装置が、ヤザンナの小さな体を真空の宇宙空間から守っているのだ。酸素の残りは数時間ってところか。もともと戦闘用のノーマルスーツではないので、これは仕方がないだろう。
まぁいろいろと不具合はあるけど、ジオニック社のエンジニア達には感謝しなきゃね
前世の時代から、彼女は常にエンジニア達に感謝の心を忘れたことがないし、それを実際に言葉にだしたことも少なくはない。自分が命をあずける機体を心血を注いで整備する人間に対して、そうすることが当たり前だと思っている。
すこしづつ頭が冴えてくる。意識をとりもどしてまず反射的に愛機の状況を確認したのは、やはりパイロットとしての本能であろう。次に確認すべきは自分の体。……あまりよろしくないわね。呼吸をするだけで胸が苦しい。意識がはっきりするにつれ、苦しさが痛みに、そして激痛にかわっていく。ノーマルスーツのヘルメットの内側が血で赤く汚れている。瞬間的に凄まじいGがかかったのだろう。あばら骨が何本か逝ってるかもしれない。生命維持装置のモニタには、血圧低下と、……放射線の被曝線量の警報がでている。
旗艦に砲口を向けたザクを止められるか、五分五分以下の掛け率だと思いつつ反射的に飛び出してしまったけど、やはり無理だったみたい。ドズル叔父様の「逃げろ」という声は聞こえたような気がするが、あのタイミングで核爆発を起こされたら、逃げるのも難しかっただろう。
爆発の直前、ラル大尉のザクがとんでもない速度で体当たりをしてきた。直後、自爆したザクが核弾頭そのものと共に超高温超高圧のガスの塊となり、彼女の機体に襲いかかる。衝撃はその時のものだろう。自身も火球の一部となって即死しなかったのは幸運だといえるのだろうけど……。胸の苦しさとは別に、体中が熱い。吐き気もする。いったいどれだけの放射線、中性子線とアルファ線を浴びたのか……。ヤザンナは頭を振って考えないことにした。
宇宙空間での核弾頭の爆発は、大気圏内のそれとはかなり様相が異なる。核爆発の瞬間、核融合反応によって生じた莫大なエネルギーが、熱や光、あるいは放射線という形で放出されるのは、どんな場合でも同様だ。そしてそれが大気圏内の爆発の場合、放出されたエネルギーのほとんどは周囲の大気と反応し、超高温・超高圧の火球を形成することに利用される。太陽にも匹敵する数百万度にもおよぶ火球のなかに飲み込まれたものは、それがなんであれ溶けて消えてしまうだろう。また、火球は超音速で爆発的に膨張し、その際に発生した衝撃波や高温の爆風が、広い範囲にわたって破壊の限りを尽くす。戦略用の大型核兵器であれば、その直接的な威力ははるか数十キロ、数百キロかなたまで影響を及ぼし、放射能をもつ降下物など間接的な被害も含めれば、爆発の後には人の住めない広大な荒野が残るのみだ。
一方、宇宙空間での爆発の場合、周囲には大気が存在しない。したがって、火球はあまり大きくはならず、もちろん熱風や衝撃波も生じることはない。かわりに、爆発のエネルギーのほとんどは熱線や電磁波、放射線の形で直接周囲に放出されることになる。大気による遮蔽効果がないため、放射線はより遠距離まで強い影響を及ぼすものの、もともと宇宙船の多くは恒常的な宇宙線の影響から乗員をまもることを考慮して設計されている。もちろん核弾頭の直撃をくらった宇宙戦艦は跡形もなく消え去ることになるが、数キロから数十キロメートル単位の距離をとって展開することが一般的な宇宙艦隊全体に大きな影響を及ぼすことは、ほとんどない。
だが、ヤザンナのザクは、MS06Fの改造型である。
この時期ジオン軍で一般的に使用されているMS06C、あるいは旧ザクことMS05は、宇宙での接近戦による対艦核攻撃を想定した機体であり、パイロットを至近距離の核爆発による放射線から守るための遮蔽壁が厳重に装備されている。しかし、ヤザンナの駆るF型は、軽量化・高機動化のため、C型から対核装備を取り除いた機体であった。もちろん、機動兵器といえども宇宙空間での利用が前提の兵器であるから、通常レベルの放射線からパイロットを守る機能は備え付けられているが、至近距離で熱核反応にさらされる事はもともと想定されてはいない。
とりあえず、救難信号は自動的に発信されている。まずはじめにやるべきは、機体の回転を止めること。メインエンジンが停止したままなので背中のメインスラスターは使えないが、姿勢制御用の化学ロケットエンジンを使えばなんとかなるだろう。次に重要なのは、自分の位置と速度を確認すること。モニタに映る地球が大きい。複数の衛星をつかい、サブのコンピュータで正確な位置と軌道を計算、……このままでは、数時間で大気圏におちる? くそったれ。
地球圏において地球の大気圏の外にいるもの、要するに衛星軌道上に存在するものは、地球に落そうと思ってもそう簡単に落ちるものではない。一度軌道に投入された物体は、地球の重力と釣り合うだけの速度を与えられており、これを地球に落とすためには、速度を打ち消すだけのエネルギーを新たに与えてやらねばならないのだ。意外かもしれないが、例えば月軌道上の物体は、減速して地球に落とすよりも、そのまま加速して地球の重力圏外に放り出す方が必要なエネルギーが少なく簡単なくらいだ。ジオン軍がコロニーを地球におとすために巨大な核パルスエンジンを構築する必要があったのも、いまだルナツーやソロモンを落とせないのも、これが理由である。
さらに、地球に落とすための減速は、厳密な正確さが要求される。衛星軌道上のあらゆる物体は、ニュートンの法則とケプラーの法則にしたがう。物体をどの方向に加速または減速しようとも、それは地球の重心をひとつの焦点とする新たな他の楕円軌道に移るだけだ。物体が地球に落下するということは、この楕円軌道の最も地球に近い点が、地球の半径約6000キロメートル以内を通過するということを意味する。各種実用衛星や旧世紀の国際宇宙ステーションが飛んだたかが地上数百キロの低軌道ならば、ほんの少し軌道を歪ませるだけで大気上層部に触れ、そのまま大気との摩擦により減速して地表に落下させることも可能である。しかし、地球からはるか約38万キロも離れた月軌道上の物体を正確に減速し、わずか半径6000キロの地球に落ちる楕円軌道に乗せるのは、そう簡単ではない。ましてや、ヤザンナは月の孫衛星軌道上で、しかも戦闘機動の最中にラルのザクと絡み合いながら爆発を浴びたのだ。これが偶然にも地球落下軌道にのっているなど、神の悪ふざけにもほどがある。
だめだ。どちらにしろ助からない。ヤザンナのザクは既に鉄くず同然であり、生き残ったわずかなエンジンの推力をフルに使って加速しても、落下を止めることはできやしない。言うまでもないが、ザクに大気圏突入能力はない。酸素がなくなって死ぬのと、燃え尽きて死ぬのと、はたしてどちらがマシなのか、難しいところだわ。
ラル大尉は? 爆発の瞬間、ほとんど同じ場所に居たはずだから、運が良ければ近くにいるはず、……いた。青いザクが、ゆるやかに回転しながら、ヤザンナと平行に飛んでいる。視認できる範囲では、ヤザンナのザクと同様、いやそれ以上にひどい有様だ。ヤザンナのザクを庇う形で熱線をもろに浴びたのだろう。装甲どころかフレームまで半ば溶解し、既に人型をしていない。生命維持装置は動いているのだろうか? 自分よりも大量の放射線を浴びたかもしれない。せめて彼だけでも、助けられないものか。頭にうかぶイヤな予感をヤザンナは無理矢理ふりはらい、なんどもなんどもラル大尉に呼びかける。
「シーマ様、見つけましたぜ。弱々しいが、友軍の救難信号です。おそらくヤザンナ様のザクでしょう」
「私たちが一番乗りかい。ザビ家にはたんまり恩を売っておくかねぇ」
月から地球に向かうコースに進むザンジバル級巡洋艦リリー・マルレーンのブリッジの中、シーマ・ガラハウ少佐はオペレータの報告に口元をゆるめる。
連邦軍による奇襲、そして自爆テロが起きた瞬間、キシリア少将麾下の突撃機動軍に所属するシーマ・ガラハウ少佐の艦は、グラナダ艦隊の一員として月面上空に展開していた。敵のターゲットがドズルの旗艦に集中していたため、一連の襲撃においてシーマの部隊の出番はほとんどなく、目前で繰り広げられる戦闘に参加できない彼女の欲求不満は貯まる一方であった。その反動か、旗艦近傍の核爆発によって友軍が大混乱に陥った際、彼女の動きは素早かった。ヤザンナとラルのザクが行方不明と知り、即座に直前の記録から推定軌道を計算、独断で自らの艦を捜索に向かわせたのだ。本人が言うとおり、他を出し抜いてザビ家に恩を売るための利にさとい行動と言えないこともないが、指揮系統が混乱した状況の中、彼女に与えられた権限の中で何をなすべきか冷静に判断した結果であり、非難されるものではないだろう。
「あまりのんびりはしていられません。大気圏に落ちそうだ」
「機関全速。いくよ。今回は人助けだ!」
リリー・マルレーンのブリッジにいつになく明るい声が響き渡る。汚れ仕事はもう真っ平だ。他の連中に手柄を譲るわけにはいかない。
大気圏に落ちつつある二人のザクを気にかけているのは、この宇宙でシーマだけではなかった。
「目の前でザビ家の人間が死にかけているのに、助けられんのか?」
一隻の民間のシャトルが、偶然ヤザンナの救難信号を受信、ふたりのザクと平行に飛ぶ軌道に入っていた。船籍は中立を宣言しているサイド6、乗っているのはアナハイムエレクトロニクスの会長、メラニー・ヒュー・カーバインである。彼はグラナダでのパーティの後、地球の本社にトンボかえりするため、サイド6の船をチャーターしたのだ。今次大戦における、サイド6船籍の民間船のあつかいについては、公式には数日後の南極での交渉で決められることになるだろう。だが、連邦、ジオン両軍とも開戦以来とりあえずサイド6の船に危害を加えることはしていない。さらにメラニー会長は、両政府に対して事前に航路を通告してあった。よほどのことが無い限り、この船は安全だろう。
大気圏に突入する前にザクの救難信号を捕らえたのは、はたして運が良いのか悪いのか。とんだやっかいごとに巻き込まれてしまったとも思えるが、ザビ家に恩を売るチャンスかもしれない。
「こんな民間の小型シャトルで、大気圏に落ちつつあるモビルスーツを助けるなんて無理です」
秘書が悲しそうな顔で答える。
こんな船に、船外活動にでて軍用機動兵器を救助するための装備なぞ搭載しているわけがない。軍用艦のようにエンジンの推力に余裕があるわけではなく、余計な推進剤も積んではいない。そろそろ軌道を変えなければ、安全な大気圏突入コースに入ることができなくなる。
だが、つい先ほどパーティで会話を交わした少女が、鉄の塊の中に乗ったまま大気圏で燃え尽きようとしているのだ。開きっぱなしの通信回戦からは、間断なく少女の声が聞こえる。
アナハイム社は連邦、ジオン両軍に対して多種多様な軍用装備を納入している。艦船や機動兵器が搭載する通信機器も例外ではない。両軍とも高い機密性が要求されるシステムは独自のものを構築しているが、一般の通信ならばアナハイム社がその気なればほとんどが傍受可能だ。もちろん、会長のシャトルが軍用通信を傍受しているなどということは、アナハイム社の最高機密である。軍の連中に知られたら、それがどの陣営であろうとも、ただではすまないだろう。
モニタの中に映る少女は、ヘルメット中が血だらけで顔が見えない。それでも、咳き込みながら、かすれた声で何度も何度も必死にラル大尉の名前を呼び続ける。
胸が痛む。生き馬の目を抜くビジネスの世界で生き残ってきた自分に、まさかこんな感情が残っていたとは自分でも意外だった。
「ジオンの連中はなにをやっているのだ。さっさと姫君を助けに来んか!」
ガツン。
唐突に機体の回転が止まった衝撃で、ランバ・ラルは目を覚ました。コックピットの中は暗黒に包まれている。すべての電源が落ちているようだ。つきあいの長い機体だったが、こんなかたちで寿命をむかえるとはな。
のどが渇いた。全身が熱い。そして痛い。死んだ方がマシなくらいだ。爆発の瞬間、彼のザクの機体は、限界を遙かに超える高温にさらされた。ノーマルスーツの生命維持装置がいまだ機能しているのは奇跡的だが、これほどの火傷を負っては、そう長い命ではないかもしれない。
機体の通信機能は死んでいるが、ノーマルスーツの無線はかろうじて生きている。彼の名を繰り返し呼ぶ声が聞こえる。
ヤザンナ様?
ラルは、暗黒と激痛の中、のろのろと頭の上のレバーを引く。小さな爆発が起こり、前面のハッチが吹き飛ぶ。
まぶしい。まっ青な地球が視界いっぱいに広がる。そして、痛々しいほど破壊されたピンク色のザクが、コックピットの中をのぞき込むように寄り添っている。先ほどの衝撃は、ヤザンナが姿勢制御ロケットを使ってラルの機体に近づき、両腕で抱きかかえた時のものだろう。
「無事だったのね! よかった」
苦痛に歪んでいた顔が、自然とほころぶ。ヤザンナ様だけでもなんとか助けたいが、……どうする。どうすればいい? ラルは混濁しつつある意識を無理矢理現実に引き戻し、必死に考える。
メラニー会長に言われるまでもなく、シーマとその部下のザクは、既にヤザンナを視界に捕らえていた。
「見えた。……なんだいこれは。ズタボロじゃないか」
目に前を落ちていくのは、かつてモビルスーツだった鉄の塊が2機。半分溶けた装甲。片方もげた脚。わずかに残った塗装の残骸。一機は青、そしてもう一機は蛍光ピンクだ。
「シーマ様、グラナダから直通のレーザー通信です。キシリア閣下のようですぜ」
「キシリア……閣下から? 了解だ。回線をこちらにまわしておくれよ」
イヤな予感がするねぇ。
「シーマ・ガラハウ少佐。ごくろう。……ザクは二機いるのだな?」
モニタに映るキシリアは、マスクで顔を半分以上隠し、表情はまったくわからない。
「はっ。ヤザンナ様とランバ・ラル大尉です。これよりお二人を回収します」
キシリアは一瞬目を閉じ、一呼吸してから、再びシーマの目を見た。
「……あれは、味方ではない。友軍に紛れ、ドズル・ザビ中将暗殺を計ったテロリストのザクだ」
えっ、なに? ……この人は、いったい何を、言っているんだい?
「はぁ? いっ、いえ、しかし、機体は蛍光ピンクですし、救難信号のコードも、機体の識別番号もたしかに二人の……」
サブのモニタには、助けに来た我々のザクに対し手を振っている少女の映像が映っている。血にまみれてはいるが、その顔と声は確かにジオン国民なら誰でも知る少女のものだ。
「ガラハウ少佐。ヤザンナとラル大尉は死亡が確認された。君の任務は目の前の逃亡中のテロリストを二人とも確実に葬ることだ。いいな」
シーマはやっと理解した。理由はわからないが、少将閣下は、自分の姪っ子とその護衛役をここで亡き者にしたいのだ。わざわざザクが二機いることを確認したことから考えて、もしかしたら本当の標的は護衛役で、ふたり一緒でなければ姪っ子だけは助けるつもりだったのかもしれないが。しかし、それにしても、顔色ひとつかえずにこんな命令を平然とだせるというのは、やはりザビ家の人間というのは……、胸くそ悪い。
「言うまでもないがこれは極秘任務だ。君とテロリストがそこにいることは、他の部隊にも知らせてはいない。……どうした、ガラハウ少佐。命令を復唱しろ」
唖然としているシーマに対し、キシリアは冷たく言い放つ。
「はっ、はい。シーマ・ガラハウ少佐、了解いたしました」
「……ふん。たのんだぞ」
唐突に通信が切れる。あえて命令を復唱しなかったのは、シーマなりの反抗のつもりだったのだが、キシリアは一顧だにしない。
まただ。またかよ。どうして私の部隊はこんな汚れ仕事ばかりなんだ? ブリティッシュ作戦に参加したときもそうだった。本来はドズル閣下の宇宙攻撃軍の作戦だったのに、キシリア閣下の面子のためだけに我々の部隊も無理矢理ねじ込まれ、あげくの果てには一般市民に対する毒ガス攻撃を担当させられた。結局、あの虐殺はなかったこととされ、我々は軍内部でも戦争犯罪者あつかい、真実を話すことは禁じられている。
「シーマ様、どうします? ザビ家の内輪もめに巻き込まれるのは、ごめんですぜ」
モニタの中でブリッジの副官が吐き捨てる。心底イヤそうな顔だ。
「私だってごめんさ。しかしね、生き残らなきゃならないんだよ。とりあえずおまえ達はここを離れな。あとはザクでなんとかする。……もし私が帰らなくても、さっきの通信は聞かなかったことにするんだよ」
どうするシーマ・ガラハウ。考えろ。考えるんだ。キシリアの命令に反して二人を助けるなどありえない。私も部下も軍法会議にすらかけられないまま皆殺しだ。このまま放っておいても、二人は確実に死ぬ。しかし、見捨てた事実が公になれば、キシリアにとっても致命的だろう。秘密を知るものは我々だけ。やはり我々は消されるのではないか。どうすればいい? どうすれば生き残れる?
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詳しい計算はまったくしていないので、こんな軌道不可能だとか、中の人間が加速に耐えられるわけないとか、突っ込みは無しの方向でお願いいたします。
2010.01.30 初出
2010.02.11 ちょっと修正