宇宙世紀0079 1月14日 サイド5ルウム宙域
連邦軍宇宙艦隊の主力を率いるレビル中将は、自らの艦隊の行動を自らが自由に決められないことにいらだっていた。
サイド5ルウム宙域において、彼の艦隊がジオン艦隊とにらみ合いを始めてから、既に数日がたつ。ルウムの目と鼻の先で遊弋しているジオンの複数の小規模な艦隊は、敵主力であるドズル中将麾下の艦隊が開戦直後のコロニー落とし作戦を成功させるための、レビルを引きつけるおとりだということはわかっている。
しかし、レビルは動くことができない。連邦への支持を表明するルウム政府が、連邦軍に対してコロニーの防衛を求めているのだ。スペースコロニーは、宇宙艦隊からの攻撃に対して、あまりにも脆弱である。サイド2ハッテにおいて、数億人の住民が母なる大地とした四十数基のコロニーは、ジオン艦隊による全面核攻撃により、わずか数時間で壊滅してしまった。ルウム政府は、ハッテと同様にザビ家により独裁体制が強まるジオンへの恭順を拒否した。レビル艦隊がジオンのおとり艦隊の挑発に乗り、敵艦隊を各個撃破しようとルウム宙域を離れた途端、他のジオン艦がルウムのコロニーに対して遠距離から核攻撃を仕掛けてくるだろう。また、ハッテの悲劇を間近で目撃したルウム市民は、連邦支持派とジオン支持派にわかれ、世論は激しく沸騰している。レビルがルウムを見捨て、ジオン主力艦隊に向かう動きをみせれば、ルウム政府内において政変が起きるかもしれない。どちらにしろ、連邦は宇宙における数少ない支持勢力を失うことになる。
だが、ジャブローにこもる連邦軍の高官達がレビルに対してルウム死守を命令した真の理由は、ルウム国民の生命とは関係ないところにあった。ジオンによるコロニー落とし作戦は、地球連邦に対して尋常ならざる被害をあたえたものの、彼らの真の目標であるジャブローは破壊できなかった。これを挽回するため、ジオンはルウムのコロニーを利用し、ジャブローにむけて再びコロニー落とし作戦を行う動きがあるというのだ。レビルはこれを阻止せねばならない。
もし本当にジオンが再びコロニー落としをしようというのなら、おそらく阻止できるだろうと、レビルは考えている。ティアンム艦隊の残存兵力や、あらたにジャブローから打ち上げられた戦力も加わり、いまやレビル麾下の戦力はジオン宇宙艦隊の3倍以上に達している。ジオンの新兵器モビルスーツがいかに強力な兵器であっても、ティアンム艦隊以上の戦力を持つレビルの艦隊が準備万端ととのえて待ち受ける中、ジオンがコロニーを破壊することなく奪取するのは困難だろう。さらに、コロニーを地球落着まで守り通すことは不可能だ。
しかし、レビルにはわかっている。ジオンの真の目標はルウムではない。コロニー落としでもない。
確かに、常識的に考えて、ジオンは長期戦を避けたいはずだ。しかし、そのためにふたたびコロニーを落とす力が、ジオンにあろうはずがない。連中自身も、それはわかっているはずだ。ならば、連邦政府の戦争継続の意志をくじき、講和するためには、どうすればよいか。
連邦宇宙艦隊は、連邦の宇宙植民地を守る盾であると同時に、連邦に従わない勢力に対する槍でもある。レビルの艦隊は、ルウムを守っていると同時に、ジオン本国のコロニーに対する攻撃手段でもあるのだ。レビル艦隊が健在である限り、連邦政府はジオンへの報復攻撃をあきらめることはなく、和平交渉の席に着くこともないだろう。すなわち、早期講和をもとめるジオンに必要なのは、なによりも連邦軍の宇宙戦力を壊滅させることだ。奴らの狙いは、ルウムではなく、レビル麾下の艦隊そのものなのだ。
仮に、レビルが連邦艦隊を自由に動かることが可能であり、単純な艦隊決戦をおこなうことができるのならば、ジオンのモビルスーツがどれほど活躍しようとも、数の上で圧倒している連邦軍が負けることはないだろう。しかし、連邦艦隊の任務が脆弱なコロニー四十数基の盾となり、数億のルウム市民を守らねばならないとなると、話はちがう。ミノフスキー粒子の影響でどの方向からあらわれるかわからない敵に対して、レビル艦隊は戦力を広く薄く分散せざるを得ない。その上で、もしジオンがコロニーを無視してレビル艦隊そのものに攻撃をしかけてきたら、いったいどうなるか。データリンクによる各艦の連携なしで、個々の艦が機動兵器と対峙しても、各個撃破されるのがおちだろう。
それがわかっているにもかかわらず、レビルはコロニーを背に、各艦が広く展開した布陣をしくしかない。
「我々は民主主義の軍隊だ。独裁者に屈しない数億人の連邦市民を救うため戦うのなら、それも本望だな」
そう、レビルは、連邦政府の無能な官僚達をまもるために戦うのではない。ジャブローの地下に隠れる同僚達のために戦うのでもない。自由をまもるため、連邦市民を救うために戦うのだ。そう考えなければ、やっていられなかった。
「やはりレビルは、ルウムのコロニーを死守する布陣か」
太陽光を反射し輝く巨大なコロニー群と、数え切れないほどの連邦艦隊の核融合エンジンの炎を遠望しながら、ドズルは呟く。
ドズルは、政治的な理由により自由に行動できないレビルを哀れだと思う。また、武人として、正面から艦隊決戦を挑めないことを残念だとも思う。しかし、この勝機をのがすつもりはない。
彼の艦隊は、ハッテでの作戦の後、月の裏側のグラナダ基地と建設中のソロモン要塞にわかれて補給を行い、さらに本国から新たなモビルスーツ部隊を補充し、休む間もなく連邦艦隊との決戦の舞台にやってきた。コロニー落とし作戦は、ジャブローを破壊するには至らず、戦略的には失敗だったいわれても仕方がない。しかし、ここで連邦の宇宙戦力を壊滅することができれば、なんとか挽回することが可能だろう。さらに、連邦艦隊の戦力を残しておくことは、ジオン本国のコロニーが攻撃される可能性に繋がる。スペースコロニーが宇宙艦隊の攻撃に対して極めて脆弱であるということは、彼自身の艦隊がハッテで証明してしまった。本国に残した家族をまもるためにも、この戦いには絶対に負けるわけにはいかない。ルウムなど二の次で、まずはレビル艦隊を壊滅。可能ならそのままルナツーまで攻め込み、宇宙における連邦軍の残存戦力も根こそぎ破壊する覚悟だ。
「俺は負けんぞおおおお!!」
ドズルの叫びは、戦闘に参加するほとんどのジオン軍兵士の叫びであった。
ルウム周辺の空域において、徐々にレーダーが効かなくなる。それにつれ、レビル艦隊でも否が応にも緊張がたかまっていく。
「敵主力艦隊発見!」
ジオン艦隊は広く薄く帯のように展開、レビル艦隊を半包囲し、そのまま回り込むかのような動きを見せる。応じてレビル艦隊も、ルウムのコロニー群を背にしたまま、より広く薄く展開せざるを得ない。
戦闘空域にミノフスキー粒子を散布する戦術が実用化される前ならば、これは数が多い連邦艦隊が圧倒的に有利な配置だといえるだろう。艦隊を広く展開し、全ての艦艇のレーダーをリンク、出来るだけ遠くから敵艦の位置を特定し、脅威の大きな順に攻撃対象を各艦で割り当て、ビームやミサイルなど精密誘導兵器でひとつづつ確実に仕留めるのだ。だが……。
「撃て」
射程距離に入った瞬間、レビルは躊躇することなく命じる。
だが、ミノフスキー粒子のおかげでレーダーが使えない。高密度なデータリンクも出来ない。目視で照準しても、お互いの艦艇がランダムに加速している状況で、射程ぎりぎりの距離からの砲撃があたるものではない。それでも、命中率が同じならば、圧倒的に数が多い我々が有利なはずだ。敵機動兵器が戦場に投入される前に、少しでも敵艦の数を減らすことができれば……。
レビルの命令と同時に連邦艦隊から放たれた砲撃は、凄まじいものだった。数え切れないほどのビームの光条が、ドズルの目には迫りくる白く輝く光の壁にみえた。ビームの壁に飲み込まれた僚艦が、あっという間に光と熱にかわっていく。これだけの密度の火力を叩きつけられることが続けば、たとえレーダーが使えなくても、味方が全滅するのは時間の問題かもしれない。
一瞬、恐怖が冷たい汗となり、ドズルの背中を走る。この期に及んで死の恐怖などは感じない。しかし、我らの敗北はジオン本国の失陥につながる。自らがハッテで行った行為が自らの家族にかえってくることを想像するのは、恐怖以外のなにものでもない。
「ひるむな! レビルは既に我らの策にはまっている!」
ドズルは恐怖を部下に悟られぬよう押し殺し、自らを奮い立たせるために叫ぶ。
「モビルスーツ隊、いけ。敵艦の懐に飛び込んで各個撃破するのだ!」
両艦隊の間を間断なく横切るビームの光条を大きく迂回し、モビルスーツの群れがレビル艦隊に向かっていった。
「なるほど、戦う前から勝負はついているのだな。おそるべきは、ギレン・ザビ総帥か……」
コックピットの中で、シャア・アズナブルは独りごちる。
連邦艦隊は広く分散し、さらに艦同士の連携がまったくできていないため、対空砲火には多くの死角ができている。ジオンのモビルスーツ部隊は、対空砲火の死角をぬうように連邦軍の戦艦の間を駆け抜けることが可能だ。そして、隙をみつけて戦艦の懐にとりつくと、エンジンやブリッジにバズーカを撃ち込む。
ミノフスキー粒子が散布された環境でジオンのモビルスーツを相手にせねばならない連邦軍は、ティアンムがそうしたように、対空砲火の死角をなくるために艦隊を密集させ、数を頼りの力業で攻めるべきだったのだ。それを不可能としたのは、ルウム市民数億人が人質となるような状況をつくりだし、さらにもともと実現不可能な第二のコロニー落とし作戦の情報を意図的に漏洩した、ギレン・ザビ総帥の戦略の勝利といってもいいだろう。
赤く塗装された彼のザクは、楽々とマゼラン級戦艦に取り付くと、エンジンに向けてバズーカを撃ち込んだ。これが3隻目の獲物である。爆発の直前、一瞬ためをつくることにより、敵戦艦の爆発のエネルギーを利用して逆方向に加速、4隻目の獲物に向かっていく彼のザクは、他のザクの3倍以上の速度があった。
モビルスーツの攻撃により、連邦軍の戦艦は、つぎつぎと火球にかわっていく。しかし、それでもレビル麾下の艦隊はいまだ数としては優勢であり、それぞれの艦の火力もジオンの艦を凌駕している。たとえ連携していなくても、各艦の砲撃が猛烈であることにはかわりなく、ザクやジオン艦隊の艦艇の数は確実に減っていく。モビルスーツが母艦を離れて攻撃できる時間は、そう長いものではない。それまでにレビル艦隊を壊滅できなければ、形勢は一気に逆転されるだろう。
「レビルめ、しぶとい。そろそろ決着をつけねば……」
ドズルが口の中だけでつぶやいた瞬間、旗艦ワルキューレに吉報がとどいた。黒い三連星と異名をとる小隊が、レビル艦隊旗艦アナンケを補足、レビルを捕虜として捕らえることに成功したのである。
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年末は忙しいので、なかなか更新できないかもしれません。
2009.12.07 初出
2009.12.12 あきらかに日本語のおかしな部分を数カ所、修正しました
2009.12.13 サブタイトルをちょっとだけ変更しました