宇宙世紀0078 12月
ジオン公国政府代表ギレン・ザビ総帥は、ついに地球連邦からの独立を正式に宣言。連邦政府に公国の承認をもとめた。これに対して連邦政府はあくまで独立を認めず、武力行使も辞さずの姿勢を表明する。
連邦政府の強硬姿勢をあらかじめ予測していたジオン公国は、各サイド政府、月の自治都市政府、さらに地球上の国家に対しても、旧大国に支配された連邦の抑圧に対する共闘をよびかけ、連邦の切り崩しをはかる。当然ながら、この段階で、圧倒的に強大な連邦を見限りジオンを積極的に支持する勢力は皆無である。しかし、非公式ながら中立の立場を表明しているフォンブラウン市やサイド6、さらにはやばやと無防備宣言をおこなったサイド1,4など、積極的ではないものの、様子見を決め込む勢力は宇宙には少なくない。これが、いずれ地球上の国家にも影響を与える可能性は、決して無視できるものではない。
だからこそ、連邦政府は絶対にジオンに譲歩できない。ジオンに譲歩することは連邦の崩壊に繋がりかねず、それはすなわち人類史上最悪の発明品ともよばれる主権国家の復活と、全地球圏を舞台にした終わりのない泥沼の民族紛争の再燃を意味するのだ。
一方のジオンも、与えられた自治権だけで妥協せず、あくまで正式な独立を求めるのには、深刻な理由があった。ジオン・ダイクンの思想、それを改悪したギレン・ザビの野望、あるいはキシリア・ザビの思惑を実現するためには、たしかに自治権だけではなく真の独立が不可欠であるのは言うまでもない。しかしそれ以上に差し迫った重要な問題は、太陽系の資源確保である。
地球圏以外の宇宙空間に存在する資源、たとえばアステロイドの小惑星や木星圏のヘリウムなどは、いったい誰の物か?
これらの資源に対して正当な権利をもつといえるのは、少なくとも建前上は人類唯一の統一政府である地球連邦だけでであろう。主権国家ではなく国内の自治権しかもたないジオンが、あらたな資源をもとめて太陽系空間を開拓しその所有権を主張しても、連邦はそれを決して認めることはない。宇宙の資源は全て人類唯一の政府である連邦のものなのだ。ジオンが国民を養うための各種資源を太陽系空間にもとめるためには、正式な独立を果たさぬかぎり、連邦との衝突は絶対に回避できない。
いつか必ず戦争になるのなら、問題はそのタイミングである。ジオン軍はザビ家が自由にできる私兵といってもよい軍隊であるが、地球連邦軍は絶対民主制の下の政府組織の例に漏れず、まったく融通のきかない組織である。巨大な縦割り官僚組織と慢性的な予算不足のため、なにをするにも膨大な時間がかかるのだ。そんな連邦軍でも、ミノフスキー粒子による戦争のあり方の変化には気づいており、モビルスーツの開発やその運用のためのキャリアの建造など、ほんのすこしづつではあるが従来からの大艦巨砲ドクトリンを見直しつつある。組織が巨大なだけに、舵をきってもなかなか変針できないが、一度方向が変わればあっという間に物量でジオンを圧倒するのは目に見えている。ミノフスキー粒子とモビルスーツを駆使した戦術によりジオン軍が優位を保てるのは、ながくて後数年間しかないだろう。ギレンがあえて今の時期に、開戦を覚悟した上で独立を宣言したのは、このような理由があったのだ。
宇宙世紀0079 1月3日
サイド2ハッテ空域、数基のコロニーが間近に見える空域を、一隻の大型宇宙船が進む。ハッテの航行管制部にはジオン系の商社所属の輸送船との届け出が出されており、それは偽りでは無い。だが、乗員は民間人ではなかった。
「旗艦より入電。予定通り作戦決行です」
「よし。ミノフスキー粒子散布開始」
「ザク射出完了」
船倉のハッチが開き、巨大なバズーカを装備した一機のザクがゆっくりと宇宙空間におどりでる。コロニー空域の外にはドズル中将率いる大艦隊が待機している。他のサイドや月の自治都市にも、我々の艦隊が向かっているはずだ。
「……3、2、1、0。たった今、ジオン公国政府から、連邦政府およびハッテ政府に宣戦布告がなされたはずです」
オペレータが告げる。
艦長は、これから自分が命じる行為の意味を正確に理解していた。はたして自分は独立の英雄になるのか、それとも史上空前の虐殺行為に荷担した戦犯になるのか。視線を正面に戻すと、ブリッジの全員が自分を見ている。考えるのは作戦を成功させてからだ。
「すべて予定通りだ。目標は連邦パトロール艦隊が駐留している第1バンチコロニー。行け」
人型の機動兵器が、輝く炎の尾を引きながら標的のコロニーに向け突進していった。
宣戦布告がなされた瞬間、デギン・ザビ公王は公王府にいた。もちろん、この歴史的瞬間にジオン公国の君主が立ち会わないなどということはもともとあり得ないのだが、全ての手はずはギレンによって事前に整えられており、デギンが私邸にいても特に支障があるわけではない。だが、彼は私邸に居たくはなかった。正確に言えば、孫のそばに居たくはなかった。そばに居れば、必ず作戦の内容について問われるだろう。
ギレンならば、作戦の内容と正当性について、子どもにもわかるよう論理的に淡々と説明してのけるかもしれない。国民のリーダーとは、そうあるべきなのだろう。しかし、自分にはできない。デギンは、自分の孫に、そして人類すべての子ども達に、自分が裁可した悪魔の作戦について、説明するのがおそろしかったのだ。
ヤザンナが来てから、自分は急激に老いてしまったのかもしれない。潮時だろうか。だが、自分が引退した後、いったい誰がジオン・ダイクンの理想を引きつぐのか。
あるいは、ギレンやキシリアではなくガルマなら、それができるだろうか。
デギンは、神妙な顔で横に控えるガルマの顔を見る。この末っ子は、なぜかここ数ヶ月間で政治に興味を持ち、顔つきが大人びてみえるようになった。
サイド2第8バンチコロニー「アイランドイフィッシュ」の港の管制室は、パニックに陥っていた。
数分前、管制中のすべての宇宙船との通信が途切れた。同時に、管制用レーダが使い物にならなくなる。首都第1バンチコロニーはおろか、隣のコロニーとの通信すらできない。直後、連邦艦隊が駐留しているはずの第1バンチの港ブロックが閃光につつまれ消滅したのが見えた。
「なんだ? なにが起こっている?」
「爆発と同時に強烈な電磁波の発生を確認しました」
「……核爆発だとでも言うのか?」
管制官チーフの問には誰もこたえない。モニタの中には港に接近してくる巨大で無骨な船が映っている。明らかに軍艦であるそれは、港に向かって発光信号を投げかけた。
「発光信号。読みます。『入港許可を求む。さもなくば攻撃する』」
「ばかな? どういうことだ?」
突然モニタが白く輝く。
「撃ってきました!」
軍艦から二条のビームの光束が放たれ、港のブロックをかすめていく。管制官達はもう声を出すことができなかった。モニタには、ビームの残光に照らされた港を囲むように乱舞する異形の影、無数の巨大な人型兵器の姿が映っていたのだ。
1月4日
ハッテ政府は、降服を検討する前に首都コロニーと共にこの世から消滅した。他のコロニーも、核攻撃によりすでに人が住める状態ではない。億単位の人間の命が、たった一日で失われてしまったのだ。唯一シリンダー型の形を保っているのは、第8バンチコロニー「アイランドイフィッシュ」のみだ。
ガツン。
毒ガスが注入されすべての住人が虐殺されたアイランドイフィッシュ内部、閉鎖区画の中にわずかに生き残った人々は、突然横方向への加速度を感じた。コロニー内において遠心力以外の加速度を感じることは、通常あり得ない。
これから何が起こるのか。身内や同胞を全て殺されてしまった彼らは、絶望の中で身を潜めながら震えることしかできない。だが、彼らを襲う悲劇は、まだ幕を下ろしてはいなかった。
もし彼らが、自分の暮らすコロニーの外観を見ることができたなら、そこに信じられない物を見ただろう。コロニーの港ブロックには、巨大な構造物が接続されていた。その先端のノズルからは、青白い火が長い尾を引いている。核パルスエンジンだ。
1月5日
「さきほど、ルナツー空域を偵察中の友軍より、連邦艦隊が出撃したとの連絡が入った。ティアンムがでてくるぞ」
作戦を指揮するドズル・ザビ中将が、静かに告げる。ブリッジの幕僚がどよめく。
「……思っていたより遅かったな。作戦の進行状況は?」
「月の重力によるコロニーの減速は完了しました。核パルスエンジンの動作も良好です。このままいけば、予定通り1月10日夜にはジャブローに落着します」
「コロニー外壁の強化作業は、妨害が無ければあと2日で完了します」
「明日には連邦艦隊がコロニーの軌道に到達するぞ。作業を急げ!」
地球連邦に対する奇襲作戦、ブリティッシュ作戦と名付けられた祖国の命運をかけた大作戦は、今のところ予定通りに進行している。だが、作戦の本番はこれからだ。
ドズルは、旗艦「ワルキューレ」のブリッジから、地球に向けて落下する軌道を進むアイランドイフィッシュの巨大な姿をみる。
スペースコロニーは、直系約6キロメートル、長さ18キロメートルの円柱形で、慣性質量が100億トンにもおよぶ巨大な物体だ。地球から見て38万キロメートルかなたを、秒速1キロメートルもの速度で公転しているコロニーを、半径6千キロメートルしかない地球表面に落下する軌道に乗せるためには、莫大なエネルギーが必要となる。通常のコロニーの軌道変更は、経済性を優先させ、推力の小さなエンジンをつかい数ヶ月かけてゆっくりと行われる。しかし、長引けば連邦艦隊からの物理的な妨害、あるいは各勢力からの政治的な妨害が予想される本作戦においては、そのような時間的な余裕はない。
ジオン公国の命運を背負った核パルスエンジンは、巨大なパラボラ型のノズルの中心で連続的な核爆発を繰り返し、期待通りの性能を示している。しかし、さらに月の重力を利用した減速をおこなっても、コロニーを落下させるためには6日間もの時間が必要だ。本来ならば、コロニーよりも質量の大きなソロモンやルナツーのような小惑星を落下させた方が、作戦としての効果が大きいのはわかっている。それがおこなわれなかったのは、極めて単純な理由からだ。短時間で小惑星を落下させるだけの出力のエンジンを、秘密裏に用意することができなかったのだ。
このコロニー落とし作戦は、まさにジオンの国力の全てをかけた、渾身の大作戦である。二度目はない。
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コロニー落としについて調子に乗って書いていたら、えらい長くなってしまったので、分割しました。主人公の出番がない!
2009.10.31 初出
2009.11.07 日本語のおかしなところを修正しました。