宇宙世紀0078、地球の北半球では冬の便りが聞こえる頃、地球から最も遠い宇宙植民地ジオン公国では、軍編成の改革が行われていた。
スペースコロニーを母なる大地とするジオン公国軍の主力はいうまでも宇宙軍であり、連邦と比較して国力が三十分の一といわれるジオン公国の命運は、宇宙軍をいかに効率良く運用できるかにかかっている。この目的ため、ギレン・ザビ総帥は、宇宙軍を「宇宙攻撃軍」と「突撃機動軍」のふたつに分割したのだ。
軍の中で最大規模を占める「宇宙攻撃軍」は、宇宙空間における艦隊決戦に特化した戦力であり、ドズル・ザビ中将指揮の下、宇宙をジオンの庭として支配するための主力となる艦隊である。連邦宇宙軍の主力艦隊と正面から戦うことを想定された戦力であり、ジオンの主力艦艇のほとんどと、それに見合うだけの数のモビルスーツがバランス良く配備されている。
「突撃機動軍」は、キシリア・ザビ少将麾下の教導機動大隊を基盤として編成しなおした軍である。総戦力こそ宇宙攻撃軍よりも小さいものの、モビルスーツの機動力を最大限いかすことを優先して編成されている。攻撃軍の支援や拠点の占領などを目的としており、地球上の軍にたとえれば、機動艦隊と海兵隊の役割を併せ持つといったところであろうか。
実のところ、このジオン軍の新しい編成は、ジオン国内でもそれほど積極的に評価されているわけではない。新兵器モビルスーツの運用方法について、最後までドズルとキシリアの意見の一致がみられることなかったための、妥協の産物に過ぎないという見方が、ジオン国軍の中では支配的である。とはいっても、どちらが正しいのか自信を持って判断できる人間はジオンに一人も居なかったため、とりあえず臨機応変にいろいろ試してみようということで、軍の中にも政府の中にも表だって反対するものはいなかった。
ヤザンナは今、月の裏側に作られた都市、グラナダ市にいる。
赤十字だかなんだか本人もよくわかっていないのだが、とにかく民間の国際会議のジオン代表団の顧問として同行をもとめられたのだ。一緒の予定だったゼナさんが体調不良とかで、ザビ家からは私一人になってしまったが、特にすることもなくぼーっと座っていたらいつの間にか終わっていた。一応グラナダは生まれ故郷なので、ゆっくり観光でもしたいのだけど、最近はグラナダも治安がよろしくないらしいし、さらにここのところよくわからない公務ばかりで学校へもまともにいっていないので、これから代表団とは別れてジオンに帰るところだ。
地元警察のパトカーに先導され、ヤザンナとラルの車が郊外の宇宙港に向かっているちょうど頃、宇宙港そばの連邦軍駐留基地のまわりでは騒ぎが起こっていた。
はじめは、いつものとおり、過激なスペースノイド至上主義者や、職がないのを連邦のせいだと思い込んでいる失業者、暇を持て余した学生、あるいは金で雇われた活動家達が、だらだらと連邦軍基地の周りを取り囲み、のんびりとシュプレヒコールをあげていただけだった。それをいつものとおりニュース専門局のTVカメラが撮影し、いつものとおり地元警察が遠巻きに見守る。物騒ではあるが、この時代の宇宙植民地ではよくある風景。攻める側にとっても、守る側にとっても、そして見守るだけ大部分の一般市民にとっても、毎日の生活に組み込まれた単なる日常風景。
しかし、日常は唐突に崩れ去る。デモに参加していた一人の若者が、基地のゲートで睨みを聞かせる連邦軍兵士に向け、隠し持っていたかえんびんをいきなり投げ込んだのだ。それが兵士の足下に命中してから、一気に情勢が悪化した。
いったいどんな薬品が混ぜられていたのか、激しく燃え上がる火炎につつまれた兵士は、のたうち回りながら自動小銃を乱射。それが群衆の何人かに命中し、あたりを悲鳴と怒号が埋め尽くす。あっという間に統制は失われ、しょせん素人のデモ参加者はみなどうしてよいのかわらず、右往左往をはじめる。その間隙を埋めるかのように、いつのまにか、どこからともなく大量の、そしてあきらかに組織化された暴徒が集まり、力ずくで基地への突入をはかる。
連邦軍は当然それを力づくで制止にかかる。地元警察は、間に入ることもできない。さらに、TV中継をみた一般市民が、基地周辺にすこしづつ集まり始める。もともとグラナダには反連邦の雰囲気が強い。これまで大規模な争乱がおきなかったのは、単にきっかけがなかったからかもしれない。争乱は、さざ波のように市街地全域にひろがっていく。
ヤザンナとラルの乗った車は、連邦軍基地と宇宙港の中間で渋滞のため足止めされてしまった。先導していた地元警察によると、すでに港も封鎖されているらしい。
「港には連邦のパトロール艦隊が駐留していますからな。あちらもデモの標的になっているのでしょう」
ラルはSP達とともに状況を分析する。
もともとサイド3にほど近い位置にあるグラナダ市は、政治的にも経済的にもジオンとは切ってもきれない関係にある。お互いに電力の融通もおこなっており、グラナダからジオンへの資材運搬用のマスドライバーも設置されている。市民感情も親ジオンだといってもいい。
だからこそ、ジオンと対立を深める連邦がグラナダから手を引くはずがない。必然的に、グラナダにおける反連邦運動は日に日に過激さを増しており、それは開戦の日まで続くだろう。とうぜん裏では、キシリア殿あたりがいろいろと手を回しているのであろうし。
……しかし、なぜ今日なのだ? 偶然なのか? 暴徒を完全に制御するなぞ、キシリア殿でも難しかろうが。しかし、……本当に偶然か?
遠くで銃声が聞こえる。住宅から、オフィス街から、人々が続々と外に出てくる。我々は孤立している。ここは基地と港の間であり、警察の増援は期待できない。このあたりにたむろしている群衆はまだ平静をたもっているが、争乱に発展するのは時間の問題だろう。
ふいに基地の方向で爆発音。連邦軍が反撃を始めたのか? どうやって逃げる?
ラルは、自分のゲリラ屋の血が騒いでいるのを感じた。非武装の市民を相手にするのは気が進まないが、我らが姫を守るのなら、軍人として本望とも言えよう。
「なあに心配はいりませんよ、ヤザンナ様。すぐに帰れます」
隣に座る少女を安心させようと手を握ると、少女はこちらを見上げ、にっこりと微笑んだ。
「ドキドキするわ」
グラナダ市当局は、パニック状態となっていた。
「連邦軍基地の司令官に伝えろ! 市民を撃つのは絶対に許さんとな」
市長の叫びに対して、助役がうわずった声でメモを読む。
「たったいま、連邦軍の司令官が公式にコメントを発しました。市当局が早急に事態を収拾しないのであれば、自衛のため軍事行動も辞さない……だそうです」
くそ。基地に突入した群衆を排除するため、連邦軍は限定的とはいえ実弾で発砲を始めており、双方に相当数の死傷者がでている。さらにTV中継をみた市民が続々基地周辺にあつまっており、本格的な戦闘に発展するのは時間の問題だろう。港では駐留艦隊が臨戦態勢に入ったらしい。
「ジオンのキシリア・ザビ殿が、必要なら軍を出すと言ってきています。事態をおさめるためには、ジオン軍に介入してもらうのもやむを得ないのでは?」
助役が市長に助言する。そういえばこの助役はキシリアから推薦された男だったな、と思い出しながら、市長は答える。
「バカ言うな。ジオンの連中が軍をだして、連邦軍がだまっているわけがなかろう。このグラナダで、戦争を始められてたまるか」
「しかし、ヤザンナ・ザビ様が危険地帯に孤立しています」
くう。市長はうめく。
基地の周りにあつまった群衆が連邦軍に力づくで制圧されるのは、もう止められまい。過激派の暴走が招いた悲劇、ということで終わらせられれば御の字だ。だが、あの小娘になにかあったら、ジオン代表部の連中がだまっているはずがないのだ。連中は本当に市街地で戦争を始めかねない。だからといって、市当局には使える戦力はない。どうする? どうすれば、市民の犠牲を最小限に納められる? その瞬間、市長に天啓がひらめいた。
「そうだ、ザビ家の娘は連邦軍に救援に向かわせろ。うまくいけば、連邦とジオンの友好にもつながる」
「……おそらく市民が犠牲になりますが?」
「無秩序な虐殺や、戦争を始められるよりはましだ!」
争乱はさらに広がり、ついにヤザンナ達を先導していたパトカーが群衆に囲まれた。警官が引きづり出されて袋だたきになる。すでに群衆は自らの当初の目的など忘れてしまい、普段から自分たちを抑圧しているもの全てに対して鬱憤を晴らしているだけだ。
生命の危機を感じた警官が発砲。周りの群衆がみるみる暴徒と化し、そこらじゅうの車をひっくり返し始める。SPが車を降り、ヤザンナの車を囲む。
まずいな。ジオン代表部かジオニック社に逃げ込むのが最良か。いざとなったら連邦軍基地にかくまってもらう手もある。しかし、距離を考えると、どれも難しい。
ラルは拳銃だけではなく、どこから出したのが自動小銃を手にとった。
反連邦の活動家ならば、ヤザンナ様と知れば危害を加えることはないだろうが、相手はただの暴徒だ。見境がない。できるだけ目立たぬよう、群衆に紛れてやり過ごすしかないか。
そんなラルの思惑を無視するかのように、SPの一人が声をあげる。
「連邦の駐留部隊が助けに来てくれるそうです」
同時に、キャタピラの音が大地を揺らす。車が潰される音が響く。人々の絶叫がこだまする。暴徒の憎しみの対象が、モビルスーツの形をとって近づいてくる。ガンタンクが3台、機銃を掃射しながらこちらに向かってきたのだ。
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2009.10.12 初出
2011.04.17 あらためて読み直してみるとおかしな日本語があったので、数カ所なおしました