ジオン公国首都ズムシティ。ザビ家私邸の一室。
私は、ザビ家の一族と対面していた。
三白眼の長男。ゴリラ顔の三男。老け顔の長女。お坊ちゃんの末弟。そして人の良さそうなジジイ。
ジジイ以外は、軍務の合間をぬって帰宅したらしく、みなビシッと軍服姿で決まっている。しかし三男よ、その軍服のトゲトゲは何の意味があるのよ? 家族しかいないのに目以外は隠している長女もどうかと思うわ。へんな家族。
「ヤザンナ、よく来てくれた。本当によく来てくれた。もっと近づいて、わしに顔を見せておくれ」
ジジイが私の手をとり、涙を流しながら顔を近づける。さすが公王、ただのジジイではない。そばにいるだけで人を安心させる不思議な雰囲気があるわね。
「おまえのお母さんとサスロには本当に悪いことをした。詫びのしようも無い。しかしな、あの頃はザビ家の関係者はみなテロに狙われていたのだ。もし二人の仲を認めていたら、おまえのお母さんも狙われるのがわかっていた。実際にサスロは……」
目の前のジジイは、正面から私の目をみつめながら語りかける。言葉に嘘がまじっているとはどうしても思えなかった。私の心を覆っていた緊張の鎧が少しづつ剥がれ、精神が乙女モードに移行していくのが、自分でもわかる。
「おまえのお母さんは、おそらくおまえがテロに巻き込まれるのを恐れ、身を隠したのだろう。我々はおまえたち親子を全力で探した。しかし、やっと見つかったときには、お母さんは……。すまない。許してくれ」
やばい。年寄りの涙には弱いのよ。ちょっと私の涙腺も緩んできた。いかんいかん。私は顔をあげ、背筋を伸ばし、腹に力を込める。
「母は……、母はいつも言っていました。父は立派な人だったと」
10年間育ててくれた母の顔が脳裏に浮かぶ。前触れもなく母が死んでから今日まで、息をつく暇すら無い張り詰めた日々が続いていた。前世の記憶があると言っても、自分は所詮10才の少女だ。そろそろ精神的な限界がきても不思議はないかもしれない。
「母は、お父さんとは理由があって一緒になれなかったけど、いつか家族として認めてもらえると。その時まで……、その時までふたりで……」
ふいに涙で声がつまる。くそ、だめだ。涙がとまらない。前世では野獣と呼ばれたこの私が、こんなところで泣くわけには……
「ヤザンナ、せめて、せめておまえは幸せになっておくれ。これからは我々が家族だ。なにも心配することはない」
最愛の母を突然失い、一時は天涯孤独の人生も覚悟した少女にとって、真正面から差し伸べられた暖かい手は、ストレートに効いた。ジジイの両手に抱きしめられた瞬間、ついに涙腺が爆発する。
おじいちゃん。おじいちゃん! どうしてっ! どうしてもっとはやく来てくれなかったの! どうして!!
ため込んでいた涙が一気に流れでる。祖父もまた、孫娘を抱きしめながら涙を流す。10年分の後悔と謝罪がすべて洗い流されるまで、涙は止まらなかった。
涙の再会の後は、いったん着替えた後、家族でお食事ということになった。着替えは、お手伝いさんが用意してくれたいかにも高級そうな奇麗なドレスだ。今は宇宙世紀で、ここはフロンティアスピリッツ溢れる宇宙植民地のはずなのに、なにこの中世ヨーロッパ的な貴族趣味。
もちろん食事もひたすら豪華なコース料理。見るからにお上品なお料理達が、次から次へと目の前に並べられる。この一家は、毎日こんなものを食べているのかしら。コレステロールが貯まって早死にしそうだわ。
つい先ほど見せたしおらしさをすっかり忘れたかのように目の前の料理をがっつくヤザンナと、孫娘の食事の様子を目を細めて眺める公王を尻目に、キシリアがギレンに尋ねる。
「兄上、ヤザンナは公式にどのような扱いになるのですか?」
「もちろん、ザビ家の一員として大々的に発表するさ。テロに引き裂かれた悲劇の姫。しかも、父上とサスロの血を引いているとは思えない美少女だ。国民の人気もさぞや集まるだろう」
ちょっとまってよ! 美少女なのは認めるけど、そんな国威発揚のための客寄せパンダみたいな役はごめんよ……と叫ぼうとしたが、口の中いっぱいに頬張ったデザートのケーキがヤザンナの邪魔をした。ジュースと共に一気に飲み下したものの、キシリアが再び口を開く方がはやかった。
「私は反対です。ヤザンナはサスロ兄の正式な子ではありません。ザビ家の権威に傷がつきます」
なんですって? 母と父の仲を引き裂いておいて、その言いぐさはなによ! しかも、初対面の本人を目の前にしてそんな事を言う?
あまりの事にあっけにとられ、さすがの私も即座に反応できなかった。
ドン! ドズルが拳をテーブルに叩きつけ、キシリアを睨みつける。凄い顔だ。そういえば、この人も愛人の子だったわね。そして、それを平然とにらみ返すキシリア。こちらもこわい。
しかし、兄妹の間に飛び散る火花とは関係なく、私は母を侮辱したキシリアをこのままにはしておけない。深呼吸して、キシリアの方を向き口を開こうとした瞬間、家長が一同を諫めた。
「キシリア、いい加減にせんか。ドズルも落ちつけ。ヤザンナ、すまんな。キシリアに悪気はないのだ。国のためをおもってのことゆえ、気を悪くせんでくれ」
もしジジイのとりなしがなければ、私はあらん限りの罵詈雑言をキシリアに向けて機関銃のように叩きつけていただろう。もしそうなれば、そのあまりの下品さ故に、キシリアの言うとおり私はザビ家の一員として認められない、という事態もありえたかもしれない。
「キシリア、ヤザンナはザビ家の正式な一員だ。国民には明日公式に発表する。いいな」
実質はともかく名目上は公王の命令は絶対である。兄弟達は個々の思惑を封印し、何もなかったかのように食事をつづけた。
ふん、この家族はいつもこんな感じなの? こーゆーのって、……嫌いじゃないかも。
こうして私は、ジオン公国の悲劇の姫として、国民の前にデビューすることになったのだ。