リーチリザードからの奇襲をしのいだ一行は勢いに乗ってもう少し探索してみることにした。とりあえず、リーチリザードの現れた部屋を踏破し、後にデュマピック(自動マッピング)の魔法の恩恵に与れるようにする。もちろん,紙でのマッピングも同時に行っている。担当は大抵盗賊で、この場合はイチエイが次郎に教えながら行っていた。
紙に地図を書き終えてから、部屋を出て右手に進み、新しいドアを見つける。
「さて、新しいドアだ。みんな、準備はいいな?」
サラが一行を見渡し、確認を取る。
「では、あけるぞ。」
利き手には剣を持ち、左手でドアを慎重に開ける。
先ほどの様なことが無いように十二分に待つ。
しかし、敵は出てこなかった。
「ふう、出てこなかったか。」
少しの残念な思いと安心の混じった声でつぶやくマナ。
「さてと、次の部屋にいくぞ。T字になっているがまずは左手に行ってみるか。」
イチエイが左に親指を向けながら提案する。
皆、頷き、賛意を示す。
左手に行ったすぐ後にまた扉がある。先ほどのように慎重にドアを開ける。
と、部屋に光があふれるのが見える、急いでドアを完全に開けきり、陣形を組む!
なにやら槍を持った蛮族のような一行が出現する。
「しまった!」
イチエイが敵の正体に気付き、声を荒げる。
「どうした??」
目線は前に向けつつ尋ねるサラ。
っと『何者か』から槍の一撃がサラめがけて飛び込む!ぎりぎり避けるサラ。明らかに攻撃が今までの敵より鋭い!
「気をつけろ!こいつらは『ネザーマン』だ!知恵も多少あるし、攻撃力も高い!とにかく攻撃より、当たらないように防御に気をつけろ!死ぬぞ!」
「カティノ!」
イチエイの警告を聞き終わる前に片側の一団に眠りの魔法を唱える。
何とか5体中3体が眠りに落ちる。それ幸いとマナとサラが眠りに落ちた者達を切り付けに行く!そのとき!
ビュン!!
ともう一方のネザーマンの一団から槍が投げられる。虚を突かれたマナの肩にそれが刺さった。
「くうっ!!!」
唸りを上げるマナ。しかし、痛みに耐えつつ剣を振りかぶり、ネザーマンの眠りを永遠のものとする!
「マナ!一旦下がってろ、ジロウ、スイッチだ。前に出ろ!サラもあまり突っ込みすぎるなよ。とにかく俺が壁になる、その隙に一匹ずつ確実にしとめるんだ、いいな!?」
イチエイの声を受け、どこか隠れる場所は無いかと探していた次郎はマナの傷に気付き、急いで前線に出る。サラも眠っていたモンスターを一匹仕留めてから、眠っている最後の一匹に目もくれず、急いで後ろに下がる。
「良いか、俺が一番前に出るから俺に攻撃してきて態勢が崩れたヤツをやれ!」
イチエイを頂点とした二等辺三角形の陣形を取る。
「ぎゃおえー!!」
仲間を殺されて興奮したのかネザーマンの群れがイチエイに殺到する。レベル6の盗賊といっても流石に6体もの槍を裁ききれるものではない。少しずつかすり傷を受けながら避けることに専念する。
「セイッ!」
イチエイに攻撃を避けられたことによって体制を崩したネザーマンの隙を逃さぬようにサラと次郎が切りつける。
「ディオス」
マユルの治癒の魔法がマナにかかった。しかし、効きが薄い。
「もう一度やってくれマユル!」
マナが肩に刺さった槍を抜きながら頼む。前線に出て戦える状態では未だ無い。
「…了解」
マユルがマナにまたディオスを掛けるため精神を集中させる。
「イチエイ、まだ大丈夫か!?」
倒した分、先ほどよりも攻撃の手が薄くなって来た。その中でジロウはイチエイが未だワントップでいられるのか聞く。いくらなんでも盗賊がパーティの最前列をそう長い間張れるはずも無い。
「正直、きつい…っと、そっちいったぞ!」
痛みと疲れを感じさせる声で答える。
『カティノが使えたら!!』すでに二度カティノを使ってしまったタニヤはもはや、皆の足を引っ張ることが無いように最後列で眺めるだけだ。自分の不甲斐なさに苛立ちを覚えるが、どうにも仕様が無い。もし、先ほどの戦闘で満足し、一旦帰った後であったならもう一度カティノが使えるのに!『神様、せめて次のディオスは聞きますように』ただ、祈る。
「ディオス」
その祈りが通じたのか、二回目のディオスはマナの体を完全に回復させる。
「姫!イチエイ、今行きます!」
「イチエイ、マナが回復した!お前は後ろに下がっていろ、今度はマナも上手くやってくれるはずだ!」
マナの声を聞き、サラが指示を出す。
「了解だ。あいつらの槍には気をつけろよ!レベル6だからこんな傷で済んでるがレベル一だと下手すれば2発食らったら死んじまうからな!こいつらはアンデッドウォーリアーと並んで、別名初心者キラーってんだ」
イチエイが下がり、サラとマナ、そしてジロウが前を固める。
残りのネザーマンは4体。帰って来たマナを警戒したのか様子を見るかのように攻撃の手を休めるネザーマンたち。
「マナ、すまんが一旦前に出て剣とまるたてで攻撃を捌いてくれ、たてのあるお前が一番防御に優れているはずだ。その隙を突いてジロウと私が時間差で切り込む。良いな?次郎?イチエイは余裕があれば、で良いから奇襲攻撃をしてくれ、ただし、本当に攻撃を受けないと確信したときだけでいい。」
睨み合いながらサラが指揮を執る。
「了解しました。」
「わかった。未だ少し動けそうだが、無理はしねーようにするよ。」
「では、三、二、一!いくぞ!」
二人の了解の答えを聞き、タイミングを取る。
「でやー!!」
わざと敵の的になるように声を大きく張り上げながら剣を振りかぶるマナ。その勢いに驚いたのか一瞬相手の動きが乱れる。そこをジロウがロングソードで切り掛かる!しかし、一瞬早く槍でかろうじてその攻撃を受け止めるネザーマン。内心で相手を罵倒しながら、少しでも相手にダメージを与え、距離をとるため前蹴りを放つ。槍の攻撃の痛みを未だ知らない次郎はしかし、ネザーマンが強敵であることは十分知っていたため、その恐怖からか、その蹴りはいかにも不恰好だった。
ポンッ
それはまるで出来の悪い人形劇のようだった。ジロウのがむしゃらな前蹴りを腹に食らったネザーマンが後ろたたらを踏んだ、と思ったら何故かその首がいきなり吹っ飛んだのだった……
「クリティカルヒット!?」
隠れる場所を探すのも忘れて棒立ちになってしまうイチエイ。しかし、その驚愕はこの場にいた全ての者に及んでいたため幸い攻撃を受けることは無かった。逆に一瞬早く立ち直り相手の後ろに回りこむ。
「サラ、マナ!今だ!攻撃しろ!」
大声で叫ぶイチエイ。
ただでさえ恐慌をきたしていたネザーマンたちは、突然後ろから大声をだされ、パニックに陥る。その隙を付きイチエイ、マナ、サラはそれぞれ一匹ずつ切りつける。しかし、流石に槍を持つ生き物だけはある。マナ、サラはあいての槍の一撃をくらってしまったが、なんとかその命をも断ち切った。
「ふう、漸く終わったか・・・・・・」
長い戦いを終え、溜息をこぼすサラ。
「しかし、さっきのはなんだったんだ?一体、ジロウ??」
「俺だって知りたいよ……イチエイが後ろから首に一撃やったのかと思ったんだけど違ったみたいだしな……」
本当はなんとなくわかっていた。あれは忍者のスキルの一つクリティカルヒットだろう。
このゲームではたとえ素手であろうが、蹴りであろうが、クリティカルヒットの表示が出ればその時点で敵は首をはねられて死ぬ。そのことはジロウも覚えていた。これもあの声たちが言った『ギフト』の一つだろう。とすると……
「あれはどう見てもクリティカルヒットだな……俺も実際には見たことはなかったが、話には聞いていた。ハイレベルの特殊な武器や忍者の一撃が引き起こす奇跡の一つだ。殺意のこもった一撃が当たれば稀に相手の首がギロチンにでも掛けられたように吹っ飛ぶって話だ。」
「しかし、ジロウは盗賊だし、剣もただのロングソードだろう???」
「確かにそうなんだが・・・・・・ジロウ、マジでお前何者なんだ??忍者でもないただの盗賊があんなことできるはずないぜ。それに前線に出たときの攻撃の手数もそうだ。明らかに俺たち普通の盗賊の域を超えてた。戦士やロードのマナやサラと同じ、いや、それ以上かもしれなかったぜ。」
疑惑の目つきでジロウをにらむイチエイ。この常識の通用しない洞窟での出来事でも、あまりに常識外れすぎる。
なんとなく気詰まりな雰囲気でジロウを見つめる一行。
「でもー、ジロウさんは装備も何でも出来ちゃうし、そういう人なんじゃないんですかー」
っと穏やかな声でタニヤが皆に語りかけるようにする。
「……確かに。普通の盗賊でないことはわかっていた…」
マユルも頷き、発言する。
「まあ、確かにな。装備の時点でただの盗賊ではないことはわかっていたか。まあ、とにかく普通以下ではなく、以上なんだから儲けものと思っておこうじゃないか」
サラはやれやれ、といった感じで意図的に明るい調子で話を収める。
「ま、そうだな。おっとそうだ、宝箱、宝箱。」
この話は終わりだ、と宝箱に向かうイチエイ。しかし、決して納得してはいない。
「どうやらまた石礫みたいだな。ジロウ、見ててやるから解除してみろよ。」
「おし、判った。・・・・・・・・・・・・よ、っと、これで終わりだ」
石礫を放たれること無く無事に宝箱を開ける。
「お、なんか剣みたいなもんが入ってたぞ!」
初めての戦利品だ!
「おい、ジロウ、それ、なんだとおもう??」
イチエイが何か言いたそうな顔でジロウに言う。
『ショートソード』
また、声が聞こえる。良いだろう、いいかげん受け止めねば。そう思い、
「ショートソードだと思う」
と次郎は言った。
その瞬間「剣?」は一瞬淡い光を放った。
「おい、今のは??」
サラがイチエイに向かい、尋ねる。
「まさか、と思ったが、こいつ鑑定も出来るみたいだ。さっきのは鑑定の奇跡の光だ。未鑑定のものがビショップなんかに正体を見破られると一瞬だけ光って誰にでもそれが何であるのか認識できるようになるのさ」
「つまり、ジロウは鑑定も出来るというわけか・・・・・」
マナが怪しいものを見る目つきでジロウを見る。
「本当に次郎は何でも出来るのだな。これはいい拾い物をしたな!」
快活な笑顔を浮かべながらサラが言う。心からうれしそうな笑顔だ。能天気なところのあるこのお姫様は本当に喜んでいるだけらしい。
「ジロウ、お前多分今日寝たらレベルアップするけど、その結果ちゃんと教えてくれよ。いいな。」
念を押すように次郎に言う。なんとなく何を予測しているのか次郎にはちゃんとわかった。自分自身もそうではないかと思っているからだった。
「さて、今度こそ帰るか。」
サラが皆に宣言する。
空けた部屋を踏破し、マッピングをして、梯子までへの帰路に向かう。
と目の前にスライムが見える!
「おい!スライムだ!この状態でも勝てるとは思うがやばい!逃げるぞ!」
イチエイは壁の凹みに隠れるように支持する。
何とかやり過ごせたようだ。
「あぶなかったな。徘徊モンスターがいることをまるで忘れていた……」
ふーっと、溜息をつきながら周囲を警戒する。
漸く梯子に着けた一行。皆、やっと・・・・・・といった感じだ。今日はあまりにも長い一日だった。
地上に出てサラが言う。
「今日の反省としては、呪文の詠唱回数は出来るだけ完全に近づけておくこと、だな。やはり、カティノも二回使える状況で漸く戦えるレベルだということをちゃんと自覚せねばならない。それに徘徊モンスターだな。あれがスライムでなくまたネザーマンだったら私達は全滅していたかもしれん。なるべく地上に近いところだけでしばらくはレベルを上げよう。」
皆、頷き、宿屋へと向かった。
ジロウ達は疲れきった体で夕飯を平らげ、次回の探索の話をした。今回は前衛組みがダメージを多く受けているので5日後をめどにした。マユルのディオスの回数がレベルアップによって上がるだろうから実際はもっと早いだろうが。
そして、ベッドに入り眠りに付く。
また『こえ』が聞こえるが今回はいつもと違う声のようだ
[ジロウはレベルが1アップ ヒットポイントが10上がった、力が上がった、知恵が上がった、生命力が上がった、すばやさが上がった、運が上がった。新しい呪文を覚えた。]
「やっぱりか」
夢現の状態でジロウはどうやら一騎当六とやらがどういう意味なのか理解した。