『ハンカチは持ちましたか?』
「持った」
『着替えは?』
「持った」
『しおりは見直しましたか?』
「平気、全部頭に叩き込んだ」
『お菓子は「茶々丸さん」はい?』
「俺ってそんなに信用無い?」
そんなやり取りが早朝のログハウスで有ったとか無かったとか。
ついでに言えばエヴァンジェリンは不貞寝している…茶々丸の話では修学旅行に行けないかららしい…決してざまあ見ろとか思ってないぞ…うん、何と言っても士郎の師匠なのだから。
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失った左腕に付けられた義肢は当然ながら動かない、目の前に見えるにも関わらず見えないと言う矛盾は少しばかり異常と感じられる。
取り敢えずは左腕の形を調整してポケットに手を入れた様な状態で右肩にボストンバックを下げて目的地に歩いていく、目的地は…大宮駅の集合場所。
(確かこの辺りだったよな)
記憶に有る集合場所を思い出しながら歩き続け…見つけた。
まだ8時30分と言う早い時間にも関わらず既に何人かの生徒が其処に腰を下ろし待っている…と、少し離れた場所に一人見覚えの有る少女を見つけた。
肩から身体に見合わぬ長大な竹刀袋を下げた少女。
「確か…桜咲刹那さんだったかな?」
小さな呟きにも関わらず少女は士郎の声を聞き逃さずにいたのか…首を動かし士郎の方を見ると視線がぶつかり合い、互いを認識した。
すると刹那は立ち上がり士郎の方に歩み寄ってくる、彼の脳内では始めての出会い…朦朧とした意識だったが、今思い出すとはっきり覚えている…刀を突き付けられたことを。
少し身の危険を覚えながらも何も無く近づいてきた少女は右手を差し出した。
「お久しぶりです、以前は突然に刀を突き付けてしまい済みませんでした。
改めて自己紹介させてもらいます、桜咲刹那と言います、話は学園長から聞いていますので返事は結構です。」
「はぁ」
何の話をしたかは知らないが取り敢えず差し出された右手を握り握手する士郎。
「…大分鍛えていますね、お嬢様の護衛…お互いに頑張りましょう」
そう言うと踵を返し元居た場所に戻っていく刹那、その一挙一動は洗練されており傍目にも武術を嗜んでいると判るほどだ。
「…凄いな」
「何がでござるか?」
「へ?」
何故か突然後ろから聞こえた声、振り向けば其処には…何故か楓が肉まんにかぶり付きながら居たりした。
驚きを飲み込み声を上げるのを我慢する士郎。
「か・楓さん、お久しぶり」
「そうでござるな、衛宮殿も学園で上手くやっている様で安心したでござる」
「ハハ、と言ってもやっているのは修理屋の真似事だけどな」
頭を掻きながら答える士郎に楓はニコリと笑う。
「衛宮殿は創り手でござろう?拙者達とは有る意味対極に位置する者。
例え真似事であってもその行為に対して拙者の様な者達は皆、尊敬の念を抱くでござるよ」
その言葉に思わず赤面する士郎、だが其処まで褒められると褒め返さないと気がすまないのが彼らしいと言えば彼らしいだろう。
「えっと…俺も楓さんの事は凄いと思ってうぞ」
「ござ?」
何が?と言った顔をする楓、今度は士郎が思わず笑ってしまう。
「だって見ず知らずの男を助けてくれる位の良い人なんですから…凄いって思うのは当然だろ?」
その言葉に楓はキョトンとした顔になること数秒、そして小さく噴きだすと口元に肉まんを運ぶ
「そうでごるな、確かに確かに」
そう言いながら立ち去っていく。
(楓さんは例えるなら風鈴だな…当たれば響くけど何時もは風に揺られて悠々自適って感じだもんな)
ぼうっと歩いて行く楓を見ながらそんな事を考えていると…後方に視線が集まっていく事に気付く士郎、何故か知らないがとても嫌な予感がする。
錆びたブリキの玩具みたいに首をギリギリと動かし振り向いた其処には…十数人の女子中学生が目をキラキラさせながら士郎を見ていたりする。
フゥっと小さく士郎はため息を小さく吐くとボストンバックを地面に落とし身軽になると軽く息を吸う。
「ほらほら!集合時間が近いんだから早くクラスごとに列作って並べ!」
その言葉を聞くや否や蜘蛛の子を散らすように自分達のクラスに帰って行く少女達、だが何人かの少女は残っており逆に士郎に近づいてくる。
「…戻ったほうが良いんじゃないか?」
「ゴメンな~、でもウチな木乃香言うんやけどな。
お兄さんがせっちゃんと話してたところ見てたから気になったんや」
「せっちゃん?」
聞き慣れない名前に若干戸惑う士郎、だが其処で此方に来た少女の一人が口を開き助け舟を出した。
「刹那さんの事よ…士郎さん」
「あ、神楽坂さん」
何処か不振そうな目で士郎を見ながらも助け舟を出した少女は若干の面識がある少女、神楽坂明日菜であった、多分だが教員ではない士郎が此処に居ることを不振がっているのだろう。
「はい!ストップストップ!まずは取材させてね~」
突然、明日菜と士郎の間に割り込んできた少女は手に持ったボイスレコーダーを突きつけて来た。
「突然ですがまず名前を教えて頂けますか?」
「え?…あ~、衛宮士郎」
「では士郎さん、お仕事は?」
「ん~…麻帆良学園で用務員の仕事と修理工の真似事を…」
「ほぉほぉ…では本題に入りますが…士郎さん」
「なにさ?」
段々と質問に白熱してきた少女はボイスレコーダーを突き刺さんばかりに士郎に突きつけると問いを彼にぶつけた。
「長瀬楓さんとのご関係は?」
「は?」
「友人ですか?それとも恋人とか」
「な!な!」
瞬時に士郎の顔は真っ赤に染まり口はパクパクと陸に上げられた魚の如く動くばかり。
その行動を脈ありと感じた彼女…朝倉和美はさらに詰め寄る。
「先程は桜咲刹那さんとも話していた様子ですが彼女との関係も教えて頂けますか?」
「な…なんでさ?」
「ん~…あえて言えば其処にスクープの匂いがするから…かな?」
さぁさぁとにじり寄ってくる朝倉、その後ろに付いて来る先程のなまりの強い少女…近衛木乃香。
逃げ場無しかと思われた瞬間、意外なところから救世主は来た。
「お早うございまーす!皆さん早いんですね!」
ネギの言葉に皆の視線が其方に向かう。
(今だ!)
逃げるには今しかないと荷物を引っつかみ全速で死角に逃げ込む士郎!
その後は他の先生方のフォローも有り何とか問題無く新幹線に乗り込むことが出来た士郎であった。
・ ・
・
「はぁ」
疲れた…乗り込む前の一連の事で酷く心労してしまった士郎は座席に座ると同時にため息が漏れてしまった。
その姿を見たのか、誰かが士郎に話しかけてきた。
「若いのに大変だねぇ君も」
「?」
「新田だ、現国を教えている」
「新田先生ですね、俺は衛宮士郎って言います。」
「そうか…士郎君か、隣は良いかね?」
「あ!どうぞ」
軽く互いに挨拶をし終えると新田先生が士郎の横に腰を下ろし小さく溜息を吐く。
「どうだったかね?彼女達は?」
「…凄いパワーですね、こっちが圧倒されます」
「ハハ、確かにね…お互い苦労が絶えないだろうが頑張ろうな、士郎君」
「そうですね、新人ですが精一杯やらせて貰います」
「うん、その意気だ、頑張りたまえ」
和やかな空気の中でお互いの会話は弾み時間を忘れさせる。
そしてソレを知ったのは唐突に起きた悲鳴が引き金だった。
声を聞いた士郎は後部車両…一般生徒が居る車両へと走ったのだが…左腕が邪魔に感じられた。
僅か半月程度無かっただけで義肢で動かす事は出来ないにしてもその重量が重心をずらさせ予想以上に走り難い。
「く!」
不自然な走り方になったが取り敢えずは車両間の扉に取り付きソレを開き…固まった。
同時に士郎の後ろを走ってきた新田先生もその情景を見て固まった。
一言で言えば…カエル。
床にカエルが溢れているのだ
「な…なんじゃこりゃぁあああああ!!!」
「な…なんだこれはぁああああああ!!!」
士郎の新田先生、見事にユニゾンした瞬間であった。
後書き
まじしゃん様
ご質問のあった士郎の強さですが…試合ならば間違いなく刹那にも龍宮にも士郎が負けるけど…ルール無用ならその限りではない。
士郎の強さって手数の多さと投影物から引き出した経験憑依による戦術の幅ですからね、状況によって強さが上下する存在だと思っています。
固有結界の記載はアンリマユに染まったバーサーカー殺す時に聖骸布取った時に使用不能って明記が出ています、つまり自己分析中にそのワードと内容が脳内に焼き付けられたって事です。
三つ目は…話の根幹部に有るし考えて有るのですがコレで平気なのかな?等と思っているので秘密です。
狐様
他作品でエヴァンジェリンに容易く勝つ士郎って何時も可笑しいと思っていました。
だって『闇の福音』なんて呼ばれてるんですよ!?
二つ名持つ様な化け物だし…しかも真祖ですよ…勝てないって等と思っていたのでこの扱いは当初からの確定事項でした。
悠樹様
武器の使い方は色々考えています。
それと士郎は桜を絶対に忘れません(コレ重要)
では皆さん!人生最後になるであろう修学旅行に作者は行ってきますので明日の更新は無しです!