左腕がキリキリと裂かれていると錯覚するような痛みが連続して発生する
既に限界などというラインは当の昔に超えた
元々衛宮士郎がソレを投影するには過ぎた物なのだ
何れ辿り着くであろう英霊たるエミヤすら不可能だった偉業・・究極とも言える限定礼装「宝石剣」の投影
口から漏れているであろう喘ぎ声が耳に到達しない
身体を揺さぶる遠坂の手の感覚も揺らされている感覚も発生しない
だが律儀にも27の魔術回路は流入してくる情報を逐一解析して順次投影物に書き込んでいく。知識は十分とは言えないが破格だ、足りない部分があれば左腕から激痛と凄まじい熱がその求める情報を脳に押し流してくれる
視界が端から段々と崩れていき色が削げ落ちていく、モノクロームによって彩られた寂しい世界の中で「宝石剣」が酷く光って見えた
・ ・
・
「あ」
視界が開ける、見えるのは黒い空と月
あれほど感じていた熱は瞬時に無くなり変わりに襲ってくる喪失感
原因は直に判った、左手の喪失。ソレに伴う流血・・横には先程までその手を包んでいた聖骸布が落ちている
(ヤバイ・・な)
右手を空に向けナニかを掴むような仕草をする士郎、同時に自身の内面世界に呼びかける単語を紡ぎ出した
「投影開始(トレース・オン)」
傷の具合は最悪、治療ではなく止血を優先
瞬時に発見、本来ならばそのような機能は持っていない只の剣、だが有ろう事かどこぞの魔術師がその通称と同じ概念をその剣に組み込んだ一振り
創造の理念を鑑定し
基本となる骨子を想定し
構成された材質を複製し
製作に及ぶ技術を模倣し
成長に至る経験に共感し
蓄積された年月を再現する
現れたるは只の一振りの剣、その奇妙な波状の刀身には美しさすら感じる一品、「火炎の剣(フランバルジュ)」と呼ばれる、本来ならば只の美術刀剣だが・・・刀身からは熱気を感じる
それを悩む事無く傷口に押し当てた
「ぐ!がぁあああああ!」
タンパク質が焼ける匂いが漂う
傷口の止血は成功
投影を破棄、激痛で頭がクリアになった。視界を左右に動かせば森だと瞬時に理解できたが・・現在位置は不明、此処に至る過程も不明
焼けた左肩を右手で抑える、表面が焼けただけで内部には問題無い様だが・・これ以上の悪化が予想される
断片的なアーチャーの記録の中を探りソレを見つけです
天下五剣の一つ、大典太光世
名刀であると同時に病魔を掃う守り刀として強力な概念を有する一品だ
瞬時に投影を行い手に現れるその刀、ソレをひとまず地面に置き落ちていた聖骸布を拾い上げ器用に片手だけで左肩が有った場所を封印する
刀を拾い上げる、石の様に重い身体を刀を杖代わりに立たせる
目的は只一つ、衛宮邸への帰還
理由は不明だがそれほど時間は経っていない筈、ならば少しでも早く帰宅するのが最善
ザクリザクリと刀が地面に刺さる音ばかり聞こえる
既に歩き始めて数十分、大量の血の喪失と傷口を焼いた事による極度の体力低下は既に士郎の精神力すら削り始めていた
無言、前ばかり睨み進み続ける・・ふと、随分と衰えた聴覚がその音を拾い上げた
何か生物が切り裂かれ倒れ伏す音
自身の体から匂う血以上に濃密なその匂い
キケン
キケン
本能が警戒音を全開で鳴らし続ける、だが彼は木と木の間から僅かに見えたその音の発生源を認識した瞬間、其方に駆け出した
27の撃鉄の内ほぼ半数の13を落とし其処から発生した魔力を全て脚部に回す
少女、切り裂く、生物そして・・・血
何者かがその少女を狙った犯行、既に犠牲者は多数
彼の脳内で最悪の現場が浮かび上がる・・そんな事させない、例え正義の味方である事を止めた衛宮士郎であったとしてもそのような暴挙は決して容認できない
右手に持った大典太光世を強く握り駆ける事数秒、開けた場所に辿り着いた、其処に広がる一面の血と人間以外のナニカの死骸
そしてそのナニカに彩られた世界の中心、月明かりを受けて佇む少女の姿に背筋が凍る
手に握った野太刀、その小さな身体に似つかわしくないほどに長大なソレは一種異界を形成している
振るわれる一太刀で朱が咲き
返しの太刀で黒が舞う
それは血反吐を吐くような修練の先か・・はたまた途中か、それによって手に入れたであろうその技は正に一つの神秘として其処に存在している
見惚れる・・・だがその思考は瞬時に捨て去った、少女が押しているように見えているが・・段々と追い詰められている
数の暴力
一太刀で三体葬ったとしても四体飛び掛ってこられれば対処できない、体裁きで避けるのも限界が有る
思考は一瞬、答えは一つ
重い身体を動かし猛進、強化した脚力は全開
少女から見て敵群の横腹を突く様な形で進撃、刀を振るい2体を両断、振り切るとそのまま手近な異形を蹴り飛ばし数体を巻き込む
右腕で持った大典太光世を構える、少女の意識が一瞬此方に向いたが次の瞬間には再び異形を黙々と切り捨てていく
『ギ!』
異形が一歩後づさる、旗色悪しと判断したのか・・端から次々に離脱していく
士郎は自分に襲い掛かってくる異形のみを切る、数分とせずにソコに動く者は士郎とその少女のみになった
ピリャピチャと血の池の上を音を立てながら近づいてくる少女、だが凄まじい速度で意識が遠のいていくがソレを必死で繋ぎ止める
「助けてもらった事は感謝する・・だが」
能面の様に感情を殺した顔で言葉を発する少女
「何者だ?お前は?」
突きつけられる野太刀と共に疑問と殺気が襲う、だがソレに答えるのは不可、既に入力された情報を正確に処理する事も不可能なほどに辛い、自分の欲した情報のみを求める
「名前・・は?」
「え?」
士郎の言葉が聞き取れず疑問の声をあげる少女
「君の・・・名前」
「桜咲刹那だ、繰り返し問う・・お前は
其処で衛宮士郎の意識はプッツリと途絶えた
後書き
ネギまノベルからの転載です
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