天井や壁、地面から出現した無数の円錐はちょうど空中でぶつかり合った。
白銀色の歪なそれは即座に球体となり、徐々に人型へと変化しようとしていた。
そして、ヒイロとリフはと言うと。
「ビ、ビックリしたなぁ、もう」
「に……危なかった」
正面突破を計ったヒイロの持つ大盾は、棘だらけになっていた。それもすぐに溶け、地面に落ちる。
反射神経を限界まで駆使してドリルを回避したモノの、せっかく新しくしたリフのコートは、いきなりあちこちほつれていた。
その肩からは、血が滲んでいた。
「って、リフちゃん怪我してるし!」
「問題ない。肩。ヒイロも足」
リフは、ヒイロの足を指差した。
右のふくらはぎが、大きく裂けていた。
「唾つけてたら治るよ、こんなの」
「……時間かかると思う」
「それより敵! あの尖ったのを何とかしないと!」
「に!」
まだ、螺旋獣ヤパンは完全な姿に戻りきっていない。
距離の開いた状態で有効な攻撃――と考え、リフは精霊砲を放った。
いつものように出したつもりのそれは、極太の緑光線となってヤパンを直撃した。
そして、攻撃をした方の二人も爆風で吹き飛ばされた。
「うぉう!?」
「にぁっ!?」
ごろごろごろーっと地面を転がり、土煙の中、ヒイロとリフは立ち上がる。
「けほ、えほっ……リ、リフちゃん、ちょっとやり過ぎ」
「に、さっきと同じようにしたはずなのに……」
「やったかな?」
「……その台詞は駄目だって、お兄言ってた」
「そんなモノでは、倒せませんよ」
濛々と巻き起こる土煙の向こうから、女性の声が聞こえてきて、リフはああやっぱりと思った。
が、ヒイロは驚愕しているようだった。
「効いてない!?」
「いえ、充分効きましたとも」
視界が晴れ、そこには白銀色の装束を纏った女性が立っていた。
外傷は、見た所まるでない。
「とてもそうは見えないけど……」
「外見では分かりづらいですから。それではこちらの番です」
女性はドリルの頭部を持つ猛獣へと即座に変化し、突進してきた。
ヤパンは一気に距離を詰め、リフ達に迫る。
「っ……! さっきより速い!」
「にぃ……!」
反撃の余裕はなく、二人は左右に分かれた。
だが、危機がそれで去った訳ではなかった。
「正面だけとは限りませんよ」
二人の脇をすり抜け際、ヤパンが囁く。
そして、ピンチは即座に二人を襲った。
低い唸り音と羽ばたきが、リフの耳に届く。
振り返ると、白銀色をした小さな生物が何匹も宙を漂っていた。
「む、虫型!?」
「こっちは鳥さん!」
「変幻自在が私の売りですので」
それら小生物達は不意に動きを止めると、鋭い円錐形に変化し、回転しながらリフとヒイロに迫ってきた。
「ヒイロ、そっち行った!」
「うん! ……くっ!」
跳び退ろうとしたヒイロの動きが、急に鈍った。
「に!」
リフは精霊砲を放ち、ドリルの何本かを消滅させる。
だが、始末し損ねた一本が、ヒイロの背中に刺さっていた。
「うう、油断した。あ、足が……」
「だいじょぶ、ヒイロ?」
「と、とりあえずは……でも、リフちゃん、ボクを庇ったままだと……」
リフはヒイロを強引に引きずり、ヤパンから距離を取った。
背中からドリルを引き抜き、直にポーションを掛ける。
そして、ヤパンの襲撃に備える……が。
「……?」
「あ、あれ? 攻撃が、ない?」
岩壁から鋭い頭部を引き抜いた螺旋獣ヤパンは、こちらに向き直っていた。
が、何故か攻めあぐねているようだった。
「に……」
精霊砲を放とうとして、リフは手の力を緩めた。さっきと比べ、力が出ない。
一方、ヤパンは再び人の姿に変化した。
だが、それはあの巫女のような女性ではない。
「そちらの、君?」
キキョウの声に、思わずヒイロが注意を惹かれてしまう。
「え?」
「見ちゃ駄目」
リフが注意するが、遅かった。
ヤパンは今度は、キキョウに姿を変えていた。
「あ……」
偽のキキョウの瞳が妖しく輝き、ヒイロはそれに取り込まれてしまっていた。
「こっちに来るのだ、ヒイロ! 急げ!」
「あ、う、うん!」
リフの手を振り払い、ヒイロはヤパンの元へと駆け出した。
その脇を追い越し、リフは腕に刃を出現させる。
「に! 同じ手だめ!」
跳躍し、キキョウの姿を取ったヤパンに躍りかかった。
「ふっ……」
腰の刀――一角獣の角のような螺旋剣を引き抜き、ヤパンがリフの刃を迎撃する。
「にぅっ!? お兄じゃないのは、この為!?」
とんぼを切り、リフは着地する。
「ふふふ、左様。技とスピード……戦闘力のバランスならば、この者が一番なのでな。――気をつけるのだ、ヒイロ。あのリフこそ偽者。騙されてはならぬぞ」
「わ、分かった! やっつける!」
ヤパンの側についたヒイロが、目を回したまま骨剣を構えて突進してきた。
「にぅ……ヒイロ、だまされすぎ……」
「さて、お主に味方を倒せるかな?」
「…………」
リフは、腕の刃を引っ込め、ヒイロに向かって右手を掲げた。
「あやつられてるから、動きが直線すぎ」
そして、精霊砲を放った。
それには、偽のキキョウ――ヤパンも驚いた。
「な……!?」
「あ……」
普段よりも遥かに弱い精霊砲を食らい、ヒイロはあっさりと我に返った。
戸惑ったように左右を見、リフを見つめる。
「え、あれ、リフちゃん偽者?」
リフは、偽のキキョウを指差した。
「ちがう。あっちの催眠術」
「嘘!? ボク掛かっちゃってたの!?」
「にぅ……そろそろヒイロも反撃する。このままだと、ヒイロ、あっちとこっちを行ったり来たりで大変」
「そりゃもちろんだけど……ボク、歯止めが利かなくなるよ? それに、グリーンゼリーと違って耐久力が半端じゃないし、勝ち目があるかどうか」
「に……ある」
「え?」
戸惑うヒイロとは別に、リフには勝算があった。
螺旋獣ヤパンは高い知能を持ち、不定形であり、人に化け、その技能を操り、その本性は強い貫通力があるドリルを持つ獣……それは明らかに普通の生物ではない――魔法生物だろう。
なら、その弱点を突けばいい。
「タイミングは、リフが計る。それまで待って」
「リフちゃん、何か策があるみたいだね。らじゃった!」
相談する二人は、そのまま左右に分かれた。
直後、数瞬前まで二人が立っていた位置を、雷撃が落ちた。
「何をする気か知らないけど、ぼやぼやしてたらやられちゃうよ?」
金色の髪を掻き分けながら、カナリーに化けたヤパンが微笑む。
「……雷も使う」
「魔術は得意なのでね。さあ、そろそろ大人しくしてもらおうか! ……何を笑っているんだい?」
指先をリフに突きつけたまま、偽カナリーは怪訝そうな顔をした。
「に、まだ全然勝負は着いてない」
「そーそー。ボク達の奥の手も見せてないしね。全部出し切って、それでも駄目だったら負けを認めるよ」
「……そうかい。なら、やってもらいましょうか! ――{雷雨/エレイン}!!」
偽カナリー――ヤパンは洞窟の屋上に向けて手を掲げた。
低い唸り声が鳴り響いた直後、無数の紫電の雨が降り注いだ。
「ヒイロ、いく!」
「りょーかいっ!」
ヒイロは大盾を傘のように頭上に掲げたまま、敵の死角に回り込むように走り出す。
一方リフは、帽子を掴むとポケットに突っ込んだ。
「にぅっ」
そのまま、雷の豪雨の間をすり抜けるように真っ直ぐ走り始めた。
その動きに、偽カナリーが驚愕する。
「速い――!?」
否、動きが速いのではなく、攻撃の予測が速いのだ。
敵意に関する感度がいきなり跳ね上がった――そう、考えるしかない。
本来不定形であるヤパンは防御を固める必要はない。
ヒイロに化け、反撃に転じようとしたヤパンは、リフの頭部にピンと一本、髪が跳ね上がっているのが見えた。
「アンテナ!?」
「にぅ、ひげ!!」
偽ヒイロの蹴りを避けながら、リフは叫ぶ。
「ヒイロ、今!」
背後に立っていたリフは、もう準備を終えていた。
腰の袋から取り出した赤く乾燥した果実を囓る。
「うん――『狂化』!!」
ヒイロの瞳が赤く変化したのは、その直後だった。
※お待たせしました。
そして次回は再びシルバ視点。
ちょっとずつ合流していきます。