さすがの巨鳥といえど、重量級であるタイランの重甲冑に脚にしがみつかれては、上手く飛ぶ事が出来ない。
それでもふらふらと不安定に揺れながら羽ばたいているのは、この峡谷の三魔獣としての矜持であろうか。
怪鳥イタルラはかろうじて高度を保ち、北に向かって飛行を続けていた。
そしてタイランはと言えば。
「ガガ落チル落チル落チタラ壊レルガガガガガ怖イ怖イ怖イ」
ガタガタと震えているのは、もっぱらタイランに内蔵された疑似人格モンブランであった。
どうやら、高所恐怖症であるらしい。
タイラン本人は、彼を宥めるのに必死で、恐怖を覚える暇もなかったりする。
どちらも重甲冑の中での会話である。
「お、落ち着いて下さい。大丈夫ですから。いざとなれば、ショックを和らげる方法もありますし」
「ガガガガガ本能的ナ恐怖動物的直感危険ガ危ナイ下ロシテ誰カ下ロシテ」
「そ、その内、着陸しますから。それに、本当に危ない時は私が何とかしますから」
……そもそも、クロップ老に造られたモンブランに、動物的本能があるんでしょうか、とタイランは思うのだが、それを突っ込みきれないところに彼女の控えめな性格が顕われていた。
ともあれ、タイランの気休めも、一応の効果はあったようで、モンブランは少し落ち着いてくれた。
「ガガ……本当ニ?」
「ほ、本当です。一応手段は持ってますから。っていうか暴れると、逆にもっと危険ですし」
「な、な、なら我慢する……ガ、怖いけど我慢する」
……イタルラの脚にギュッとしがみつきながら、モンブランが言う。
「あ、ありがとうございます……」
脚がへし折れなきゃいいんですけど……と、タイランは心配になった。
「ガガ、デモコレ、ドコマデ飛ブ……?」
「さ、さあ……? 鳥さんに聞いてみたいところですけど……」
タイランは、首を怪鳥イタルラの頭部に向けた。
相手は我関せずといった様子で、羽ばたきを休めない。
「……無理っぽそうですね」
「ガガガガガァ~~~~~」
「だ、大丈夫ですよ! 私がホラ、ついてますから! ちょっと頼りないかもしれませんけど、その身体は私にとっても大事ですし!」
「ガ、ア……サッサト降リロ馬鹿鳥……」
ボソッと、モンブランが暴言を吐いた。
その途端、イタルラは翼の動きを強めた。
「ちょっ、挑発しちゃダメですよモンブランちゃん! ほら、何か人語理解してるみたいですし! ひゃああああああああああ!?」
風が強まり、急角度で降下が始まる。
かと思うと急上昇、一回転してからランダムな軌道で脚にしがみついているタイラン達を振り回した。
「ガガガ! ガガガガガ!?」
地獄のような飛行時間はどれだけ続いただろう……実際は一分も掛かっていないはずだが、二人には永遠にも感じられた。
「ガガ……シ、シ、死ヌカト思ッタ……」
「わ、私もです……」
「ガ、人間ナラ、オシッコチビッテル所ダ……」
「その身体にそんな機能がなくてよかったです……うん?」
タイランは、正面先の峡谷に何やら細い煙が立ち上っているのを認めた。
「ガ、ガ、火事カ?」
「……ほ、本当に冷静な判断が出来なくなってるんですね。アレは仲間内で使われる狼煙ですよ。……えっと、どうも、カナリーさんとキキョウさんがあそこにいるみたいですね」
狼煙のメッセージをタイランは正確に読み取った。
つまりこの先に、二人がいるのだ。
「ガ! タ、タ、助ケテモラオウ! ココワ地獄ダ!」
「ど、どうやって助けてもらうんですか!? 撃墜ですか!?」
これが夜ならば、カナリーの飛行能力で何とかなったかも知れないが、残念ながら今は真っ昼間である。
となると、残る考えられる手と言えば雷撃による攻撃だが……。
「ガガ! コノ際ソレデモイイ!」
「私達まで墜落しちゃいますよ!? ――ひゃあっ!?」
その、狼煙の上がった辺りで爆音が生じた。
黒煙と共に、大地が揺れる。
「ガガ、ガガガ、爆撃!?」
「戦闘ですよ! 何か川から出現してます!」
イタルラはいよいよその地に近付き、タイランの視界からも、地上の様子が分かるようになった。
大きな川に、鉄の巨人が出現していた。
彼の上半身から放たれた無数の砲撃が、川辺を焼け野原に変えていた。
濃い煙の中、転がり現れたのは煤だらけのキキョウだ。
赤と青の服が揺れているのは、おそらくカナリーの従者、ヴァーミィとセルシアであろう。
肝心の主、カナリーは……姿は見えないが、煙の一部が放電しているところを見ると、相手の攻撃を雷撃で迎撃したようだ。となると、術師は当然カナリーだろう。
「ガガ、タ、助ケル!!」
モンブランが叫ぶ。
今回の場合、どちらかといえば義侠心よりも現状からの逃避である事は、タイランにもよく分かった。
「ここからじゃ無理――」
タイランの言葉を待たず、モンブランは重甲冑の左腕をイタルラの頭に伸ばした。
そして、ロケットナックルが勢いよく射出される。
「って、ええ!?」
鈍い音がして、イタルラの首がくきりと折れ曲がった。
「ガガッ、落チロ馬鹿鳥!」
モンブランが鼻息荒く言う。
ワイヤーが巻き戻りに掛かり、左腕がガシャコン、と元に戻った。
「ちょ、だ、駄目ですよ、そんな事したら! 落ちる! 本当に落ちちゃいます!」
イタルラの飛行が、これまでになく不安定なモノになりつつあった。ふらふらと揺れながら、高度が下がっていく。
よく見ると、イタルラの目がグルグルと回っている。どうやら軽い失神状態にあるようだった。
ぶん、とタイラン達がしがみついていた脚が前に跳ね、その勢いで重甲冑がイタルラから離れてしまう。
「ガ……?」
「あ……」
つまり、空中に投げ出された。
「ガガガ! シ、シマッタ!」
モンブランが重甲冑の手足をばたつかせる。
しかし、そんな事で重力に逆らう事など、出来はしない。
相当なスピードで、二人を搭載した重甲冑は自由落下を開始していた。
しかも、進行方向である斜め下にあるのは――。
「し、しまったじゃないですよ、モンブランちゃん! おち、落ちてます……しかも、戦闘のど真ん中に……っ!!」
「ガ! ソ、ソレナラセメテ一撃……ッ!!」
モンブランが、今度は右手を突き出した。
再びのロケットナックルが、鉄巨人の頭部がくきりと角度を変えた。
が、モンブランの活躍もそこまで。
二人はそのまま、水面に着水した。
派手な水飛沫の発生に、キキョウは呆然としていた。
何か空から降ってきたように見えたが……見上げると、巨大な鳥がよろめきながら遠ざかっていくのが見えた。
「な、な、何が起こったのだ……?」
「援軍……にしては、中々に過激だね……」
援軍?
キキョウが首を傾げていると、水面が盛り上がり、目を回した精霊体のタイランと、モンブランが動かしているのだろう重甲冑がふらつきながら現れた。
「ご、ご無事ですか……カナリーさんも……キキョウさんも……」
「い、いやいや」
「君が一番、大丈夫じゃないって、タイラン……」
何しろ、空から降ってきたのだ。
キキョウとカナリーが同時に突っ込んだのも、無理ない事だった。
※「ココ『ワ』地獄ダ!」はわざとです。
念のため。
次回は引き続き、ディッツ戦となります。
さて、イタルラはどう出るか……。