夕食用のモンスターも狩ってからテントに戻ると、もう日も傾きつつあった。
たき火を囲んで、シルバは手に木の枝を持ち、皆に話し始めた。
「まず、この峡谷にいる現状の勢力に関して整理しよう」
「僕らと、僕らの敵と言うことか。整理と言うからにはまず、僕達自身だね」
「ああ。それに村や街で聞いた、三魔獣」
カナリーに頷きながら、シルバは足元の地面に枝で文章を書き始める。
「別に戦わなくてもいいんだよね?」
「うん、その予定なんだけどな……だったというべきか」
「だった?」
ヒイロが首をかしげる。
「それはまあ、後回し。野生のモンスター達もまあ、三魔獣の勢力に入れておこうか」
シルバは、新たに文章を地面に記す。
「そ、某が聞いた声の二人」
忘れられては困ると、キキョウも言った。
「うん。内容から察するにトゥスケルだな」
それを聞き、カナリーは顔をしかめた。
「……厄介だねぇ。何仕掛けてくるか分からないと言う意味で」
「に……あと、お兄が見たっていうゆうれい」
しっぽを揺らしながら、リフも言う。
「そう、それ! 別にフラグは立ってないはず!」
うんうん、と頷きながら、シルバはそれも地面に書いた。
「…………」
「……何故そこでみんな、無言になってる?」
「それはともかくとしてだ」
神妙な顔をしたカナリーが、パンと手を叩いた。
「流された!?」
「続けてもいいけど、シルバが泥沼になるだけだよ?」
「……よし、続き」
1.守護神
2.三魔獣+野生モンスター
3.トゥスケル×2
4.幽霊幼女
ここまで書いたシルバは、最後に一行書き加える。
・洞窟に心理障壁を施した人物
ふむ、と給仕をするシーラから受け取ったカップの香茶を飲みながら、カナリーはシルバの方に腰掛けるちびネイトに顔を向ける。
「ネイト、念のために聞くけど、あの術は自然に出来るモノじゃないよね。つまり現象として発生するという意味で」
「死者の強い憎しみといったような念が残っている場所では、そういうケースもある。だが、今回のは明らかに人為的な『術』であろう。きれいに段階を踏んで作られている事もあるし、違いないと思われる」
一方シルバは、金袋から取り出したコインを指で天に弾いた。
「二つ目の洞窟には転移術の文様があった。青白い円の中にあった紋様な、あれはこれと同じモノだった。まあ任意転移か強制転移かの違いはあるけどな」
落ちてきたそれをつかみ、皆に見せる。
『門』のレリーフが刻まれたコインを見て、ヒイロが仰天した。
「司祭長の!?」
「トゥスケルの、でもある」
「じゃあ、あの洞窟はトゥスケルの罠?」
ヒイロの思考は実にストレートだった。
「それもちょっと引っかかるんだよな。……リフ」
「に?」
香茶をふーふーと一生懸命さましていたリフが、顔を上げる。
「罠ってのは普通、どう言うもんだ? 仕掛ける時にまず、何に気をつける?」
「にぅ……罠にかける相手。気づかれないようにするのが大切って、カートン言ってた」
それを聞き、タイランが身じろぎする。
「あ……だ、だとしたら確かに不自然ですね? あんなに分かりやすく、光っているはずがありません。普通、そんなの危ないと思って引っかかりませんから」
「まあ、引っかかったケースもあるけどな」
力なく苦笑するシルバに、ヒイロがガクンと肩を落とした。
「うぅ……それは言わないでよ、先輩」
「とにかくあれは、気付いてくれと言っているようなものだ。罠と呼べるモノじゃない。第一本気で仕掛けるなら、転移先に落とし穴なりなんなり用意しておくだろ。やり方が中途半端すぎる」
……どっかの誰かさんみたいに。
と、シルバ以外の全員が思ったのは言うまでもない。
最初に納得したのはカナリーだったようだ。
「大体、シルバが言いたいことが分かってきたよ。洞窟に『門』を仕掛けた人間は、僕達に注意を促している」
「ああ。空を飛ぶ敵、地面を走る敵、そして水の中に潜む敵、変化するモンスター、催眠に転移術、……三魔獣を想定して、設置された『訓練場』。それがあの洞窟なんじゃないかと思う。あの先に強敵がいるから気をつけろ。ここで鍛えておけ。この性質に注意しろ。そう言ってる気がするんだ」
「でも、それならグリーンゼリーとドリルホーンは一緒の洞窟の方が正しいんじゃない? どっちも陸上系だし」
もっともな疑問だ、とシルバはヒイロに頷いた。
「催眠系や変身と言ったいやらしい攻撃をするグリーンゼリーと、基本ほとんど何も考えずに叩きのめせるドリルホーン。多分性質の違いで分けられたんじゃないかと思う」
「もしくは三魔獣に次ぐモンスターがいる。あるいはそのどれかが変身能力を持つ、とか」
カナリーの嫌な予想に、シルバはうんざりとした顔をした。
「三匹ともって可能性もあるよな、それ」
「ちょっ……!? 不吉すぎる!?」
ヒィッとヒイロも悲鳴を上げる。そういう搦め手っぽい戦い方は、あまり好きではないのだ。
騒ぐ三人を見ながら、おずおずとタイランが手を挙げた。
「あ、あの……だとすれば、洞窟から先に進まなければ、三魔獣と遭遇しないって事なんでしょうか」
「あくまで、俺の推測通りならな。かといって、ここまで来て引き返すわけにもいかないだろ?」
「それは……そうですね」
「強いモンスターがそこに留まるには、それなりの理由がある。例えば子供がいるとか、そこに何らかの力場があって離れると力が弱まる、ナワバリの性質で一定の距離まで近づかなければ無害、とか」
一方リフはようやく香茶が飲める熱さになったらしい。
小さく息を吐くと、勢いよく手を挙げた。
「に!」
「お、珍しい。言ってみろよ、リフ」
「けっきょく、誰が洞窟造ったのかまだよくわからない」
「……だな」
実はそれは、シルバも同じである。
「少なくとも俺達じゃないのは間違いない。そしてモンスター達がわざわざ造るとも思えない。可能性があるとすれば、トゥスケルか幽霊のどちらか……」
「もしくはそれ以外の第三者か」
ただ、シルバとしてはトゥスケルは違うような気がする。
あの連中は、もうちょっとねちっこいと言うか『凝った』モノを作りそうなのだ。トゥスケルは自分たちの興味を持ったモノには恐ろしく執念深いので、造る物は総じてマニアックだ。
例の転移術が使えるコインの精緻さなどが、そのいい例である。
とはいえ、それは根拠にはなれど証拠ではない。
結局、洞窟に細工を加えたのが誰か、は推測で語るしかない。
そして今は、その『誰か』よりも、『何を』するかの方が重要だ。
「……とにかく、せっかく鍛えられる場所まで用意してくれている事だし、目標が消極的戦闘にしても予習として訓練しとくのは悪くないと思うんだ」
「あの洞窟自体が何らかの罠という可能性は否定しきれてないぞ、シルバ」
カナリーに諌められ、それももっともだなーとシルバは考える。
ただ、その一方でそれはないなと、どこか確信があった。
腕を組み、軽く唸る。
「んー、さっきの話と似た事になるんだけど、罠ならもうちょっと親切というかそれっぽいと思うんだ。あの洞窟には、罠の餌……そんな風に甘く誘ってくるものがねーのがねぇ。っていうかさっきから個人的な感想ばっかりで何なんだが、どうも相手の方が挑戦的というか」
「どういうつもりか知らないけど、せっかく造ったんだから楽しんでくれってな感じがするんだよな、これが……」
※次は地底湖になります。
キキョウが恐ろしく影が薄い分、次回挽回です。
+シルバ、タイランの組み合わせでお送りします。