「罪状は傷害教唆。それから誹謗中傷による名誉毀損で、貴方には教会に来てもらう事になります」
改めた口調で、シルバは言った。
「キョウサ?」
聞き慣れない単語に、エーヴィは眉をひそめた。法律用語など、一般市民には縁が遠いのだ。
「ホルスティンに嘘ついたでしょう? 俺が貴方と無理矢理関係を結んだとか」
指差すと、カナリーは頷いた。
「言われたな」
「でも実際に襲ったのは、ホルスティン先輩じゃないですか」
エーヴィの弁解に、カナリーの表情が不快に染まる。
「誰のせいだと思っている」
一方、シルバの無表情は変わらない。
「そっちはそっちで、俺自身が片を付けるから、貴方には関係ありません。ここで重要なのは、貴方の嘘が事件を引き起こしたって事ですよ。その時のやり取りに関しては、教会の警吏が調べる事になります。何にしても、キキョウへの接触は禁止させてもらいますが」
接触禁止の言葉が地雷になったらしく、エーヴィはテーブルを拳で叩いた。
「ひ、卑怯じゃないですか! そんな、組織を頼るなんて!」
シルバは心底不思議そうな顔をした。
「え? 自分の手を汚さず、ホルスティンに俺を襲わせたのは卑怯じゃないんですか?」
「そんな事をして捕まったら、ナツメさんに会えなくなるじゃないですか!」
「あ、そこの所は理解出来てるんですね。そうなります」
ニッコリ笑うと、エーヴィは顔を真っ赤にした。
「……っ!!」
その顔を見て、シルバは再び無表情に戻った。
「刑務所か、よくて遠方の修道院でしょう。そちらは司教様の判断になりますが」
「そんな事……っ!」
エーヴィは食器籠に手を突っ込むと、ナイフを取り出した。
「させ――」
銀色に光る凶器が、正面のシルバの顔面に迫り。
「な、い……」
キキョウの細い二本の指に挟まれ、停止した。
真剣白刃取りである。
「……こういうのは、某の得意とする所。シルバ殿には指一本触れさせぬ」
素早くエーヴィの手からナイフを奪い、テーブルに置く。
「キキョウご苦労」
「何の」
「ブラントさん、暴行罪もカウント入りましたね」
いや、殺人未遂かな、とシルバは考える。
エーヴィは、新しいナイフを籠から手に取ろうとしたが、いつの間にか籠自体がなくなっていた。
「くっ……一体、どこに!」
「悪いけど、僕が回収させてもらった」
そう言うカナリーの手元にはなるほど、いつの間にか食器籠が引き寄せられていた。
驚くエーヴィの瞼が、不意に重くなったように、シルバには見えた。
「ぁ……」
小さく呻くと、エーヴィはそのまま、テーブルに突っ伏した。
「{睡眠/ドリムン}の魔法。悪いけど少し眠ってもらったよ」
ふぅ、とカナリーは、小さく息を吐いた。
「ホルスティンも、助かった」
「この程度。大した事はしていないさ」
「じゃ、ウェイトレスさん」
シルバは、興味深くこちらの様子を伺っていたウェイトレスに指を鳴らした。
「ひゃいっ!?」
驚き跳びはねる彼女に、声を掛ける。
「悪いけどちょっと教会に行って警吏呼んでもらえる?」
「か、かしこまりましたー!」
ウェイトレスが、早足で退散する。
その様子を眺めながら、キキョウは微かに笑った。
「召喚の術も使えるとは知らなかったぞ、シルバ殿」
それから一時間後、三人は教会を出て宿へ帰ろうと大通りを歩いていた。
酒場で警吏にエーヴィを引き渡した後、近くの教会で簡単な調書を取らされたのだ。
幸い、シルバ直属の司教がまだ起きていて、詳しい話は明日という話になったので、予想以上に早く帰る事が出来たのだった。
「これから彼女はどうなるのだ?」
並んで歩くキキョウの問いに、シルバが答える。
「ま、警吏の調査の後、司教様に判断してもらう事になるだろうけど、よくて遠方の修道院。最悪、刑務所じゃないかな。どっちにしろ、もうキキョウには害は及ばないと思う」
それを聞いて、キキョウはホッと表情を緩めた。
「そうか。手間を掛けた」
「いや、つーか今回の一番の被害者って、実際俺達のどっちなんだ?」
「それはもう、完全にとばっちりを食ったシルバ殿ではないのか?」
「けど、元々のターゲットって意味だと、キキョウだろ」
「では、痛み分けという所で如何か」
「うん、それと」
シルバは、反対側を向いた。
「一応、巻き込まれたって意味だとアンタもそうだよな、ホルスティン」
「ああ、迷惑を掛けた。罰なら、甘んじて受けよう」
今更反省しているのか、カナリーは少し凹んでいるように見えた。
それを見て、シルバはちょっと意地悪してみたくなった。
「……うーん、すごいのが一つあるぞ」
「何?」
怪訝そうな顔をするカナリーに、シルバは後ろの教会を指差した。
「ウチの司教様は説法長くてさ。多分、ブラントさんは司教様必殺の一週間連続説法とか受ける事になると思うんだけど、一緒にやってみるか? 死ねるぞ?」
にやっと笑って見せると、カナリーは色白の顔をサッと青ざめさせた。
「ぅ……いや、それで君が納得するというのなら、今からでも教会に向かおう」
踵を返そうとするカナリーを、シルバは慌てて留めた。
「いやいや、待て待て。冗談だ。教会で吸血鬼が説法食らうなんて、笑い話にもならない」
「ははっ、それはシルバ殿の言う通りであるな」
シルバは話を真面目な方向に戻す事にする。
「ま、慰謝料ならブラントさんの方からもらうし。そっちは学食で奢るぐらいでいいさ。今度から早とちりに気ぃ付ける事と、あとは例の俺の悪い噂が流れてたらその訂正かな」
「分かった。その点は任せてくれ。学習院での、僕の全権力を用いて、阻止してみせよう」
「いや、そこまで大袈裟にするなよ!?」
どうも、紫電の魔法といい、派手なのが好きなようだ。
市庁舎の前を通り掛かり、シルバは名物でもある大時計を確かめた。
「つーかもう、今日の夜の予定が狂いまくりだし……」
ちょっとうんざりする。
「む、シルバ殿、何かあったのか」
「飯食ったらその後、この本読もうと思ったけど……こりゃ、このまま就寝コースだな。明日もここに来なくちゃならないし」
冒険者ギルドは、市庁舎の中に存在する。この都市は冒険者が集まる事で発展し、また為政者や役人の多くも元冒険者が多い。
ここ数日、シルバはその冒険者ギルドに出入りを繰り返している。
「そっちは、某が行ってもよいぞ」
「いいって。前みたいな事になったら困るし」
キキョウの申し出に、シルバは手をヒラヒラと振った。
それに対し、カナリーが首を傾げる。
「何だ、前って? そもそもギルドに何をしに行くんだ、ロックール」
シルバは肩を竦めた。
「まだ面子が足りないんでね。パーティーメンバー募集中。ただ、キキョウが行くと、余所のパーティーからスカウトが集まってくんのよ。特に女の子の」
それはもう、売れっ子の吟遊詩人と同じかそれ以上に寄ってくる。
「そ、某に非はないぞ!」
「うんうん、キキョウに非はない。けど、受付に行くまで一苦労だろ、お前」
「うぅー……」
全くの事実なので、キキョウとしては唸るしかない。
「君もか、ナツメ……」
呆然とした声に、キキョウは顔を上げた。
「うん?」
「まさか、同じ悩みを持つ同志に会えるとは思わなかったぞ、心の友よ。ああ、あれは実に厄介な代物だ」
カナリーは力強く頷いた。
「む、わ、分かってくれるか!」
「ああ! 僕達は冒険がしたいんであって、逆ナンパされたい訳じゃないんだ。ああいうのは困るよな」
「うむ! うむうむ! まさしくその通り! 容姿を否定する訳ではないが、明らかに外見だけで判断されるのは、困る」
「だよな!」
何だか、ガッチリ握手を交わす二人であった。
「……俺には分からない悩みだ」
完全に傍観者視点で呟くシルバに、キキョウがキュピーンと目を光らせる。
「いや! 某ならシルバ殿を真っ先にスカウトするぞ!」
「そんな物好き、お前ぐらいのモンだ」
断言しておく。
「……まあ君は、お世辞にも実力があるようには見えないのは確かだがな」
どうやら、カナリーも同意見のようだった。
「ホ、ホルスティン、シルバ殿を侮辱するか!?」
「カナリーでいいぞ。僕もキキョウと呼ばせてもらう。侮辱じゃない。実力は先刻確かめさせてもらったからな。人は見かけで判断出来ないという事を言いたかったのだ」
「な、ならばよいのだ」
尻尾を揺らしながら、キキョウは何度も頷いた。
「何でお前が照れてるんだよ、おい」
突っ込むシルバを、カナリーは上から下まで眺めた。
「もう少し派手なら、人目も引けるだろうに。髪を虹色に染めるとか、その服を金ラメのするとかどうだ」
「ライオンのたてがみやクジャクの羽じゃあるまいし、そんな威嚇作ってどうする!? 正気で言ってるなら、美的センスを疑うぞ!?」
「残念だ……いいアイデアだと思うんだがなぁ」
「……お前の服が派手な理由が、何となく分かった気がする」
頬を引きつらせるシルバに、カナリーは自分の白地に赤金の刺繍が入ったマントをつまんでみせた。
「これでも、抑えているんだが?」
「それで!?」
一方、紫の着物姿のキキョウは、小さく手を挙げて提案してみる。
「そ、某としては、シルバ殿に着物というのも悪くないと思うのだがどうか。男用の巫女装束とか、どうだろう」
「だから目立つ方向に持って行くなっ!」
「とまれ、ロックール、いやシルバ。話を聞くと、君のパーティーにまだ空きはあるのだな」
「ああ、魔法使いと盗賊がな」
大体、話の流れが読めてきたシルバだった。
「ならば恩返しが出来そうだ。僕でよければ、力を貸そう」
予想通りの言葉に、シルバはにやっと笑って見せた。
「実力は先刻確かめたし?」
「眼鏡に適ったかな? 後は種族的な問題だが……二人の組み合わせから見ると、混在と見ていいんだな?」
シルバはキキョウと顔を見合わせた。
「その点は問題ないなぁ、シルバ殿」
「確かに。鬼に{動く鎧/リビングメイル}もいる事だし。人間俺だけっていうのも、改めて考えると、何かすごいパーティーだな」
ううむ、と思わず唸ってしまう。
「念のため確認しておきたいのだが、パーティーを作るという事は当然{墜落殿/フォーリウム}を目指すと解釈していいんだな」
カナリーの問いに、二人は同時に頷いた。
「当然」
「うむ」
「なら、残る二人とやらの面談か」
そもそもこの都市・アーミゼストは、太古の時代に逆さまに落下したと言われる天空都市の探索の為、集まった冒険者達によって作られた。
魔王を倒す事の出来ると言われる、古代王の剣を回収し、前線に届ける事がその目的なのだ。……もちろん副次的に生じる利益や、己の腕試しの為といった違う目的の者もいる。
が、それでも主役は、{墜落殿/フォーリウム}と言ってもいい。魔物達が跳梁跋扈する危険な迷宮に踏み込むには、戦力の足りないシルバ達はまだ、そこに足を踏み入れる事すら、難しい状況にある。
「あ、カナリーよ。二つ気になってた事があるんだけど」
ふと、シルバは思い出した。
「何だ?」
「いや、お前さん、吸血鬼だよな? 昼の性能はどうなんだ?」
「……それか。うん、そこは僕にとっても悩み所だな」
吸血鬼には二種類存在する。
先天的な吸血鬼と、それらに噛まれる事によって生まれる後天的な吸血鬼だ。
吸血鬼は太陽に弱く、格の低い者ならば、その光を浴びただけで消滅する。
昼間でも歩けるというカナリーは、その格からおそらく生粋の吸血鬼なのは間違いないだろうが、それでも昼間に弱いのは間違いない。
少なくとも、剣の腕は素人もいい所だった。
「いわゆるへっぽこか」
キキョウの言葉に、カナリーは顔を真っ赤にした。
「し、失礼な! ちょっとうっかりするぐらいだ。体力も魔力もガクンと下がるし、う、運動神経だってよろしくはないが……」
どんどん声がしぼんでいく。
「ないが?」
「やる気はある!」
断言した。
その点は異存のないシルバだ。
「ちなみに冒険者としてのレベルは?」
「……ランク1だ。実技と筆記はどうにでもなるが、実績が足りなくてな。レベルが取れないんだ」
気まずそうに俯き、カナリーはシルバを見た。
「駄目か?」
それにはまだ答えず、キキョウに尋ねてみる。
「キキョウはどう思う?」
「某は、よいのではないかと思う。昼はともかく、夜のあの力は捨てがたい。それに迷宮というのは基本屋内であろう? ならば、太陽の下よりはマシなのではないだろうか」
キキョウの答えは、シルバが考えているのと似たようなモノだった。
「あ、ああ、それはもちろんだ」
なら問題ないかなと思う、シルバだった。
「某は賛成でいい。あとは、シルバ殿とヒイロ、タイランの判断だ」
「ま、確かにあの攻撃力は捨て難い。俺も賛成で。ま-、あの二人なら大丈夫だと思うけどな」
「うむ」
「気になるもう一つは何だ」
大した事じゃないけどな、とシルバは答えた。
「赤と青の美女二人。ありゃ、カナリーの使い魔か」
「ああ、彼女達か。うん、そんな所だな。人形族だ」
「人形族? 何だ、それは?」
キキョウは知らないようなので、シルバが説明する。
「古代の魔法使いに作られた、{土人形/ゴーレム}の一種と考えるといい」
それに、カナリーが補足した。
「普段は僕の影の中に潜んでいる。赤がヴァーミィ、青がセルシアという。昼間の僕の護衛兼、人よけだ」
カナリーは、明後日の方角を向いた。
「……あれぐらいの『格』がないと、馴れ馴れしく近付いてくる鬱陶しい輩が多くてね」
「……分かる。分かるぞ、カナリー」
美形というのはこれはこれで、苦労があるらしかった。
「彼女達は昼間は影に出し入れが出来ない。だから、朝になる前に出しとかないと、その日は大変な事になる」
「そうか。なら、今出してくれ」
シルバがいうと、カナリーは少し驚いた。
「まだ、僕の実力を測るのか?」
「そうじゃない。後ろ」
言って、シルバは背後を指差した。
「後ろ……うわっ!?」
いつの間にか集まりつつある美女・美少女の群れに、カナリーが目を剥いた。もう夜も遅いのに、どこから出てきたのか、大通り狭しと広がっている。冒険者、夜商売の一般市民と区別はないが、その規模はちょっとした軍団だ。
「こ、これは……」
動揺する二人を見切るように、シルバは早足になった。
「お前ら二人が並んで歩くと、ちょっと洒落にならん」
というか、エーヴィの時と似たような視線が、やたら背中に感じられるシルバである。
「うわっ、ま、待ってくれシルバ殿っ!」
「そ、そうだ、薄情だぞ、シルバ! 仲間を見捨てるのか!?」
急いで駆け寄ってこようとするキキョウとカナリー。
それを、逃げようとしていると勘違いしたのか、女性達の集団が追いかけてこようとする。
「これに関しては、俺まで巻き込むんじゃないっ!」
いよいよ早足から駆け足に速度を変えながら、シルバは少し憂鬱になった。
「……つーか、早急に盗賊決めないと、マズイ事になりそうだな」
二人を目当てに、頼んでもないのに女性の参加希望者が殺到してきそうな予感がするのだった。