最初に作ってたプロットから後半大きく変更した為、更新の時間が遅れました。
本来がどういう話だったかは、本文途中のシルバ・キキョウによる精神共有コントから察して下さい。
今回はまた賛否両論あるだろなーと思いますが、どうぞよろしくお願いします。
学習院からかなり離れた、割と大きめの酒場。
冒険者達で混雑する、そんな店に四人は入った。
学習院の理事に叔父がいるというカナリーが、使いの者に騒動後始末の手紙を託し、戻ってきた。
何故か、カナリーは壁に引っ付く形で造られた長椅子に腰掛ける、シルバの左隣に座った。
「……何だ、この席の並び?」
ちなみに右隣はメニューを眺めているキキョウだ。
四人席であるにも関わらず、3対1という構図になっていた。
「仕方がないだろう。敵と味方がよく分からないんだから」
小声で、カナリーが囁く。 さすがに彼も、もはやエーヴィが見た目通りの大人しい女性とは、思わないらしかった。
「某はシルバ殿の味方だぞ?」
メニューから目を離さないまま、同じようにキキョウも呟く。
すると、正面のエーヴィがキッとシルバをにらみ付けた。
「ロックールさん、ナツメさんから離れてください!」
「いや、どう見ても今身を寄せたの、キキョウの方だよね!?」
しかし彼女はシルバの抗議を無視して、今度はカナリーの方を向いた。
「それで……一体、何故、ナツメさんがこんなボロボロになっているのか、説明してもらえますよね、ホルスティン先輩」
「え? や、やっぱり、僕が説明するのか?」
カナリーが戸惑うように、シルバ達を見た。
「俺達としては、サッパリ話が見えないんだが。まず、俺が襲われた理由を知る為にも、二人のどちらかには話してもらいたいな」
「まったくだ。ところでシルバ殿。このバナナチョコクレープパフェというのを注文してもよいかな?」
キキョウは真剣な顔をシルバに向けると、メニューの一点を指差した。
「キキョウ、お前も空気読め」
「うむ。では、某はこれにしよう。あとイチゴセーキだ」
「俺は香茶とフライ定食」
とりあえず、シルバも注文する事にした。ウェイトレスを呼ぶ為、軽く手を挙げる。
「ロックール。君も空気を読め」
苦い顔をするカナリーに、シルバはジト目を向けた。
「腹減ってるんだよ。余計な運動したから」
注文を終え、カナリーの説明が始まった。
それほど難しい話でもない。
呼び方からも分かる通り、カナリーとエーヴィは先輩後輩の仲なのだという。
特に親しい間柄、というほどではないが、基本的にカナリーは面倒見がいい性格らしく、沈んだ様子をしていたエーヴィに相談に乗って欲しいと言われ、授業が終わってから時間を作った。
そして、食堂の隅でエーヴィの話を聞いてみると、これが実に由々しき事態だった。
卑劣な男に脅迫され、無理矢理肉体関係をもたされている、などという話を聞かされ、カナリーは黙っていられる性格ではない。
即刻その男を締め上げようとした所、相手は同じ学習院に所属しており、運良くキャンパスで見つけたという次第だった。
つまりその男というのが、シルバである。
もちろん、シルバには一切、身に覚えのない話だった。
しかも、キキョウが話に入る余地がまったくない。何故、彼女が怒っているのか、今の話ではまるで分からない。
いや、何となく予想は出来るのだが……。
微かに頭痛を憶えながら、シルバはテーブルを指で叩いた。
「ちょっと話を整理してみよう。ホルスティンは、ブラントさんから俺が鬼畜だという話を聞き、成敗しに来た」
「うん。悩みがあると言うから聞いてみたら、そんな内容だった」
ずいぶん短気な奴だな、とシルバは思った。
「しかし、俺にはまったく身に覚えがない」
「それを証明出来るか」
「むしろ、彼女の告発以外に、明確な証拠はないのか? 何回も関係を強要したと言うが、その具体的な時期を教えてくれ。俺はその時のアリバイを証明しよう」
「……という事だが、ブラント君?」
カナリーが、エーヴィに尋ねた。
「そんな事は、もうどうでもいいんです」
「何!?」
アレだけの騒動を起こしておいて、余りと言えばあまりな言い分だった。
さすがに、カナリーも絶句したようだった。
「それよりも、ナツメさんが怪我をした事が、わたしにとっては重要なんです!」
エーヴィは、キキョウの方を向くと、一転して心配そうな表情をした。
「大丈夫でしたか、ナツメさん」
「う、うむ。シルバ殿に治療してもらったし、大したダメージはない」
シルバは彼女から目を離さず、カナリーの脇腹を肘で小突いた。
「……おい、ホルスティン」
「……ああ、ロックール。多分、同じ事を考えている。だが、動機は何だ?」
ヒソヒソと、話し合う。
「そりゃ俺が排除されて、彼女に得があるんだろ? そしてキキョウが傷を負った事で、彼女は怒っている。まあ、学習院の時点で薄々気付いていたけど、彼女の真の目的は俺じゃない」
シルバとカナリーの視線が、同時にキキョウに向けられた。
「某か!?」
「貴方さえいなければ、ナツメさんは解放されるんです。早くパーティーを解消して下さい」
エーヴィの糾弾が、シルバの推測を裏付けていた。
が、もちろんそんな事で、納得するシルバではなかった。
「……いや、キキョウの意志はどうなるんだ?」
「そんなのわたしと同じに決まってます。パーティーが解消されれば、一緒にいる時間が増えるんですから、嬉しいに決まっているじゃないですか」
エーヴィは断言した。
そんな彼女の様子に、不意にシルバは背筋に寒気が走った。
大人しそうな外見に騙されてはいけない。
目の前の女性は、下手なモンスターよりもよっぽど厄介な存在だ、と本能が告げていた。
「……キキョウ、ホルスティン。俺は今、この場から猛烈に逃げたい気分なんだが」
自分一人なら、即刻席を立っている所である。
「奇遇であるな。某も同じだ」
「全く同感だ。こんな茶番に付き合ってはいられない」
しかし、ここでケリをつけないと、いつまでもしつこく付きまとわれそうでもある。
逃げ腰になる自分の心を奮い立たせ、シルバは何だか妙にどんよりとした瞳をした、エーヴィを見据えた。
「そもそも、ブラントさんはキキョウの何な訳?」
「決まっているじゃないですか。彼女です」
「違っ……!?」
キキョウは涙目でシルバの袖を掴み、必死に首を振った。尻尾がピンと立ち、総毛立ってもいた。
カナリーも動揺で、身を乗り出していた。
「つ、付き合ってたのか!?」
「そうです。一緒に買い物にしたりしましたし」
そうなのか? とシルバが尋ねると、キキョウはシルバの腕にしがみついたまま、彼女に尋ねた。
「そ、それは、酒場の買い出しの事ではないのか?」
「よくお話もしますし」
「そ、それは、同僚だから当然であろう……?」
「一緒に帰った事だってあります」
「帰りを送った事は一度もなかったはずだが……す、すまぬが、それに関しては全く身に覚えがないぞ?」
「やだな、わたしのじゃありません。ナツメさんの帰りですよ。早朝の。ちょっと距離おいてますけど」
あまりにも二人の間の認識に齟齬があるなと感想を抱き、思わずシルバは口を挟んでいた。
「距離ってどれぐらい?」
「たいした距離じゃないですよ。私とナツメさんは、心と心が通じ合っているんですから、50メルト程度、問題じゃありません」
突然、カナリーが立ち上がった。
「ロックール、悪いが僕はこれで失礼させてもらう。詫びは後日、改めてと言うことでよろしく頼む」
ポケットから取り出したハンカチで汗を拭う彼の腕をつかみ、シルバはカナリーの逃走を封じた。
「待て。お前も当事者だ。ここで逃げるなんて許さん」
そういうシルバ自身も、背中から嫌な汗が流れているのを自覚していた。
下手をすれば、カナリーの{生命力吸収/エナジードレイン}を喰らいかねないが、むしろ望む所だった。いっそ、気絶したいぐらいである。
「離してくれ。こんなサイコサスペンスに僕を付き合わせるな」
「断る。こういうのを死なばもろともって言うんだ。旅は道連れともな」
「とにかく、ホルスティン先輩は、ナツメさんを傷つけた事を謝って下さい! それからロックールさんはさっさとパーティーを解散させてくれないと、わたし達、困るんです」
一括りにされてしまい、さすがにキキョウも黙っている訳にはいかないようだった。
「……いや、困るのは、ブラント嬢だけであろう。某はパーティーを抜ける気はない」
「ナツメさんは騙されているんですよ!」
「騙されていない! そもそも、ブラント嬢は単なる同僚以外の何者でもないではないか!」
「……ナツメさん、可哀想。すっかり洗脳されちゃってるんですね」
哀れむように、エーヴィはキキョウを見た。
「シルバ殿……助けてくれ」
キキョウは途方に暮れたような声を上げた。
「……むしろそりゃ、こっちの台詞だ」
何と言う事、一番の当事者はシルバなどではなく、キキョウだったのだ。
その時、ちょうど注文の料理が届いたので、話は中断となった。
(何とも厄介な話だよなぁ、キキョウ)
シルバは香茶を飲みながら、精神共有を使ってキキョウにぼやいた。
(……すまぬ)
キキョウが悄然と項垂れる。
しかし、そのままパフェを食べる手は休めないのだから、器用な話だ。
(別にお前のせいでもないだろ。こんな酷い話、初めてだし……まあ、手がない訳でもないんだけど)
(本当か!?)
(うん。まず、根本的な問題ってのが分かりやすい。つまり、彼女は自分がキキョウと付き合っているという妄想の中にいる。だから、その妄想をぶち壊せばいい)
ちぎったパンをスープに浸しながら、シルバは心の中で答える。
(……例えば、某が誰かと付き合っていると嘘をつく、とか?)
(その通り)
(だがシルバ殿、今度は某の相手役になる娘に災難が降り掛かるだけではないか)
(いや? そうでもないぞ。相手は別に女である必要はない。例えば相手を男にすれば、もしかしたらブラントさんはお前を嫌ってくれるかも知れない。まあ、この場合は俺かカナリーが適当だが)
(――それで行こう、シルバ殿。是非それで頼む)
決断早っ!?
(問題点がないでもないんだ。つまり今後、俺とキキョウが周囲から、そういう好奇の目で見られるっていう……)
(某は一行に構わぬ。むしろ望む所)
(うぉいっ!?)
「……さっきから、何故、黙っているんですか?」
訝しげな視線を、シルバとキキョウに向ける、エーヴィ。
(……さっきの案は、それなりにリスクがある。という訳で、もう一つの方法で片を付けようと思う)
(うう……こういう事には某、とことん無力ですまぬ。よろしく頼む、シルバ殿)
(おっけー。任せろ)
シルバは精神共有を打ち切ると、大きく息を吐いた。
腹は、一応満たされた。
左隣を見ると、カナリーがまずそうに、赤ワインを舐めている。
萎えかけていた精神を奮い立たせ、姿勢を正した。
「ブラントさん」
カップを皿に戻し、シルバはテーブルに乗せた手を組んだ。
「何ですか?」
「まず、貴方はホルスティンに詫びるべきだ。彼がキキョウを傷つけたと主張しているが、そもそも種を巻いたのは貴方自身でしょう? 本来無関係の人間である彼を巻き込んだ非は、貴方にあります」
「それは……」
「第一、そんな卑劣な手段を使う人間を、キキョウは好みません」
「そうなんですか!?」
驚くエーヴィに、当たり前だろうとシルバは思ったが、表情には出さなかった。
「う、うむ。それは、当然だろう」
同じ思いらしく、キキョウも頷いた。
「……分かりました。その点については、謝ります。ホルスティン先輩、すみませんでした」
あっさりと、頭を下げるエーヴィだった。
「う、うん。分かってもらえればいい」
とはいえ、反省はしてないよなーと思う、シルバだった。
しかし、順序というのは大切で、一つずつ段階を踏んでいかなければならない。
ここからが、厄介な所だ。
「そして次に、君はキキョウとは付き合っていない」
「貴方が決めないで下さい!」
案の定、エーヴィはきつい目でシルバを睨んできた。
「……ブラント嬢にも決める資格があるとは思えぬがなぁ」
キキョウの疲れたようなぼやきは、彼女の耳に届かないようだ。
「色恋沙汰を他人が判断するのは難しいけど、聞いた限りではお二人が交際関係にあるとは到底思えません。そう思いませんか、ホルスティン」
突然話を振られ、カナリーはちょっと驚いた。
「ん? あ、ああ、そうだな。それは僕も同意しよう」
「何なら、学習院の友人達に聞いてみるといい。勤め先である酒場のマスターや常連客でも構わない。貴方のやっている事はただの付き纏いに過ぎません」
「違います! わたしはナツメさんと恋愛関係にあるんです!」
エーヴィが主張し、シルバはキキョウの脇腹を突いた。
一瞬驚いたキキョウだったが、すぐに頷いた。
「ブラント嬢、もう一度言うが某は貴方を同僚以上の存在と思った事はない」
「……っ!」
わずかに怯んだエーヴィは、次に標的をシルバに絞った。
「貴方が……! 貴方が余計な事を、ナツメさんに吹き込んでいるんです! そうに違いありません! どうしてわたし達の恋路を邪魔するんですか!」
「そりゃ当然だろう」
口調を戻し、シルバはエーヴィの目をジッと見た。
「キキョウは、ウチのパーティーの一員なんだから、守るのが俺の務め。こっちだって、アンタの身勝手な行動に迷惑してるんだ」
「っ……!」
「で、最後にもう一回尋ねるけど、どうしてもキキョウを諦める気はないんですね?」
「と、当然よ!」
エーヴィの肯定に、キキョウが心底うんざりした表情になった。
「キキョウの方は、付き合ってないと主張する。いいよな」
「もちろんだ」
「ではま」
テーブルの上の空になった皿を重ね、空いた場所に革袋を置く。
学習院の図書館で借りた書物だ。
「今度教会で、司教様の仕事の手伝いをちょっとする事になってさ。その勉強の為に借りたんだが……」
「と、突然、何ですか……」
怯むエーヴィに構わず、シルバは袋の中から分厚い本を取り出した。
「エーヴィ・ブラントさん。この都市の法廷が、どこにあるか知ってる?」
シルバは、革張りの『法律書』に手を叩き付けた。
「……今度から、喧嘩を売るなら相手を選んだ方がいい」
あと一回続きます。