翌日、シルバ達はテントをそのままに晴れた空の下、峡谷を進み始めた。
全員が空を飛べるならば、昨晩と同じ所まで進めるが、そうもいかない。
切り立った岩壁に挟まれた崖下を、一行は進む。
空からの襲撃を警戒していたが、幸い魔獣と呼ばれるようなモンスターは現れなかった。
時折、野生のモンスターを相手にしながら、彼らは最初の難関に辿り着いた。
「ここまでは問題なし、と……」
全員の傷の具合を確かめ、シルバは小さく息を吐いた。
そして、正面にある、ポッカリと大きな口を開けた洞窟を見上げた。
「ふむ……シルバ殿、ここは調べておらぬのだな?」
「……昨日の偵察でも、この辺だけが不安点だったんだよねぇ」
キキョウが首を傾げ、カナリーがやれやれと頭を振った。
「でも、ここを通り抜けなきゃ駄目なんでしょ?」
ヒイロは左右を見渡した。
少なくとも、ここまでは一本道だった。
崖の上を歩けばまた違うのかもしれないが、向こうは向こうで崖で道を塞がれる可能性があるのだ。こちらなら少なくとも落下の危険性はないし、どちらを選ぶかは好みによる。
「に……出口っぽい穴はむかい側にある」
リフが、洞窟の奥を指差す。
もっとも、向こうの出口はまるで見えない。
それが残念なのか、タイランが軽く肩を落とした。
「でも、それが、まっすぐ通じているとは限らない……ですか」
「ま、とにかく進もうか。松明は必要なさそうだ」
踏み込んでみると、天井にいくつか穴が開いており、中は太陽の光が差し込んでおり予想外に明るかった。
もっとも足下は完全に岩場となっていて、うっかり転ぶと手や足が傷だらけになってしまいそうだ。
洞窟は広く、全員が並んで歩けるほどの幅があったが、一応前衛と後衛に分かれる事にした。
墜落殿でのいつもの順列に加え、シーラは殿を務める事となる。
しばらく進むと、不意にキキョウの手がシルバの行く手を阻んだ。
「ストップだ、シルバ殿……何か、いる」
「……了解」
素直に足を止める。
そして前衛に立ったキキョウやヒイロが、武器を構えた。
敵の気配をシルバも探るが、サッパリ分からなかった。
「にぅ……敵の数がわからない」
「う、うむ……こういうケースは珍しい」
獣の感性を持つリフやキキョウでも探れないとは珍しい。
そんな事を考えていると、タイランが声を上げた。
「さ、左右です!」
気配を探るよりも、落ち着きなく周囲を見回していたのが逆に良かったらしい。
なるほど、岩肌をヌルリとした緑色をしたゼリー状の何かが何十体も蠢き、こちらと距離を詰めようとしていた。
グリーンゼリーと呼ばれるモンスターだ。下位モンスターであるブルーゼリーよりは体力や溶解力があるが、それでもシルバ達ならばさほど強敵と言うほどではない。
「不定形生物か……こういうのなら、僕の得意分野だね」
最初に攻撃を仕掛けたのは、カナリーだ。
指先に雷光が瞬き、それが迸ったかと思うと、グリーンゼリーの一体が煙を上げて消滅する。
「に!」
「僕も!」
リフの精霊砲やヒイロの気が放たれ、次々にグリーンゼリーを倒していく。
本来、この手の不定形生物には物理攻撃は通じにくい。
だが、キキョウの妖刀は、それを苦にせず、ゼリー達を切り裂いていった。
「ウチは、飛び道具の得意なのが多いなぁ……」
「で、ですね」
術が使えないシルバと、特に魔力を持たない斧槍を武器とするタイランは、する事がない。
「タイラン、通常の武器が利かないああいう相手には、油ぶっかけて火で退散させるのが定石だ。憶えておくといい」
「は、はい」
もっとも、シルバにしても本当に『何もしていない』訳ではなかった。
グリーンゼリーの一体が不気味に明滅を繰り返し、魔力が高まるのを察知する。
「っ……! みんな気を付けろ! 呪文使うぞコイツら! ただのグリーンゼリーじゃない!」
「む! 了解!」
クルッとUターンをして、武器を振り上げたヒイロがこっちに向かってくる。
その目が、グルグルと回っていた。
「って、敵はあっちだヒイロ! ええい、相変わらず精神攻撃には弱いなお前!」
シルバが懐を叩くと、肩の上に半透明のちびネイトが現れた。
「うむ、任せろ」
悪魔であり、同時に霊獣・獏でもあるネイトが、ヒイロの催眠状態を一気に解く。
「ふぁ!?」
ハッと我に返ったヒイロが、目を瞬かせた。
「気がついたか? 攻撃対象向こうだから。催眠系の攻撃には注意しろよ」
「ら、らじゃ!」
今のはちょっと危なかったな、とシルバは軽く息を吐いた。
グリーンゼリーは、溶解液での攻撃、もしくは身体を固めての殴打が基本攻撃だ。
呪文を使うタイプなんて聞いた事がない。
モンスターを倒しながら、洞窟を前進する。
やがて、先に出口とおぼしきモノが見え始めた時だった。
行く手を阻んだのは、七人の人影だった。
鮮やかな緑色の身体で構成された、シルバ達そっくりのグリーンゼリー達だった。
彼らの前衛がまず、飛びかかってきた。
「……次は物真似。なかなか芸達者な相手だね」
「まったくだ!」
カナリーに同意しながら、キキョウは自分そっくりのグリーンゼリーと刃を交わらせる。
一瞬の激突後、表情のない偽キキョウは即座にカナリーと距離を取った。
その速度は、本物と寸分違わぬモノであった。
「スピードでも対抗するのか……」
それはヒイロやタイランの偽者も、ほぼ変わらない。
シルバは少し考え、そして判断した。
「自分と同じ相手とやり合うな! キキョウなら偽のヒイロやタイランを相手にしてくれ!」
「承知!」
キキョウは即座に相手を切り替えた。
そして本物のヒイロとタイランが、偽者のキキョウを相手にする。
敵の後衛はといえば、問題外だった。
「あっちの偽リフは、カナリーが広範囲魔法で攻撃。姿は真似てるけど、魔法を使えるほどの知力はないようだ。それに何だかんだで体力も低いから、それでいける」
「了解。それで、向こうの僕の相手は誰になるのかな?」
「にぅ!」
カナリーの雷撃が偽のリフを融かし、リフが放った精霊砲は呪文を唱える真似をしていた偽カナリーを粉砕した。
「……自分そっくりの敵がやられるって言うのも、複雑な心境だね」
ヒクッと顔を引きつらせるカナリーであった。
向こうは殿にいた偽のシーラが飛び出したが、既にゼリー達の前衛を倒し終えた本物のキキョウら三人がかりでの攻撃に、あっさりと斬り伏せられてしまっていた。
「残るは『俺』だけか」
偽シルバは印を切っているが、その力が発揮される事はない。
「……向こうもすごく困っているみたいだね」
カナリーが何とも言えない、苦笑を浮かべる。
「ああ。まともな攻撃と言えば、多分針ぐらいしかないと思うしな。それも外見だけの物真似じゃ、使えるかどうか。回復が本当に使えるなら、話は別なんだけど」
「印や呪文の真似事をしているって事は、服装や戦い方で判断しているって事かな?」
「……だとしても、色々悲しすぎるだろ、あれ」
しかも自分と同じ姿ならば尚更だ。
「主」
後ろにいたシーラが、声を出した。
「何だ?」
「主の偽者を倒す許可を」
そう言えば今回、ほとんど出番のないシーラである。
「許可する」
「了解」
両足から放った衝撃波で加速したシーラは一気にキキョウらを抜き去ると、そのまま金棒で偽シルバを頭から粉砕した。
「うおっ!?」
な、なるほど、カナリーの言う通り、これは結構衝撃的なモノがあった。
「……その、シーラ、もう少し遠慮というか加減というモノをせぬか?」
キキョウも顔を引きつらせながら、遠慮がちに言った。
洞窟から出て、うーん、とヒイロは伸びをした。
「ちょっとビックリしたけど、何とか出れたね」
もっとも、シルバは楽観視出来ないのを知っていた。
「そうなんだが……あと二つもあるんだよな、こういう洞窟」
「さっきのスライムみたいなの?」
「……だけならいいんだけどな」
――そして、シルバのその予感は的中する。
※そして次回も洞窟のターンです。