「おおおおお!!」
森の深くに踏み込んだカナリーは、興奮に大きな声を上げた。
一方、シルバは昂るカナリーの分だけ、冷静だった。
「カナリー、静かに」
「い、いやだがシルバ! これが興奮せずにいられようか! 宝! 宝の山だぞここは!」
ここは、クォツからの手紙にあった、薬草が採れる山の中。
シルバ、カナリー、リフ、それにネイト、カナリーの二人の従者といった面々は、必要な野草や地衣類の採取に訪れていた(前衛はいつものように狩猟に向かった)。
薄い靄としっとりとした空気に満たされたその土地は、大声を上げるのも憚られる気がした。
「……落ち着けって。カナリー、モース霊山の逸話を知らない訳じゃねーだろ」
山を訪れた欲深き狩人は、剣牙虎に取って喰われると言われている。
「に。必要いじょうのモノ取るの、よくない」
その剣牙虎の娘が頷くと、説得力も増すというモノだ。
リフの先導で、シルバ達は目当ての材料を求めて前に進む。
「山と森の恵みに感謝して、ポーションの材料だけもらっていくぞ」
「ぬううぅぅ……シルバ、君、欲がないね」
「あのね、俺の職業を何だと思ってんだよ? 欲望を制御出来なくて、何が聖職者か」
「前回、欲望全開の司祭長を見た気がするんだけど」
それを言われると、なかなかにきついシルバである。
「……人間だからな、うん」
難しい顔をするシルバの肩に、ひょいとちびネイトが出現した。
「下手に欲をかくと、ああいう風になるぞ、カナリー」
「うん?」
ネイトが指差した先には、ボロボロの狩猟服を着た白骨死体が転がっていた。
右足には蔓が巻き付いており、左足はありえない角度に折れていた。
視界を凝らすと、そうした死体は他にもあちこちに見受けられた。
「なるほど。しかし誰がこんな目に遭わせたんだ?」
「さて。ただ、ここでは心の乱れが大きくなっているのは確かだな」
視線を前に戻すと、いつの間にかリフがいない。
と思ったら、脇から姿を現わし、手に持ったザルには苔の類を積んでいた。
「に。お兄、これ」
「おお、よくやった。ってか一番働いているのが一番の年少者ってどういう事よ、おい!?」
シルバも慌てて、目的の薬草類を探し始める。
「はいはい、働きますとも。ヴァーミィは薬草、セルシアは鉱物の採取よろしく」
カナリーがパンパンと手を叩くと、赤と青の二人の従者が動いた。
「って、手抜くなよ!?」
「搾取側の人間としては、効率を重んじるのさ」
「……ま、そういうのも有りちゃー有りか」
ヴァーミィとセルシアにしても、タダで動いている訳ではない。カナリーの魔力供給を活動の源にしている以上、文字通りカナリーの手足である。
「しかし、実に勿体ない。これだけあれば、新しい薬も沢山作れるというのに」
二人の主であるカナリーは、まだボヤいていた。
「未練だ、カナリー。俺達は前失った分の補充に来たんだから、それだけにしとけ。俺だって、欲しいモノがない訳じゃないけど、我慢してるんだし」
「と言うと?」
シルバは、白い靄に遮られた空を見上げた。
「出来れば飛び道具かねぇ。ま、どっちにしても扱える奴がいないんだけど」
「飛び道具? 何でまた」
「野菜もらった村で、峡谷に魔獣がいるって言ってたろ。その内の一体が空を飛ぶっぽいし、それ対策かなってネイト何してる」
何やらチョロチョロしているかと思ったら、彼女は土に半ば下半身を埋もれてさせている、白骨死体を調べていた。
「飛び道具だろう? 探しているのだよ」
ちびネイトが魔力で葉っぱを払うと、そこには弓筒があった。
「おい、白骨死体からか」
「森の恵みとは別だし、問題はないと思われる。むしろ、鉄の類を持ち去るのは、悪い事じゃないと思うんだ。どうだろう、リフ君」
「に。いいと思う」
採取の手を休めないまま、リフも返事をした。
そう言われると、シルバとしても本業を思い出さざるを得ない。
「ふぅむ。それじゃ、俺は司祭らしく埋葬の用意でもしとくかな。目についた範囲だけだけど」
幸い、土を掘るのは霊穴に針で打てば事足りる。
「……僕ら、薬草の採取に来たんだよね、確か」
「けど、空を飛ぶ相手なら、順当に考えて僕とヒイロだと思うんだけど、その辺どう思ってるんだい?」
簡易埋葬を済ませたシルバの背に、カナリーが声を掛けてきた。
首だけ振り返り、シルバは彼女を見る。
「今、飛べるかカナリー?」
「あはは、今は昼間だよ、シルバ。それはちょっと……難し……」
笑っていたカナリーの言葉が尻すぼみになった。
昼間のカナリーの力は、相当に制約されている。
魔術はまあ使えるにしても、吸血鬼としての能力はほぼ封じられていると言ってもいい。日の当たらない屋内ならシルバの血を飲む事で一時的な底上げも可能かもしれないが、相手が鳥となると、当然空の下である。
「そういう事。ヒイロだって、あの浮遊板があるって言っても、本来の使い方とは明らかに違うだろうし、充分に力を発揮出来るって訳じゃないだろ。さてどうするかって所でね」
「なるほどね。夜目が利かない鳥目に期待して、夜に行動するっていうのは? 僕達の今回の目的は、モンスターの討伐じゃないはずだ」
戦いを避けるというのも一つの手、とカナリーは案を提示する。
「うん、確かに闇夜に紛れてってのは手か。俺が一番足手まといになりそうだけど。ま、昼間戦力になってくれそうなのも、一人いる事はいるが……っと、結構集まったな」
野草、地衣類、鉱物の他、ついでにかき集めた武器類もかなりの量になっていた。
「にぅ……弓矢がほとんど。あと杖と……長い銃?」
「……まあ、戦士よりも、魔術師や狩猟者が多いのは当然だろ。けど、ちょっと多すぎるな」
持って戻るのも、一苦労になりそうだ。
こういう時、タイランがいればな、と思うシルバだった。
「心配無用。ヴァーミィ、セルシア運搬だ」
カナリーが指を鳴らすと、二人の従者は無表情にそれらを抱え上げた。
「ま、全部は持たなくていい。いくらかは俺が持とう」
とりあえず重そうな武器の方を、シルバが半分受け持った。
ヴァーミィとセルシアは、小さく頭を下げる。
「……君は、天然でそういう事をするから」
重そうに銃器を抱えるシルバに、カナリーは軽く溜め息をついた。
「に。リフもてつだう」
「はいはい、僕もやるよやりますよ」
リフとカナリーも、材料を抱える。
「ならば、私も……と言いたいところだが、ほとんど持てないのが残念な身体だ」
札に封じ込められ、霊体に近い身体となっているネイトでは、シルバの掌に握れる程度の量が精一杯だった。
「ま、その辺はやる気の問題だから、いいんじゃねーの」
「おお、シルバに褒められた。やはり尽くす女が受けがいいな」
「……お前はそれさえ言わなきゃ、大分マシなんだがな」
一行はそのままUターンせず、リフの勧めで奥に進む事になった。
「どこに行くんだい、リフ」
「木々に感謝のおいのり」
言って立ち止まったそこには、他の木々より二回りも太い大樹があった。
シルバもそれを見上げる。
「ここのボスか」
ただの大樹じゃないのは、気配で分かった。
こちらが見上げているのを、向こうは穏やかに見下ろしている。
「……前に、敵対した身としては、実に複雑な気分だ」
第三層での戦いを思い出したのか、カナリーは肩を竦めながら苦笑した。
「よくない魔力に染まってないから、こりゃいい霊樹だよ」
シルバはそのまま、ゴドー聖教式の印を切った。
「で、僕はどういう祈り方をすればいいんだろう。ゴドー式はちょっと」
「に。こうやって、手を合わせる」
荷物を地面に下ろしたリフは、手を二回叩いて黙祷した。
「父が喜びそうなやり方だね」
特に反対する理由もなかったので、カナリーと従者達もそれに倣った。
※次回、ポーション精製。
引き続き、後衛メインなお話です。
今回のエピソードは、これで終了予定。