「何でメイド服っ!!」
ここはストア研究室。
書類の山の通路を潜ったシルバは、シーラの姿を見てすかさず突っ込んだ。
言われた当の本人は、伸ばしっぱなしだった長い黒髪を後ろで一本に纏め、フリルのついた紺色のエプロンドレスを着用し、一見すると立派なメイドの姿になっていた。
「先生から、ここの制服と聞いた」
「よく似合うでしょう、ロッ君……痛いでふよ、ロッ君。頬っぺたふねらないれくらはい」
師匠である白い司教ストア・カプリスの両頬を指で引き延ばしながら、シルバは師弟の上下関係をかなぐり捨てて彼女を問い詰めた。
「……いつの間に、メイド服がこの研究室の制服になったんですか? 何時何分何十秒に!? これまで、そんなモノ全くなかったでしょうが……っ!」
「分はりまひた」
「諦めてくれましたか」
シルバは、ストアの頬から指を離した。
ストアは相変わらず、柔らかい笑みを浮かべながら、人差し指を立てる。
「ロッ君の分も用意します」
「そっち方向に理解を求めてくれなんて頼んでませんよ!?」
「大丈夫ですよ。ちゃんと燕尾服を買ってきますから」
「執事になるとかそういう話でなくて!」
「でもロッ君、元々、そういう感じの仕事ですよね?」
「先生、燕尾服でしたら僕の家にありますよ?」
シーラから香茶を受け取り、カナリーが言う。
「まあ、助かります、カナリーさん」
「助かりません!」
シルバのツッコミは休まる事を知らない。
一方、キキョウは顔の下半分を押さえていた。
「わあっ! キキョウさんが鼻血を! えっと、タオルタオル……」
「だ、大丈夫だ。ちょっとシルバ殿の執事姿を想像しただけで……」
慌てるヒイロをキキョウは、手で制する。
「阿鼻叫喚だなまったく!?」
何とか静かなのは、ソファに縮こまっているタイランと、ふーふーと香茶を冷ましているリフぐらいのモノだった。
「そ、そろそろ真面目な話に移りませんか、皆さん」
「に」
二人の言葉に、ようやく場の空気が鎮まっていく。
「……よかった、まともに纏めようとしてくれる奴がいてくれて」
そしてシルバは、テーブルに突っ伏しながら冒険者ギルドであった事を話した。
「……ま、道理で道中もあんにゃろめ余裕だった訳ですよ」
「に……お兄、元気だす」
シルバの背中を、ポンポンとリフが叩いた。
「おー……」
「大丈夫ですよ。冒険者ギルドの方でもちゃんと調査するって言ってくれていたんですよね」
ストアはそう言いながら、香茶のおかわりをシーラに注文した。
「とても、ちゃんとやってくれそうには見えなかったけどなー」
事務方は、訪れる冒険者達の対応に追われていたようだし、とシルバは思い返す。
「見えては困りますよ。ギルド事務でのこういう作業はロッ君のお仕事と同じで、裏でやるのが常ですからね。それにロッ君だって今日明日に結果が出るような問題じゃないって、分かっていますよね」
シーラから、ストアはティーカップを受け取る。
「ま、そーなんですけどね」
要するに八つ当たりなのだ、という事は自覚しているシルバであった。
「私の方からも、ギルドマスターに言っておきますよ」
「よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いされました」
さて、とシルバは身を起こして、パーティーのメンバーを見回した。
ここからは、自分の話となる。
「……んじゃま、気を取り直して今後の話。この呪いの件だ」
シルバは、自分の左手首を見せた。
複雑な文様の刺青が腕に巻き付いたままだ。これによって、シルバは今、祝福魔法を使えないでいる。
アーミゼストに戻り、真っ先にストアに解呪を頼んでみたが、古代の呪術であり、よく分からないというのが結論だった。
だが、それでもシルバは諦めていない。
「ぶっちゃけた話、治す方法はいくつかある。その最たるモノは、術者であるボルドウという人造人間を倒す事だが……」
シーラを見ると、彼女は小さく頷き、皆に言った。
「正確には、ボルドウの主の力が必要。そしてその主はおそらく死んでいる」
ちびネイトが同意する。
「ふむ、大昔の人間なら、無理はないな。資料も望み薄と来ている」
やれやれ、とカナリーは天井を仰いだ。
「駄目元で、その第六層に望みを賭けてみるのもありといえばありか。しかし、その為にはシルバの戦力が必須。そのシルバの戦力を取り戻す為に第六層に向かう訳だから、本末転倒ここに極まれりと言った所だね。他に手はないのかい、シルバ」
「ある」
あっさりと、シルバは断言した。
「どんな?」
「ルベラント聖王国の教皇猊下に、直々に呪いを解いてもらう。解呪出来る可能性としては、かなり高い手だと思う。その類の資料に関してなら、ここよりもずっと豊富だしな」
「ここでも結構、沢山あるんですよ?」
「いや、先生対抗意識燃やさなくてもいいですから。向こう、大図書館クラスだし、研究室や教会の書庫の広さと比較されても」
シルバとストアが揉めていると、タイランが口を挟んだ。
「で、でも、そんな簡単に、会える人なんですか? とても偉い人なんですよね?」
当然の疑問だ。
「もちろん、そこが問題と言えば問題なんだけど……」
「私が紹介状を書きますよ」
ストアが言い、さらにシルバの肩の上で、むん、とネイトがあまりあるとは言えない胸を張った。
「それに、僕が暴れるぞって脅すという手もある」
「やめい」
指で弾こうとするシルバから、ネイトは軽快なステップで逃れる。
ふぅむ、とキキョウは腕を組んで、唸った。
「そういえばネイトが教皇……猊下とやらに会ったと、先日話をしていたな。なるほど、悪魔であるお主をその札に封じるほどの力の持ち主ならばあるいは、か」
「そういう事。もっとも先生の紹介状を持ってても、忙しい人だからなぁ。平の司祭の解呪の依頼なんて、どれぐらい待たされるのやら」
そこが、シルバにとっても悩ましい所である。
だが、それよりももっと重要な点があった。
「それとは別に、単純に距離の問題もあるんだ。このアーミゼストからだと、馬車を乗り継いでも相当に時間が掛かる。一週間二週間どころじゃない」
「……数ヶ月単位であるな」
「とすると、その間、このパーティーでの墜落殿探索は休業と言う事になる訳だよ。それで、リフ以外のみんなはどうするかっていう話になる」
「ちょ、ちょっと待ったシルバ殿! 何故にリフが除かれるのか!?」
身を乗り出すキキョウに、シルバとようやく冷めた香茶を飲んでいたリフは顔を見合わせた。
「や、だって……なぁ?」
リフは、首を傾げた。
「にぃ。リフはお兄のためにこのパーティーに入った。だからついてく」
「そ、それは某とて同じだ!」
「ちなみに僕はシルバの所有物なので、議論するのも馬鹿馬鹿しいという」
ふふふー、とシルバの肩の上で、ネイトが威張る。
「勝ち誇られたーっ!?」
続いて、ヒイロも手を上げる。
「ボクも全然オッケーだよ。古代王の剣ってのには興味があるけど、自分が強くなってナンボだからねー。他の国の強者と会うのも、これはこれで!」
言って、グッと拳を握りしめる。
その後ろで給仕をしていたシーラが動きを止め、微かに首を傾げた。
「古代王の剣……?」
「うん?」
「…………」
不思議そうに見上げるヒイロに構わず、シーラはしばらく無言で停止していた。
しかし、考える事ではないと判断したのか、再び活動を再開する。
シルバもちょっと気にはなったが、それより今は、皆の意思を聞くのを優先した。
「わ、私はこんな身体ですし……今の所は、皆さんと行動を共にするのが、その……ベストかなと」
というのが、タイランの主張であった。
彼女が言うと、ほんわかとした笑みで皆を見守っていたストアが、思い出したように両手を合わせた。
「あ、そうそうタイランさん。うっかり忘れるところでした」
「は、はい。何でしょうか?」
「お父さんからお手紙です」
言って、ポケットから一通の手紙を出す。
「はい!?」
思わずタイランは、身を乗り出していた。
人工精霊タイランを作り上げた錬金術師であるコラン・ハーベスタは、{彼女/タイラン}を軍から守る為、国から逃げ出した。
バラバラに逃亡した二人は離ればなれになっており、以来、行方は分からなかったのだが……。
「懐かしいですねえ。以前お会いした時は、偽名を使ってましたし、憶えていらっしゃらないかもしれませんけど」
懐かしそうに言う、ストアであった。
「今、ルベラント聖王国の大聖堂に匿われているみたいですよ。あ、それならその用件の時に、ロッ君も教皇猊下に頼んでみては如何でしょう」
「ねーねー、タイラン。お父さん何て?」
ヒイロが身を乗り出して、タイランの手元を覗き込もうとする。
「あ、えっと、その……こちらで元気にやっているっていうのと……それはいいんですけど……」
何故かタイランは、チラチラとシルバの様子を伺っていた。
「何だよ、タイラン」
「一ヶ月ほど前に、シトラン共和国で、シルバさんに、助けられたそうなんですけど……」
「……悪いけど、心当たり皆無だ」
ずいぶんと以前、シトラン共和国を訪れた事はあるが、いくら何でも一ヶ月前はない。
不思議に思っていると、ストアは少し楽しそうに、ポケットに手を入れた。
「そのロッ君にもお手紙です」
「誰から?」
「何と、シルバ・ロックール氏からです」
うふふ、と笑いながら、ストアはシルバに手紙を渡した。
「……何となく、誰の事か見当がついたような気がする」
自分の名前を騙って人助けをするような人間、シルバの知っている知人にもそう多くはなかった。
「誰?」
不思議そうなヒイロが顔を上げる。
「この呪いを解いてくれるアテの一つ。正直教皇猊下よりも頼りになるけど、どこにいるのか分からないのがネックでな……って、そういえばネイト。お前、会いに行ってたんじゃなかったっけか?」
手紙の封を切りながら、シルバは肩の上の悪魔を見た。
「ああ、東サフィーンで会った。とすると、東に向かっているのか」
「シトラン、サフィーンと考えると妥当だな。もし会えるとするならば、ジェントかモース霊山方面になるか」
とはいえ、この大陸のほぼ反対側だ。
さすがにその旅路はちょっと、時間的にも経済的にもきついし、シルバにも実行するつもりはない。
ともかく、手紙に目を通すシルバだった。
簡単な近況と、コラン・ハーヴェスタを助けた件、そしてそれによって今後起こる可能性のある事件について記されていた。
「もしかすると、命を狙われるかも知れないから……って、何だこりゃ」
「あ、その……部下だった人に父が追われていた時、シルバさんの名前を騙っちゃったからじゃないでしょうか」
タイランの言葉に、シルバは頭を抱えた。
「……俺の与り知らないところで、俺をトラブルに巻き込まないで欲しいんだが」
めげている場合じゃない、とシルバは無理矢理立ち直った。
「残るはカナリーだな」
「いや、もちろん付いていくよ?」
何を当たり前の事を、とカナリーは平然と香茶を口にしていた。
もちろんシルバとしては心強いが、それでも疑問は残る。
「でもお前、第六層で入手した情報の中には、魂魄炉の話もあっただろう。今はまだ情報だけとはいえ、第三層から第六層へのショートカットの道も拓かれた。研究室にとっては重要じゃないか?」
「重要さ。だからこそ、僕は君についていくんだよシルバ」
「どうしてそうなる」
普通は残る、という結論になると思うのだが。
「浮遊板の事は冒険者ギルドに報告したけど、シーラの事はまだ、話していないだろう?」
「正確には、ギルドマスターには私の方から話しておきましたけどね」
口を挟んだのは、ストアだ。
「そうですね。それでも、彼女の件はほぼ最高機密だ。自我を持った古代の人造人間なんて、今後、第六層で得られるかどうか分からない。違うかい」
シルバは、シーラを見た。
「難しいと思う。わたしの場合は、ネイトの干渉があって初めて、自分の意思で動けるようになった」
だろうね、とカナリーは肩を竦めた。
「第六層奥の魂魄炉の事は、僕以外でも出来る。けれど、シーラから得られる情報は僕にしか入手出来ない。というか、君について回るともれなくその悪運と共に、他にも色々貴重な知識が得られそうだしね。同行させてもらうよ、シルバ。もっとも、目的地であるルベラント聖王国じゃ、吸血鬼である僕はそもそも入る事すら難しいけれど」
「あー」
言われてみれば、そのまま退治されてもおかしくないような気がしないでもない。
中には物わかりのいい人もいるにはいるが、基本的に彼の国は魔族には厳しい。更に厄介な、人間至上主義者という者もいて、そういう手合いの場合は、キキョウやリフのような(厳密には違うが)獣人ですら忌避したりする。
シルバは、シーラを再び見た。
「シーラは、出来れば残って欲しい。例の石板の内容、ブルース先生なら言葉は分かるけど、意味の理解となるとやっぱり君の方が向いている。先生の指示に従ってもらえると助かる」
「了解した。なるべく急ぐ」
「頼む」
シルバが頷くと、リフが勢いよく手を上げた。
「に!」
「うん、リフ。何だ」
「せんせえの転送装置を使えばあっという間に着く!」
「転送装置?」
シルバを始め、全員の視線がストアに集中する。
ああ、とストアは手を打った。
「そういえば、それがありましたね。アレを使えば、ルベラントの大聖堂まで一瞬で送る事が可能です」
「今までの会話、全部ひっくり返したよこの人は!?」
「転送装置のある場所は都市郊外のなんかちっさい森で、モンスターもほとんどいない。距離は徒歩で二時間程度。向こうで泊まるとしてもまあ一日って所……こりゃスケジュール組むほどのモンじゃないなぁ」
という訳で研究室でのやり取りの翌日、シルバ達一行は、なだらかな丘陵を越え、その森を見下ろす位置に来ていた。
丘の上からでも、森の全容が見渡せる。
通り抜けるのに十分も掛からないだろう、そんな大きさだ。
メンバーはというと、今回の主役であるシルバとタイラン、何となく予定が空いていたストアが付き添いとなり、後は仔猫状態のリフとネイトという構成であった。
キキョウやカナリーにはそれぞれ、訓練や研究の方に回ってもらう事となった。
シーラも研究室で石板の内容を整理しており、何故かヒイロが手伝っている。仕事が終わってから、訓練してもらうつもりでいるのは明らかだ。
「……完全に冒険って雰囲気じゃないし」
「ピクニック……ですよねぇ」
ガションガションと、重い足音を鳴らすタイランはいつもの甲冑姿だが、他は揃って軽装だ。……まあ、{札/カード}であるネイトや仔猫状態のリフに、装備も何もないのだが。
ストアに到っては、手に大きなバスケットを持ち、鼻歌を歌っていた。
「そういえば、そろそろお昼ご飯の時間ですね。シートを広げましょうか」
「……少なくとも、先生は完全に、そのつもりでいるな」
「にぅ……」
シルバの懐から顔だけ出したリフが、小さく声を上げた。
丘の上にシートが広げられ、昼食を取る事となった。
ストアのバスケットの中身は案の定、サンドウィッチだった。
タイランは甲冑を脱ぎ、精霊状態でシートにちょこんと座る。
「こうなってくると、考えていたシルバのスキル代用案も無駄になるか」
シルバの頭の上にふよふよと浮かびながら、いつも通り金ボタンの黒詰め襟服を着ているネイトが言う。
「完全に上手くいけばな」
香茶の入ったコップを皆に配りながら、シルバが返す。
ふむ、とネイトがシルバの頭に乗った。
「教皇さんが、解呪出来なかった場合の事も考えないといけない訳だ」
「当然だろう」
「……あ、あの、司祭様と司教様が揃ってる状況で、その発言はちょっと、どうかと思うんですけど」
遠慮がちに、タイランがシルバとストアを交互に見ていた。
「んんー、タイランの意見はもっともだけど、冒険者的には別ってトコかなぁ。最悪の事を考えとくのは当然というか」
「つまり、ご飯とデザートは別腹、という事ですね、ロッ君」
「全然違います」
飲み物が全員に行き渡り、各々サンドウィッチを取り始めた。
「代用スキルって、どういうのがあったんですか?」
タイランの問いに、シルバは指を三本立てた。
「俺が戦闘時に主に使うのは、精神共有、{回復/ヒルタン}、{防御/ラシルド}の三つ。他にも色々とあるけど、頻用するのはこれらな訳だ」
はむ、と野菜サンドを口にするシルバ。
「んでまずは精神共有の話。代用出来るモノは、俺の思いつくので二つあって、一つはコイツを使う」
懐から『悪魔』のカードを取り出し、そこに魔力を込める。
「頼りにしてくれるとは嬉しいぞ、シルバ」
『にぅ……お魚サンドウィッチおいしい』
仔猫状態で尻尾をパタパタと揺らすリフの声が、脳裏に響いた。
それは、タイランにもちゃんと届いたようだ。
「あ、い、今、リフちゃんの声が聞こえました!」
『に?』
「心術の一種だ。っていうか元々、霊獣・獏はゴドー聖教の修練場で、精神共有や他、精神面での修業を手伝ってくれたりしてるんだよ」
「具体的には、悪夢や淫夢を見せて修行者の精神力を乱したりするんだ」
香茶を飲みながらシルバが解説し、それをネイトが補足する。
「昼夜問わずにな」
ふぅ……と、シルバは溜め息をついた。
その頭の上で、ネイトはストアから香茶を湛えた水筒の蓋を受け取る。
「未熟な者だと、朝方、とっても恥ずかしい事になる」
『に?』
「そういう事は言わなくてもいいんだよ。っていうか何でカードが飲み物を飲めるんだよ!?」
「細かい事を言うな」
騒ぐシルバとネイトを余所に、ストアがのんびりとビフテキサンドを頬張っていた。
「教会が、夢魔さんや淫魔さんにお手伝いを頼む訳にもいきませんからねぇ」
「あの、でもそれで通用するのなら、ひとまずは充分なんじゃないですか?」
タイランの疑問は、妥当なモノだった。
ひとまずネイトを押さえ、シルバはその疑問に答える事にした。
「んんー、そうなんだけど、やっぱり魔力の消費が俺自身が使うモノより激しいってのが一つ」
うん、とネイトも頷く。
「{札/カード}を媒介にしているからな。僕が何とかしてやりたい所だが、それも適わない身だ」
「もう一つはやっぱりその辺、ダイレクトにやれないとどうも勝手が違うというかな。基本、戦闘時にはみんなのポジションもイメージとして送ってるんだけど、それも現状、あまり上手くいかない」
「ああ……そこは重要ですね」
前線に立つ身であるタイランにも、理解出来たようだ。
後方からの、カナリーの雷撃支援やリフの精霊砲などは、シルバのパーティーでは合図なしで行なわれている。
射線上にいる前線の者は、シルバや撃ち手からの意識を直に受け取り、避難が可能なのだ。それが出来るのと出来ないのとでは、差が大きい。
「その辺は慣れの問題だろうな。僕を使っても、出来ない事じゃない」
そして、とシルバは指を一本立てた。
「もう一つは種。イルミっていう樹から取れる種にも、一定時間だが、精神共有と同じ効果がある」
『にぅ……でもそれ、うちの山じゃないと手に入らない』
リフの耳がションボリと下がった。それは、第六層から出た時、墜落殿の出口で待っていたリフの父・フィリオにも聞いた事だ。
リフの頭を指でわしゃわしゃと撫でながら、シルバは言葉を続けた。
「昔世話になってた木人の人が使ってたんだけどなー。っていうかむしろそれがあんまり便利だったから、俺も精神共有を取ったんだけど」
「そうなんですか……」
「でも、無いモノはしょうがないよなぁ」
『に。転送装置が使えるなら、お山にも行けばいい』
言いながら、リフはシルバの膝の上に乗ってきた。
「解呪が駄目だった場合な。あ、でもリフの里帰りにはいいかもしれないけど」
『にぃ……』
太陽の熱が心地いいのか、リフは膝の上で丸まり始めた。
「で回復方面は、薬の調合が最優先。材料に関しては、ウチは心配要らないのが強みだな」
「……にぅ」
頭を指でくすぐられながら、丸まっているリフは小さく声を上げる。
「ポーションの精製は、薬剤師ギルドじゃ基本中の基本って聞いてる。状態異常の治癒とかも、習っておいて損はないと思うんだ」
「そう、ですね。カナリーさんには、祝福魔法が逆に毒になりますから……」
「あと、タイランにもな。……針の方を真剣に学ぶとかなー。治療のツボとかあるらしいから」
甲冑に効果があるのかどうか自信がないが、治療術の幅が広がるのは悪い事ではないと、シルバは思う。現状のように、何かが封じられても他の何かで凌ぐ事が出来るからだ。
なんて事を考えていると、シルバの隣でストアが首を傾げた。
「それで、誰が針治療の実験台になるんですか?」
「唐突に黒い発言をしないで下さいよ、先生!? せめて練習に付き合ってくれる相手とか、もうちょっと言葉を濁しましょうよ!?」
「じゃあ、いけにぇ……」
シルバは片手で、師匠の口を塞いだ。
「ストップ! そ、それにした所で、杞憂になるかもしれない問題ですから……!」
「の、残っているのは防御面ですよね!」
「そ、そう、それだ。タイラン、ナイスフォロー」
「ど、どういたしまして」
ふむ、と何やらネイトが思いついたようだ。
「防御か。ならばシーラを前面に出して、動く壁にするというのはどうだろう」
「お前も酷いな!?」
「だが有効だとは思うぞ? 彼女の肉体は相当に頑健だ」
「迷宮での戦闘効率とかもあるけど、人数が多すぎても、管理に困るんだよ」
「シ、シルバさんの頭は一つしかないですから」
「そう、まさしくそれだ。精神共有でのやり取りにしたって万能じゃないんだから。まあ、これも針を使うのが現状では一番妥当なんだが」
シルバは分厚いサンドウィッチを固定する為の、小さい木串を摘んだ。
「あ、地面を持ち上げたりする奴ですね」
「うん。ただアレには一つ欠点があってだな。何か分かるか、タイラン」
うーん、とタイランは香茶を飲みながら、首を傾げた。
「……邪魔になりそう、ですか?」
「そ。勝手に消えてくれる訳じゃないし、視界も遮られる。そこら辺が、{大盾/ラシルド}と違う点なんだよ」
地面、すなわち土が持ち上がるのは、物理的な障壁としては申し分ない。
だがそれは味方の視線も塞がれ、さらにその後の行動の妨げにもなってしまう。
そこのところが厄介なのだ。
「一応、それを解消する手はあるんだけどな。んー、ちょっと立ってみようか、タイラン」
「は、はい」
シルバは、タイランに甲冑を装着してもらう事にした。
重い音を鳴らしながら、タイランは膝の上にリフを乗せたままのシルバの前に立つ。
大きな影が、シルバを包み込んでいた。
「それじゃ一発、俺を殴ってみようか」
精霊眼鏡を掛けたシルバは、タイランを見下ろした。
「で、出来ませんよ、そんな事!?」
「いや、大丈夫だから。責任は俺が取るし」
「ほ、本当に……大丈夫、なんですよね? そ、それならしますけど……」
拳を握りしめながら、タイランは遠慮がちに尋ねてきた。
「心配ないって。一応実験はしてあるし」
「そ、それじゃいきます……」
鋼の拳を、タイランは振り上げた。
「いつでもどうぞー」
「え、え、えいやぁ」
えらく気の抜けた声と共に、恐ろしくゆっくりとしたパンチが繰り出された。
この速度なら、正直子供でも避ける事は容易だろう。
「……はは、まあいいや」
シルバは指で摘んでいた木串で、霊穴を貫いた。
途端、シルバとタイランの間に波紋のような障壁が生じる。本来不可視のそれは、気を見る事の出来る者にしか、見えないモノだ。
「え、あ、あの、シルバさん、これは一体……?」
タイランは戸惑ったように拳に力を込めた。
しかし、拳はその障壁に遮られ、シルバに届く事はない。
「空気を固めて作った壁。個人的にはまずまずだと思う」
「充分なんじゃないですか?」
腕を引きながら、タイランは尋ねた。
防御力で言うなら、悪くはない。それに土と違って味方の行動の妨げにはならない。
「でも、欠点がありますね、ロッ君」
残っていたフライドポテトを摘みつつ、ストアが言う。
「……そうなんですよ」
「え? ど、どこにですか?」
バカン、と甲冑の胸部が開き、精霊体のタイランが現れた。
「はい。そこで、先生からタイランさんに問題です」
「は、はい」
「今のやり方の、どこに問題があるでしょうか。ヒントとして、本来の戦闘での、それぞれのポジションを考えてみて下さい」
「え、えっと……」
タイランはふわふわと宙に浮かびながら、悩み始めた。
しかし、ストアに言われた事を考えると、すぐに答えは出たようだ。
「あ……! わ、私の身体が邪魔になります!」
「はい、よく出来ました」
小さくストアが拍手を送る。
一方、シルバには頭の痛い悩みだった。
針を刺す為には、霊脈を刺激する必要がある。
地面ならまだ足の隙間を狙う事が出来るのだが、空気の壁を作るとなると、味方の正面に向かって針を刺さなければならない。しかし針は、その味方の身体自体が遮ってしまうのだ。
寝息を立てるリフの頭を指で撫でながら、考え込む。
「そうなんだよなぁ……針を飛ばすにしても、守る対象が邪魔になる。先生、何かいい案ありませんか?」
「ありますけど、内緒です」
「ちょっ!?」
危うくツッコミ掛け、膝の上の存在をシルバは思いだした。
「それほど難しい事ではありませんよ。ロッ君がこれを思い出したキッカケを考えれば、いいんじゃないでしょうか」
「……キッカケ?」
「それはさておき、そろそろ行きましょうか」
「って、こっちは考えている最中なのに!?」
シルバは両手でリフを持ち上げながら、師匠に文句を言った。
丘から見た通り、森は本当に小さなモノだった。
頭上の太陽も明るく、とても古代の遺産が眠っている不思議な雰囲気はない。
このまままっすぐ進めば、すぐに抜けてしまうだろう。
ストアの先導で先に進みながら、シルバはふと思いついた事を、タイランに言ってみた。
「考えてみれば、霊道使ってルベラントまで行くって手もあったんじゃないか?」
「そ、それはちょっと難しいと思います」
鋼の足音を鳴らしながら、タイランは言う。
「に……長い時間、精霊といっしょだと、お兄の身体に負担ある」
シルバの懐から顔を出したリフも、眠たそうに言った。
「……難しいモノだなぁ」
森の中程で、ストアは足を止め、振り返った。
「それじゃ結界を解きますね。すぐに戻っちゃいますから、早めに入って下さいね」
小さく呪文を唱えると、認識偽装を応用した結界なのだろう、ストアの前の空間がゆるりと歪んだ。
先に空間の向こうに潜り込んだストアに続き、シルバ達も後を追った。
森の中心に、開けた広場が出来ていた。
そしてその中心に、二階建ての建物ぐらいの大きさはあろうかという黒い石碑が建っている。
足下には円形の台座があり、これが転送される{場/フィールド}なのだろう。
「大きい……ですね」
「だな」
タイランとシルバは、そびえ立つそれを見上げていた。
「に……うちの近くにも通じてる」
シルバの懐から、リフも同じように首を上げている。
「……あら?」
石碑の足下、台座の奥にある四角い文字盤に手を当てていたストアが、首を傾げた。
「あの、先生。そういう人が不安になる発言は出来れば控えてもらいたいんですが」
しかしストアはシルバに構わず、しばらくキョロキョロと周囲を見渡していた。
「うーん……」
やがてシルバ達の方に振り返ると、ペコリと頭を下げた。
「ごめんなさい。墜落殿の方から何だか変な力が流れ込んできて、使えなくなっちゃってるみたいです」
「そ、そんなぁ……」
タイランは、ガクリとその場にへたり込んだ。
シルバ達が落胆しながら研究室に戻ると、部屋には誰もいなかった。
「シーラ……はいないか」
「ヒイロ君もいないな。となると、考えられるのは――」
ふむ、とネイトも唸る。
昼下がりのこの時間、ちょっと遅い昼食かもしれない。
何て事を考えていると、ドゥン! と背後で盛大な衝撃波が発生した。
「な、何だぁ!?」
慌てて振り返る。
タイランは、濛々と土煙が巻き上がる、グラウンドを眺めていた。
「……あ、どこだか分かりました」
昼寝の時間に入ったストアとリフをタイランに預けて、シルバ達はグラウンドに飛び込んだ。
メイド服のシーラの金棒とヴィクターの太い腕がぶつかり合う。
速度では圧倒的にシーラの方が上回るようで、衝撃波を纏った金棒の攻撃を、ヴィクターは腕で受け止めるので精一杯のようだ。
「って、何でヴィクターと戦ってんの!?」
「データ採取の為だと、聞いている。それにしても人造人間と渡り合えるとは、彼女は一体何者だい?」
シルバの隣に立ったのは、浅黒い肌のダンディ中年だった。
フェンス脇でデータを取っているらしい白衣の青年達は、忙しげに筆を動かしている。
「あ、ブルース先生」
「どうも。ほう、妖精とは珍しいな」
顎に手を当てながら、ブルースはシルバの肩の上にいる、ちびネイトに視線を向けた。
「こんにちはだ、先生。僕はネイトという。シルバの所有物だ」
「そうかい。シルバ君にもそういう性癖があったとは新しい発見だ」
「ありません。それよりも、ヒイロは? てっきり、シーラと戦りあってるのかと思ってたんですけど」
「わあああん!」
噂をすれば何とやら、ヒイロが泣き声を上げながらシルバ達に駆け寄ってきた。
「さあ、ヒイロ君! 俺の胸に飛び込んでおいで!」
大きく両腕を広げるブルース。
その脇を抜け、ヒイロはシルバに飛びついた。
「先輩~!!」
「ってどうしたヒイロ!? 何に追いかけられているんだ!?」
そして戦闘中のシーラの動きが止まる。
「…………」
「お爺ちゃん達がしつこくて~!」
ちなみにシルバの肋骨は、ヒイロの鯖折りで今にも砕けそうである。
「……ま、またか。えとそれで、先生は何してるんですか?」
「いや」
何でもないように、ブルースは振り返った。ちょっと落胆しているように見えるが、多分シルバの気のせいだ。というか気のせいという事にしておきたい。
一方、棒立ちになってこちらを見ていたシーラは、ヴィクター渾身のパンチを受け、派手に吹っ飛んだ。
「ゆだん、たいてき」
「シーラ!?」
グラウンドの地面を大きく抉り、フェンスにぶつかって、ようやく停止する。
そのフェンスも、相当にひしゃげていたが、シーラはさしたるダメージを受けた様子もなく、立ち上がった。
「大丈夫」
土まみれになったメイド服を叩き、追い打ちを掛けようと近付いてくるヴィクターを待ち受ける。
「すぐに、終わる」
かと思うと、ヒイロがささっとシルバの背後に隠れた。
反対側から、眼鏡を掛けた白衣の老人が三人、シルバに近付いてきた。学習院の名物学者、シッフル三兄弟だ。
「やれやれ。久しぶりに会ったら、ずいぶんと強うなってるみたいなので、データが欲しかっただけなのじゃが」
「年寄りに追いかけっこさせるでない」
「それにしても、若いモンの肌のハリは大したモンじゃのう」
「ううう~! せくはら~!」
シルバの背中から、ヒイロは唸り声を上げる。
普段なら自分から前に出て戦うタイプのヒイロでも、年寄り相手では勝手が違うらしい。
シルバも、老人達を宥めるように、ヒイロを庇う。
「まあヒイロはここの生徒じゃないから、アカハラとかじゃないわな。というか爺様達も研究熱心なのはいいですけど、あんまりヒイロを困らせないで下さい」
大きく振りかぶったヴィクターの拳が、シーラの立っていた位置を抉る。
跳躍したシーラは、金棒に纏わせた衝撃波を後方に噴射、猛スピードのタックルをヴィクターの腹部に斜め上から叩き込む。
「がぼ」
さすがのヴィクターもたまらず、仰向けに倒れてしまった。
「筋はいい。でも経験不足。それではまだ、わたしには勝てない」
ヴィクターの顔のすぐ横に、シーラは金棒を突き出した。
「ふむぅ……ではあっちのメイド娘でもよいぞ?」
古老の一人が言うのに対し、シルバは首を振った。
「……却下です」
そして、ブルースは手を叩いた。
「タイムアップだ。ヴィクターは治療を。そちらの娘さんは……必要なさそうだな」
「そう」
シーラは服こそ、ずいぶんとボロボロだが、身体自体にダメージを負っているようには見えない。
「ううう……」
ヴィクターも起き上がり、腹に大きな手を当てる。
手の平から光が生じ、ヴィクターの活力を甦らせていく。
「変わった回復」
言いながら、シーラはシルバに歩み寄る。
シルバは、老人達やブルースと距離を置いて尋ねた。
「古代の技術って奴か」
「それともちょっと違う。星のエネルギーを使っている」
「星の力?」
ストアが以前、話していた研究の一つだ。
「わたしの世界では、まだ実用段階に至っていなかった研究。……三つ目の装置も、おそらく、それ」
「あのトランクの中身か」
シルバはトランクの中にあった装置を思い出す。
「そう」
「ヴィクターのあの回復と、同じ事が出来る?」
「加工次第。エンジンだけで、何かを行う事は出来ない。それに関しても、話がある」
シルバ達は、場所を研究室に移した。
ストアとリフはまだ眠っており、タイランはシーラの頼みで地図を探している。
ヒイロは運動したらお腹が空いたと主張した為、食堂から料理を持ち込んでいた。
シルバは豆茶、シーラは水で充分という事で食事は取っていない。
メイド服が使い物にならなくなったので、今は研究室で拝借したローブ姿でいる。
「転送装置が駄目になった原因は、おそらくはライズフォートにある転送装置の影響」
「……やっぱり、あるのか」
「ある」
そこはシルバの想定通りだった。
空に浮いていた都市なのだから、地上に下りる手段の一つとして、転送装置は妥当なモノだろう。
「新たな転送装置の起動により、誤作動を起こしている可能性がある。もしくは魂魄炉そのモノが、転送装置に干渉している可能性も考えられる。アレは、都市を動かしていた本来のエネルギーとは別物だから」
「とにかく、現状ではどうしようもないんだな」
「ライズフォート――墜落殿の奥に入れるなら別」
「それだと、本末転倒だ」
もりもりと食べるヒイロの横で、シーラは石板をへこんでいるシルバに見せた。
「話というのは石板の記述に関して」
エネルギーが充填された石板は、長い文字の羅列を映していた。
「もう読み終えたのか」
「まだ一割。研究資料の多くは、主達の役には立たない。専門用語が多く、理解が追いつかない。また、主達もそれらを望んでいないと判断し、実益の可能性が高い情報を優先した」
「さすが。分かってるなあ」
「…………」
シーラの動きが停止する。
「? どうした?」
すると、面白そうにちびネイトがシルバの肩の上で笑った。
「くくく、照れているようだ」
「そうなのか?」
「実験データについて、興味深いモノがあった。浮遊車『ガトー』の墜落データ」
シーラはシルバの疑問を無視して、説明する。
「ふゆうしゃって、何?」
骨付き肉を頬張りながら、ヒイロが首を傾げた。
シルバは、第六層の倉庫にあった、ひっくり返った乗り物を思い出していた。
「……大昔には、鉄の塊が空を飛んでいたらしいんだ」
「あはははは。そんなのありえないよ」
「そうでもない」
シーラは否定する。ちょうどその時、タイランが丸まった紙束を持ってきた。
「あ、あの、地図持ってきました」
「お、タイランご苦労さん。なあシーラ。それなら、タイランも飛べたりするのか?」
「無理。タイランの甲冑は、表面に複雑な刻印が施されていて、浮遊装置を搭載しても、力場が中和されてしまう」
「ああ、絶魔コーティングか」
シルバは、飲み物やヒイロの食べ物をテーブルの端に追いやると、地図を広げた。
「……え? あ、あの、私が、どうかしましたか?」
「ちょっと実物を見てないとちょっと信じがたい……いや、実物見た俺も眉唾物なんだが……つまり、タイランがその姿で空を飛べないかという話をしていたんだ」
「む、むむ、無理ですよ、そんなの!?」
ぶんぶんと、タイランは重い頭部を左右に振る。
「……まあ、その鎧じゃ無理って話なんだけどな」
「『ガトー』とやらについては、どうだ、シーラ」
ネイトが問い、シーラは石板を操作した。
すると石板にも地図が出現し、二重丸のポイントが小さく二つ、地図上に現れた。
それと比較しながら、シーラは紙の地図の上を指差した。
このアーミゼストからは、西南に位置する距離にある。距離だけで言うなら、馬車で三日といった所か。
「現代の地形と少し違うけど、地図なら墜落した浮遊車があるのはこの辺りになる」
そこは、大きくギザギザの刻まれた場所だった。
その意味を理解したシルバは、小さく唸った。
「ウェスレフト峡谷か……結構な難所だぞ、こりゃ」
「天然の迷宮とも言われてるよね」
ヒイロの言葉に、シルバは頷く。
「そしてその割には、実入りも少ないから嫌われてるという」
「大昔の、その、遺産なんですよね。動くかどうか……それ以前に、埋まっている可能性もありますよね?」
遠慮がちに、タイランが言う。
当然の事だ。
「普通なら、そう。この石板の目印も、本来なら作動するはずがない。ありえない事」
「……でも、してるよね?」
ヒイロは、不思議そうにシーラの持つ石板を見た。
「判断は主に任せる」
「んー……」
シルバは、石板上の地図を指で小突いた。
「もう一つ、目印があるんだけど、こりゃ何だ?」
二重丸の目印は、二つあり、その内の一つが『ガトー』なのは分かった。
けれどもう一つは一体何を意味しているのだろう。
「『フォンダン』は不明な目印。まだ情報が不足していて、正体は分からない。ただ、『ガトー』よりもかなり大型のモノだという事は分かる」
なるほど、とシルバは頷き、考えた。
「個人的には、行ってみたいかな」
「でも先輩、呪いを解くのが最優先なんじゃないの?」
「……だから、ですか、シルバさん?」
「うん? どゆ事、タイラン?」
ヒイロの疑問に、タイランが答える。
「確かに遠回りになりますけど……空を飛べる乗り物があったら、馬車よりずっと早く、ルベラントまで行く事が出来ます」
「そゆ事。ま、キキョウとカナリーにも相談してからだけどな」