という訳で後編です。
戦闘中、会話と時間の流れがやたらゆったり感じられるようでしたら、それはいわゆる不思議時間が流れてますので、スルーの方向でお願いします。
時間を確かめると、約束の時間まであと十五分だった。
シルバのパーティーメンバーは、車座になって相談を開始した。
「まあ、大体のパターンは掴めた訳だ」
シルバは、ネイサン一行にやられた連中の情報を、みんなに伝えた。
「他にはないの?」
ヒイロの質問に対し、シルバは首を振った。
「あるかも知れないけど、その前にケリをつける。それにこれが連中の必勝パターンだってのなら、そう簡単に崩しやしないさ」
「相手が素早いってのが厄介だね」
ヒイロがむむむ、と唸る。
それに対し挙手したのは、パーティーの中で最もスピードのあるキキョウだった。
「それならば、某が何とかしよう」
「いや、それは俺が対処出来る」
シルバが言うと、キキョウは頷きながらも不安そうな表情を作った。
「しかし、相手には補助系の術も効きにくいという話だが? 何か手はあるのか?」
それは、シルバを除く三人共通の懸念でもあった。
こちらが{加速/スパーダ}を使って対抗するという手が一番確実だが、それでもスピードは互角かも知れない。
そういう意味では、相手の足を止めるのがいい。もしくは幻影の呪文で相手を惑わせるか。
しかし、相手に魔術抵抗がある以上、それも絶対確実とは言えないのだ。
その不安に対して、シルバは一応対策を持っていた。
「実はな……」
念のため、シルバはそれを小声で説明した。
実に初歩的な方法なのだが、案外に知られていないし、使う人間もいない。
聞いた三人は、何とも微妙な表情をした。
「それ、アリ?」
呆れた顔をするヒイロに、シルバは頷いた。
「神様はアリって言ってる」
「ひ、酷い方法ですね……」
「褒め言葉だな」
「何より、この方法は、初めてではないからな」
キキョウの言葉に、タイランは驚いた。
「そ、そうなんですか……?」
「うむ。某も酒場での{用心棒/しごと}で何度かシルバ殿には世話になってな。アレであろう?」
「ま、そういう事」
「それならばシルバ殿、某達は攻撃に専念するまで」
「当然。それが俺の仕事さね。……でまあ、相手の狙いはほぼ俺だと思う」
「ふむ、その根拠は」
「回復役がいなけりゃ、後は持久戦で勝てるからさ。よほどのアホでなければ、そこを突く。だから、隙あらばこちらの前衛を抜いてくるだろうな」
もう一つ理由があるのだが、それは今は関係ないので喋らない事にした。語るには裏付けが必要だし、目の前の戦いに集中すべき今、その必要はない。
「けど……先輩、弱いよね?」
「ヒイロ」
キキョウがたしなめると、ヒイロは怯んだ。
「う……だ、だって本当の事でしょう?」
「確かにその通り。だから、まあ」
否定せず、シルバはタイランの胴を拳で軽く叩いた。
「そこはアテにしてるから、タイラン」
「わ、私ですか!?」
「まあ、それはともかく、そろそろ時間だ。始めるとしよう」
シルバが手を叩き、四人は一斉に立ち上がった。
後ろ10メルトの距離にそれぞれのメンバーを控え、シルバとネイサンは中央で向き合った。
「勝利条件は、相手のパーティーの全滅。それでオッケー?」
ネイサンの提案に、シルバは頷く。
「問題ない」
「こっちが勝てば10000カッド。君達が勝てば50000カッド。約束は守れよ」
「そっちこそ」
「ところで……」
ネイサンは、チラッと横を見た。
丘を背に、100人以上の人間が座り込んでいた。全員が、この模擬戦に注目しているようだ。
「……アレは、何?」
「見覚えがないか? アンタらが狩った、パーティーの面々だよ。何だ、結局全員観客に来たみたいだな」
「…………」
19組のパーティーの敵意に満ちた視線を受け、ネイサンはさすがに少々居心地が悪いようだった。
「まあ、話を聞くと辻聖職者のみんなが相当頑張ったみたいなようで。ずいぶんと酷い事をしたようじゃないか」
「勝つ為に全力を尽くす。それが勝負の掟だろ」
「ごもっとも。この戦いもそうありたいね」
「全く同感だね。……この観客も、その一環って訳か。じゃあ、そろそろ始めよう」
互いの前衛が一斉に構え、後衛が支援の準備を開始する。
ネイサンは、敵前衛の背後にいるシルバを見据えたまま、パーティーに説明した。
「要注意なのは、あの司祭だ。その鎧なら、滅多な事で防御力や速度の低下はないから、心配ないとは思うけど、念には念だ。まず奴を叩け」
「おうよ!」
ネイサンパーティーの前衛は、前衛が全員対魔コーティングを施してある特別製だ。更にブーツには『加速』の魔術が付与されている。武器だって安いモノではなく、ポール達の筋力と相まって相当に高い攻撃力を誇る。
ある意味、正統派の強さを高めてきたパーティーなのだ。
唯一の不安は後衛の盗賊が、この初心者訓練所に入る為ランク10を引っ張ってきた点だが、元々盗賊は戦闘において強く重要視されるモノではないのでそれは大した問題はない(ちなみに本来のネイサンパーティーの盗賊は、宿で惰眠を貪っている)。
ともあれ、戦闘開始だ。
呪文を唱え終わり、ネイサンは敵前衛に向けて相手の防御力を弱める魔術を解き放った。
「いくぞ、{崩壁/シルダン}!!」
ガラスの割れるような音と共に、キキョウ達の身体がわずかに硬直する。
「おおお、行くぜ行くぜ行くぜぇっ!!」
ポール達前衛が、突進を開始した。
重そうな装備とは裏腹に、その動きは機敏に過ぎる。風を切りながら、彼らは着物姿の麗人達との距離を詰め始めた。
雄叫びを上げながら駆け寄ってくる戦士達を見て、キキョウは溜め息をついた。
「……馬鹿っぽいな」
身体に力が入りにくいのは、相手の放った防御力低下の魔術のせいだろう。
一方、ヒイロは既に巨大な骨剣を抜き、正面に構えを取っていた。
「だけど、速い」
「ですね――シルバさん!」
ガチャリ、と重装鎧を鳴らしながら、タイランが叫ぶ。
そして。
「{崩壁/シルダン}」
シルバは、指を鳴らした。
術の発動は、ポールも気がついた。
「馬っ鹿、効かないっての!」
だが、構わず直進する。
実際、対魔コーティングされた鎧のお陰で、シルバの魔術が効いた様子はない。弾かれたのだ。このままいける! そう確信した。
直後、足下が崩れた。
「ぬあっ!?」
ポールはたまらずつんのめった。
「何っ!?」
見ると、地面が膝近くまで埋没していた。ポール以外の二人の前衛も同様だ。
「ふざけるな……っ」
何が起こったのか、真っ先に悟ったのは、さすがに魔術師のネイサンだった。
聖職者でも、魔術は習得出来る。そこまではまだいい。
だが、『地面』の防御力を下げるなんて術、聞いた事がない……! あれではポールの周囲の地面は相当柔らかくなっており、相当な力を込めても脱する事が困難になる。
「しっかしまあ、よくこんな事思いつくなぁ……」
その呟きは、念波としてシルバにも届いていた。
「前の討伐軍遠征後、戦災復興支援に参加してた時にちょっとな。荒れた農地を耕す方法を考えていた時に、思いついたんだよ。……ま、とにかく」
次の術の印を切りながら、シルバは正面を指差した。
「機動力は下げた! 速攻で叩け、キキョウ、ヒイロ!」
「心得た!」
「らじゃっ!」
キキョウとヒイロが、地面に埋まりもがく敵前衛目がけて駆け出した。
そして、タイランだけはその場に待機する。
「兄貴!」
両腕で何とか脱出を試みながら、ポールが背後を振り返った。
「問題ない! そこに踏み込んだら、そいつらだって機動力が落ちる!」
もちろん、ネイサンがそう考える事は、シルバにも予想していた事だ。
そこで、次の術が発動する。
「ところがどっこい――{飛翔/フライン}」
シルバの指の音と共に、前衛二人の足が地面をふわりと離れる。
「う、わっ」
空を浮く経験は初めてなのか、ヒイロが慌てた声を上げた。
「落ち着け、ヒイロ。シルバ殿の術だ。害はない」
「う、うん」
焦ったのはほんの一瞬、ヒイロは不可視の床を蹴り、キキョウと共に加速した。
シルバの術とほぼ同時に、ネイサンの魔術も完成していた。
「くっ、ならば{猛毒/ポイゼン}!!」
ネイサンの叫びに呼応するかのように、シルバのパーティーを禍々しい紫色の煙が包み込んだ。
シルバ自身も軽い吐き気を憶えながら、敢えて念波ではなく大声で前衛二人に指示を送る。
「無視してよし!」
「何だと!」
ネイサンが目を見開き、シルバは観戦している初心者パーティー達の方を向いた。
「毒の効果は、大きく二つ! 一つは相手そのモノを弱らせる事! そしてもう一つは、こちらの手数を減らす事にある!」
シルバの説明に、観客からも歓声が上がる。
「ふ、ふざけるな!」
ネイサンが叫ぶが、それを無視してシルバは講義を続ける。
「経験を積んでいないパーティーは焦り、解毒に手間取られて本来の回復や支援が追いつかなくなる事が多いんだ。アンタらの大半はこれにやられたんだと思う」
シルバの言葉に、観客達の多くが頷いた。
「が、一回の戦闘程度で、毒で倒れる事なんて滅多にない! 体力がヤバイ奴には回復の優先を推奨する!」
{観客/ギャラリー}の一人が立ち上がる。カルビンだ。
「しかし、オレ達はアンタらほど体力がない! 結局はジリ貧だ! そういう時はどうすりゃいいんだ!」
そんなの決まってる、とシルバは腕組みをして、鼻を鳴らした。
「勝ち目がないなら逃げりゃいいんだよ! 尻尾巻いて一目散にな! 逃げは負けじゃない! 死ななきゃリベンジのチャンスも生まれる! 一番重要なのは、生き残る事だ!」 シルバは腕組みを解いて、笑った。
「まあ、俺達は勝つけどな。二人とも、やる事やったら俺が解毒するから構わず突っ込め!」
前線では、ポール目がけてキキョウが抜刀していた。
「だが、それでもお前達に勝ち目はないのさ」
膝を地面に埋めたままポールは不敵に笑い、キキョウの刃の軌道に大きな腕をかざした。甲高い金属音が鳴り響き、キキョウがわずかに退く。
「へへ……」
ポールは若干腕の震えを自覚しながらも、ダメージが通っていない事を確かめる。
「――ほう、よい鎧だ」
宙に浮いたまま、キキョウは腰を落とした抜刀術の構えを解かないでいた。
「テメエの攻撃なんて、効きゃしねえんだよ! 死ねや!」
ポールは足に踏ん張りを込め、半ば跳躍しながらロングソードを振るった。
「物騒だな。だが、機動力を殺すというのはこちらの攻撃を当てるのと同時に――」
キキョウはわずかに身体を傾け、巨大な剣風を回避する。
「くっ……!?」
ズブリ、と再びポールの足下が地面に沈んだ。
「――お主らの攻撃が当たらぬという事。どれだけ某達の守りが衰えようと、当たらなければ問題はない」
冷たい視線で、キキョウはポールを見下ろした。
「生意気な!」
もう一人、前衛の戦士が乱暴な足取りでキキョウに迫ってきた。
しかしキキョウはそれに慌てず、対応する。
「そして某の攻撃は通じぬようだが……{彼/ヒイロ}ならばどうかな?」
「え……」
ポールと同じようにロングソードを抜き、戦士は大上段から振り下ろそうとしていた。
だが、キキョウの背後で、大きく振りかぶっている{鬼/ヒイロ}の姿が彼には見えた。一瞬、キキョウから目が逸れたのが彼の運の尽きでもあった。
「よっ」
彼のロングソードとキキョウの刃が交錯する。その直後、どういう手品か細身の刃が剣を絡め取り、そのまま戦士の身体が地面から引っこ抜かれた。
「うおっ!?」
「合気術という。憶えておけ。この後、命があれば、だが……」
宙を舞う彼の耳に、キキョウのそんな声が聞こえた。
そして、放物線を描いた彼の行く末には、限界まで引き絞られた弓の弦のように身体を捻ったヒイロがいた。
「らっしゃい――」
ヒイロは、一息に自身の骨剣を振り抜いた。
「――よっと!!」
まるで大岩にハンマーを振り下ろすような鈍い音が響き、戦士はより高みへと吹き飛ばされた。
前線の頭上を越え、さらにネイサン達後衛も追い越し、五十メルトほど彼方にキリモミしながら着地して、二、三度回転してから動かなくなった。
わずかに痙攣しているので、死んではいないようだ。
しん、と模擬戦闘の場が静まり返る。観客達も絶句していた。
「まずは一人!」
グッ、とヒイロはガッツポーズを作った。
「うむ、では次行くぞ」
特に驚く事なく、キキョウは刀を収めた。
「ちょ、ちょっと待て、なんだその攻撃力!?」
我に返ったネイサンが絶叫した。
少なくとも、敵の前衛二人に攻撃力が上がる術が使われた気配はなかったはずだ。つまり、今のは鬼の素の攻撃力という事になる。
「鬼の筋力舐めちゃ駄目っしょ。ま、素早い相手にゃ本来当てるまでが一苦労な訳だけど」
にひひ、と笑うヒイロと、冷笑するキキョウ。
「そっちは某がサポートするという訳だ」
「くっ、やってられるか!」
半ば転がるようにして、ポールが底なし沼のような地面をやっとの事で脱出した。
「ぬ!?」
キキョウが刃を放つが、両腕を交差してガードする。
「にゃろ!」
ヒイロが骨剣を横薙ぎに振り抜いたが、本来の速度を取り戻したポールにその攻撃は通用しない。彼は、決して背が高いとは言えないヒイロの頭上を飛び越した。
「でかした、ポール!」
キキョウとヒイロの二人を相手にせず、ポールの視線はシルバに固定されていた。
わずかに焦った顔をする前衛二人に、シルバはまだ地面の中でもがいている最後の前衛戦士を指差した。
「いいからソイツをやれ! ……こっちは、大丈夫だからさ」
ガチャリ、と金属質な音を鳴らし、ポールとシルバの間に重装兵タイランが立ちふさがった。
「お、おおおっ!!」
ポールのロングソードを、タイランは斧槍の束でガードする。
「くうっ!!」
わずかに後ずさりながらも、かろうじてタイランはその一撃を受けきった。
ポールは皮肉っぽい笑みを浮かべ、剣を構え直した。
「はっ、どうやらお前は飛翔の術もなし、どノーマルみたいじゃねえか。俺の攻撃を、どれだけ受けきれるかな!」
連べ打ちのような、ポールの一方的な攻めが開始される。
タイランは攻める隙を見出せず、防戦一方だ。
そのタイランの背後で袖から薬瓶を引き抜きながら、シルバが言った。
「っていうかアホだろお前」
「何だと!?」
攻撃の手を休めないまま、ポールが歯を剥き出した。
だがその殺気に気圧されることなく、シルバは彼の背後を指差した。
「後ろの前衛が抜かれたらお前、後衛丸裸になるんだぞ」
「……っ!?」
当たり前と言えば当たり前の指摘だが、ほんの一瞬、ポールの手が止まった。
その隙を突いて、シルバは手に持っていた薬を彼に投げつけた。割れた中身がポールに降り注がれる。
「――な」
「これだけ近ければ、どれだけノーコンでもまあ、当たるよな。いや、割とコントロールには、自信あるんだけど」
紫色の煙が、ポールを包み込む。
「う……ま、まさかこれは……」
わずかな吐き気を感じ、彼は顔をしかめた。
「うん、毒。言っておくけど、対魔コーティングされた鎧でも、薬はちゃんと効くぞ。これ豆知識な」
「し、司祭! 治療してくれ!」
抗魔コーティングされているとはいえ、味方の司祭は効果のある音律を知っている。解毒だって可能なはずだ。
だが、それより早く、シルバの術が発動していた。
虹色の膜のような魔力が、ポールを包み込む。そして司祭の{解毒/カイドゥ}は弾かれた。
呆気にとられるポールに、シルバは教えてやった。
「『{魔鏡/マジカン}。反射系の魔術な。これで、アンタに掛かる魔法は全部跳ね返される。親切だろ」
「テメエーっ!?」
激怒するポールに、背後から兄の声が掛けられた。
「落ち着けポール! ソイツさえ倒せば、問題ない! こっちは魔術師と盗賊の弓で多少は持つ!」
確かにその指摘通りであり、ポールが強引に突破してきた狙いもそれだったはずだ。
だが、シルバにおちょくられ、目の前にいる{敵/タイラン}に集中しきれない彼の攻撃に、本来の精彩はない。
だから、シルバも安心して前衛の様子を見る事が出来た。
前衛のもう一人も『キキョウ投げヒイロ打ち』という連携に吹き飛ばされ、残るは後衛のみ。懸命に司祭がメイスで踏ん張っているが、キキョウの居合の前では倒されるのも時間の問題だ。
初心者である盗賊の矢はキキョウには当たらず、ヒイロが骨剣を振りかざして接近しつつある。二本ほど矢が刺さっているが、これはネイサンが最初に掛けた{崩壁/シルダン}の効果だろう。
しかし、ヒイロから届く精神念波は、それが大したダメージではない事をシルバに教えていた。
「まあ、万が一本当にやばくても、俺が片っ端から回復する訳だが」
呟き、シルバは{回復/ヒルタン}を唱えた。
ヒイロの身体を青白い聖光が包み込み、矢が抜け落ちる。傷はあっという間に塞がってしまう。
こうなってくると、ネイサンとしてはいよいよまずい。
「ポ、ポール! そのデカイのにも{崩壁/シルダン}は、効いているはずだ! 早く終わらせろ!」
こうなってくると、ネイサン自身も攻撃に参加せざるを得なくなった。{火槍/エンヤ}の準備を整え始める。
「け、けど兄貴! コイツやたら固ぇ!!」
弟も苦労している。まるで、攻撃が通る気配がないのだ。
「うん、まあそりゃそうだ。{崩壁/シルダン}効いてないからな」
「な」
シルバの言葉に、ポールは言葉を失った。
「……あ、あの、言ってませんけど、私の鎧、魔術無効の効果があるんです」
言われて気がつく。
目の前の重装兵の鎧に、うっすらと浮かび上がっている複雑な文様。
抗魔コーティングどころか、絶魔コーティング。そして左胸に削られたような跡があるのは、本来紋章と認識番号があったのではないだろうか。
そして紋章こそ無くなりこそすれ、その跡からわずかに判断できる所属軍は――。
「魔王討伐軍っ!?」
もしそれが、軍の正式採用品ならば、魔王軍の猛攻に耐えうる恐ろしく高性能な代物だ。もっとも、味方の魔法すら弾いてしまうと言う問題点があるのだが。
「……す、すみません」
謝りながら、タイランは斧槍でポールの攻撃を捌き続ける。
その動きも、大分様になってきていた。
「んで初期、待機している間に、攻撃力を上げる増強薬と、スピード上げる加速薬飲んでもらっているからな。ちゃんとついて行けてるだろ、タイラン」
「は、はい、何とか」
グルン、と斧槍を振り回しながら、タイランは頷く。
「防御専念! 隙があったら攻めていいぞ。いい練習相手だ!」
「は、はいっ!」
専念、と言いながらタイランはむしろ大胆に前に踏み込み始めた。
「こ、この野郎ぉ……!!」
斧槍の威力にロングソードを弾かれ、ポールは歯がみした。
「ポ、ポール! 早く!」
ネイサンの手から、勢いよく炎が迸った。
しかし、魔法の炎をキキョウとヒイロは避けようとすらしなかった。既にネイサン側の盗賊と司祭は倒れている。
「手遅れであるな」
「うん」
「{大盾/ラシルド}」
シルバが指を鳴らすと、炎は不可視の障壁に阻まれ霧散した。
「助かるぞ、シルバ殿」
「これが俺の仕事だから――もう一本だ、タイラン」
空いたもう一方の手で、袖から出した秘薬瓶をタイランに投げた。瓶が割れると同時に、一気にタイランの攻撃力が増した。
「ぬうっ!?」
タイランに押され、ポールが軽く退く。
「タイラン、いけるな」
「はいっ!」
シルバは前線に意識を向けた。
「なら残るはそっちだ――キキョウは魔術師の攻撃を迎撃。ヒイロは待機しながらその護衛で! {豪拳/コングル}!」
「うすっ」
ぐん、と骨剣を構えるヒイロの肉体に力が漲る。
「ちょ、ちょっと待て」
魔法を放ちながらも、それらをことごとくキキョウに見切られるネイサン。
そして、再びシルバの指が鳴る。
「待たない。もう一回、{豪拳/コングル}」
ズズン、とヒイロの腕が軽くなる。筋力が高められすぎ、骨剣の重さすら感じられなくなったのだ。
「うわ、ちょっといいの、先輩!?」
慌てるヒイロに、シルバは頷いた。
「いいさ。俺がさっやられた分、思いっきりやってくれ」
「うん。じゃ、いくよー」
キキョウが退き、ネイサンとヒイロが相対する。
「待っ――」
「飛んでけーっ!!」
ヒイロの明るい声と共に、ネイサンは高らかに青空に舞った。
「あ、兄貴ーっ!?」
豆粒のようになったネイサンを、ポールは思わず見上げた。
「あ、よそ見した。チャンスだぞ、タイラン。やっちゃえ!」
「は、はい!」
タイランは斧槍を振り切り、その柄でポールの土手っ腹を横殴りにした。
「があっ!?」
息を詰まらせながら、ポールは五メルトほどの距離を吹き飛ばされる。
そのまま仰向けに倒れ、動かなくなった。
「はい、俺達の勝ち」
初心者パーティーに囲まれる中、ネイサン一味は傷だらけパンツ一丁の姿で正座させられていた。
武器や鎧は、全部シルバ達が没収した。道具類から有り金まで、全部である。
「……じゃあ足りない分はこれで、勘弁してやるという方向で。タイラン、持てる?」
「重かったらボクも手伝うよ?」
「い、いえ、大丈夫です」
さすがに大きな鎧三つともなると結構な重量なはずだが、タイランはさして辛そうな様子もない。
ちなみに当然、戦闘が終わると同時に、全員の解毒は済ませてあった。
「してシルバ殿、彼らの処遇はこれでよいのか? どうも、何やら彼らの方に不満があるようだが……」
ふてくされる彼らを見下ろしていたキキョウが問うが、シルバは頷いた。
「まあ、そっちの不満はどうでもいい」
彼らがやった事と言えば、それこそ有り金全部巻き上げた程度だ。装備品を全部売り払っても50000カッドにはならないだろうが、その半額ぐらいには余裕で届くだろう。
元々は5000カッドの予定だったし充分だと、シルバは思う。
「くっ……」
ネイサンは悔しそうに、シルバを見上げた。
「それでさ」
正座する彼の前に、シルバはしゃがみ込んで目を合わせた。
「アンタら、誰に頼まれた?」
ぐ……と詰まるネイサン。
シルバは残りのメンバーを見渡したが、皆顔を背けた。
「……まあ、大体の察しは付いてるんだけどさ」
シルバは立ち上がり、息を吐き出した。
「どういう事だ、シルバ殿」
キキョウは眉根を寄せた。
「言葉通りの意味さ。この連中は、とある筋に頼まれて、俺達を襲ったんだ。最初、出会った時、コイツ『ああいたいた』って言ったしね。俺を捜してたって事だ」
「ふむ、なるほど」
「それに、その後の勧誘も妙にしつこかった。俺達に固執する理由なんてないんだよ。初心者狩りたかったら、カモなんてそこらじゅうにいるんだ。俺に因縁をつける必要なんて無い。実際、他の連中には紳士的に接して、いざ勝負って時になってやっと本性出したらしいだろ。なのに俺の時だけ断ると、いきなり暴力に訴えてきた。だからさ、要はとにかく俺が痛い目を見れば、目的は達せられたって事じゃないのかな」
閃くモノがあったのか、キキョウがシルバを見た。
「……すると、彼女か」
「まあ、多分。昨日の今日でもある訳だし」
再び、シルバはしゃがみ込んだ。
「で、どうなんだ? 大方『生意気な新米パーティーがいるから叩きつぶしてくれない♪』みたいなノリで、お金積まれたと思うんだが。やたら愛想のいいノワっていう商人の娘さんに」
仏頂面のまま、ネイサンが口を開いた。
「……依頼人の素性を話すと思うか」
「……ま、金積んで吐かせるのもアホらしいしな。いいよ、別に」
リーダーであるネイサンはともかく、ノワという名前を聞いた他の連中の挙動不審ぷりから、シルバは彼女で間違いないという確証を得た。
「ただ、こちらのリーダーが誰かぐらい、調べといた方がいいな。お陰で、ウチのパーティーの個々人の性能を全然知らないのが、丸わかりだぞ。大方新米パーティーって聞いて甘く見たんだろうけど、いくら何でも油断しすぎだろ」
好き放題に言われて、さすがにネイサンも悔しそうだ。
だが、それを堪えて立ち上がろうとする。
「じゃあ、僕達はもう用済みだな?」
「うん、俺達はな」
「俺達?」
シルバは立ち上がり、大きく手を叩いた。
そして高らかに、腕を突き上げた。
「さ! 装備一切なくなったパーティーがここにいる訳だが――このチャンスに、誰か模擬戦申し込む人ーっ!」
「おーっ!!」
シルバの声に応え、周囲のパーティーが一斉に腕を突き上げた。
四方からの好戦的な雄叫びに、パンツ一丁の六人が慌てふためく。
「ま、待て! ちょっと待ってよ!?」
困惑するネイサンの両肩を、笑顔のシルバが元気よく叩いた。
「俺に言うなよ。頼むなら、あの連中だろ? お前らがさっき倒した新米パーティー連中」
「ぼ、僕達は負傷しているんだぞ!」
「なら、回復してやるよ。心配しなくてもまだ、魔力に余裕はある」
「いえ、司祭様にお手を煩わせる訳にはいきません。ここから先は私達にお任せ下さい」
名乗り出たのは、助祭のチシャだった。
「ああ、助かる。それじゃ、ローテ組んで回復と解毒をやってくれ」
「はい」
ネイサン達は絶叫と共に、初心者パーティーの中に埋もれていった。
「んでまー、俺達だけど。ん、キキョウどうした?」
「シルバ殿。アレだけで本当によかったのか?」
「アイツらはあれ以上喋らないよ。けど、連中の根城にしている酒場は分かったし、調べればノワの目撃情報ぐらいは掴めるかも知れない。つってもそれも情況証拠だしなぁ……もしかしたらまたみんなに、迷惑掛けるかもしれない」
「某は別に構わぬが……二人はどうだ?」
「んー、ボクは、難しい事はよく分からないや。トラブルが来たなら、迎え撃てばいいんじゃない?」
ヒイロは首を傾げ、タイランはおずおずと手を挙げた。
「わ、私も別に……素性の知れない私を拾っていただけただけで、御の字ですので……」
「ま、我ながら甘いと思うけど、なるべく早く尻尾を掴んで、決着をつけたい所だな」
面倒くさいし、と付け加えながらシルバは肩を竦めた。
「じゃ、この件はひとまず決着の方向で。本来の訓練の続きだな。まずはヒイロは複数人から攻撃された時のパターンをまだ見てないから、それやってみようか」
シルバの提案に、何故かヒイロは姿勢を正して頷いた。
「う、うん!」
「……どうした? 妙にかしこまって」
「いえ! そんな事はないです!」
まるで鬼教官を前にした、新米兵士のようだ。いや、鬼なのはヒイロなのだが。
「変な奴……ま、いいや。誰か手伝ってくれる人ー」
周りに誘いを掛けてみると、パーティーの一つが進み出てきた。
「なら、我々が手伝おう」
「お、カルビン、助かる。っていうかみんなもすまないな。どうやら、俺の私事に巻き込んだみたいなんだけど……」
頭を下げようとするシルバに、カルビンは首を振った。
「加害者は彼らで、貴方達も被害者だ。気にするな」
「や、そう言ってもらえると助かる」
「しかし、どういう事情かは、少々気になるな。どういう恨みを買った?」
「あー……」
シルバは困り、キキョウを見た。
「言いにくい事情だな」
キキョウも苦笑する。
「難しい問題なのか」
真剣な顔をするカルビンに、キキョウはヒラヒラと手を振った。
「いや、真面目に語ると、相手に対する悪口みたいになってしまうので、説明が厄介なのだ」
「それはこちらで片付ける問題として……それじゃタイランも防御の稽古付けてもらおうか」
「は、はい。承知しました、シルバ様」
ヒイロと同じく姿勢を正す、タイランだった。
「……何で様付け。呼び捨てでいーって」
「そ、そういう訳には……」
ヒイロとタイランが、カルビンらに付き合ってもらうのを眺め、キキョウはシルバに声を掛けた。
「ではシルバ殿には、某に付き合ってもらうと……」
しかし、それを最後まで言う事は出来なかった。
「キキョウ・ナツメ様ですよね!」
「うおっ!?」
押し寄せてきた女性冒険者達に、たまらずキキョウは後ずさった。
「これまで誰ともパーティーを組まなかったのに、どうして司祭様と組む事になったのですか?」
「や、そ、それはその、シルバ殿の人徳と言うか……シ、シルバ殿! 助けて下され!」
手を振ってシルバに助けを求めたが、人の波に押されてずいぶん離されてしまった。
シルバとしても相手は女性であり、手荒に押しのける訳にもいかないようだ。
困惑するキキョウに構わず、女の子達は頬を赤らめながら、主張を強めていく。
「せっかくですから、アタシ達にも稽古を付けて下さい!」
「あ、ズルイ! わたしもーっ!」
「よろしいですよね、司祭様!」
全員の視線が、一斉にシルバに集中した。
超怖い。
「え、あー、ちょっとキキョウが困ってるから、落ち着けみんな」
「順番ですね!? みんな、クジを作るわよ! 恨みっこ無しだからね!」
妙に殺気だったクジ引き大会が開催される。
「……こ、これだから、某は自分でパーティーを組みたくなかったのだ」
メンバーを募集すればあっさり人は集まるだろうが、困るのはキキョウ自身なのは目に見えていたからである。
「やれやれ……」
すっかり蚊帳の外に置かれたシルバだった。
「司祭様……」
「ん?」
近付いてきたのは、何組かのパーティーだった。
彼らはシルバの前でゴドー聖教の印を切り、頭を垂れた。
「有り難い冒険者の心得、痛み入りました。よければ、違う説法も頂ければと思うのですが……」
「い、いやいや、別にそんな大した話はしてないし!」
ドン引くシルバだった。
数時間後、某酒場。
ドン、と勢いよくカウンターにジョッキが叩き付けられた。
「はぁ!? 何で、そんな事になってんの!?」
商人の美少女は、情報屋から入手した話に声を荒げていた。
「信者増やして、新米パーティー十九組と協定結んで、しかもその{団体/グループ}の相談役……? 訳分かんないわ……何それ?」
ちなみに、書いた本人が一番驚いてます。
何でこんな事になってるんだか、主人公。