多くの学生や魔法使いが通うアーミゼスト学習院の小さな教室。
そこは本当に小さな教室で、入れる生徒の数もせいぜい十人が限界だ。
しかもそこで授業を受けるのはたった二人だった。
一人は小柄な新米冒険者。
といっても、戦士の装備はほとんど宿に置いているが。
年齢は十代半ばぐらいだろうか、くすんだ金髪の大人しそうな少年だ。
名前をノイン・クークという。
本来ならここで勉強などせず、仲間を集めて冒険に出ているはずなのだが……。
もう一人は更に小さい、というか幼女である。
年齢はせいぜい三歳ぐらいだろうか。
人目を引く珍しいルビー色の長い髪と瞳を持つ女の子だ。
名前をアルミナ・クークというが、ノインと血の繋がりはない。
ただ、諸事情によりノインの保護下にある。
彼女はノインの膝に乗り、ご機嫌の様子だ。
ノインがこの教室にいるのは、アルミナ、通称ルミィの付き添いであった。
彼女はノインがいないと(比喩表現でなく)火を吹いて暴れる為、どうしても彼が同伴する必要があった。
そして、授業を受け持つのは、この学習院の中でも変わり者と評判の女性であった。
一言で言えば真っ白い女性である。
髪の毛も法衣も純白で、強いて言えば目だけは金色をしている。
年齢は二十代半ばぐらいの、おっとりした感じの美人だ。
亜人の血を引いているのか、耳が長く伸びており、山羊のような丸い角、先端が槍のような細い尻尾を生やしている。もちろんその角も尻尾も白かった。
その教師の名を、ストア・カプリスという。
例によって学習院の中で迷子になり、授業が始まったのはのんびり十分遅れであった。
「さて、それでは授業を始めますねー。お二人の授業は私、ストア・カプリスが担当する事になりました。よろしくお願いしますね」
にこやかに、ストアが頭を下げ、ノイン達もそれに倣う。
「お願いします」
「がー」
「はい、いいお返事ですね」
ストアがニッコリと笑う。
今のルミィは、まだ言葉が話せない。しかし言葉は分かるし文字を読む事だって出来るという、ちぐはぐな状態にあった。
「……あの、先生」
おずおずと、ノインが手を挙げる。
人見知りする性格なのだ。おかげで仲間集めもはかどらないのだが……それは別の話となる。
「はい、何でしょうノイン君」
「他に生徒はいないんですか? 効率的に考えて」
ノインは後ろを振り返った。
いくら狭い教室とはいえ、さすがに二人は寂しいし、落ち着かない気分にさせられる。
「そうですねぇ。お友達も作りたいでしょうけど、それはもう少し後になります。ルミィちゃんがもうちょっと、成長してからですね」
ストアは両手を合わせて、笑顔のまま首を傾げた。
「うっかり、お友達を消し炭にする可能性もありますし」
「……頑張ろうね、ルミィ」
「がおー!」
元気に腕を上げたルミィの口から、炎の息吹が放たれる。
いつの間にか、後頭部から何やら竜の角と、尻からも尻尾っぽいモノも生えていた。
ストアは軽く手を出し、その火を遮断する。
「だから、火を吹いちゃ駄目だってば!?」
「がおぅ」
落ち着くようにノインがルミィの頭を撫でる。
しばらくするとルミィも落ち着いたのか、大人しくなった。
一歩間違えれば大惨事だったにも関わらず、恐ろしい事にストア先生のペースはまったく変わらない。
「はい。それじゃそろそろよろしいですか? 今日のお勉強は簡単に、この世界にある国についていくつかお話したいと思います」
「あ、はい」
「が」
「ノイン君はどこ出身ですか?」
「あ、サフォイア連合国です。その中のカコクセンっていう小さな国で……それも片田舎出身です」
一番近くの町まで、歩いて三日は掛かるという山奥の村だ。
その村の子供達の中でも、ノインは最下層の存在だった……が、それを意識から振り払う。
そもそもそういうマイナスの意識から脱却する為に、ノインは村を出たのだから。
ストアはノインの様子に気付かず、話を進める。
「そうですか。私は一応、ルベラント聖王国出身という事になってます」
「な、なってます……?」
妙に引っかかる言い方だった。
「ああ、これは気にしない方向で行きましょう。それじゃルミィちゃんに、お父さんの故郷を教えましょうね」
「がー!」
「……こ、この歳でお父さんって」
何度呼ばれても、凹むノインだった。
しかし事実である。
ノインとルミィは、書類上では親子という関係になっているのだ。
「この世界の国ですが……」
ストアは黒板に大きくいびつな三重円を描いた。
そして、その左上部分を教鞭で指す。
「まず西北西の端、この少し出っ張ったところが私達のいる辺境の、アーミゼストです。古代遺跡である{墜落殿/フォーリウム}を探索する為に冒険者が集って興した都市で、ここを中心に辺境全体をまとめています」
「が?」
よく分からないルミィが首を傾げる。
「はい。墜落殿というのは、大昔にオルドグラムというえらい王様の時代に造られた、天空都市です。それが真っ逆さまに落下して、今の迷宮になっているんですね。この辺境は、これまで高い山脈と深い森が人の行き来を阻んでいました。しかし魔王の復活に伴い、それに対抗する古代の技術や武具を求め、世界中の国が協力して、あちこちの遺跡の発掘をする事にしたのです」
「それで、この辺境も道が通ったって訳だよ」
「があ」
やはり頭は相当にいいらしく、ルミィはストアの説明を理解出来たようだ。
ストアは、三重円の中心を、チョークで塗りつぶした。
その外が内海。
そして更に外が、大陸という事になる。
海峡があって大陸同士が繋がっていない場所も存在するが、子供相手に教えるのには、この三重円が最も分かりやすい単純な地図とされている。
ストアはチョークで塗りつぶした中心を、教鞭で指した。
「世界の中心に、この魔王領があります。そしてその周辺に、各国があると考えて下さい。本当はもっと沢山の国があるんですけど、このアーミゼストを除くと、大きな国は七つあります。存在感という意味での大きな国ですね」
北方全体を有する巨大国家パル帝国。
西方に広がるドラマリン森林領。
南西で発展し続ける魔術大国サフォイア連合国。
南方、ゴドー聖教の総本山であり、最強の聖騎士団を有するルベラント聖王国。
北東にある、小さいながらも世界最大のクリスタルで最新の情報と水晶通信技術を握るシトラン共和国。
東方の大砂漠を支配する東西サフィーン。
極東のジェントは、精霊信仰が強くサムライやニンジャといった変わった戦士達が存在する。
ストアは、三重円の上部を指した。
「まず広大な北方を支配する軍事国家、パル帝国。鉄鋼業が盛んで、この国といえば絶魔コーティングを施した黒色の重装兵団が代表的な存在ですね。国を治めているのは……」
ストアは不意に説明を止め、ルミィに微笑む。
「ここは、国だけのお話にしておきましょう。詰め込みすぎはよくないですからね」
「がー」
賛成らしく、ルミィは両手を上げる。
「このアーミゼストのすぐ南を、広大な山と森が広がっています。通行を阻んでいたのもある意味、このドラマリン森林領にあると言ってもいいかもしれません」
「……確かに、ここまで来るのは大変でした。それに異種族が多くて……」
ノインは、このアーミゼストまでの道程の苦労を思い出す。
舗装されていない道が多く、とにかくやたら馬車が揺れる。吐く人間も少なくはなかった。
しかもやたら熱く、体調不良になる同行者も数知れずといった有様だった。
しかし、ノインにとって興味深かったのは、自分達の村や国ではほとんど見る事の出来なかった、異種族の多くだった。
「はい。ドラマリン森林領は特に亜人種の多い土地です。人間の他、獣人や鬼族もよく見られますね。他妖精族やリザードマン等も多く、魔族もまた、土地柄狩猟が得意で身体能力の高い人も多いようです。もちろん、全員という訳ではありませんが」
「その次が、僕の故郷だよ、ルミィ」
「がう!」
父親の故郷と聞き、ルミィは嬉しそうに両手を上げた。
ストアは、地図上の南西を教鞭で指した。
「はい。サフォイア連合国ですね。ここは小さな国々が集まって成立していて、それぞれの王様が集まって国全体の運営を行っています。国力は相当に高く、魔術大国としても有名です。エネルギー関係の研究が盛んな国でもありますね。ただ……五年前に一度、精霊炉の実験で、国の全精霊石が失われるという事件がありましたが」
あ、とノインは思い至った。
サフォイアの人間ならば、誰でも知っている事件だ。
「テュポン・クロップ事件ですね」
「が?」
首を傾げるルミィ。
彼女は生まればかりで、そんな知識はないのだ。
「そういう名前の老学者が、五年前に自作の精霊炉に精霊石を全部ぶちこんだっていう事件があったんだよ。精霊石っていうのは燃料ね。国が持ってた精霊石を全部使ったもんだから、当然大騒ぎ。国際指名手配犯にされていたんだよ。もっともつい最近、捕まったっていう話だけど」
「はい。今はこのアーミゼストの牢獄に収監されています。引き渡しの交渉などで揉めているようですが、その辺は政治に関わる事ですので割愛しますね」
その後、一時は混乱したサフォイアだったが、クロップ老の蛮行から得られたデータで、より高効率な精霊炉の開発に成功した。
どのレベルに絞れば精霊石の消耗を抑えられ、逆にどこまで炉の力を上げれば暴発するか、それらが測定出来たのは、テュポン・クロップ事件があったからこそだ。
さらに高性能精霊炉が出来るまでの間、旅の白い亜人が魔法使いや錬金術師達を集め、魔高炉の技術も高めたという。
「結果的には精霊炉の発展に貢献した訳ですが……」
「……巻き込まれた側は、そんな理由で納得なんて出来ないですよ」
「ですよねぇ」
目論見的には大成功だったが、しばらくサフォイアの国力は著しく衰えたという。
そういえば、この先生も白いよなあと思う、ノインであった。
白い教師ストアは、三重円の下部分を教鞭で指し示す。
「さて、その更に南にあるのがルベラント聖王国です。ちょうど北方のパル帝国と魔王領を挟んで向き合う形にある、ゴドー聖教の総本山ですね。国の大きさは中程度ですが、魔王討伐軍の中心でもあるルベラント聖騎士団の名は高く、また西方諸国に多くの信者を抱えるゴドー聖教のトップが存在するだけに、発言力は大きいです。ノイン君も確か、ゴドー聖教の信者でしたよね。ここを訪れた事はありますか?」
「い、いえ、まだないです。けど、一度は訪れようと思ってます」
「そうですか。いいところですよ?」
「がぁ……」
「はいはい、ルミィもね」
ルミィが寂しそうに袖を引っ張るので頭を撫でると、紅毛の幼女はすぐに機嫌を直した。
「がおー」
ストア先生の授業は続き、南東の位置を教鞭の先端が叩いた。
「さて、時計にしてみると大体五時ぐらいの位置にある小国が、シトラン共和国。この国は独特で、主産業は実体を持ちません。では、ここで取引をされるのは何でしょうか、ノイン君」
「え、ええと……確か情報……だったんじゃないかと」
故郷の教会で学んだ事を口にするノイン。
どうやら正解だったらしい。
「はい、そうですね。このシトランは、情報発信基地として有名です。世界で最も優れた情報力を持ち、印刷技術と様々な通信手段も有しています。中でも有名なのは中心にある大水晶。水晶通信の核とも言える存在です」
「がー?」
例によって知識のないルミィに、ノインは補足した。
「水晶通信というのはね、まあそのまま水晶を通して連絡を取り合う技術なんだ。元々は一つの水晶をいくつかに分かつ。その欠片に信号を送ると、他の水晶も共鳴して同じように信号を放つんだ。この仕組みを利用したのが水晶通信っていうんだよ」
「がぁ……」
ルミィは困ったような顔で、首を傾げた。
「あはは、よく分からないみたいだね」
「使ってみるのが一番なんですが、基本的に高価ですから、一個人が所有するケースはあまりありませんね。小さいモノでも村に一つとか。このアーミゼストですと、実力のある冒険者のパーティーがたまに持っていたりもしますね。水晶通信と言えば、陽水晶と呼ばれる、独特の光を放つ水晶が存在します。これは、神との通信が可能と言われる珍しい水晶です」
その話は、ノインも噂で聞いた事があった。
アーミゼストは冒険者の都市であり、この手の情報には事欠かない。
「……でもそれ、実在するんでしょうか。言い伝えでありますよね。発見した者には、神様が願いを叶えてくれるっていう……」
「はい、ちゃんと存在しますよ。少なくとも一つはルベラント聖王国のゴドー聖教総本山に存在します。シトラン共和国も、情報基地としてのプライドがあり、それを求めているようですね」
ストアは三重円の左部分を、教鞭の先で指し示す。
「そして東方、大砂漠の最西端にサフィーンが存在します。同じ名前の国は砂漠を挟んだ最東端にもあり、これはそれぞれ西サフィーンと東サフィーンと呼ばれています。昔、兄弟が別れて両端を治めるようになったんですね。西サフィーンの民の多くは、ナグルという聖者によって広められた、死生観を主に伝えられるウメ教の信者です。砂漠の民だけに、暑さに強いそうですね。もっとも北方となると寒さも増し、パル帝国との国境には長大な山脈がそびえています」
ストアはチョークを取り、その辺りに三角の記号と一緒に『モース』と書き込んだ。
モース霊山。
ノインも聞いた事がある、白と緑の秘境だ。神を目指す者達にとっての聖地とも言われているらしい。
そしてこの神霊山の滝の水は、万病に効くとも言われている。
ストアは教鞭の先を三重円の左端に持ってくる。
「一方、東サフィーンは一言で言えば大きいです」
「大きい?」
「がぁ?」
「巨人の国という意味ではありませんよ?」
「……ちょっと思いました」
どうやらルミィも同じ事を持ったらしい。
父親と同じだったのが嬉しいのか、にぱっと笑った。
「広くて大きな国ですね。このアーミゼストほどではありませんが、様々な異種族が行き来をし、各国の商品の交易が盛んです。いわば商人の国です」
「人が多い、ですか……」
ノインは自分の指を握るルミィの小さな手を振りながら、巨大な繁華街を想像し、難しい顔になった。
「ノイン君は苦手そうですね」
「え、あ、はい……ちょっとそういう所は……」
基本的に人見知りをする性格なのだ。
「サフィーン全体で言えばやはり中央に広がる広大な砂漠と、そこに眠っていた莫大な古代遺産でしょうか。かつてこの世界を制したオルドグラム王の墓も、ここにあります。……もっともそのほとんどが盗掘されてしまっていますけれど。歴史が古い事もあり、強国の中では知恵袋的な存在ですね」
ストアは、サフィーンの右隣に小さく丸を描いた。
その丸の下に、ジェントと書き込まれる。
「最後にサフィーンから更に東にある小国のジェント。何十年か前までは東サフィーンとしか交流がありませんでしたが、精霊信仰が盛んな国です」
「あ、あの……」
疑問に思い、遠慮がちにノインは手を挙げた。
「はい、ノイン君どうぞ」
「他の国が強いのは分かりますけど、どうしてこの国が挙げられるのでしょう? 小さな国なら、他にもありますよね?」
つまらない質問だっただろうか。
不安に思うノインだったが、ストアは相変わらずほんわかとした笑顔のままだった。
その笑みを浮かべたまま、ストアはノインに応える。
「それはですね、単純に強いからです」
「はい?」
「魔王討伐軍は様々な国の軍で編成されています。そしてパル帝国でしたら重装兵団、サフォイア連合国でしたら様々な魔導の知識、サフィーンの知恵と経済力など、各国はそれぞれ自国の力を提供しています」
それはノインも承知の上だ。
濃厚な魔力に満ちた魔王領は、今や海を越えて大陸を浸食しようとしている。
国同士の確執もあるだろうが、それを一時形だけでも収めて、各国が一丸となって魔王の討伐に動いている。
世界の平和の為に。
「戦いが終わった後の発言力を増す為もあるでしょうけれど」
笑顔のまま、ストアは身も蓋もない事を言った。
「せ、政治的ですね……」
ノインだって、無邪気な子供ではない。
そりゃ実際、純粋に世界の為に戦う人だっているだろうけれど、国単位ともなれば話は変わってくる。
もしも魔王領を制し、魔王を倒したのが自分達の国の軍ならば、今後の力関係にも大きな影響があるのは明らかだ。
「まあ、世界滅亡の危機の為に必死というのもありますけど、自国の利益も当然求めますよ? 皆さん大人ですから」
「は、はぁ……」
ちなみにノインは一度、魔王討伐軍の募集試験を受けた事がある。
だが、サフォイア連合国の正規軍は採用の基準が高く、ノインは体力不足で落とされたのだ。
そんな訳で、ノインは特に資格の必要のない、冒険者を志す事となった。
もっともここ、アーミゼストでも高みを目指すなら、それぞれの専門職ギルドで試験を受ける必要があるのだが……それはまだまだ先の話だ。
ストアはジェントの話を戻した。
「ジェントは要するに戦争に強いんです。おそらく独自の文化の中で育ったサムライやシノビと言った{戦人/いくさびと}達は少数にも関わらず、魔王軍との戦果でいえば他国を圧倒していると言ってもいいでしょう」
それだけ強いのには訳があるのですよ、とストアは微笑む。
「彼らが強い要因のもう一つに、半魔半精霊であるアヤカシと手を組んでいるというのもありますね。他国なら魔人や魔族は怖がられる事が多いですけど、この国は人とアヤカシが共に暮らしていますので、それだけ魔に対して耐性があるのです」
もっともその分国内でのトラブルも多いのですけどねぇ……と、ストアは付け加えた。
ストアは大陸の周辺に、豆程度の小さな丸を描いていく。
そこに、世界樹や龍神の寝床と言われる赤島、虐殺女帝ティティリエの住む竜宮殿などを記していったが、これはノインはストア先生の何かの冗談だと思った。
地理の授業でおとぎ話の固有名詞を出してどうするのか。
「さて、大きな国は大体こんな所です。理解出来ましたでしょうか」
手を休めたストアの問いに、ノインはおずおずと頷いた。
「僕は、まあ……」
「がおー」
元気よく、ルミィも両手を上げた。
「……ルミィも出来たみたいです」
「それは何よりです。これからしばらくは、ルミィちゃんにはこの世界の事を知ってもらいますからね」
「がー」
元々この講義は、この世界の事をまだよく知らないルミィの為のモノだ。
一緒にいないとルミィが不安がるという事でノインも同席しているが、特に不満はない。故郷の村でも勉強は嫌いな方ではなかったのだ。
ただ、魔力が少ないと評価された為、魔法使いや聖職者も難しく、二本の腕さえあれば何とかなる戦士職に就くしかなかったのだが。
「言葉も覚えましょうね。そうすると、お父さんともっと仲良くなれますから」
「がぁ!」
ストアの言葉に、ルミィは喜びの火球を放った。
「うわぁっ!?」
たまらずノインは、膝上のルミィもろともひっくり返った。
「それと、教室では火は吐かないようにしましょうね。私は平気ですけど、お父さんが消し炭になっちゃうと困りますから」
火の玉は、ストアが施した魔力障壁に阻まれ、黒板の手前で静止していた。力が拮抗しているのか、バチバチと火花が飛んでいる。
がやがて火球が力を失い、床に落ちる前に崩れ散った。
「がぉ……」
ルミィはしょんぼりと頭を垂れる。
興奮すると、つい火を吐いてしまうのだ。頭の角や尻尾も同様である。
「っていうか教室だけじゃなくて、他の場所でも駄目ですよ!?」
さすがにノインは気付いたのか、突っ込んだ。街中でぶっ放されては大事である。
「そうですねぇ……ですけど、龍族にもストレス解消は必要ですよ?」
「ど、どうすれば……」
ルミィの頭を撫で、落ち着かせながらノインは尋ねる。こうしていると、少しずつ角がや尻尾が引っ込み始めるのだ。
「鍛冶屋さんでアルバイトとか、どうでしょうか? そこなら火も吹き放題ですし、きっと喜ばれますよ?」
なるほど、とノインは頷いた。
確かに鍛冶工房なら、火は重宝される。強力な火力なら尚更だ。
「は、はい。じゃ、じゃあ授業が終わったら早速、工房街に行ってみます」
「大丈夫ですか? ノイン君、そういう飛び込みで人に頼むのは、あまり得意ではないようですけど」
「う……」
ノインは想像してみて、ちょっと躊躇した。
店の前で、どう中の職人に声を掛けていいのかと、ウロウロする自分の姿が容易に想像出来てしまう。
ノインは頭をぶるぶると振った。
「で、でも……この子には必要な事みたいですから」
「がぁ……」
大丈夫? とルミィが心配そうにノインを見上げていた。
不安がらせないように、ノインはルミィに微笑み返す。
「そうですねぇ……他にも空を飛ばせたり爪研ぎさせたり、子育てには必要ですからねぇ」
「……普通の赤ちゃんの子育てじゃ、絶対ないですよねそれ」
「ですけど、ルミィちゃんを育てると決めたのは、ノイン君ですから」
「がぁ」
「だ、だって……研究材料とか、そういうのにされるのは……やっぱり嫌ですから」
実際、そういう話もあったのだという。
ノインがルミィと知り合った経緯を考えれば、それは当然とも言える。
「では、鍛冶屋さんは山妖精が経営している私のお知り合いを紹介しておきますね。この授業が終わった後は、取り調べになりますから」
「ま、またですか?」
これまで朝から晩まで、ほぼ教会で軟禁状態になりながら続けられた、質問攻めを思い返し、ノインの声は自然うんざりとしたモノになってしまう。
一方ストアは胸元から、ゴドー聖教の聖印を取り出した。
「といっても、担当は私ですから、ほとんど変わらないんですけどね。これはもう、諦めて下さい。知らないとはいえ、密輸を手伝っちゃいましたからね、ノイン君」
「うう……自業自得なんですけどね、ホント」
冒険者になったはいいが、ノインは生来の人見知りで、仲間を集める事も参加する事も出来ずにいた。
右往左往する新米冒険者に声を掛けた、一件爽やかな胡散臭い人物が一人でも出来る依頼。
それが配達業だった。
中身をあらためないという条件で、ノインは特に疑問に思う事なく、様々な品を運ぶ依頼をこなしていった。
それが密輸だと知ったのは、禁制品を狙う悪党に命を狙われた時の事。
彼はその時運んでいた品『龍卵』と共に逃走した。
結果逃走中に『龍卵』は孵化し、商品は使い物にならなくなってしまった。ノインがいわゆる『刷り込み』で、龍の娘アルミナの父親となってしまった事もおまけについて。
教会に保護され、前科者となる代わりに今、ノインは龍の娘ルミィの子育てをしている。
……いずれ、ノインはアルミナと共に、彼女の親の下へと赴かなければならないのだが、新米冒険者にはとてつもなく荷の重い仕事であった。
一通り、ルミィの勉強が終わったら、ノイン達はとある小国に向かう事になっている。何でもそこの宮廷魔術師、通称『山の王』が龍達との交渉権を持っているのだという。
「世の中には悪い人がいるモノですねぇ。それじゃあ、昼食が終わったらまた、お話を聞かせてもらいますね。その『トゥスケル』という集まりの人の事」
※戦人と書いてバトラと読みそうになったのは、私だけではないはずです。
あと、フィリオら親娘と違って、ルミィは自力で人間型になってます。
それと変なモノが混じってすみません。
龍神様はヒイロに近いちびっ子です。武人妹系。
3の下半分は無視して、基本的には設定補足な番外編でした。