無数の本が積まれたアパートの一室。
「んー……」
ベッドの上で、大きく両腕が上がる。
体内時計は今日も正確。
カーテンを開くと空はまだ暗く、窓の向こうの大通りには馬車一台通る気配はない。
シルバ・ロックールの一日は、早すぎる朝からスタートする。
司祭の服に着替え、アパートから出るとまだどことなく肌寒い。
務め先である教会までは徒歩五分。
教会の中にも部屋はあるのだが、あまり本が置けないし、何より冒険稼業は時々血生臭い。その為、シルバは外に部屋を借りているのだ。
まだ夜明けまでは遠い星空の下、シルバは教会に向けて歩き始める。
すると、左の通りの方から元気のいい駆け足が響いてきた。
はて、どこかで聞き覚えのある足音だなと思ったら、背中に大きな骨剣を背負ったショートカットの鬼っ子が飛び出してきた。
向こうが先に気がついた。
「ありゃ、先輩。おはよです!」
パーティーの前衛戦士、ヒイロだった。
「おう、ヒイロ。おはようさん。ずいぶん早いな」
「狩猟は早朝に限るからね。今日は一日お肉食べ放題。お土産持って帰ってくるからね」
そういえば、とシルバは思い出した。
初心者訓練場の一件で、質の悪いパーティーから奪った資金は、巻き上げられた初心者連中に分配してもまだ相当に残っていた。
しかし、金は使えば当然減るモノで、放っておいても増えるモノではない。
という訳で、パーティーのメンバーは各自、依頼がない時は自力で稼ぐ事にしたのだ。ヒイロは狩りで生活費を賄う気なのだろう。
「ああ、期待してる。けど、売る分は残しとけよ」
「当然」
「にしてもさ、ソロで狩りって出来るモノなのか?」
シルバの疑問に、ヒイロはニッと親指を立てた。
「だいじょびだいじょび。{鬼/ウチ}の部族は元々狩猟民族だし、もー本能でいけちゃう。普通に食費が浮くし、余ったらお肉屋さんに卸せるし、トレーニングにもなるし、一石三鳥ってなモンだよ。あ、でも先輩がいると飛翔の呪文とか、移動が楽になるかも」
「んんー、そうしたいのは山々だが、俺も教会のお務めがあるんでなぁ」
「ま、その時はパーティーのみんなで行こ。カナリーとかからかうと、面白そうだし」
「あー……」
ワイングラスを優雅に傾ける吸血鬼族の美少年を思い出し、確かになと思う。シルバのパーティーで最も狩りというイメージから無縁なのは、彼だろう。
「あんまり苛めるなよ。アイツ、昼間はまるで駄目駄目なんだから」
「ん。それじゃそろそろ」
「だな。しっかり狩ってこい。あと、これも持ってけ」
シルバは、袖から体力回復薬を二本取り出し、ヒイロに渡した。
「うん、あんがと! お礼として先輩には一番いいお肉あげるからね♪」
「ほどほどでいいぞ。お前と同じ量食ったら、確実に胸焼け起こすからな」
「あいあい。んじゃ、行って来ます!」
言ってヒイロは、都市郊外へ駆けていく。
「オラが村の勇者さっまー、でけえ棍棒でみっな殺しー♪」
やたら響く、いい声だった。
「にしても……すげえ歌詞だな、おい」
それが難と言えば難だった。
教会に入ったシルバは、司教の執務室に合鍵を使って入り、仕事の資料をまとめた。
それを短時間で終えると、次は食堂だ。
調理場で、髪を後ろで束ねた顔なじみの助祭と鉢合わせた。
「ういっす、チシャ」
「あ、おはようございます、シルバ様。本日はよろしくお願いします」
「って、単に野菜の皮むきなんだから、そんな固くなりなさんな。さっさと終わらせて、調理係に渡しちまおう」
「は、はい」
二人はジャガイモの皮むきを開始した。
それが終わると、今度は司教の寝室だ。
カーテンを開けると、もう太陽は昇り始めていた。
「先生起きて下さい」
シーツをめくりあげる。
「ふみ……?」
髪も白なら寝間着も白の司教、ストア・カプリスは大きな黒山羊のぬいぐるみを抱いたまま、寝惚け眼を擦った。二十代半ばほどの、おっとりした感じの美女だ。亜人の血を引いているのか、山羊のような角や長い両耳、先端が槍の穂先のような細い尻尾を生やしている。
「『ふみ……?』じゃなくて。さっさと起きないと朝食なくなりますよ」
「……んー、先生の分も、ロッ君が食べて下さい……お任せします……」
ストアは、よろしくと器用に尻尾で扉を指差した。
「ウチの前衛なら喜んでやる奴一人知ってますけど、俺の胃袋は先生の代用品にゃならないんです」
「ご飯でしたら、学習院に行く途中に寄り道で……」
「司教がそれじゃ、示しがつかんでしょうが。先生がいなきゃ、みんなも飯が食えないんですし!」
「う~~~~~」
「ちゃんと起きて下さいよ。こっちはまだ、他にもやる事あるんですから」
そう言って、シルバは部屋を出た。
他にも、お祈りの準備やピアノの調律など、やる事はいっぱいあるのだ。
朝礼や朝食を済ませ、昼近くになると、シルバはストアに同行して学習院に入った。
さすがにこの時間だと、生徒の数もかなり多い。
人間多数、たまに亜人、そんな中でやはり真っ白い亜人であるストアはとてもよく目立っていた。
が。
「はぁ……やっぱり外の空気はいいですねぇ」
本人はまったく気にすることなく、小さく微笑みながら伸びをしていた。
うっかり目的地である研究室とは全然違う方角に行こうとする上司を、何とか軌道修正するのもシルバの仕事の一つだ。
「……ですから、先生は司教なんですから、そういう台詞はですね」
「はい。あ、先にお昼を買っておきましょうか。今日は部屋に籠もる事になりそうですし」
「はい」
そして二人は食堂に入った。
すると、部屋の隅で、何やら書類の積まれたテーブルに突っ伏している貴族がいるのを発見した。壁際にはいつものように赤と青のドレスの美女が控えている。
「……ぬ……シルバ、おはよう」
ものすごく眠たそうな顔をしたカナリーが、寝惚け眼を擦った。
「何だろう。つい数時間前に似たような光景を見たような気がする。っていうか大丈夫か?」
「……気にするな。僕の朝がいつもこうなのは、知っているだろう」
気怠そうに、カナリーはワイングラスを傾ける。
「{覚醒/ウェイカ}を使ってやりたい所だけど」
「ロッ君、自然な眠気に術を行使するのは、あんまりよくないですよ?」
優しく微笑みながらもたしなめる、ストアの言葉は実に深い。
「ええ。毎朝苦労してますから、よっく分かります」
「ここは、王子様のキスでですね」
何故か揺れる、ストアの尻尾の先もハート形になっていた。
「すみません。立場忘れて殴りそうになりました」
「心の中でだけでしたら、いくらでもどうぞ」
「そうします」
そんなやり取りを、半ば微睡みながら眺めるカナリーだった。
「……相変わらず、仲がいいねぇ」
「ありがとうございます。ホルスティンさんも、ロッ君をよろしくお願いしますね」
「ああ、はい……うう、それにしても、どうしてこの世界は昼中心なんだ……」
人間社会だからなぁと思うシルバである。
「まあ、昼を過ぎたら大分マシになるんだろ? それまでの辛抱だ。……で、その積まれた書類は何」
「……叔母が送ってきた見合い相手の姿絵」
ストアの目がキラーン☆と輝き、シルバがギョッとした。
「拝見してもよろしいですか?」
「好きなだけ持って行って下さい」
カナリーはどうせ興味ないしとテーブルに突っ伏したまま、手をヒラヒラと振った。
「まあ、綺麗な人達ですね。さすが、吸血鬼の方々。美形揃いです。ロッ君も、二、三枚如何ですか」
「何に使う気ですか、そんなモン。いいから返しておいて下さい。これはカナリーのモノです」
「いらないって、もー……面倒くさいなぁ、返事書くの」
眠気とは別に、相当うんざりしているようだった。
貴族は貴族で、色々悩みがあるんだなぁとシルバは思う。
「今日は店、どうする?」
「僕の方は遅くなりそうだから、一人で行ってくれ。実家から仕送りが来るから、そっちを受け取らないと」
パーティーの中で唯一労働しないのが、カナリーだ。
実家からの仕送りで、この地での生活程度なら、どうにでもなってしまうらしい。
「分かった。じゃ、また夜にな」
「んー……」
カナリーは再び眠りの世界に沈んでいった。
半ば書籍に埋もれたような研究室に入ると、シルバは未処理分の書類の横に、教会から持ってきた書類も積んだ。
「また、ずいぶん仕事がありますね」
「ええ、教会の分も持ってきてますからね」
しかしこの程度で動じる、ストアではない。
おっとりしているように見えて、不思議と仕事は進んでいるのが、シルバにはいつも不思議でならない。しかも自分が見ている時は、怠けているのだ。
シルバは資料を集め、ここにないモノは図書館に行って探し出す。
ストアの仕事を手伝っていると、時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。
夕方近くになると、ストアの筆もようやく動きが止まった。
「それじゃ、ロッ君はここまででいいですよ」
ストアの出した給金の袋を、シルバは受け取った。
「ありがとうございます」
一礼して、ふとシルバは思い出した。
「頼むから今日は、ここで寝泊まりやめて下さいよ。ちゃんと、教会の自分の部屋で眠って下さい。学習院の正門まで出られたら、馬車使ってもいいですから」
言っておかないと、また泊まり込みになりそうだ。……いや、言ってもたまにやるのだが。
「はい。それじゃロッ君も気をつけて下さいね」
「はい」
学習院を出たシルバは、パーティーのメンバーが集まる食堂『朝務亭』に向かう事にした。
大通りを歩きながらふと、思い出した。
「そういや、この近くだったか」
パーティーメンバーの一人、キキョウの新しい仕事先(前に勤めていた酒場はストーカー事件の件もあり、契約更新しなかった)に寄ってみる事にした。
脇の道に入り、坂道を上る。
門を潜って掃除をしていた道場主に挨拶し、広い芝生の敷地を抜けると、その道場はあった。
建物の一辺は壁が取り払われ、外からでも稽古の様子がよく見えた。
動きやすい服に身を包んだ子供達の相手をしている黒髪の剣士、キキョウが、板張りの道場の中央で剣を構える。
「それでは皆、一人ずつ打ち込んでくるがいい。十往復!」
「はい!」
道場の端に並んだ生徒達が、威勢のいい声と共にキキョウに剣を振りかぶっていく。
「おー、やってるやってる」
シルバの声が聞こえたらしく、ヒクン、とキキョウの耳が揺れた。
「シ、シルバ殿!?」
パタパタと尻尾を揺らしながら、こっちを向く。
「いや、よそ見すんな」
「ぬ、何のこの程度! 予定変更、全員まとめてくるがいい!」
「おいおい」
しかも本当に一斉に掛かってきた子供達を、キキョウは順番に捌いていった。
子供達の稽古終了後、道場主から十分ほど説教を食らうキキョウであった。
シルバは待っている間暇だったので、壁に立てかけていた刃の潰された練習用の剣を手に取ってみた。
大人用のモノらしく、それなりに重い。こんなモノを振り続ける前衛職は、本当に大変だなと思うシルバだった。
「待たせたな、シルバ殿」
タオルを首から下げたキキョウが、道場から出てきた。手には何やら鞄を持っている。
「いやいや。しかしわざわざ、シャワーまで浴びてきたのか?」
「う、うむ。少々汗臭かったのでな」
大丈夫だろうか、とキキョウは自分の腕を嗅いだ。
「大丈夫だって。冒険に出たら、もっと酷いだろ」
「ま、まあ、それはそうだが……」
それから、シルバが剣を持っている事に気づき、ピンと耳を立てた。
「む、シルバ殿もいよいよ剣を取るか? ならば某が僭越ながら指導の方買って出るが……」
「それはないって。こんなの振ってもすっぽ抜けるのがオチだしな」
「うーむ、それは否定出来ぬ話」
「だろ?」
シルバの白兵戦音痴は筋金入りなのである。
それはさすがにキキョウも否定出来ない。
「しかし某としては、せめて自衛の道具ぐらいは何がしか欲しいのだが」
「あー、ヒイロにも同じ事言われたな」
「さもあらん」
初心者訓練場で絡まれて以来、時々言われるのだ。
「つーか俺に合う武器なんて、そうそうないと思うけどなー」
「いやいや、そこは粘りとしぶとさに定評のあるシルバ殿。必ず見つけられると、某は愚考している」
「用意するにしてもあんまり技術とか必要ないモノにしときたいなぁ……」
シンプルな武器としては、やはり棒とかになるのだろうか。
そこまで考え、シルバは頭を振った。
「うんまあ、俺の話はいいや。それより新しい仕事、順調みたいじゃないか」
「うむ。子供相手はこれはこれで楽しいぞ。相手が子供なので、レベル1でもまあ、大丈夫だろうと何とか務めさせてもらっている」
「レベルか。筆記試験さえ何とかなればなぁ」
「ううむ、もういい加減、試験を受けてもよかったのだが、特に困った事もなかったのでな」
「かつてのトラウマもあるしな」
ヒヒヒとシルバは笑った。
この都市にやって来て間もない頃、冒険者のレベル試験に筆記試験がある事を知らなかったキキョウは、字が読めずに零点を取った過去があるのだ。
「……それは言わんでくれ、シルバ殿」
キキョウは恥ずかしそうに顔を俯ける。それにつれて、尻尾もへにゃりと垂れ下がった。
だが、すぐにぶるぶると頭を振った。
「しかし、パーティーを組み始めたからには、そろそろ何とかせねばならん」
「だな」
「ところで食堂に集まるのは、もう少し待って欲しい」
「何か用事でもあんのか?」
「うむ。非常に私事なのだが……む、始まったな」
キキョウは顔を上げる。
シルバの耳にも、何やら笛の音が聞こえていた。この流れる水のような音色は、フルートだろうか。
「何この音楽」
「最近、近くの酒場でどこかの楽士が演奏を始めたようでな」
ふふふ、と不敵な笑いを浮かべ、キキョウは鞄を開いた。
「あまり見事なので、某も対抗してみる事にした」
鞄から出したのは、琵琶だった。
「歌競べか」
「うむうむ。某も多少、楽器の心得があるのでな」
キキョウはその場に座り込むと、軽く弦を確かめる。シルバは立ったまま、耳を澄ませた。
「しかしまあ、ずいぶん綺麗な音色だな。一体、どんな人が吹いているのやら」
「某は、さぞや美しい貴婦人ではないかと想像する」
「……そう聞くと、是非現物をお目に掛かりたくなってきたぞ、おい」
ひくん、とキキョウの尻尾の毛が逆立った。
「い、いや! あくまで某の想像だ! 絶対とは限らん」
「ふむー……しかしま、腕の良さと雑念がない事ぐらいは俺にだって分かるぞ、こりゃ」
「うむ。ではそろそろ某も……」
ベン、とキキョウらしく勇ましくも凛とした響きがキキョウの手元から響き始める。
フルートの奏者も気付いたのか、互いの音色が次第に溶け合っていっているように、シルバは感じた。
協奏は五分ほど続き、やがてどちらからともなく曲は静まった。
「……やはり、大したモノだ」
呟き息を吐くキキョウに、シルバは手を叩いた。
「お見事」
「い、いやいや。では時間もいい頃だ。シルバ殿、ゆこうか」
顔を赤らめ、キキョウは慌てて楽器を片付けた。
「ああ」
日はそろそろ沈もうとしており、建物の灯りが目立ち始める。
何やら上機嫌になったのか尻尾を大きく揺らすキキョウと大通りを歩いていると、見慣れた大型の甲冑が酒場から出てきた。
タイランの方も、シルバ達に気付いたようで会釈してきた。
「あ……シ、シルバさん、キキョウさん、こんばんは」
「うん、タイランも仕事の帰り?」
「は、はい。思ったよりもいい給金頂いてます……でも私、水とか太陽以外はあまり必要ないんですけど……」
困ったように俯きながら、タイランは給金の入った皮袋を胸元に納める。
「まあ、もらえる金は多い方がいいんじゃないか。あって困るモノじゃないだろ」
「うむ。それに腕も磨けるよい仕事ではないか」
「そ、そうですね……ただ、練習場所に少し困るので、郊外に出なきゃなりませんけど……」
ん? とシルバは首を傾げた。どうやら、キキョウも同じ思いだったようだ。
「何故だ? 修練場があるだろう」
「しゅ、修練場でなんて、出来ませんよ……」
「む?」
どうも、話がずれているような気がした。
「待て。そういえばタイラン、お前の今やってる仕事って何なんだ?」
「あ、はい。酒場で演奏やってまして……」
モジモジと恥ずかしそうに言うタイランだった。
意外すぎる。
「……用心棒ではなかったのか」
「……いや、それよりも、今度吹いてみてくれ。もしかすると、聞き覚えのある音色かも知れない」
シルバは、タイランが腰の後ろに装着しているやけに細長い鞄を見た。
「あれーっ、三人仲良くおそろいでっ!」
元気いっぱいな声に振り返ると、猪と鳥竜と鹿を、木を組んで作った背負いに乗せたヒイロがいた。
正直、ヒイロの背丈を遙かに上回る上、道行く人々がギョッとしていた。シルバ達も同様だったが。
「……またずいぶん狩ったんだな、ヒイロ」
「うん、これから、お肉屋さんに卸しに行く途中だよ。少しだけ残して、店の親父さんに晩ご飯に調理してもらおうと思ってるんだ!」
「僕としてはもう少し、上品な料理が好みなんだがな……」
途中でヒイロと合流したのだろう、ヒイロの後ろからフラッとカナリーが現れた。
「そこはこう、ソテーとかにしてもらう方向で。あ、なんだタイランは結局そっちの仕事にしたんだ」
ヒイロも、タイランの背中の鞄に気付いたらしい。
「は、はい……警備の仕事もあったのですが、ちょうどこちらの募集の張り紙を見てしまったので……」
「ヒイロは知ってたのか?」
「フルートの事? うん。そりゃこの都市に来るまで、一緒に旅してたもん。当然でしょ?」
「ヒ、ヒイロの歌も素晴らしいんですよ?」
「何と!?」
タイランの言葉に、キキョウが飛び上がった。
「あー。そういえばいい声出してたもんな」
シルバはふと、朝のヒイロの歌声を思い出した。
「え!? あ、いやぁ、そんな風に褒められるほどのモノじゃあないんだけどなぁ……」
ヒイロは照れくさそうに頭を掻いた。
「しかもシルバ殿は知っているとな!?」
「いいだろう。ならば、勝負だな。僕の奏でる凄絶ヴァイオリンに魅了されるといい」
影から現れた赤い従者が、革張りの鞄をカナリーに手渡した。
「いや、競うモノでもないだろに」
シルバは突っ込むが、誰も聞いちゃいない。
「あと、太鼓も得意だよ!」
「ふふふ、よし! いよいよそれは僕への挑戦状と受け取った!」
「いや、どっちかっていうと、先輩に聞いてもらおうと思っていったんだけど」
「という事だ、シルバ。君がジャッジとして白黒付ける事になりそうだ」
「話を聞けよ、お前は!?」
往来で騒ぐのも何なので、という事になり、全員いつもの食堂に集まった。
夕食のメインは、ヒイロの狩った獣の肉だ。
「ま、ともあれ、飯にだけは困らないな」
ヒイロだけではなく、全員それぞれに何かしらの生計は立てられるようだ。まあ、冒険者としてこれを本業にする訳にはいかないのだが。
「正確には肉にだけどね。野菜がな……僕の実家から送ってもらってもいいが、領地の畑がトマトしかないんだ……」
「それはそれで、問題だな、おい……」
ホルスティン家すげえと思うシルバであった。
「まあ、普通にサラダを注文すればいいんだけどな」
「ふーむ、某は穀物がなぁ。やはりジェントの民は米が恋しい。あとは味噌」
モソモソと、ピラフを食べながらキキョウは憂鬱そうだった。
「米なら今食ってるだろ?」
「いやいやいやいや、シルバ殿。これも確かに米なのだが、故郷の米はやはりひと味違う。ここの米も悪くはないが、もう少し水気がありなおかつ粒の一つ一つが立つような米はなかなか」
食にこだわりがあるらしい。
しかしキキョウに言わせれば、そうした性癖はジェントの人間に共通したモノなのなのだそうだ。
「難しいもんだな。ジェントはかなり遠いから、輸入も難しいだろうし」
「ふぅむ……自力で稲から育てるのも考えたのだが……土と水が違えば味が異なるし、悩ましい話だ。カナリー、植物系の魔法使いに知り合いはおらぬか」
「植物か。……むしろ精霊系の分野のような気もするな。調べておくよ」
「うむ、頼む。ジェントの酒も恋しくてなぁ。いや、麦酒も悪くはないのだが」
キキョウはジョッキの酒をチビチビ飲みながら、不満を漏らした。
「キキョウさん、ほーむしっく?」
ヒイロの問いに、首を傾げる。
「いや……故郷の飯が恋しくなるのは誰にでもあるのではないか?」
「僕は普段通りのご飯だから、特に気にしないけどね」
「……お前は生でも焼いてでも、とにかく肉だもんな」
お裾分けの肉を囓りながら、シルバが言う。
「うん! やっぱり自分で獲った肉は格別だね!」
「骨まで食うなよ」
「食べないよ。加工して土産物屋に卸すから」
「……この中で、一番逞しいかも知れないな、お前」
「鬼だからね! ほら、先輩ももっと食べる!」
皿の上に、どんどん肉が積まれていった。
というか肉しかない。このままでは確実に、胸焼けが起こりそうだ。
「食うけどサラダも寄越せ。栄養のバランスが悪すぎる。つーかアレか。鬼ってのはみんな、肉しか食べないのか?」
「んー……雑草、とか?」
「……逞しすぎるぞ、おい」
オーガの胃袋は鋼鉄で出来ているらしい。とにかくよく食べ、よく飲む種族だ。
それと対極にあるのが、鎧のタイランだった。
「あ、あの、シルバさん……お酒注文しても、いいでしょうか……」
「お前は遠慮しすぎだ、タイラン! 酒ぐらい好きなだけ飲め! それでもヒイロの半分以下だろ!?」
「で、でも私、別に水でも問題はなくて……確かにお酒は美味しいですけど……」
「おっけ。んじゃ次俺の奢りな。カナリー、メニューの中で一番旨い酒を教えろ。タイランはもうちょっと、食の喜びを知らなきゃ駄目だと思うんだ」
シルバの提案に、カナリーも身を乗り出した。
「ほう、意見が合うね、シルバ。いいだろう、ワインの選び方も仕込んでやる」
「では某は何とかして、ジェントの酒を仕入れるルートを確立するとしよう。米の酒というのも悪くないモノだぞ、タイラン」
「んじゃー、ボクんトコはドブロクかなー」
メニューを眺めながら、とりあえず適当に良さそうな酒を幾つか注文して、タイランに飲ませる事になった。
「しかしまあ、シルバ殿。今の生活も悪くないが、とにかく早くいい盗賊が見つかるとよいな」
「それが一番の悩み所だなぁ」
それに武器がどうとかいうのもあるし、とシルバは串焼き肉を食べながら考える。
「…………」
肉のなくなった金串を、眺める。
「どうかしたか、シルバ殿」
「……いや」
首を振って、シルバは串を皿に置いた。
「ボクとしては肉好きの人ぼしゅー。肉同好会作ろ、にくどーこーかい」
「何だそれは、ヒイロ。それなら僕は赤ワイン党を結成するぞ」
「ど、どんな人になるんでしょうねぇ……」
ちなみに、魚派の盗賊が参入するのは、もうちょっとだけ先の話。
※感想掲示板の]ironさんの質問拾って作成しました。
5kb程度にしようと思ったのに何故20kb近くになってやがりますか。
カナリーの好感度チェックをしてみたところ、まだ赤らむような程じゃないらしいです。
萌え要素は、やはりこー、もう一人ぐらい好感度高めが参加してナンボのような気がしますですな。
あと、盗賊絡まない仕事なら、現状でもこなせておりますよ。配達とか警護とか。ああでもそれは、本編で描写しないといけない内容ですね。