キキョウらの世話を終え(身体を拭くのは、キキョウの後、リフが自分で毛繕いすると遠慮し、ラグドールも固辞した)、シルバはサキュバスしまい達の部屋を訪れた。
出たのは、青いドレスを着た黒髪美女、姉妹の長女であるカモネだった。
「あラ」
「見舞いに来た。妹さんの調子はどう?」
果物を盛った籠をカモネに手渡す。
「本調子とは行きませんけド、生活に師匠はないレベルですネ」
「…………」
ベッドで上体を起こしているおかっぱ頭の三女ナイアルが、無言で頷く。
「そりゃよかった」
「しかシ、何故果物?」
カモネは首を傾げた。
「見舞いの定番だと、ナクリーが」
「あア、なるほド」
「もうじきドラマリン森林領に着くんで、そろそろ準備した方がいい。妹さんのことを考えると、大事を取ってイタルラを使うといいんじゃないかってナクリーは、言ってた」
「ありがたク、使わせて頂きまス」
「……っていうか、早くないか?」
それまでベッドの傍らの椅子に腰を下ろして黙っていたノインが、口を開いた。
シルバはそれに応じる。
「早いって、何が?」
「いや、ドラマリン。たった数時間だよ? アタシがアーミゼストまで、どれぐらい掛かったと思ってんの?」
「んな事俺に言われても。何せ、移動してるのが障害物のない空だし、スピードだってハンパない いちいち驚いてたらキリがねーだろ」
「……まあ、言われてみりゃ、そうだけどさ。まさか、城が逆さまにひっくり返るなんて、普通にありえないし」
ジト目で見られ、シルバは顔を背けた。それに関しては、シルバが完全に悪い。
「……ま、まあ、そうだな。あとそれと、これ。ウチの地図。イタルラが迷わなきゃ問題ないけど、念のため」
懐から出した巻物も、カモネに渡す。
「何から何までありがとうございまス」
カモネは、部屋据え付けのデスクに果物籠と巻物を置いた。
その後ろで、ナイアルが小さく呟く。
「…………」
もっとも、あまりに小さい声なので、シルバには聞こえないが、姉妹にはちゃんと伝わっていたようだ。
「……エ、どうしたノ、ナイアル? 果物?」
「…………」
コクンと頷くナイアルに、カモネはリンゴを手渡した。
そのリンゴが、みるみる萎れていく。
リンゴのエネルギーを、吸収しているのだ。
「すごいな」
「私達ハ、精気が主な栄養ですかラ」
「あ、アタシも食べる!」
ノインの手の中で、やはり同じようにグレープフルーツが干涸らびていく。
「出来れば口に入れて食べて欲しいんだが」
ちょっと人間であるシルバには、合わない食事法だった。
「この食べ方ガ、一番栄養を吸収しやすいんですヨ。口の中に入れるト、精気が砕けてしまいますシ」
「なるほど」
「本当ハ、動物の精気の方が効率がいいんですけどネ。回復の為にモ」
カモネが、和やかに笑う。
……目だけ、笑っていないように見えるが。
「……え、えーと、じゃあ、よければ使います?」
こういう経験は、カナリーで慣れっこだ。
ただ、サキュバスの場合は血を出す必要はないだろう、と考え、傷つけていない人差し指を差し出す。
「指ですカ?」
「え? 違うの?」
「サキュバスにとって最も効率のいい精気の吸収方法ハ、指ではありませんヨ」
「じゃあ、血とか」
やっぱり果物ナイフがいるかな、と考える。
「それは吸血鬼でス。私達は男性にしかないモノを使用しまス」
ニコニコと笑うカモネに、シルバは一礼した。
「これで失礼します」
踵を返そうとしたが、一手遅かった。
「えイ」
カモネの瞳が輝いたかと思うと、シルバの身体が硬直した。
「ぬ、うっ!? ちょ、か、身体が……」
まるで見えない縄にでも縛られているかのようだ。
何とか身体を動かそうと抵抗するが、術が強いのかビクともしない。
「さサ、ナイアル、貴重な養分が手に入ったわヨ」
「…………」
ナイアルは、困っているようだ。
ああ、こういうお姉さんなんだ、とシルバは今更ながらに、カモネのことがちょっと分かったような気がした。
もっとも、分かった所でどうにもならない。
そうこうしている内にも、シルバの貞操の危機は近付きつつあった。
「新鮮な内ニ、吸収しちゃいましょウ? 私にも少し分けてネ♪」
「却下ーっ!!」
その時、シルバの影から飛び出したのは、カナリーであった。
「く……っ」
その衝撃で、シルバに掛けられていた拘束の術も解けてしまう。
「あらあラ」
「シルバに何をする気だ、貴方は!!」
シルバとカモネの間に割って入ったカナリーは、彼女を糾弾した。
「軽いジョークですヨ。こう見えてモ、慎み深いんでス、私」
「……とても、そうは聞こえなかったけど」
「ああ、その点に関しては私が保障してもいいけど」
ひょい、とカナリーの目の前に現れたのは、ちびネイトであった。
「む」
「面白いから、黙認させてもらっていた」
「っておいこらテメエ!?」
シルバが前に回り込み、ちびネイトに掴みかかる。
「危うくこちらは決闘を申し込む所だったんだぞ!?」
「でもまア、実際血の数滴ももらえるト、大幅に回復しますけどネ」
「だめ。シルバの血は、僕が独占させてもらう」
拗ねたような顔をしながら、カナリーはシルバを後ろから抱きすくめる。
「……おい、カナリー」
シルバは小声で囁いた。
「何さ」
「……柔らかいモノが当たってるんだが」
あのマントって、役に立ってるのかと疑問に思うシルバである。
それに対して、頬を膨らませたカナリーの答え。
「当ててるんだ」
「おぉいっ」
「あらあラ」
「固いことを言わず、数滴ぐらい分けてあげたまえよ。もちろん、受ける受けないは彼女の意思次第だけど」
ぬぅっとシルバの影から新たに現れたのは、カナリーの父親、ダンディリオンである。
どうやらずっと、影の中でやり取りを聞いていたらしい。
「…………」
そして注目されたナイアルは、出来れば少しだけ……と主張をする。
「むうぅ……た、ただし、グラスを使うんだ。直飲みはだめだからね!」
「へーへー……」
ノインがボリボリと頭を掻きながら、小さなグラスを用意する。
それはともかく、とシルバは自分の足元を見た。
「……あの、頼むから2人とも、ポンポン気軽に、人の影から出現しないように頼む」
※残念ながら、キキョウ悶絶の巻はカット。
いや、ガチで一話使いかねないと、途中でやめました。(汗
あと、シルバはそろそろ本当にもげてもいいと作者も思い始めてます。
それとカモネさんが本気だったのか冗談だったのかは想像にお任せします。