シルバは診察室に入った。
……この施設、何でもあるな、とちょっと呆れてしまう。
広い部屋にはベッドが6つほど並んでおり、それぞれに人が横たわっていた。
この浮遊城フォンダンを動かしている大型炉、ゾディアックスのパワーに当てられたキキョウやリフ達だ。といっても、ゾディアックスの出力も抑えられた今、彼女達も快復に向かっているという。
「検診ー。検診のお時間でーす」
「に、にぅ……?」
退屈そうにベッドに上体を突っ伏していたリフやキキョウが、顔を上げる。
ラグドールはチラッとこちらを見たが、すぐに興味を無くしたのかそのまま目をつぶった。どうやら彼女は回復に専念するようだ。
「まあ、様子を見に来たってだけなんだが。ひとまず落ち着いたらしいし」
「ぬぅ……シルバ殿、あのような作戦はもう勘弁願いたい。それと、その後ろにいる小さいタイランみたいなのは何なのだ?」
キキョウが、シルバの背後を指差す。
そこには、タライを持ったこぢんまりとした甲冑がいた。
背丈はシルバの腰ぐらい、三頭身ぐらいの空色をした自動鎧だ。
「今回の一件の元凶」
「不本意です」
自動鎧――カイワンが、エコーがかった不機嫌そうな声で応じる。
「だ、大丈夫なのか、シルバ殿?」
「やばいようなら連れて来ないって。助手、雑用、お手伝い。そんな所」
「屈辱です」
ナクリーの話によると、精霊としての特性は完全に精霊炉内に封じた上、ロックまで掛けているので、勝手なことは出来ないのだという。
「しかし、シルバ殿は今、祝福魔術を使えないのでは?」
「に……なおった?」
キキョウやリフの心配はもっともだ。
が、シルバは首を振った。
「まさか。単純に見舞いとまあ、世話だっつーの。術が使えない程度で働かないとか、普通に破門されるしな」
何より、たまにはこの手の奉仕活動をしないと、時々自分が司祭である事を忘れそうになると言う理由が一番大きかったりする。
「い、一応私は幾つか術を使えますけど……」
それまで、シルバの背中に隠れていた見習いサムライ姿のチシャが、おずおずと出現した。霊体なのは、こちらの状態にも馴れる為である。
「ぬうっ!?」
慌てて膝を立ち上げたキキョウだったが、チシャだと分かると小さく息を吐いて、足を戻した。
「敵じゃないぞ。見ての通り、チシャだ」
「ど、どうもです」
「にぅ……はんとうめい」
リフは四つん這いになってベッドの後ろ端に移動すると、尻尾を揺らしながらチシャの足下を小さな手で掻き混ぜた。
チシャが、その手から逃れるようにヨタヨタと上昇する。
「こ、これにはちょっと事情がありまして……」
「まあ、ここは俺が説明するのが一番手っ取り早いよな――」
シルバは、尋問室でのやり取りを話した。
納得がいったのか、キキョウは小さく唸った。
「なるほど……それで、チシャもルベラントまで連れて行くつもりなのであるか?」
「……まあ、なるべく早くアーミゼストにも戻るつもりだしな」
「ウチのパーティーは今、ちょうど休みに入ってますから大丈夫です。ルベラントも、行ってみたかったですし」
教会の方は、おそらくストアが何とかしてくれるだろう、とシルバは期待している。
普段は頼りないが、妙に根回しは上手いのである。
「ふむぅ……シルバ殿」
何やら考え込んでいたキキョウが、シルバを見た。
「ん?」
「ちょっと話があるのだが」
シルバは目を瞬かせる。
「内緒話?」
「う、うむ……まあ、そうと言えないこともない……」
「二人だけの秘密か……いいな。うむ、実にいい」
それまでシルバの肩の上で黙っていたちびネイトが、ニヤリと笑う。
「ち、違うぞ、ネイト! そのような響きのいい物ではないのだ!」
「響きのよくない話か……」
「いや、シルバ殿、そういう類の内容でもないのだが……まあ、重要であることには違いない」
「パーティーに関わる内容みたいだな。じゃあ、チシャとカイワンはそれぞれ、タオルとか花瓶の水の交換で」
「あ、はい」
「やれやれです」
チシャとカイワンがそれぞれ動き始めたのを見計らい、シルバは改めてキキョウに尋ねた。
「で?」
真面目な顔で頷き、キキョウは小声で囁く。
「……うむ、他にも色々問題はあると思うのだが、まず真っ先に気になったのはお風呂なのだ」
「入れないのか?」
「いやいや、そうではなく。チシャを、どう扱うかという問題なのだ。主に性別的な理由で」
現状では、一応大浴場を男女別で使用する事になっている。
つまり、男子入浴時間は、事実上シルバの独占である。
だからといって、チシャを女子入浴時間に回すというのも、いささか具合が悪い。一応、シルバ以外のメンバーの性別は、周囲には他言無用になっているのだ。
チシャの性格からしてバラしても大丈夫だとは思うが、可能な限りリスクは減らしておきたい。
「うーん……まあ、とりあえず内緒にしておくとして、やっぱりチシャだけ入浴時間を分けた方がいいな」
「うむ、当然であろう」
「入浴時間、間違えちゃ駄目だぞ、キキョウ」
「……あの、シルバ殿。何故に、某のみに言うのか、ちょっと気になるのだが」
キキョウは困った顔で、隣のベッドにリフを見た。
「にぅ?」
リフが、小さく首を傾げる。
「ヒイロにも言っておく」
「ほ、他には!? リフはよいのか!? カナリーやタイランは!?」
「にに……?」
うん、とシルバはキキョウを見据えたまま、力強く頷いた。
「この手のパターンで、不安要素の高いのは、お前とヒイロだ。間違いない」
「にぅ」
「リフも同意であるか!?」
「しかしまー、そうなると女子の入浴時間は閑散としそうだな」
「そうでもないだろう。ナクリー、ラグドール、シーラにヤパン。充分だ」
シルバの呟きに、ちびネイトが指を折り数える。
「ぬ、う……いやいやいや、ちょっと待つのだ。と、となると、某達はシルバ殿と一緒に入浴と言う事に……!?」
「に。リフはへいき」
赤い顔をしてわたわたし始めるキキョウ、そしてリフは平然としていた。
「っていうか、男子入浴時間をこっそり2つに分けるに決まってるだろ? 別に一緒でもいいけど……って、どうしたキキョウ、真っ赤になって突っ伏して」
「ううううう……何だか某、今日は弄られてばかりのような気がする……」
「ま、風呂に関してはとりあえずそういう事で。ひとまずみんなは、もうしばらく安静と言う事で1つよろしく」
パン、とシルバが手を合わせて話は終わった。
「う、うむ、承知した」
「に」
「……さて、ナクリーの話だと、そろそろドラマリン森林領の上空らしいし、サキュバスの姉妹らにも挨拶しないとな」
彼女達は自室で休んでいるという話だ。
「あのー……」
「ん?」
顔を上げると、タオルを持ったチシャがふわふわと漂ってきた。
「キキョウ様やリフちゃんのお背中とか、拭きましょうか? 汗……掻いてると思うんですけど……」
それはちょっとまずいな、とシルバは思った。
「いや、そっちは俺がやっとくから、チシャ達はゴーレム達を手伝って。掃除とか後片付けとか色々残ってると思うから。俺も後で追う」
「分かりました。じゃあ、よろしくお願いしますね、シルバ様」
※……背中ふきふきを書くと、多分それだけで一話消費しそうな気がする。
まあ、次回サキュバス達の話で。