聖印の栓を抜くと、そこからプラズマ状態の物が出現し、それはチシャの姿を取った。
「ひゃああああ!?」
彼女は、自分の本体の惨状(ロープに縛られて半裸状態)を見て、大きな悲鳴を上げた。
「な、な、何で私、そんな破廉恥な格好なんですかぁ!?」
幽体のまま、真っ赤になって手をわたわたさせる。
「いわゆるなりゆきだ。あと、あんまり見ると……」
「ひぁっ!? な、何で!?」
それまで助祭の法衣を羽織っていたチシャの身体が、本体と同じようにはだけてしまう。
「認識がそのまま、霊体に影響したようだな。とにかく急いで服を着せた方がいいんだけど」
「――適当に、服を取ってくる」
いち早く、反応したのはシーラだった。
シルバの返事を待たずに、そのまま部屋を出て行く。
「そ、その前に、その拘束を解かないと……」
タイランも、おろおろと空中で動転しているチシャと、チシャの身体を持ったままのカイワンを交互に見ていた。
「そうしたい所なんだが、それに関してちょっと困った事がある。チシャ、君がそこにいるのに、何故、彼女は動いていると思う?」
「え、あ……」
チシャは困っているようだ。
もっとも、困っているのはシルバも同様である。
「そもそも何があって、そんな姿になっているのかも気になる所なんだけど……」
「あ、そ、それなんですけど……荷物のお手伝いをしていた時、他の沢山の人に押されてそのまま、あの籠の中に詰められちゃいまして……」
そして、籠の奥に追い詰められたまま、運搬されてしまった。
何とか荷物をずらして、脱出を試みたが、不意に意識を失い、気がつけば真っ暗な空間にいたのだという。
そして、解放されてみれば、この状況だ。
「そういえばここって、どこなんですか?」
「あー……」
ずっと籠の中にいた、という事は、今いる場所のことも知らない訳だ。
多分驚くだろうなーと考えていると、ナクリーが小さな手を挙げて振った。
「よし、儂が案内してやるのじゃ」
「いいのか、ナクリー」
「クックック、一番、見晴らしのよい所に連れて行ってやるのじゃ」
「は、はぁ」
ナクリーの邪悪な笑みに不安を覚えたのは、シルバだけではないようだった。
「……気絶するなよ、チシャ。気を確かに持つんだ」
「わ、分かりました」
小柄なナクリーの後ろに、ふわふわと幽体のチシャがついていった。
「さて」
扉が閉まると同時に、デフォルメ化されたちびナクリーの幻影が出現した。
「うおっ!?」
「何を驚いておる。この姿をあの娘の前で出すと、さらに混乱を呼ぶじゃろが。ひとまずあのチシャという娘は退避させたので、そこな本体からさっさと精霊を追い出すのじゃ」
「え、チシャわざと隔離したのか?」
「む? ……お主の仲間達が全員、女性である事は隠しているのではなかったのか? この場合、そこな鎧娘が干渉するのが一番じゃと思ったのじゃが」
「あー」
なるほど、言われてみればその通り。
シルバは自分のうっかりに、思わず頭を掻いた。
「何なら私が心を操って、彼女を追い出してもよいが」
ちびネイトが、縛り付けられたままのチシャ――カイワンを見る。
「いや、そういうのはちょっと」
「じゃ、じゃあ、やっぱり私が何とかしないと駄目、なんでしょうか」
のそり、と前に出るタイランの腰を、ダンディリオンが励ますように叩く。
「難しく考える必要はないよー。単に押し出せばいいだけだし」
「は、はぁ」
「いや、甲冑のままだと多分、意味がないと思うよ。彼女が攻撃するならともかく」
そのまま、タイランは、カイワンに近付いていくのを見て、ダンディリオンは訂正した。
同じく、カナリーも首を傾げる。
「もしくは反魔コーティングかな?」
「え、じゃあボクが蹴るとか?」
「この身体が傷つくだけですよ」
ブーツを履いた右足を持ち上げるヒイロに、カイワンは冷静に突っ込んだ。
「っていうか、君が自分の意思で出てくれると、一番楽なんだけど」
「お断りします」
シルバの要求に、カイワンはにべもなかった。
「……しょうがない。タイラン、精霊体になって、追い出してくれ」
「は、はい」
ガション、と駆動音がして、胸部ハッチの封印が解放される。
そして、そこから青い燐光と共に、女性体のタイランがスルリと抜け出してきた。
それを見て、カイワンはチシャの顔のままポカンと口を開けていた。
「……そ、そそ、それが……貴方の本来の姿、ですか……!?」
「え、は、はい、まあ、そうなんですけど……ど、どうかしましたか?」
「いえ……」
戸惑うタイランに、カイワンは不機嫌そうな表情でぷい、と顔を背けた。
それを見て、邪悪に笑う、ちびネイトとダンディリオン。
「くっくっく、心地がよいな」
「いやはやまったく」
「……やれやれ、悪趣味だよ二人とも」
カナリーが、溜め息をつきながら頭を振る。
「何だ。一体、何の話だ」
「……嫉妬の感情さ。まあ、魔族である僕らや悪魔のネイトにとっては美味しい訳なんだけどね」
「つまり、あの子の中に入ってる精霊は、タイランに嫉妬してるの?」
「そういう事」
ふむ、とシルバは納得した。
「まあ、タイランは美人だしなぁ」
「え、えええええ!?」
タイランの肌が、青から一気に赤に変色した。
火属性なのか、部屋の温度がいきなり数度上がったような気がする。
さらに反応するのはヒイロとカナリーの二人。
「むうっ!?」
「た、確かにそれは否定出来ないが……」
「ふふふ、美味しいな。エネルギーが満ちてくる」
「うんうん、美味しいねぇ。もっと荒れてくれないかなぁ」
相変わらず、ちびネイトとダンディリオンは嬉しそうだ。そしてそのまま、シルバに視線を向けてくる。
「……邪悪な視線を感じるぞぉ」
「え、えっと、そのシルバさん……」
落ち着いてきたのか、タイランは再び肌の色を青に戻しつつあった。
「あ、いい感じに脱線してるけど、仕事の方頼む。ナクリー、ロープ解いて」
「うむ」
幻影のちびナクリーが指を鳴らすと、チシャの身体が解放される。
彼女にすぅっと近付くと、タイランはその肉体を押した。
「え、えっと……よいしょ」
すると、チシャの身体から白い精霊体が吐き出されてしまう。
外見年齢はヒイロと同じぐらいだろうか、髪(と言っても肉体と同じ構成だろうが)は短く、やや釣り目がちの少女体は、渋々といった様子でタイランを睨んでいた。
「精霊を封じるのなら、儂に策があるのじゃ」
「牢屋ですか」
「そんな物は使わぬよ」
ナクリーが懐から取り出したのは、小さな機関だった。
「街に降りた時に買った、サンプル用の精霊炉なのじゃ」
「……これに、入れと言うのですか?」
「いや、拒否しても構わぬ。その時は、力ずくになるがの」
「面白そうだ。僕も協力しよう」
ジリ、ジリとナクリーとダンディリオンが、カイワンを追い詰める。
……いいコンビだなぁと、シルバは思う。
倒れそうになっている、半裸のままのチシャの身体を支えながら。
「……誰か、他の人が支えておいた方がいいと思うんだけどな」
「ボ、ボクがしとく!」
「うん、僕も手伝おう」
慌てて、ヒイロとカナリーが、チシャの身体を抱き支えた。
そして、ちょうどいいタイミングで、大量の服を抱えたシーラが戻ってくる。
「――服を、持ってきた。候補は五つ」
机の上に衣服を置くと、シーラはその内の一着を広げた。
「――その1、主の服」
「いや、大きいだろ?」
男と女で多少のデザインの差はあるが、法衣である事に違いはない。
持ってきたことに異存はないが、明らかにサイズが合いそうになかった。あと、一番大きな問題として、これが司祭用の法衣であるという点もある。
「――小さいよりはマシ。彼女のサイズに合うとすれば、候補2しかない」
「その候補2ってのは?」
「――その2、ヒイロの私服。無断で拝借してきた」
シンプルな貫頭衣にハーフパンツである。
「あ、その辺はいーよ、別に気にしないし。うん、サイズ的にはボクのが一番ピッタリ合うのか」
「――リフの服は、小さかったので候補から外した。ダンディリオン、ナクリーも同様。タイランには服がないし、サキュバス達はすぐにここから離脱するので最初から候補に入っていない」
「一応、3からも聞こうか」
「――カナリーのスーツ、キキョウの着物、わたしのメイド服。判断は主に任せる」
「というか、本人に決めさせた方がいいと思うんだけど」
「うむ、そろそろ戻すのじゃ」
そして戻ってきたチシャは、ヒイロの貫頭衣とキキョウの着物で最後まで悩んでいたが……。
「……え、えと、じゃあ一番法衣に近い、キキョウさんの着物でお願いします。司祭服は、その、恐れ多いですし……」
そういう事になった。
ナクリーとシーラを除く男衆(と、思われている面々)が一旦部屋に追い出され、待つことしばし。
許可が出て部屋に戻ると、濃紺の着物に身を包んだチシャがいた。
髪を後ろで一本に束ねているのも、サムライっぽい。
「ど、どうでしょう?」
シルバ的には、何だかいかにもまだ見習いの美少年剣士といった印象だったが、それ以上に感銘を受けていたのはダンディリオンだった。
「……oh、ジェントのお小姓さんみたいだ」
「は、はい?」
予想外の拍手を送られ、チシャは戸惑う。
「そんな君に、プレゼントだ。是非身に着けて欲しい」
ダンディリオンはニコニコと、ジェント製だろうか、変わったデザインの短剣を影の中から取りだした。
「あ、ありがとうございます、ダンディリオン様」
遠慮がちに、その短剣を受け取ろうとするチシャ。
しかしその腕が不意にかくんと落ちたかと思うと、半透明な霊体の腕だけが残された。
「……おい、腕がえらい事になってるぞ、チシャ」
「あ、す、すみません。まだ影響が残ってるみたいで」
実体の方の腕が持ち上がり、霊体の方と一致する。ある程度なら、引き寄せることが出来るのか。
「……霊体化が可能でこの姿か、ふふふ」
何故か、シルバの肩の上のちびネイトがほくそえんでいた。
※えらく混沌としましたが、何かいつものノリで作者が一番安心しているという。
カイワンの扱いは次回も続きます。