「ようこそ。これが我が城の中枢じゃ」
宮廷の大階段の裏にあったエレベーターで下る事しばし、鉄板と蒸気の噴き出すパイプに包まれた球状の空間、そこが浮遊城フォンダンの心臓だった。
頭上には半球状のドームが逆さまに設置され、星が浮かんでいる。
実際の時間はまだ昼下がりなので、おそらくは記録された天体の投影なのだろう。
そして部屋の中央には、大小様々な管に繋がれ、肥え太った樽のような装置があった。
樽の頂上からは白い輝きが放たれている。
ナクリーの話では、シルバが持ってきたゾディアックスの核があの大樽の中に組み込まれているのだという。
「こんな簡単に連れてきて、大丈夫なのか?」
壁際のキャットウォークからそれを見下ろしながら、シルバは得意げにしているナクリーに尋ねた。
「ぬ?」
「いや、俺達がもし裏切って、この城乗っ取ろうとしたらどうするんだと」
「するのか?」
「しないけど」
シルバも命は惜しい。
「ならば問題あるまい。それにもしそういう事があっても、大丈夫じゃ。基本、この城は儂とリンクしておる」
ちなみに頭脳部分は、この更に地下にあるらしい。
おそらく幻影のナクリーを見せたりしたのも、そこなのだろう。
「ああ、防衛装置が働くのか」
「うむ。自爆装置がな」
「もうちょっと段階を踏め! なんでお前らの一族は、そんなに自爆が好きなんだよ」
「ウチだって負けてないよ、シルバ君!」
ダンディリオンが、えへんと胸を張った。
「一緒にしないでくれ、シルバ!」
そして娘が否定する。
キキョウは物珍しいのかあちこち見渡し、デュラハンのラグドールは冷めた目でゾディアックスを眺めていた。
いや、彼女の場合はこれが素の表情なのだろう。
「馬鹿話はどうでもいい。星の力を使うという話は聞いたが、この天井を見る限り、それだけではなさそうだな」
「うむ。星の位置による強化術式も組み込んでおるのじゃ。例えば魚座の力を借りて水中活動をしたり、楯座の力を借りて魔力障壁を張ったり出来るのじゃ」
「昼間は? 星が見えないだろう」
ラグドールが、天井の逆ドームを見上げるのに気づき、シルバもその視線を追った。
あの天体を投影しているのが、代用という事なのだろうか。
「見えないだけで、ちゃんとそこにはある。それで充分じゃ」
つまり、星座を徴にして、力を発揮するというシステムでもある訳か。
「……まるで、札と同じ力みたいだな」
すると、肩に座っていたちびネイトが、耳を引っ張った。
「シルバ、『星』の札なら君の後ろにあるぞ?」
「ぬおっ!?」
振り返ると、そこには確かに『星』の札が壁に貼られていた。
「あと、『戦車』じゃの。本当は『吊された男』、もしくは『節制』が欲しかったのじゃが」
言われてみるとなるほど、少し離れた壁に、同じように『戦車』の札が貼られていた。『星』はナクリーの言うゾディアックスの機能強化、『戦車』はフォンダンに大砲や装甲の力を与える為なのだろう。
それにしたって、大盤振る舞い過ぎる。
「……古代ってのは、札の叩き売りだったのか?」
「そんな訳無かろう。儂の時代なら、一枚で小さな街なら丸ごと買えておったのじゃ」
それは、今の時代だって大差ない。
ふむ、とダンディリオンが腕組みしながら首を傾げた。
「……もしかすると、墜落殿には、黒市場があったりしてたのかな?」
「ほう、何故そう思うのじゃ」
楽しそうに、ナクリーがほくそ笑む。
黒市場、というのは通常の市場には出ない、密輸品や売買の禁止されている商品を販売している裏の市場の事だ。
当然、公に出来ない市場である為、一般の人間は在処を知る事は出来ないとされている。
また、管理をする人間も『その筋』である事がほとんどだ。
「聞いた話によると、第六層には闘技場があったそうじゃないか。となると、賭博は付きものだ。賭博があるという事は、それにまつわる色々なモノも付随しているんじゃないかなと思ってね」
「ふむ、よい推理じゃ。儂があの地に居を構えた理由の一つはまさしくそれなのじゃ。非合法な品が沢山入るのでの。研究に使う材料の調達には、不便しなかったのじゃ」
そして、そこで、この札も手に入れたという事なのだろう。
すると、ラグドールと目が合った。
「興味があるのか」
「ちょっと」
「聖職者はやめておいた方がいい」
「うん?」
「お前の仲間にリフという奴がいるだろう。テュポン・クロップがどうやってアレを手に入れたか、忘れたか」
「黒市場の商品はそれだけじゃないが、そちらの需要も確かにあるな」
シルバの肩の上で、ちびネイトも同意した。
「そして、シルバに新たなフラグが――」
「立たない」
ネイトの言葉を、シルバは一言で断った。
「というか、これ以上立てられても困る」
カナリーが、眉を寄せて呟く。
「ぬう……」
同じようにキキョウが……と思ったら、どうも様子がおかしい。
微かに息が荒く、頬も紅潮している。
「お、ど、どうしたキキョウ」
「わ、分からぬが……むう」
どことなく、熱っぽいらしく、目が潤んでいる。
とてとてとナクリーが近付き、キキョウを見上げる。
「ふむ、お主精霊系の力が混じっておるの」
「あたしもだ。妙に昂るモノを感じているが、これは一体何だ」
ラグドールは普段と変わらず……いや、こちらも少しだけ、頬が赤いか。
「ゾディアックスから漏れる力に当てられておるの」
ん? とシルバは首を傾げた。
魔高炉の魔力に当てられ、魔術師がその周辺にいれば力を増すケースというのは存在する。
だが、だとするとちょっと腑に落ちない。
「精霊炉でも何ともないんだけど」
精霊の力が当てられる、というのならばむしろ、そちらでも異常があるべきだろう。
「その精霊炉とはあの甲冑に組み込んでいたアレか。規模が違うのじゃ。工業用のこの大きさの精霊炉ならば、同じように、いやもっと当てられておったじゃろう」
「このまま放っておくと、どうなるんだ? 命に異常とかあったりするのか?」
「心配いらんのじゃ。そういう事はない」
「そうか、よかった」
「ただ、発情するだけじゃ」
「へえ……あれ?」
普通に感心していたダンディリオンから、シルバはキキョウを遠ざけた。ラグドールは単なるついでである。
「戻るぞ、キキョウ。何か貞操の危機だ」
キキョウの背を押し、エレベーターに詰め込む。
入れ替わるように、カナリーが父親とシルバの間に割り込んだ。小さな両肩を押さえ込み、ダンディリオンを動けないようにする。
見事なコンビネーションであった。
「シルバ、これは僕が抑えておく! 急いで地上へ二人を連れて行くんだ!」
「あたしもか」
「そこの子供父さんに犯られたくなかったらな!」
シルバはラグドールの首根っこを引っ込むと、同じようにエレベーターに引きずり込んだ。
そのまま、上昇ボタンを押した。
残ったナクリーは、ちょっと残念だった。
「ふむぅ、まだ自慢話はあったのじゃがな。呼び戻す前に、ちょっと放出量を調整しておくとするかの」
壁に立てかけていた大きめの浮遊板を倒すと、そこに乗る。
「出来るの?」
頼んでもいないのに、ダンディリオンは同じように浮遊板に乗ってきた。
おそるおそる、カナリーも乗ってみるが、どうやら三人は定員内のようだ。
「天才じゃからの」
※次はここの人以外の人に視点が移ります。