シルバがシーラ、上司である司教のストア・カプリス、吸血鬼の金銀従者と共に初心者訓練場に戻ると、そこは数時間前より遥かに人が増えていた。
基本的に、ほぼ全員が野次馬である。
絵心のある冒険者や、職業絵師達は、怪鳥イタルラの勇姿を炭や筆で紙に描き写している。
その人混みを掻き分け、まずシルバの目に入ったのは、ぶつかり合う紫色の雷光だった。
ザッ……と土煙を上げて、カナリーは相手と距離を取った。
そして、指先から三連発の紫電を飛ばす。
「どうしても、どうしてもついてくる気か、父さん」
その相手、カナリーの実父である金髪赤目の美少年ダンディリオン・ホルスティンは、襲いかかる紫色の雷撃を、軽快なステップで回避していた。
「やあ、古代の超技術とか男の浪漫じゃないか。こんなのを見過ごすようじゃ、錬金術師として恥だよ恥」
うんうん、と頷き、今度は反撃に転じる。
もっとも本気ではない証拠に、彼の雷撃はいかにも気合いの入っていない風に放物線を描いていた。
「それに、ストアさんやフィリオ氏の代理も兼ねているしね。あの人達ホラ、立場上なかなかアーミゼストを離れられないらしいし、僕がこう、保護者代表にならざるをえないというか」
「……ねえ、自分が貴族の当主だって自覚ある? どれだけフリーダムに振る舞ってるか、理解してる?」
カナリーは今にも脱力しそうな雰囲気だ。
「あっはっは、かわいい子には旅をさせよって言うじゃないか」
「それは普通、子供に対して言うのであって、自分に言うもんじゃない!」
「僕、かわいくない?」
「――よし、焼こう」
カナリーは右腕を掲げた。
その掌に、激しく音を立てながら紫色の雷球が発生する。
さすがにそれには、ちょっとダンディリオンも慌てたようだ。
「いやいやいや! ほら、久しぶりにルベラントの観光もしたいし、寄り道してもまだ、実家に着くのは君らの乗り物の方が速いっていうじゃないか!」
「本音は?」
「こっちの方が面白そうだから♪」
カナリーの雷球が、父親目掛けて飛んだ。
よし、あれは無視していいモノだ。
シルバはそう判断して、乗り物となる大籠の前に集まっている仲間に近付いた。
キキョウは、何やらファンらしき女性冒険者達に辟易しながらも、相手をしているようだ。
ラグドール・ベイカーは巻き込まれたくないと思っているのか、野次馬の中に紛れ込んでいたが、赤い帽子にマントのせいですぐに分かった。
ヒイロとリフはまだ来ていないらしく、見あたらない。
ナクリーはイタルラに指示を与え、タイランとヤパンが籠の中に市内で買い付けたらしい荷物を運び入れている。
そして、ハッポンアシと共にいる、サキュバス三姉妹に目を剥いた。
「って何でアンタいんの!?」
「我言語不明解。実姉、此処言葉、喋可能。我姉、説明要求」
唯一知り合いであるノインに声を掛けるが、彼女は遥か東方にあるサフィーンの言語で面倒くさそうに、姉に説明を頼んでいるようだった。
「はいはイ。任せテ」
「いや、必要ないぞ。私がいる」
ひょい、とシルバの肩に現れた、ちびネイトが言うと、ノインらの言葉が翻訳され始める。
「お、便利だな」
ちょっと驚きながらも、ノインは自分達がアーミゼストにいる事情を、シルバに教えてくれた。
「狐のオサムライさんが教えてくれたんですけド、南下するとカ。厚かましいお願いですガ、途中まで送ってもらえませんカ?」
長女であるカモネの言葉に、シルバは少し考え込んだ。
そして、浮遊城の主である幼女、ナクリー・クロップと目が合った。
「ナクリー、人数増えるけどいいか?」
「予想していなかった訳ではないからよいぞ。人が多いのは歓迎じゃ。そっちのでかいのが一回、それに籠で二回と行った所か」
あっさりとナクリーは承諾し、ハッポンアシにサキュバスの姉妹達で指折り数え始める。
それから気がついたように、周りの野次馬達を眺め回した。
「それにしてもギャラリーも増えてきたのう」
「……色々派手だからな」
「何なら、ここら辺一帯に、認識偽装を掛けてもいいんですけど」
それまで黙っていた、白い司教、ストア・カプリスが、軽く手を上げて提案する。
「ほほう、結構大規模になるが、大丈夫なのかえ」
「はい。多分何とかなるでしょう」
おっとりとした口調でストアが頷き、そこにひょいとダンディリオンが割り込んできた。
「ふっふっふー、この先生ならそれぐらいは朝飯前でしょう」
そしてすぐに、カナリーとのじゃれ合い(カナリー本人はかなり本気)に戻っていく。
「むむ? どういう事じゃ」
「それはまあ、落ち着いてから、ダンディリオンさんに話してもらうという事で」
首を捻るナクリーに、ストアは相変わらずのんびりと言う。
説明を全部、他人に委ねる気でいる師匠に、さすがにシルバは焦った。
「いや、先生いいんすか、それで」
「ロッ君も、フォローお願いしますね」
「いやいや」
一介の冒険者には、荷の重すぎる内容なのだが。
「私が同行してもいいんですけど、そうなると学院の講義の都合で居残るフィリオさんを、誰が抑えるかという問題が生じるんですよね。ロッ君、代わってくれます?」
「……頑張って、説明します」
「はい」
命は惜しいシルバであった。
そこに、後ろから声が掛かった。
「あ、先輩ヤッホー!」
ヒイロは大量の荷物を積んだ荷車を引いていた。
「ってお前はお前で何だその荷物!?」
「えへへ、主に食べ物。やー、だってこっちのご飯とかお菓子、久しぶりだからさー。ついついみんなの分まで買っちゃった!」
「おお、この時代の食べ物か。興味深いのう」
ナクリーは興味津々のようだ。
「……二回じゃ全然無理っぽいな」
「シ、シルバ殿、助けてくれぬか?」
溜め息をつくシルバに、とうとうキキョウが泣きついてきた。
「あ?」
眉を顰めるシルバの前に、贈答用の菓子折や紙袋が突きつけられる。
「あ、荷物持ちの人? これ! キキョウ様にウチのパーティー有志からの餞別です!」
「私達も!」
「ご武運をお祈りしてます!」
女性冒険者達は問答無用で、それらをシルバに押しつけてきた。
受け取らないと、地面に落ちるので、シルバも受け取らざるをえない。
「だ、だから、そういう仕事は某が行なうと」
「そんな! こんな重い物、キキョウ様に持たせられません! いえ、本音を言えばこう、お手に触れられるチャンスじゃないかなーとか思ったりもするんですけど」
「ちょっと抜け駆けは駄目だって協定結んだでしょ!」
「そーよそーよ!」
情けない顔で困惑するキキョウと、大量の荷物を抱え込む羽目になったシルバは立ち尽くす。
「……俺ならいいんだ」
「……断っても断っても、埒が明かぬのだ。毅然と断ってみたら、泣き喚かれてしまうし……女性というのは面倒であるなぁ」
「……お前が言うか」
隠してはいるが、一応嘆いているキキョウ自身も女性である。
「何と。言われてみれば」
「と、と、とにかく運びますね」
荷物運びをしていたタイランが、餞別を持てあましていたシルバからそれらを取り上げた。
「おお、悪いタイラン。助かる」
よく見るといつの間にか、吸血親子の従者達やシーラも荷物運びを始めていた。
「い、いえ、どうせ手持ち無沙汰でしたし……あ、そういえば助祭のチシャさんも手伝ってくれてたんですけど……どこ行っちゃったんでしょう」
タイランは周囲を見渡す。
チシャが何も言わず帰るというのも、性格的に考えにくい。
「どっかに巻き込まれてるのかもな。動きながら探してみよう」
「はい」
大籠の中はもう荷物で一杯で、これだけで一回、フォンダンに積み込みに行く必要があるかもしれない。
バランスが悪いのか、荷物は小さく揺れていた。
だが一つ一つの重量がそれなりにあるらしく、荷崩れするには到らない。
「と、とにかくキキョウは、我慢しててくれ……正直、タダで色々もらえるのは、有り難い」
キキョウにそう言い、シルバは自分も荷物の運搬を開始する。
しかしその行く手を、別の女性冒険者達が遮った。
「あの、カナリー様が忙しいみたいなので……申し訳ありませんが、預かってもらえますか?」
「ちょっと、ホルスティン派がどうしてキキョウ様に話しかけてるのよ!?」
「ああ、あんな風に怒るカナリー様も素敵……」
何故か、シルバの目の前で、カナリー派とキキョウ派が小競り合いを始めた。
慌てて、キキョウが割り込んでくる。
「いやいやいや、皆、喧嘩はよくない。預かるぐらい、某は構わぬし」
「さすがキキョウ様、お優しい」
小さく溜め息をつき、シルバは横のタイランを見上げた。
「……向こうはキキョウに任せて、行こう、タイラン」
「……ある意味、私達の方が、まだ楽ですよね、精神的に」
「だよなぁ」
※……人数増えすぎた。(汗
収拾つくのか、これ。
リフとフィリオは次回、やっと出発です。