アーミゼスト郊外にある、大きな屋敷。
カーヴ・ハマーはレグフォルン・ルシタルノの邸宅の門を潜った。
「うーっす、帰ったぜ」
両開きの扉を開くと、応接室にはもう全員が揃っていた。
長方形の長いテーブルの上座、香茶を飲んでいるのは雇い主である、真っ赤な男性用貴族服に身を包んだレグフォルン・ルシタルノ。
その脇には、この屋敷の老執事長が控えている。
カーヴの仲間(彼本人は手下と認識している)、『グレート・ハマー』のメンバーの五人は、彼女らから離れた、一番出入り口に近い席に座っている。
「遅い。呼び出したらすぐに来い」
「これでも急いで帰ったんだっつーの。ずいぶんと久しぶりじゃねえか」
カーヴは、レグフォルンの横の席に座った。
席次とかはどうでもよく、単にここが一番話しやすいからである。
レグフォルンも、特にそれを窘めたりはしない。
「第六層での、状況の進展は」
表情を変えないまま、カーヴに尋ねてくる。
「あぁ? おい、お前らまだ話してなかったのか?」
カーヴが振り返ると、端っこの席に座っていた彼の手下達は慌てて首を振った。
「あたしが待たせた。リーダーが報告するのは当然だろう。お前はリーダーではないのか」
「ちっ……んなもん、誰がしたって一緒じゃねえか」
「しないのか」
「すりゃあいいんだろ? おい、俺様にも同じモノをくれよ」
カーヴは執事長に命じ、レグフォルンに向き直る。
「あー、現状ほとんど前と変わってねえ。人造人間は倒しても倒しても、奥から沸いて来やがる。ほとんどの連中は大した事ぁねえが、時々厄介なのが混じってる。それに、テレポーターやら隠し扉も増えてきてるしな」
「……なるほど。一筋縄ではいかないようだな」
「魂魄炉とかいう奴に、冒険者がまた何人も捕らえられてる。弱い奴は大人しく下がってろってんだ」
舌打ちするカーヴの前に、湯気の立つ香茶が置かれる。
それを、彼はグイと飲み干した。
「他には」
「特にはねえよ。アンタの取り分は、ここの倉庫に預けてある」
「そうか。ならば引き続き、第六層の探索を継続してもらう。冒険者に対する略奪、女性への暴行は変わらず禁止」
「んな事ぁ分かってるよ。ただし、相手が刃向かってきた場合は」
「それも変わらずだ」
「へへ……了解」
カーヴは白い歯を剥き出しにして、笑った。
レグフォルンは、空になったカップを受け皿に置いた。
老執事長のおかわりを、手で制する。
「自分は再び留守にする。報告はまた戻ってからだ」
「あぁ?」
「聞こえなかったのか」
「いや、聞こえたけどよ、アンタ俺様の主人な訳だし、護衛とかしなくていいのかい?」
「必要ない。自分の身ぐらい、自分で守る事は出来る。それに、一人の方が気が楽だ」
言ってから、ふとレグフォルンは考え込む仕草をした。
「……いや、一人ではないか」
その言葉に、カーヴの頭には、にやけた笑いを浮かべる黒眼鏡の商人の顔が浮かんだ。思わず、顔をしかめてしまう。
「あぁ? またあの黒眼鏡と一緒かよ」
すると、レグフォルンは冷めた目をカーヴに向けた。
「お前に言うのを忘れていた。その黒眼鏡――キムリックがもしここを訪ねてきたら、屋敷に招き入れ、それから捕らえろ」
「捕らえる?」
意外な話だった。
仲間ではなかったのか。
「奴はあたしを裏切った。敵だ」
「生け捕りか?」
「その方が望ましいが、基本的に生死は問わない」
その事は、既に屋敷の他の者には通達済みであるらしかった。
自分がいない時は、彼らが対応するのだろう。
まあ、その時はその時だ。
「了解りょーかい。そういうのは大得意だ。任せとけ」
少し機嫌が戻り、カーヴは愛想よく答えた。
「それじゃあ――」
彼女は、立ち上がった。
話は終わりのようだ。
その時、ノックの音が響き、若い執事が姿を現わした。
「レグフォルン様」
「何だ」
「お客様がおいでになっております。迎えだとか」
「司祭か」
「あぁ?」
不意に、嫌な事を思い出してしまい、カーヴは思わず声を荒げていた。
「どうし……どういう人間だ」
レグフォルンはカーヴに聞くのをやめ、入り口に立つ執事に問い質す。
一方、カーヴはそのまま、首を振った。
いやまさか、それはない。
冒険者の集う都市、聖職者は数多く、司祭という階級の者も一人ではない。
彼女の同行者が、自分に煮え湯を飲ませた、『あの司祭』であるなど、いくら何でも出来すぎだろう。
「十にも満たないお子様のようですが」
執事の言葉に、レグフォルンは頷いた。
「分かった。通していい」
やがて現れたのは、本当に幼い、眼鏡を掛けた妙に古めかしい民族服の子供だった。
その上に、白衣を羽織っている。
「迎えに来たぞ。でかい屋敷じゃのう」
好奇心剥き出しの表情で、幼女は応接室を見渡している。
「すぐに、合流する予定だったのだが」
「訓練場に向かうついでじゃ。他の連れは皆、先に行かせた」
「そうか」
レグフォルンはそのまま幼女に近付き、その背中をカーヴも追い掛ける。
「おいおいおい、本当にガキじゃねえか。こんなのと一緒の旅で、大丈夫なのか主さんよ?」
あまりにも小さな同行者に、カーヴは思わずからかいの言葉を投げつけていた。
すると、幼女の方はムッとした顔で、カーヴを見上げた。
「…………」
「何だ、糞ガキ。一丁前にガン飛ばして」
「ガキにガキと呼ばれるのは、腹が立つのう。娘、この屋敷、壊していいか?」
「やめろ」
「残念じゃ。一撃で粉砕してやるのに」
「はぁ?」
幼女の風体から察するに、おそらく魔術師か錬金術師の類なのだろう。
にしても、子供らしく、大人と自分の力の差も分からないらしい。
ちょっと魔術を囓った程度の腕で、万能になった気にでもいるのだろうか。
こういう生意気なガキは、一度鼻っ柱を追ってやるのが一番なのだが、雇い主の前だ。勘弁してやろう。
と思っていたら。
「頭の悪い返事じゃのう」
相手の方が挑発してきた。
妙に老獪な嘲るような(いや、実際に嘲った)幼女の笑いに、カーヴの頭にカッと血が上る。
「……おい主さんよ、喧嘩売られた分は買ってもいいよな。俺様は、相手が女だろうとガキだろうと、容赦しねえ主義なんだが」
「ほほう」
ニヤニヤ笑いのまま、幼女の視線が彼の顔から左腕に移動した。
「手を出してもよいのかのう」
「あ?」
「くっくっく……今のお主が、力の無駄遣いをしてよいのかと聞いておるのじゃ。それなりの苦労があるじゃろうに」
「……!?」
カーヴは、自分の顔が引きつるのを自覚する。
後ろで、事情を知らない手下達が、動揺しているのが伝わっていた。
「無駄な金を使うつもりはない。退け、カーヴ」
険悪な雰囲気の中、言葉を発したのはレグフォルンだった。
「おいおいおい」
「お前は、命拾いをしている……それとも、治療費と呪術師の手配費用、全部自前で払うのか」
後半は、囁き声だった。
「ちぃっ……!」
それを言われると、退かざるをえない。
「さ、ゆくぞ」
「ああ」
赤い羽根付き帽子にマフラー、そして赤いマントを羽織ったレグフォルン・ルシタルノ――またの名をラグドール・ベイカーは、邸宅が見えなくなった辺りの平原で、落ち着かなげに左右を行き来している、銀色の重甲冑を見つけた。
もう一人(?)、古めかしい民族衣装に身を包んだ性別不明の麗人に化けている魔法生物、ヤパンは落ち着いている。
二人とも、ラグドールと幼女――ナクリーを待っていたらしい。
「お前もいたのか」
「は、はい……も、もう、見えませんよね?」
重甲冑――タイランは、不安そうにラグドール達が来た方向を眺めている。
「カーヴは尾行も出来るが、無駄な事はしない主義だ。追っても来ないだろう」
「私は顔が割れてますから……一安心です」
タイランはホッとしたようだった。
「そうか」
呟き、ラグドールは三人と共に、初心者訓練場に向かうのだった。
※ううむ、普通に留守中の相談話になってしまった。
まあ、そんな訳でカーヴは残留、というかあんな危険キャラ連れていけません。