翌日早朝。
食事の席は、昨日の食堂ではなく、宮殿の屋上になっていた。
建物正面付近に例の長いテーブルが用意され、料理が並んでいる。
そして、茶色のゴーレムやシーラらは、その周囲に待機していた。
「変なところでご飯食べるんだね?」
まあ、ご飯が美味しければいいけど、とヒイロはソーセージに齧り付いた。
「普段は食べぬよ。もっとも、肉体なぞ長らく眠らせておったから、この言い回しも不適当なのじゃが」
牛乳を飲みつつ、ナクリーが答える。
「じゃあ、今日は特別?」
「うむ。元々は、食事を済ませてから、空を飛ぶ装置の案内をし、その動力の説明と共に出発と生きたかったのじゃが、お主らのリーダーが渋った」
ヒイロの視線がシルバに向けられた。
「そのやり方だと、ヒイロが寝る」
「ああ……確かに」
キキョウや他の皆も、納得したように頷いた。
「うわ! みんなして酷っ!?」
「でも、絶対退屈するだろ?」
「……するね、うん」
反論しようにも、自覚があるヒイロだった。
「ま、それと、演出的な問題じゃな」
「演出……?」
ナクリーの言葉に、ヒイロは首を傾げる。
「ああ、なるほど、そういう事か。確かに、こういうのは実際に見た方がいい」
「うむ」
カナリー、キキョウは得心がいったようで、それが尚更、ヒイロの不満を募らせる。
「む~~~~~、よく分からない」
「に。怒りながら食べるの、よくない」
「だね。ボクは食べる方に集中する」
隣に座るリフに窘められ、ヒイロは宣言通り、朝食に専念し始めた。
「っていうか、朝からとはちょっと驚いた。もうちょっと時間が掛かるモノかと思ってたし」
濃いめのスープを飲むシルバの読みでは、昼ぐらいだと踏んでいたのだが。
「ゾディアックスの調整ならば、昨日の内に済ませておったわ。それに組み込みや力仕事など、ゴーレムにやらせておったからの」
えへん、と胸を張るナクリーである。
「あんな小さいモノで、動力大丈夫なのか?」
「儂は天才じゃからな」
「そもそも、ゾディアックスって、どういうモノなのですか?」
サラダを食べながら、精霊体のタイランが、おずおずと手を挙げた。
「星の力を用いるのじゃ」
ナクリーの説明に、タイランは少し考え、シルバを見る。
「スターフォース……?」
「む、この時代ではそう呼ぶのか?」
タイランの代わりに、今度はナイフとフォークで目玉焼きを食べてたカナリーが口を挟んだ。
「この世界が丸く、夜空に瞬く星々の一つという事は既に知っている。つまり、この世界――この星の力を使うという事かい?」
「はっ!」
ナクリーは、一笑に付した。
「そんなしょぼい力ではないわ。儂の扱う力は、じゃから星の力じゃと言うておるじゃろが。第一、夜、空に光っておる星々は儂らの住まう星ではない。足下がピカピカ光っておったら、儂ら落ち着いて眠れぬであろうが。光っておるのはそら、そこにある」
「太陽かい」
カナリーの目は、まだ完全に昇りきっていない太陽に向けられる。
吸血鬼だけに、渋い顔になるのはしょうがない。
「そう、輝いているのは太陽の光じゃ」
「つまり、太陽エネルギー?」
そうしたカナリーの当然の解釈に、何故かナクリーは首を傾げた。
「むぅ、どこで間違えたのじゃ……そういうのとも違う。言うならば、そう、森羅万象の力じゃ。さっき否定はしたが、この星のエネルギーも取り入れておるから、完全な誤りではない」
千切ったパンをスープに浸し、それを食べながらナクリーはその手を太陽に向けた。
「つまりじゃな、あの太陽、それに夜昇る月、この大地、空の星、あらゆるモノの力を微量、受け入れてそれをエネルギーとするのがゾディアックスじゃ。星の数がどれほどあるか、お主ら数えた事があるか?」
シルバも、口を休めず考える。
無数の星々から少しずつ力を吸収するのが、例のゾディアックスという炉というのならば……。
「つまり、塵も積もれば何とやら?」
シルバの解釈は、ナクリーには不満のようだった。
「……例えとしては最悪じゃが、まあ、そういう言い方もあるの。頂く力は星にとっては、刹那の内に回復する程度じゃ。この星で使う程度のエネルギーなら、全然余裕じゃて」
後半はふふん、と笑うナクリーを見て、タイランはカナリーに耳打ちした。
「……あの、これって、もしかしてものすごいんですか、カナリーさん?」
「……現状、眉唾物だけど、事実なら間違いなくエネルギー革命」
小声で囁き合う二人の声は、ナクリーには届かなかったようだ。
「ま、色々と研究したのじゃぞ? 精霊炉も例の人造人間に試してみたし、機会があれば魂魄炉も試してみたかったがのぅ」
「……貴方が住んでいた所は地面に落下し、{墜落殿/フォーリウム}と呼ばれているが、そこが今正に、予備動力と思われる魂魄炉で復活しようとしてるよ」
「ふむ……誰が用意したのかの。興味あるわい」
「やめておいた方がいいね。中はダンジョンと化してて、危険なモンスターや制御の聞かなくなった人造人間がいるし」
「難儀な話じゃのう。……うむ、話が逸れた。ともあれ、前回失敗したゾディアックスの不具合も墜落時に判明したし、持ってきてくれた予備の調整は済んだ。ひとまず炉の簡単な原理を説明したところで、その出力の威力を見せるのじゃ」
何だか、シルバは嫌な予感がした。
「ぶっつけ本番?」
「うむ、そうとも言う」
「ちなみに以前の失敗の原因は?」
「星の力を吸収しすぎた。取り込んだ分を全力で使い切ろうとしてしまっての、そのまま暴走したのじゃ。今回はちゃんと排出出来るようにしておる」
ようやくヒイロが骨付きチキンを食べ終えたヒイロが、顔を上げた。
「で、乗り物はどこにあるの?」
「…………」
絶句するナクリーに、ヒイロは目を瞬かせた。
「ん?」
「……お主、どうも勘違いしておるようじゃが、この宮殿はここに来て建てたモノではないぞ?」
「違うの?」
「違う。第一、使うのは乗り物ではない」
「広義では、乗り物でしょう?」
カナリーの力ない笑いに、ナクリーはふむ、と肯定を示す。
「言われてみれば、そうじゃのう。ま、よいわ。小僧の言う通り、口で言うよりも実際見せた方が早い。長々と話したが……」
ナクリーは手を挙げた。
直後、シルバらを弱い浮遊感が包み込み、それはすぐに収まった。
やがて、ゆっくりと周囲の視界が変化する。
砂漠が、遠くの山が地面に沈んでいく。
いや、違う。
動いているのは、周囲ではない。
浮いているのだ、この宮殿が。
察していたシルバやカナリーですら、言葉を失っていた。
ヒイロなど、何が起こっているのかサッパリだろう。
その表情を見、ようやくナクリーは満足したようだった。
「つまり、これがお主らの求めた空を飛ぶ乗り物――浮遊城『フォンダン』じゃ」
※やっと、Uターンです。
たった数日のはずの話なのに、やたら長かったような気がします。
なんかラ○ュタとか元○玉とか、色々混じった今回でした。