「口で説明するよりも、見て頂いた方が早いですね。明日の話し合いで、分かると思います」
ナクリーがシルバ達に同行せざるを得ない理由は、ヤパンのその一言で保留となった。
という訳で、シルバ達はもう一つの目的、ラグドール・ベイカーの尋問に入る事にした。
ラグドールの部屋の造りも、シルバの部屋と変わりはなかった。
「来たか」
彼女はベッドに腰掛け、シルバ達を待っていたようだ。
さすがに帽子とマントは外している。
「逃げなかったんだな」
「宝の山の上から逃げる奴などいない。それに、そうでなくても監視下にある」
「罠か」
「ある意味では罠ですね」
ついてきたヤパンが微笑むと、窓枠から鈍色の液体が溢れ出してきた。
ヤパンの身体の一部だ。
おそらくは、扉にも滲んでいるのだろう。
これでは、逃げようとしたらすぐに、ヤパンに知られてしまう。
「……便利な身体だな」
ちょっと呆れ、シルバは頭を掻いた。
どこから話を切り出すか……と迷い、そう言えば忘れていた事を思い出した。
「ま、風呂に関してはウチの連中が終わったあとって事で一つよろしく」
「あたしはそこの風呂で充分だ」
ラグドールは、浴室に通じる扉を指差した。
それに対して、ネイトが言う。
「大浴場もなかなかに興味深いぞ」
「そうか」
「ま、ダラダラと話をしてると、朝になっちまいそうだし、本題に入ろうか」
シルバは椅子を引くと、背もたれを前にして腰掛けた。
「いいだろう。夜更かしはお肌の大敵だ」
「名前はラグドール・ベイカーで間違いない?」
「ない」
「そしてトゥスケルの構成員」
「そうだ」
「……そっちの事を聞くのは後回しにするとして、カーヴ・ハマーと関係があるようだな。シーラから聞いた」
シルバがシーラの方を向くと、彼女は小さく頷いた。
「主従関係にある。私が雇った」
「アイツとは縁がある。彼の第六層探索の後押しをしているのが、アンタって事でOK?」
「そうなるな」
「……何か、カーヴの雇い主の名前と違うけど。確か、『るしたるの』とか言う人物が、奴を雇っていたはずだ」
「レグフォルン・ルシタルノが貴族として、表の本名になる。ラグドールは偽名だ。自分で動く時のコードネームと思ってくれていい。ベイカーは母方の姓だな」
「貴族?」
「そうだ」
「どこの? パル帝国の貴族、カナリーも知らないっていう事は別の国だよな」
「ドラマリン森林領」
「ってウチの国かよ!?」
「ドラマリンの貴族でも、相当な数がある。お前があたしの領民ならともかく、そうでないなら覚えていなくても不思議はないだろう」
「ううう……カーヴの支援をしていたって事は、アンタ、アーミゼストに住んでたんじゃないのか?」
「そうだが、何か不思議か?」
「実家の方は大丈夫なのかよ」
「家はまだ、父が当主だ。あたしは留学という形で、学院に在籍している」
「後継者が女性でもオッケーなんだ……」
「それが何か、問題か?」
カナリーの所はそれで苦労してるのだが、それはラグドールの知らない事だ。
「それが問題の奴もいるってだけの話。種族は……デュラハンだよな」
「よく分かったな」
デュラハン。
コシュタ・バワーという首無し馬に乗る、妖精族の首無し騎士である。
死を予言する妖精とも呼ばれ、その為によくアンデッドと勘違いされるという。
「首が取れて、馬を呼び出せる種族なんて、そうはいないだろ。……首以外もバラバラになるとは初耳だけど」
「首が取れるのだから、他の場所も出来てもおかしくはないだろう。聞きたいのは、そういう事なのか?」
「……いや、単に種族を確認しただけだ」
「くくく……拡大解釈にも程があるな」
空中で、ちびネイトが腹を抱えて笑い転げていた。
それを放って、シルバは次の質問に移った。
「でさ、これが一番聞きたいんだけど、行動の目的は何だ? 浮遊車でいいのか?」
「浮遊車はあたしにとっては、手段に過ぎない。あたしの目的は、魔王領の探索にある」
「……魔王領?」
シルバの後ろで聞いていたヤパンが、首を傾げる。知らないらしい。
「この大陸の中央にある島だ。魔王領は魔力が満ち、亜人を含めた人間達は本能が強く刺激されてしまい、理性を保てない。長時間の滞在は肉体的変質も引き起こすという報告が出ている」
「なのに、そこに行きたい? って事は、魔王領の探索自体も目的じゃなくて手段じゃないのか?」
つまり、魔王領に何かがあり、それを求めて彼女はトゥスケルに入った、と考えるのが妥当だろう。
「双子の妹――クレムが超越者だ」
「……超越者」
呟くシーラに、シルバは説明してやる事にした。
「クロエやコイツみたいな万能タイプでな。まあ、俺も一人しか知らないんだけど……」
シルバは少し口ごもる。
信じてもらえるかどうか微妙だが、実際自分の知っている知識の通りに話す事にした。
「魔力に耐性があって、特殊な呪文を使えたり、専用の装備があったり……要するにメチャクチャ強い。非常識なぐらい強い」
「カーヴ・ハマー?」
「近いが、もっと酷い。単独で軍隊とやり合ったり、巨人を単独で倒したり、城を落としたり出来る。確実に一つは、何らかの必殺技を持っていて、普通に空を飛べたり、一定時間無敵になったり、目からビームを出したりするっていう話だ」
「クレムは、目からビームは出さない」
「空飛べるのと一定時間無敵は認めるのかよ!?」
「妹の愛馬、ロッサは飛べる。私の馬、テッサは無理だが」
「……まあ、とにかく超越者ってのは大体、ルベラントのゴドー聖教総本山や他宗教の元締めで認定されるのが普通だ。んで、魔王討伐軍の精鋭部隊に組み込まれるのが常でもある。つまり……」
「二年前、魔王領で行方不明になった妹の捜索だ」
「そりゃ確かに難しいな。魔王領への無断侵入は、七カ国条約で禁止されている」
何しろ迂闊に入れば、その侵入者がそのまま敵になるかも知れないのだ。
いわゆる魔人という奴である。
現状、許可されているのは、絶魔コーティングを施された全身鎧を着込んだ戦士か、超越者やこちらに与する魔族のような魔力に耐性のある者がほとんどだ。
「天空艦の同乗を望んだが、あたしはパル帝国の国民ではないし、何より軍人ではないという理由で拒まれた」
「普通はそこで諦めるが」
「あたしは諦めない」
「それで、トゥスケルか」
「そうだ」
なるほど、トゥスケルならば、魔王討伐軍とは別のルートで魔王領に侵入する方法があるかもしれない。
そこを頼ったのは妥当だろう。
「んじゃ、そのトゥスケルのシステムに関して」
「それを話す訳にはいかない」
「秘密結社だから?」
「そうだ」
「魔王領に入れるコネを、俺が提供したら?」
「話そう」
ガクッと、シルバの身体が傾く。
「早い」
シーラですら突っ込んだ。
「貴様がルベラントに向かう事は分かっている。だが、だからといって教皇に特別扱いはされまい」
「ん、んー……」
シルバは少し考える。
これに関して説明しようとすると込み入った事になりそうなので、別方向からのアプローチを試みる事にした。
「そういう方面で頼りになる奴が一人いる」
言って、シルバは肩の上に腰掛けた、ちびネイトを指差した。
「何と、この私だ」
えへん、と薄い胸を張るネイトである。
「貴様か」
「良くも悪くも、私は向こうでは顔が利くのだ」
「それにもう二人いる。魔王領の調査、とかなら多分難しいけど、勝手に入って調べる分には融通が利かせられると思う」
「二人もいるんですか」
ヤパンが驚く。
「内の一人は、ナクリーなんだが。ルベラントはこの大陸でかなり古い歴史を持ってる国だし、これまでの流れを知るにはいい場所だと思う」
「本人のおらぬ所で了承するのはよくないの」
そんな声が空中から響いた。
「うぉっ!?」
見上げると、幻影のナクリーが浮かんでいた。
「本体は風呂で騒いでおる故、ダミーの儂が代理を務めよう。と言う訳で儂も参加させい。何、話に横槍を入れるだけじゃ」
「それが既に問題だと思うんだけど」
「細かい事を言うでないわ。第一、今の話ならば、儂も当事者ではないか。魔王領とやらも興味があるぞ」
そう言うと、ナクリーは机に腰掛けた。
「なるほど。……ただ、魔王領に入るにはまだ装備が整っていない」
珍しく、ラグドールは気まずそうな顔をした。
それに対して、シルバはムッとした。
「ふざけんなよ。そんな基本的な点も整ってないまま、中に入るとか言ってたのか。そりゃ誰だって止めるに決まってるだろ。その程度の覚悟で、魔王領に飛び込む気だったのか?」
「準備をしていないとは言っていない。整っていないだけだ」
「同じだ!」
「落ち着け、シルバとやら。ヤパン、茶を持ってくるのじゃ」
「かしこまりました」
ヤパンの姿がスッと沈み、鈍色の水たまりが扉の下から出ていった。
※ちょっと長丁場になったので、一回分割。
次でトゥスケルに関して説明おしまい予定です。
ちなみにシルバの心当たりのもう一人は当然、白い先生です。