砂漠のオアシスに、巨大な池に囲まれた石造りの宮殿が建っていた。
宮殿の周囲に建物はなく、代わりに豊かな緑と水の庭園になっている。その敷地の広さは宮殿の大きさを考えると、アーミゼストの一区画分はありそうだ。
砂漠の中の暑さもなく、それが水の効果か何らかの魔法なのか、ずいぶんと快適な温度が保たれている。
滑らかに舗装された大通りに立ったシルバ達一行は、ポカンと口を開ける事となった。
古代様式のそれらを見て、カナリーが興奮に頬を紅潮させていた。
「……すごい、生きた古代遺跡だ」
「考古学者や歴史学者が見たら、卒倒しそうだな」
シルバも同意せざるを得ない。
「建築学者もね。これは実に興味深い……」
「建物に継ぎ目とか全然無いぞ。一枚岩で作られた壁とか、どうやって作ったんだよあれ……」
本来の大きさに戻った幻影のナクリーの先導で、シルバ達は宮殿に向かって歩く。
「ひろーい」
大通りを外れ、ヒイロが庭園に向かって駆け出した。
その背に、シルバが声を掛ける。
「おい、ヒイロ。あんまり動き回るな。迷子になるぞ?」
「だいじょぶだいじょぶ! 見える範囲だけだからー」
ぶんぶんと手を振り、ヒイロは子犬のように物珍しげに庭園の石床や石柱を眺めていく。
「にぅ……ヒイロげんき」
同じ戦いを経験したはずなのに、リフは疲れた声を出した。
いや、こちらが普通なのだろう。むしろ、ヒイロの体力が尋常ではないのだ。
「……普通、疲れるよなぁ」
周囲を見渡すと、他の皆の表情も、疲労の色が濃い。
だがその一方で、砂漠の中では直射日光と熱でダウン気味だったカナリーは、多少復活したようだ。
「一応聞いておくけど、防犯装置の類とか、こっそり設置してあったりとかしてないよね?」
「心配ははいらぬよ。ずいぶん昔はあったが、今はもう無い」
「手入れしてるのは……あれは、ゴーレムか?」
ところどころで見かける、細身の人形をシルバは指差した。
茶色を基調に金色の模様が彫られており、一応人間と同じ五体を持っているが、顔はない。
シルバの視線を追い、ナクリーは頷いた。
「左様。サイズを縮め、体型も人間に近づけた人形達じゃ。さすがにこの庭園も、放っておくと荒れ放題になってしまうからのう」
「……もしかしたら、お前らの先祖かもしれないな」
シルバは、カナリーを左右から支える、赤と青の従者を見た。
彼女達は、相変わらず微笑みに似た無表情だ。
そしてその主人がまた、別の疑問を発した。
「貴方は人造人間の製作にも携わっていたはずだろう? そういうのはいないのか?」
「ほう、それも知っておるのか」
「知っているも何も、目覚めたそれは今、現役で活動中だよ」
「何と!? お主らアレを目覚めさせたのか!」
「いや、俺達じゃないんだが――」
シルバは、ヴィクターの事をナクリーに話した。
ヴィクターが目覚めた状況は、今の主人であるノワの証言を元に、不完全だった精霊炉を安定させた事、今は牢獄の中で彼女の世話をしている事まで伝えると、ナクリーは感慨深げに青空を見上げた。
「ふむぅ、凍結しておいた人造人間がのう。そういう事になっておるのか……まあ、儂の実験炉が安定して生きておるなら何よりじゃ。放っておいたらアレは木端微塵じゃったからのう」
「回収しなくていいのか? まあ、するとなれば色々面倒くさい事になるだろうけど」
だが、ナクリーの幻影は、笑ってヒラヒラと手を振った。
「よいよい。本人は、そのノワとかいう娘を主と認めておるのじゃろう? 造ったモノが幸せならば、放っておいてもよいわ」
「そうか」
「ちなみに先程の問いじゃが、ここには人造人間はおらぬ。あの研究自体、もうずいぶん昔に凍結してしもうた。いつでも造る事は出来るが何分、寿命が短くてのう」
「短いの!?」
ヴィクターの説明をしている間に、庭園探索から戻ってきたヒイロが驚いた。
「うむ、せいぜい人間並しかない」
「……あ、あの、充分長いと思うんですけど」
精霊体のタイランが、そっと手を挙げた。
「――わたしの寿命もそれぐらい」
次いで、シーラが言う。
ナクリーはそれを見ると、パンと手を合わせた。
「ま、ともあれ、炉や浮遊装置の調整は後回しじゃ。儂のような身体ならともかく、お主らにはまず休息が先じゃろ」
「食事やベッドもあるのか?」
シルバは尋ね、少し考え込んだ。
「くっくっく、その辺に抜かりはない。風呂もあるぞ」
すると、どこからか『ぐぅ~~~』と腹の鳴る音がした。
「おいおい、ヒイロ。飯って聞いただけでお腹鳴らすなよ」
「? ボクじゃないよ?」
「へ?」
シルバが周りを見た。
タイラン、カナリー、リフも首を振る。
三魔獣の一体であるヤパンも、獣の姿のまま同じように否定した。
ならば、とトゥスケルの一員だるラグドール・ベイカーを見るが。
「あたしでもない」
「す、すまぬ……某だ」
申し訳なさそうに赤い顔で手を挙げたのは、キキョウだった。
全員の視線が集中し、彼女は慌てて弁解を開始した。
「いや! こう、戦闘になると踏んでおったので、必要最低限しか入れていなかったのだ! 決して、某がいやしんぼうという訳では……」
「よかろう。まずは飯が先じゃな」
ナクリーの断定に、キキョウは涙目になった。
「某に釈明の機会を!」
「ガガ! 我もお腹空いた!」
モンブラン十六号が、両腕を大きく上げた。
「うむ、精霊石もあるぞ。人造人間試作時に、精製の研究もしておったのじゃ!」
「ガガ! いっぱい食べる!」
宮殿の門を潜り、中に入る。
茶色いゴーレムに案内され、一行は石造りの食堂に入った。
掃除が行き届いているのか、建物の中も塵一つ無かった。
「……ふわぁ、建物自体大きかったけど、ここも大きいねえ」
テーブルクロスの敷かれた長方形の大きなテーブルには、おそらく壁際に立つ何体ものゴーレム達の手によるモノだろう、既に食器が並べられている。
「後は、ご飯さえあれば完璧なんだけど!」
身体がすっぽり収まるような椅子に、ヒイロは真っ先に腰掛けた。
他の面々も、それぞれ適当に席に着く。
「家の主人がまだ来てないんだから、せめてそれぐらいは待てよヒイロ」
「ぬぅー、待つのって苦手ー」
おそらく厨房からと思われる、いい匂いが漂ってきていた。
そのせいもあるのだろう、ヒイロは顎をテーブルに載せ、身悶える。
「――主」
シーラは何故か席に座らず、シルバの背後に立っていた。
「ん?」
「――わたしもメイド」
「つまり?」
「――仕事を手伝う」
「……そういう事なら、ウチの二人も該当するね」
カナリーの後ろに、同じようにヴァーミィとセルシアも立っていた。
「ならば、この城の主に聞いてみるといい。召使いのゴーレムに聞いてみよう。キキョウ君、留守は預かっていてくれ」
「承知した」
それまでシルバの頭の上に座っていたちびネイトがふわりと浮かび上がり、壁際のゴーレムに近付く。
「じゃ、行くか」
シルバとカナリーは、席を立った。
茶色ゴーレムの案内で、シルバ達は大きな扉の前に案内された。
「ここか」
この先が、ナクリーの資質なのだろう。
ゴーレムが先に入り、シルバ達は廊下で待つ事となった。
この廊下も、また広く長い。
「迂闊に開けたりしては駄目だよ、シルバ」
カナリーに釘を刺されてしまった。
「ああ、それで着替え中の現場に遭遇したりする訳だ――ってそんなベタなネタをするか!?」
「あるいは、ゴーレムが気を利かせて勝手に開いたりな」
ネイトが追い打ちを掛ける。
「ネイト、すぐに止めろ!」
「心配しなくても、ちゃんと注意している。任せろ」
「よし」
それ以上は特に喋る事もなく、シルバもカナリーも壁にもたれかかって、ナクリーを待つ事となった。
すると、扉の向こうから小さく声が聞こえてきた。
「……声が聞こえるね」
「盗み聞きはよくないぞ、カナリー」
「聞こえるモノはしょうがないだろう? 耳を塞ぐ方がわざとらしいさ」
「ま、そうかもしれないが」
何とはなしに、シルバの耳にも声が届いていた。
「ぬうぅ、こちらの正装にしておくべきか。いや、本来の白衣にしておくべきじゃろうか……むう、肉体は久しぶりじゃのう」
そして、バタバタと慌てた音が室内から響く。
「主賓も大変だ」
「…………」
カナリーは苦笑するが、シルバはむしろ、何とも言えない気分になっていた。
手入れの行き届いた庭園に綺麗な宮殿、美味そうな食事の用意に風呂、それに寝床……。
「シルバ?」
「あー……」
シルバは髪をボリボリと掻き、頭を振った。
「……とにかく、もうちょっと待とう」
※何だか敷地内の説明だけで、ほとんど終わってしまった感が。
シルバが浮かない顔をしている理由は、次回明らかになります。