{墜落殿/フォーリウム}第三層。
冒険者達の探索は現在第五層まで進んでいるが、それよりも浅い層が完全に調べ尽くされたという訳ではない。
隠し扉の先や闇通路の奥など、まだまだ、未調査の部分は存在する。
ここは、そんな隠された部屋の一つ。
埃っぽく大きな広間では、探索途中で仲間割れを起こした複数のパーティーが争いあっていた。既に、何人もの冒険者が床に伏している。
そんな様子を、部屋の隅でのんきに観察している、三人の冒険者がいた。
……もっとも、必死に戦っている冒険者達には、彼らの一人、錬金術師兼魔法使いでもある{半吸血鬼/ヴァンピール}、クロス・フェリーが使用したアイテム『隠形の皮膜』のお陰でまるで見えないのだが。
「ロン君、残りパーティーの数は?」
壁にもたれかかった少女商人ノワの問いに、黒髪黒装束の青年ロン・タルボルトは片膝突いた状態で、魔法で吹き飛ばされる冒険者達を数えた。
「……5といった所です。どうしますか」
「3になったら動こうかなーって思ってたけど……ロン君、減らしてくれる?」
「承知」
ロンは立ち上がったかと思うと、その場から消失した。
剣を振り上げようとしていた戦士の一人は、突然目の前に現れた黒髪の青年に仰天した。
「な……」
「黙れ」
青年の手元が瞬いたかと思うと、戦士のフルフェイスメットが八つ裂きにされた。
次の一撃で、彼は真横に吹っ飛ばされる。
「がっ!?」
冒険者の何人かが黒髪の青年に気付いたが、その時にはもう、彼はその場にはいない。
「お、おい、何だ!? 何かいるぞ!」
弓手が、慌てて左右を見渡す。
だが当の青年は、その背後に回っていた。
爪の斬撃が瞬き、どう、と弓手が血を迸らせながら倒れる。
第三層に到れるほどの冒険者達にも関わらず、彼らは黒髪の青年にはまるで歯が立たないでいた。
相手をまだ、相手を人間と思っているその油断が、彼らの感覚を狂わせていた。
その隙を逃さず、青年、ロン・タルボルトは乱戦の中を駆け抜け、次々と冒険者達を手に掛けていった。
「くそ、くそ、当たらねえ! 速すぎる!」
「どこから現れやがった!? さっきまでいなかったぞコイツ!」
ロンの鋭い爪は血に濡れ、血と戦の昂りによって肌が次第に毛深さを増していく。
「はああぁぁ……」
慌てふためく冒険者達が、ロンが次第に狼に近付いていっている事に気付くには、今少しの時間が必要だった。
「元気ですね、彼」
パーティーのメンバーである{狼男/ライカンスロープ}、ロン・タルボルトの活躍を、クロスとノワは相変わらず呑気に眺めていた。
「うん、ロン君は戦ってる時が一番輝いてるねー☆」
ロンの爪が閃く度に、冒険者が一人、また一人と、倒れていく。
ふと、ノワはクロスを見上げた。
「あ、そだ。クロス君も、チャージしとく?」
ノワの提案に、クロスは銀縁眼鏡をくい、と持ち上げた。
「頂きましょう」
「その分、ちゃんと働いてね」
ノワは自分の指先を、斧の刃で浅く切った。
「もちろんですとも」
血の滲んだノワの指先に、しゃがみ込んだ金髪紅顔の半吸血鬼は口付ける。
狼男は、自分を取り囲む冒険者達を数えた。
「……残り3パーティー」
どうやら彼らは一時手を組み直し、自分を倒す事に決めたようだ。
「て、手こずらせやがって……いいか、テメエら、一斉にやるぞ?」
全員が頷く。
しかし、ロンは動じなかった。
「いいのか?」
「何?」
「俺に集中してるという事は、他が見えていないという事だ」
ロンの言葉と同時に、包囲網の一角が不意に崩れ始めた。
「うっ……」
「あぁっ……な、何だ……力が……」
冒険者達が、三人ほどまとめて跪く。
「ど、どうした、おい?」
活力を奪われた冒険者達の背中を踏みつけ、豪奢なマントを羽織った眼鏡の青年が柔和な笑みを浮かべた。
「やあ、どうも」
「テメエ!? コイツの仲間か?」
「おやおや、よそ見をしていると――」
円の中心にいたロンは既に動き出し、新たに冒険者を血の海に鎮め始めていた。
「回復ですよ、ロン君」
ふわりと重力を感じさせない動きで包囲網に飛び込んだ金髪の青年クロスは、高速移動を繰り返すロンにすれ違いざま、わずかに触れた。
生命力を与えられ、狼男の身体についた幾つもの浅い傷が、次第に癒えていく。
「さて」
パン、とクロスは手を叩き、軽く宙に浮いた。
そして、手を高らかに掲げ、宣言する。
「――{雷雨/エレイン}」
掲げられた手の平から膨大な紫電が生じ、冒険者達に襲いかかった。
「がはぁっ!?」
息も絶え絶えな冒険者達の装備を、ノワは一つずつ検分していく。
「んー……あんまりいい装備の人、いないなぁ」
そこそこ高そうな装備のモノからは、身の代を剥いで、広間の隅に集めていく。
とはいえ、一人でそれらを行うのは一苦労だ。
「下僕達にお手伝いさせましょうか?」
雷の魔法で、狼男のロンと共に冒険者を倒しながら、クロスが提案する。
「うん、よろしくー♪ ノワ一人じゃ、ちょっと辛いよ」
「はい」
クロスが頷くと、倒れていた何人かの女冒険者達が、ゆらりと立ち上がった。
首筋には二穴の噛まれた跡があり、それは彼女達が吸血鬼の奴隷に堕ちた事を示している。
「お、お前ら……一体……」
最後まで粘っていた冒険者のリーダーが、ロンの凶爪に掛かってついに倒れた。
俯せに倒れ伏した彼の前に見知らぬ少女商人が立ち、血生臭い現場とは到底かけ離れた朗らかな笑みを浮かべた。
「ノワ達の為に、ご苦労様でした☆ お宝は、頂いていくね?」
彼女の背後には、冒険者達から奪った装備の数々が積まれていた。下僕と化した女冒険者達も、虚ろな瞳でその傍らに立っている。
そして広間の奥には、まだ手つかずの状態にある、古代遺跡の施設があった。
「よいしょー……」
それらを全部横からかっさらった少女は、武器であるトマホークを大きく後ろに振り上げる。
あの真新しいトマホークがスイングされた場合、自分の頭は絶妙な位置にある事を、リーダーは悟った。
「よ、よせ……やめろ……やめてくれ……!!」
「却下☆」
ぶぅん、と無慈悲に振るわれたトマホークが、リーダーを派手に吹っ飛ばした。
広間の冒険者達を全滅させ、ノワ達は奥の施設を調べる事にした。
「ねーねー、クロス君ロン君、これ何かな?」
「……何かの工房でしょうか?」
肉体労働担当のロンにはよく分からない。血と戦いの衝動が収まった彼は、既に人間の姿に戻っていた。
一方、頭脳労働担当であるクロスは感心したように、遺跡を眺め回していた。
「ふむ、魔法使いの研究室によく似ていますね。古代の魔法などあると、高く売れるのですが……おや」
さらに奥に踏み込んだロンは、そこで足を止めた。
「うん? 何か見つかった?」
ノワが近付くと、そこには寝床に横たわる逞しい銀髪の青年の姿があった。
腰に布を巻いている以外は、全裸だ。
「人形、ですね。いや、人形族とは違う……うん、今の技術とは異なるタイプの人形ですか。精霊の理に乗っ取った造り……人造人間、という奴でしょうか」
「格好いいねー」
彫像のような青年に、ノワは感心したような溜め息を漏らした。
「はは、ノワさんは本当に面食いですね」
「うん。男は顔と背丈があって幾らだもん。あとは財力があればゆー事なし?」
クロスとロンの前では、猫を被る必要はなく、実に正直なノワだった。
「……生きているのか、コイツ?」
ピクリとも動かない青年に、ロンは訝しげな視線を向ける。
彼の動物的感覚からしても、生物的な反応は感じられないでいた。
「ふむ。……古代文字は専門じゃないんですけどね……読める所だけ……」
クロスは、寝床の横にあった石板に目を通した。
読み拾える単語から、かろうじて意味を把握する。
「おお! これは素晴らしい」
「ん? どしたの?」
「どうやら、古の時代の奴隷人形のようですね。契約によって彼は、絶対服従の下僕となるみたいです」
「ノワ専用?」
クロスの説明に、ノワは目を輝かせた。
「そうなりますね。ちょっと妬けますが」
「うん」
苦笑するクロスに、ロンも頷く。
定期的に異性の血を吸いたくなる{半吸血鬼/ヴァンピール}、獣性の制御が出来ない{狼男/ライカンスロープ}といった彼らは、パーティーを組む事すら難しい。
そんな二人を拾ってくれたノワに、二人は恩義を感じていた。
もっともノワの理由は「格好良くてとても性能がいいから」という即物的なモノだったが、それすら問題ではなかった。
故に、彼らはノワが喜ぶなら何でもする。
「絶対起こしてよ、クロス君」
「はい。やってみますね」
数時間後、クロスの努力の末、青年は目を覚ました。
石板にノワの血で名前を記し、彼との契約は完了していた。
「…………」
無表情な視線が、己の主であるノワを見つめる。
「この子、名前は?」
「ありません。飼い主が決めるようですね」
クロスが言うと、ノワは両手をパンと合わせた。
「じゃあ、ヴィクターにしよ。今日の戦勝記念♪ お前の名前はヴィクターだよ?」
「……う゛ぃくた-」
青年――ヴィクターは、たどたどしい言葉遣いで、己の名前を反芻した。
「そう。君はノワの下僕なんだからね。絶対服従だよ。分かった?」
「げぼく……ぜったい、ふくじゅう……」
ふむ、とクロスはヴィクターの屈強な肉体を眺め回した。
「頑丈そうですし、盾には使えるかも知れませんね。装備は戦士系でしょうか」
冒険者達から強奪した装備の中に、サイズの合うモノが有ればいいのですが、とクロスは考える。
「…………」
ヴィクターはクロスを見、次にロンを見た。
分厚い手が、クロス、ロンと順に触れる。
その途端、二人は、自分の中に活力が送られてきているのを感じた。
「む……」
「へえ、回復も使えるのですか。それも、祝福とは異なる……これはよい拾い物をしましたね、ノワさん」
「うん☆ じゃ、補給タンクも出来たし、もうちょっとこの層で頑張ってみよっか?」
かくして四人に増えたノワのパーティーは、さらに第三層の探索を進めるのだった。
※という訳でノワのパーティー編。
こちらも亜種族パーティーです。
次からはシルバパーティーに戻ります。第三層スタートになります。